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結論★(4/14)

自席に戻ったのは夜の7時半を少し回るくらいだった。
こんな時間にも拘らず、新着メールが3件届いており
受信トレイの最後に並ぶ『異動のご連絡』とのメールに、思わずハッとした。
差出人は、あいつだった。

タイトル通り、彼からのメールには、9月付で東京本社へ異動になる旨が綴られている。
所属は設計技術部 設計第2グループ。
ついさっき耳にした和賀の言葉が思い出された。
本社では営業専任であっても、支店に行けば営業・設計・積算・工事監理まで
あらゆる業種を横断的に担当することが少なくない。
工場やプラントの現場が多い地域柄、それなりのキャリアを積み重ねてきたのだろう。
不安はあるが、迷いはない。
そう添えられた言葉に、あいつの成長を見たような気がして、嬉しかった。

しかし、用件はそれだけでは無かった。
『盆休み中に色々な手続きの為にそちらへ行くので、少し会えませんか』
画面に映し出された文章で俄かに乱れた鼓動を、一息ついて落ち着かせる。
金曜日の朝に東京へ来て、土曜の朝には向こうへ戻るとのこと。
滞在中の大まかなスケジュールが記してあり、都合の良い時間を連絡下さい、とあった。

この時間にメールを返信しても、当日まで見ない可能性もある。
社用の携帯電話であれば、基本いつでも持ち歩いているだろう。
早く声が聞きたい、素直にそう思った。
とはいえ、まだ仕事が残っている。
一先ずメーラーを閉じて、画面を仕事モードに戻す。
会社帰りにでも、電話をしてみようか。
何となく浮足立った気分と共に、やっと結論が形になるのだと些かの緊張が背筋を走った。


夏季休暇も終盤に差し掛かった金曜日。
雲一つない青空に輝く太陽が、街並みを焦がすように照らしている。
オフィス街である会社周辺からは人の気配が消え、薄気味悪ささえ感じた。
それでも社内には私服姿の男たちがチラホラと見えて、休日出勤の憂さを少し和らげてくれる。

久しぶりに聞いた彼の声には心なしか平穏さが感じられ、互いに歳を取ったのだろうと思わせられる。
その時の会話は殆どが必要事項に終始したものの、不明瞭な不安を、想像以上の期待がかき消していく。
「じゃあ、楽しみにしてます」
やや弾んだトーンの声に思わず笑みをこぼしながら、同じ言葉を返した。

浅野とは今日の夜に会う約束を取り付け、泊まる場所も無償で提供することにした。
それは、俺なりの覚悟のつもりだった。

目の前に映るのは、休み明けのミーティングに向けての準備資料。
部下たちが上げてきた報告書に沿って、優先度をランク付けしていく。
眺めると8月下旬がデッドラインになっている物件がチラホラあり
月曜日からまた忙しい日が続くのだと、少し気合を入れ直した。


待ち合わせ場所は俺が住む街の駅前に決めていた。
環状線と湾岸道路が走り、二本の鉄路に挟まれた東京の外れ。
電車から降り、やや湿気の増したプラットホー ムの空気が顔に纏わりつくのを感じながら
コーヒーショップで時間を潰しているという男に、電話を入れた。

20代から30代への変化と、30代から40代へのそれは、中々に違いがある。
「お久しぶりです」
見慣れた雑踏の中で、男はそう言って頭を下げた。
容姿は殆ど変わっておらず、むしろ押しつけがましい若さが癪に障る。
「斎藤さん・・・何か、貫禄出ました?」
彼の指摘は多分間違ってはいない。
この5年で体型は然程変わらないものの、大分白髪と皺が増え、見た目と年齢が釣り合うようになってきた。
「老けただけだろ」
「折角遠回しな表現使ったのに」
会話のテンポが妙に懐かしい。
今の部下との関係は悪くないとは思っているが、こういうノリは殆ど無い。
「何か食いたいもの有るか?」
「いえ、お任せで。ちなみに、凄く腹が減ってます」


選んだ店は、以前も訪れたことがある居酒屋だった。
誰と一緒だったかは覚えていないが、焼酎の種類が豊富だったことだけは覚えている。
「改めて、昇進おめでとうございます」
店員に勧められるままオーダーした焼酎のグラスを手に、彼は笑顔を見せた。
「あの頃、斎藤さんが課長になるなんて想像もつかなかったですよ」
「俺も思ってなかったよ」
「でも、何であんな半端な時期だったんですか?急病とか?」
管理職への辞令は4月か10月に出るのが一般的で、顛末を知らない彼がそう思うのも、当然だろう。
「ああ、その話なら、良い酒の肴になるぞ・・・」

一通りの話を楽しんだらしい後輩は、ただ一つ、腑に落ちない点があるようだった。
「普通、順当に行けば斎藤さんが課長でしょ?」
「そりゃ、係長までは基本的に年功序列だけどな・・・課長から上は、ポストに限りがあるだろ」
大企業であれば、一つの課に複数の課長がいることは珍しくない。
しかし、中小企業の域を出ないウチの会社では、基本的に課長枠は一課に一つだ。
「実力だって、実績だって、あるじゃないですか」
「我孫子さん曰く、俺には突出したところが無いんだって。どれも、そこそこ」
大きな失敗をやらかしたことが無い代わりに、大きな成功を掴み取ったことも無い。
人の上に立つ人間を査定する際、決して高評価には繋がらない点だ。
「オレは・・・どうせなら、斎藤さんの下で仕事したいけど」
彼の呟きは、本心か、酒の勢いか。
いずれにしても、ちっぽけなプライドを軽くくすぐってくれた。
「しばらく設計で修行しとけ。お前の次の上司、俺の同期だけど、良い奴だからさ」

□ 01_猶予 □   
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□ 100_結論★ □
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まべちがわ

Author:まべちがわ
妄想力を高める為、日々精進。
閲覧して頂いた全ての皆様に、感謝を。

2011-3-12
東日本大震災の被害に遭われた方に
心よりお見舞いを申し上げます。
故郷の復興の為に、僅かばかりにでも
尽力出来ればと思っております。

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