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猶予 (1/5)

「斎藤さんは、結婚とかしないんですか?」

金曜日の夜、会社の近くの居酒屋。
後輩の浅野といつものように飲んでいる時に、あいつはそう聞いてきた。

独身で30代も中盤になってきた俺には、ほとほと聞き飽きた質問。
にもかかわらず、いつも答に迷ってしまう。
つまらないプライドが存在することに気づかされる瞬間だ。

「別に。まぁ、そのうちするかも知れないけどな」
「そのうちって。焦る歳でしょ?」
意地悪げな笑みを浮かべながら、痛いところをストレートに突いてくる。

同じ課の後輩で、7つ下。まだ20代。
だが、昨今の採用縮小の折、うちの課でも俺の後輩はこいつ一人だ。
互いのストレス発散を兼ねて、週末飲みに出かけることは、珍しい事ではない。

「理想を言ってたらキリが無いだろ。あんなもんはタイミングなんだよ」
「それってよく聞く言い訳ですよね」
今日はずいぶんと失礼な絡み方をしてくる。

俺は女にそれ程縁がある訳でもないし
何より自動制御機器の技術営業なんて職じゃ、出会うきっかけも無い。
彼女がいたのは、もう何年も前のことだ。
自分の人生の着地点を考えることも多くなってきたが
正直言って、その中に結婚の二文字は入ってこないことが殆どで
つまりは、もう諦めているってことなのかも知れない。

「したい奴がすればいいのさ。・・・それよりお前はどうなんだよ」
面倒な質問は投げるに限る。
「あ~、オレは興味ないですね」
他人に聞いてきておいて、その答え方はどうなんだ。

「何だよ、興味ないって。お前の歳くらいが適齢期だろ?」
「結婚して、子供作って、家買ってって。想像つかない」
ずいぶん子供じみた答だ。

もっとも、俺もあいつくらいの歳には、そんな風に考えてた気がする。
周りの友達は結婚して、子供が出来て、自ら状況を変えていっているのに
数年経って、考えは変われど、状況が変わらない自分。
一体何処でレールに乗れなかったんだろうと、少し卑屈になってくる。

「別に結婚する必要性とか感じないし」
「必要性とかいう問題じゃないだろう?先の人生考えればってことだ」
「独身貴族の斎藤さんに言われても、何の説得力もないですよ」
そりゃそうだ。

「合コンでもするか」
「やめときます。あんまり興味無いし」
こいつの逃げ口上は、興味無い、らしい。
「それに、アテなんか無いんでしょ」


翌週の朝礼で異動の報告があった。
来月の頭から、浅野が名古屋支店に転勤するとの事。
あいつ自身が希望を出していたようで、
抱えていた案件が一段落したこともあり、それが通った形らしい。

「お前、転勤すること何も言ってなかったじゃないか」
金曜日には、それらしい話は何一つ無かった。
「何か言い出せなかったんですよね。事後報告みたいになっちゃって、すみません」
いつもの調子。
あまり悪びれた様子も無い。
「オレ、あっちの方が地元なんで、いつか戻れればと思ってたんですよ」
初耳だった。
「こんなに早く要望が通るとは思ってなくて」

飲みの席ではいつもたいした話はしない。
仕事の愚痴や、時事ネタ、ちょっとしたプライベートの話。
普通に考えれば、転勤の話は真っ先にするものじゃないか、と思う。
それを今まで何も言わずにきたあいつに対して、俺は若干の違和感を持った。

□ 01_猶予 □   
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□ 100_結論★ □
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猶予 (2/5)

転勤までの一ヶ月。
そんな俺の気分などどうでも良くなるくらい、忙しい日々が続いた。
うちの会社は、基本的に一物件を一人が担当することになっている。
あいつの担当していた案件の殆どは完了していたものの、幾つかはまだ竣工に至っていないものもあり
それらを引き継ぎ、担当者へのあいさつ回りに奔走した。

