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結論★(10/14)

9月も終盤に差し掛かった週末の夜、19時を回ろうという頃合いに席を立つ。
以前は深夜まで残業することが当然という感覚で仕事をしていたが
今の立場になってからは、出来るだけ早く帰ることを心がけるようにしている。
上が帰らなければ、下がいつまでも帰れない。
ウチの部署に限ってはあまりそういう風潮は見られないが
業務の効率化を図るという意味では、効果はある程度出ている気がしていた。

下のフロアにある喫煙所へ向かう途中、自動販売機脇の休憩ブースの中に見知った姿を見かける。
浅野と一緒に話しているのは、彼の同期である営業2グループの外山だった。
「良いなぁ、設計。オレも設計移りてぇな」
「希望は出してんの?」
「出してるけど、全然通んねぇ」
「何年か支店で修行するとか」
部署の配属は、基本的に新人研修を終えた時点から殆ど動かない。
技術系から営業へ移ることはあっても、その逆はあまり聞いたことが無く
浅野のように支店へ異動し、経験を積んだ後に設計へ転属されることは、ごく稀なケースだった。
俺自身、大学で電子回路系の研究室にいたこともあり、初めは設計業務を希望していたが
今では、営業職で経験を積むことができて良かったと思っている。

どうやら彼らは、俺の存在に気が付いていないのだろう。
自販機に金を入れようとした瞬間、会話はやや不穏な方向に進んでいく。
「めんどくせ。それなら、せめて1Gに移って課長でも狙うよ」
「1Gって、斎藤さんの所か?」
「そ。どうせ棚ぼた課長も来年の春までだろうし」
「・・・そういう言い方、止めろよ」
「営業じゃ皆そう呼んでるって」
一部の人間にその呼び方で揶揄されているのは知っていた。
以前から外山が生意気な態度をとることはあったが、いざ若い口から直接聞かされると流石に腹立たしい。
男の話を聞いていたあいつも同情してくれたようだ。
「単なるやっかみだろ。くだらねぇな」
「やっかみ?やっかむところなんか、あの人にあるか?ぼた餅食ったぐらいだろ」
反論しようがない程、凡庸な人間であることは自覚している。
自慢できることがあるとすれば、若い営業が言う通り、運だけだろう。

金を入れて、いつもの缶コーヒーのボタンを押す。
物の落ちる音で、彼らが一瞬こちらへ振り向いた。
「まあ、そうだろうな」
釣銭を取りながら、当てもなく呟く。
「あ・・・今、お帰りですか」
「そう。2Gは忙しそうだね」
「ええ・・・ちょっと、無茶言ってくる担当がいて」
しどろもどろの口調が却って癪に触る。
「そういえば、平川さんが誰か探してたみたいだけど」
「えっ、マジですか・・・あ、お疲れっした」
上司の名前を出した途端、男は明らかな動揺を露わにし
話し相手に向かって小さく首を振って、そそくさとブースを出ていった。

「斎藤さんでも、あんなこと言うんですね」
俺の子供じみた出任せを、あいつはそう笑った。
「ちょっと、スカッとしました」
「まあ、あいつの言ってることも概ね当たってるけどな」
「ダメですよ。もっと悔しがらないと」

責任の大きさを嫌い、出世しようと思わない若手も最近は増えているという。
自分も、大して出世欲は無かった。
ただ、若い彼の様に、上の地位を虎視眈々と狙っている人間も確かに存在する。
「あそこはやり手ばっかだからなぁ。彼だって焦るんじゃないか」
外山が所属する2Gの平川課長は、 改組される前の営業部時代から課長職を務めた人物で
現在の副部長を追い越し、次期部長と目されている人物だ。
空調機器メーカーに出向していた経験を活かした営業力で、同業他社から引き抜きの話も数多あったらしい。
「平川さんみたいな上司見てれば、そりゃ何で俺が同じ役職なんだって思うだろ」
忸怩たる思いを素直に吐露するべきか、あくまで卑屈に強がるべきか。
こいつの前では、どうしても後者を選んでしまう。
「また、そういうこと言う・・・」
それを知ってか知らずか、彼は缶コーヒーを握る俺の手首を掴み、自らの方へ引き寄せた。
「・・・じゃあ、せめて、あいつになんか席、奪われないようにしてくださいよ」


一通りの業務が終わった後で面談の前準備に取り掛かった結果
部署内に残ったのは俺一人になり、フロアの照明も一部がポツポツと点いているのみになった。
見上げた先にあった時計の針は、既に日を跨ごうとしている。
何を答えようとマイナス査定になることは確実で、かといってあっさり諦めることも出来ず
結局、終電ギリギリになってしまった。

「珍しいな、こんな時間に顔見るの」
喫煙所の先客は、そう言って歪んだ笑みを向ける。
上着を羽織り、鞄を手にしているところを見ると、和賀もタイムカードは押したのだろう。
「ああ・・・明日の準備で」
「なるほどね。まあ、今更何したってしょうがねぇだろ」
「それは分かってるんだけど・・・憂鬱すぎて」
上か下かの違いはあるが、彼も同じように部署の人間に逃げられた身。
穏便に済む状態ではないはずだ。
「下半期で見返してやればいいさ」
「見返してやる要素があれば、良いんだけどな」
煙草の煙と共に、溜め息を吐き出した。
このところ、すっかりこれが癖になってしまっている。

「浅野君って、どうなんだろう」
眠気覚ましであろうブラックの缶コーヒーを呷った和賀が、ふと漏らす。
「何が?」
「この先、設計でやってくつもり、あんのかなって」
夜更け過ぎの道すがらに漏らした不安は、完全に解消されたようには見えない。
とはいえ、休日に仕事の話をする時の様子に、マイナスの要素も見えない。
「やる気はあると思うけど・・・何か気にかかることでもあるか?」
「いや、無いのが逆に不安っていうか」
過去の痛手を想像以上に引きずっている様を目の当たりにして、こっちまで心がざわついた。
そして、つまらない嫉妬心が顔を出す。
「何だよ、らしくないな。あいつのことなら・・・」
俺に任せておけ。
そう言ってしまえれば、どれだけ俺は満たされるだろう。
お前よりも、誰よりも、俺はあいつのことを知っている。
前向きな言葉の中に、対抗心を忍ばせた。
「心配しなくていいよ、そういう奴じゃないし。それなりに覚悟して来てるんだから」
「そうだよな。・・・もう少し、様子見てみるよ」
軽く安堵の表情を浮かべた男は、互いの発奮の意を込めて、俺の肩を叩いた。

□ 01_猶予 □   
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□ 100_結論★ □
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まべちがわ

Author:まべちがわ
妄想力を高める為、日々精進。
閲覧して頂いた全ての皆様に、感謝を。

2011-3-12
東日本大震災の被害に遭われた方に
心よりお見舞いを申し上げます。
故郷の復興の為に、僅かばかりにでも
尽力出来ればと思っております。

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