あいつは、名古屋支店で動き始めた大型案件について、向こうの責任者とのやり取りが始まっていた。
どうやら、転勤後すぐに担当して欲しいとの意向のようだ。
東京ではなかなか出ない規模だけに、初めての経験になるだろう。
本人もそれを自覚しているようで、設計の詳細や留意事項などの相談が多くなった。


最後の飲み会は、課の送別会だった。
本人が希望した転勤ということもあり、場の雰囲気は至って明るいもので
名古屋は食べ物が美味しそうだとか、女の子が皆可愛いとか、そんな話題に終始した気がする。
その中で、俺は一ヶ月前に感じた違和感を思い出していた。
まぁ、どうしても払拭したいものではないし、そのうち忘れるだろう。
送別会はそろそろお開きに向かい、各々が帰り支度を始めている。

「斎藤さん、この後時間あります?」
そう聞いてきたのは、あいつだった。
課の女性陣から貰った花束を手に提げ、大分飲まされたのか首まで赤い。
「あるけど。どうした?」
「ちょっと飲みなおしません?」
「しこたま飲んだだろう?」
足元すらおぼつかないように見える。
「最後の思い出ですよ。いいでしょう?オレが出しますから」
後輩に、ましてや来週から転勤するって奴に出させる訳にいくか。
結局、終電までの約束で、いつもの店へ行くことになった。

「ここも今日で最後だなぁ」
薄汚れた天井を眺めながら、あいつはぼんやりと呟いた。
「お前、俺に何か話があったんじゃないのか?」
「ん~、別に無いですよ」
誘っておいて、それかよ。

「お前さ、何で転勤のこと、俺に黙ってたんだ?」
最後だし、いい機会だ、と軽い気持ちで聞いたつもりだった。
けれど意に反し、あいつの目は明らかに曇った。
「別に隠してた訳じゃないですよ」
いつもと違うトーンに、つい大人気なく質問を重ねる。
「地元に戻りたいなんて、一回も話したこと無かったじゃないか」
「・・・戻りたい訳じゃない。ここには居辛くなっただけです」

会社の雰囲気は、悪くは無いと思う。
仕事で大きなミスをしたことも無いはずだった。
「あくまで個人的な理由、です」
そう言われては、こちらもお手上げだ。
会社の後輩である以上、これ以上は詮索したくない。
そうか、とだけ答え、俺はグラスに残った酒を飲み干した。

「好きな人がいるんです」
不意に、あいつが口を開いた。
「向こうにか?」
「いえ、こっちに」
話が見えない。
なら、わざわざ転勤する必要は無いだろう。

「何かトラブルにでもなったのか?」
「いえ、まだ何も。付き合ってもいないし」
「お前ね・・・」
おちょくってるのか?
酒の勢いに任せて問いただしてやろう、そう思った時
それまで節目がちだった顔を上げ、あいつは俺をまっすぐに見て、言った。

「オレ、斎藤さんのこと、好きになっちゃったんです」
酒が一気に抜けた気がした。
背中から腕、首筋にかけて、うっすらと鳥肌が立つ感覚があった。
「だから、もう、ここにはいられない」

□ 01_猶予 □   
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猶予 (3/5)

その時、どんな顔をしてあいつを見ていたのか、自分では分からないが
あいつが表情を変えなかったことは、よく覚えている。
言葉に詰まって何も言えなくなることも、想定していたのだろう。
すみません、と一言言っただけだった。

通り一遍の会話を交わして、店を出た。
向こうでも元気でな、そんな言葉を最後に言った気がする。
我に返った気分になったのは、電車が江戸川を渡った後くらいだった。
通り過ぎる車窓を眺めながら考えるのは、あいつが言った一言ではなく
それを聞いた自分の反応についてだ。

同性愛について、今までよく考える機会は無かった。
自分自身にそういう趣向は無いけれど、本人たちが良ければそれで良い。
そう思っていたつもりだった。
それが自分の身に、あまりにも突然に降りかかってきた時
得も言われない感覚に襲われた。
いままでに経験したことが無い、感覚だった。
不快?恐怖?嫌悪?
どれも違う気がする。
結論が出ない疑問を、一人で不毛に考える。
そうこうしている内に、降りる駅が近づいてきた。
こんな気分で週末を過ごすなんて、最悪だ。


悶々とした土日が明け、新しい週が始まる。
あいつがいなくなった職場には、多少の変化があるけれど
仕事自体は同じように続いている。
俺の生活も、週末に飲みに行くことがなくなった以外、変わったところは無かった。

けれど、あいつの言葉を気にかけなくなるまでには、まだ時間がかかりそうだった。
あいつが俺のことを、恐らく恋愛対象として、好きであること。
俺はあいつのことを好きではあるが、恋愛対象としては見ることができないこと。
事実はこれだけだ。
にもかかわらず、この事実に想像や邪推を混ぜて、考えてしまう。
生産性の無い行動は、無駄に疲れを増やす。
分かっていても、心の何処かにひっかかった何かを、どうにかしたいともがく。
答の欠片さえ、見えないまま。


時間が解決する、というのは真か嘘か。
日々の仕事に追い立てられながら、半年ほど過ぎた頃。
夕方、外回りから戻ると、机の上に煎餅と見慣れない書類が置いてあった。
いぶかしげに書類を手に取ると、営業事務の三上さんが声をかけてきた。
「今日、浅野さんがいらっしゃって、それ置いていきましたよ」
顔には出さなかったと思う。
けれど、度肝を抜かれた感覚に陥った。

三上さんの話によると、名古屋支店で抱えている案件について
うちにも協力して欲しいとの話があるらしく
その打ち合わせで、あいつと向こうの上司が来たらしい。
書類は、その名古屋の案件のプレゼン資料だった。
大型の案件ではあるけれど、奇抜な設備はなさそうで
要はマンパワーの補填ということなのだろうか。
最後のページには、あいつの字で書かれた付箋が貼ってあった。
不明な点があれば連絡くださいとの旨の下には、携帯電話の番号。

土産として携えてきた煎餅を食べながら、しばらく付箋を眺めていた。
「お土産は、それだけじゃないんですよ」
三上さんは、意味ありげな笑みを浮かべて言う。
「浅野さん、婚約したみたいなんです」
みたいなんです、というのは、直接本人に聞いたことでは無いかららしい。
ただ、一緒に来た上司がそれらしき話をしていたからだ、と。

「邪推しすぎなんじゃないの?それ」
「でも、彼、顔も悪くないし、年齢的にもそろそろでしょう?」
「そりゃそうだけど」
「新天地で良い人捕まえたんですよ、きっと」
にわかには信じられなかった。
答を求めるタイミングは、今かも知れない。
俺は書類の付箋を剥がし、外に出た。

会社が入ったテナントビルは、大通りから一本入った場所にある。
辺りは既に暗くなりかけていて、家路に向かう人が見えた。
建物の壁を背にして、付箋に書かれた番号に電話をかける。
数回のコールの後、あいつが出た。


□ 01_猶予 □   
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猶予 (4/5)

「お疲れ様です。浅野です。ご無沙汰してます」
「お疲れ。久しぶりだな。・・・今、ちょっと良いか?」
「すみません、今上司と飲んでるんですよ」
あいつの声の後ろに、飲み屋の喧騒が聞こえてくる。
「でも、一時間くらいで済みそうなんで、終わったら電話します」
分かった、とだけ答えて電話を切った。

これで良かったのか?
そう自問自答しながら、俺は例の書類を手に喫煙所に向かった。
定時を過ぎていることもあり、電気は既に消されていた。
窓側の照明のスイッチを入れ、煙草に火をつける。
深く煙を吸い込み、ゆっくりと吐き出す。
ぼんやりと書類を眺めるが、内容は頭に入ってこない。
思った以上に、冷静さを欠いていた。
どうなるんだ、今日、これから。
急に不安になってきた、その時、携帯の振動を感じた。

「今、終わりました。話って案件についてですか?」
あいつの声は、若干テンションが高く聞こえた。
俺の気分が落ちているからかも知れない。
「いや、それも含めて。電話じゃなんだから、会って話せないか?」
会話に間が空く。
あいつは何を考えたのだろうか。
「オレ、宿を神田に取ってるんで、その近くでも良いですか」
明日朝の新幹線で名古屋へ戻るとのことらしい。
仕事で来ている訳だから、スケジュールが仕事重視なのは当然のこと。
あまり遅くならないようにする、と一言付け加えて、神田駅での待ち合わせを約束した。


半年振りのあいつは、何処も変わっている様には見えなかった。
軽装であるところを見ると、先にホテルにチェックインしてきたらしい。
互いの近況を軽く話しながら歩き、適当な店に入る。
週の中日ということもあり、それ程混んでいない。
通されたのは、個室だった。
話の内容的には丁度いいかも知れない、そんなくらいに考えていた。

席に着くと、一通り名古屋の案件についての話を聞く。
思ったとおり人手が足りないとのことらしく、技術的な協力を仰ぎたいとのことだった。
設計部署への依頼が今回の目的で、俺のところに資料を置いていったのは
あいつが個人的に相談に乗って欲しいという意向だったらしい。
「そんなに複雑な経路じゃないだろ?」
「でも、いざという時の助け舟があると、気分が違うじゃないですか」
そうやって頼られるのは悪い気分じゃないが、それは向こうの社員の役目だ。
今日は俺がつき合わせている手前、その言葉は飲み込んだ。

「そういや、三上さんから聞いたんだけど、お前婚約したんだって?」
仕事の話が落ち着いたところで、そう切り出してみた。
一瞬驚いた顔をした後、あいつは声を上げて笑った。
「そんな話になっちゃってるんですか。参ったなぁ」

あいつ曰く、向こうの上司はやたらと世話好きな上、営業部隊は殆どが既婚者で
未婚で結婚適齢期真っ只中のあいつは、格好のターゲットになったらしい。
あまりのしつこさに、つい婚約者がいると口走ってしまったのだそうだ。
もちろん、そうなれば次は結婚の話になる。
今はまだ転勤したばかりということで逃げているらしいが、それも時間の問題だろう。

「いつまでも、その言い訳は使えないだろ?」
「そしたら、別れたって言えば良いじゃないですか」
少し面倒くさそうに、そう答える。
「しばらくすれば、諦めるんじゃないですかね。こいつは結婚に興味ないんだって」
そんなもんかね。
ま、俺もあいつくらいの時には上司に見合いを勧められたこともあったけど
しばらくしたら、パッタリ無くなったからな。
別に興味がなくなった訳じゃ、ないんだが。


煙草も残り少なくなってきて、飲み物も酒からウーロン茶に変わった頃
あいつは少し間を置いて、こう言った。
「で、本題は何なんですか?」
相変わらず、察しが良い。
俺から切り出すことができなかった話題に、食い込んできた。
ここに来た理由を思い出す。
いつまでも後回しにしている訳にもいかない。
「転勤前にお前に言われたこと、俺なりに、いろいろ考えてたんだよ」

ああ、と呟いたまま、あいつは黙ってしまった。
それがしばらく続いた後、ポツポツと話し始める。
「すみません。気持ち悪い思いさせた上に、つまらないことで悩ませて」

俺への気持ちに気がついたのは、入社して2~3年目の頃だと言う。
あいつ自身、それまで恋愛対象は女性だったそうだ。
何処かおかしいのではないかと悩んだ時期に出てきた異動の話。
距離を置くことで何とかなるかも知れないと飛びついたらしいが
募る気持ちは冷めるどころか大きくなってしまい、最後の最後に、あの言葉が出たとのこと。

「言うつもりは無かったんです。でも、抑えられなかった」
「今でも、その感情はある訳?」
「・・・距離を置いても、変わらないですね。困ったことに」
これが男と女だったら、何の問題も無かったのに。
冷静に、そんなことを考える。
「でも、受け入れられないことは、あの時の表情で明白でしたから」
小さく微笑んだあいつの表情からは、淋しさしか感じられなかった。

「お前は、どうしたいんだ?」
「拒絶されたのに、追いすがるような真似はしませんよ」
「でも、拒絶されても気持ちは変わらないんだろ」
意地の悪い質問だった、と思う。
あいつは思いつめたように、顔を伏せた。
重い空気が、空間を支配した。

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猶予 (5/5)

場を変えたのは、あいつだった。
急に立ち上がると俺の側へやってきて、瞬間、左肩を掴まれて壁に押し付けられる。
片方の手が、俺の頬に触れる。
何をされるのか、容易に想像できた。

あいつの前髪が、俺の眼鏡のレンズにかかる。
唇が触れたのはほんの数秒だったはずなのに、気が遠くなるほど長く感じた。
半ば呆然とする俺に向かって、あいつは低いトーンで言う。
「オレの、フェラして下さいよ。今、ここで」
血の気が引いた。
俺の心の中が、恐怖で埋め尽くされる。
言葉にならなかった。

俺の表情をまるで目に焼き付けるように、あいつは俺の顔を見る。
「・・・冗談ですよ」
そう言って、淋しげな笑みを見せると、席に戻っていった。
人生の中で、一番最悪な冗談だ。
何とか冷静になろうと煙草に火をつけるが、まだ、手は小刻みに震えていた。
「オレね、どうしたいっていうのは無いんです。っていうか、自分でもよく分からない」

俺が言葉を失っている間、あいつは自分の気持ちを吐露し始めた。
「言わなきゃ良かったって、今でも思ってます。結局、斎藤さんを苦しめるだけの自己満足だった」
この半年、あいつがどんな思いでいたのか、目の前に突きつけられる。
「一緒に時間を過ごせるだけで幸せだったのに、自分でそれを壊してしまったんです」

自分は被害者でしかないと、ずっと感じていた。
好きだと言われたときの感情は、決して良いものではなかった。
心身ともに、完全に拒否反応を示した。
そんな状況に追い込んだあいつに、憎しみに近い感情を抱いていた時期もある。
にもかかわらず、心の底から拒絶することはできなかった。
それが何故なのか分からず、もがいていた。

今もそうだ。
キスをされる時も、抵抗できたはずだ。
殴り倒して出て行くこともできた。
タチの悪い冗談で、恐怖すら覚えたというのに
どうして、俺はまだ、こいつと向き合っているんだ?

これは恋愛感情なんだろうか。
会社の後輩に対する気持ちだけではない、何か。
けれど、答なんて出ない。
そもそも存在しないのかも知れない。

「斎藤さんは、オレに、どうして欲しいですか」
あいつは、そう聞いてきた。
即答できなかった。
考えれば考えるほど、深みにはまりそうで、こう言った。
「少し、時間をくれないか」
正直な気持ちだった。
答が見つからない、その闇をもがく時間が、きっと、まだ足りない。

期待を持たせる言い方だったと思う。
だが、結果が出るまでに時間がかかることは、分かっているはずだ。
「待ってます。どんな答が出ようとも・・・構わない」
最後にあいつは呟いた。


店を出ると、少し肌寒いくらいの風が吹いていた。
元気でな、と挨拶を交わし、別れる。
大手町の駅に着く頃には、酔いはずいぶん落ち着いていた。
終電間近の混雑した地下鉄の中で、今日のことを考える。
半年前のあの日よりも、気分は落ち着いていた。
答を出さなきゃならないという焦燥感が、緩和されたからかも知れない。
でも、それは、あいつが思い悩む時間を延ばしていることにもなる。

恋愛って、こんなに面倒なもんだったっけな。
久しぶりの状況に、ちょっと可笑しさまで感じる。
この猶予の間に、俺は何処まで変わるんだろう。
車窓の向こうを暗く流れる江戸川を眺めながら、そんなことを思っていた。

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Information

まべちがわ

Author:まべちがわ
妄想力を高める為、日々精進。
閲覧して頂いた全ての皆様に、感謝を。

2011-3-12
東日本大震災の被害に遭われた方に
心よりお見舞いを申し上げます。
故郷の復興の為に、僅かばかりにでも
尽力出来ればと思っております。

*** Link Free ***



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