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相愛(1/3)

「一週間、しっかり英気を養って、8末の事前審査に向けてまた頑張ってくれよ」
夏季休業に入る前日、東京からやってきた事業部長の音頭で暑気払いの宴席が始まる。
9月中の確認申請図提出を目指し、ひたすら業務に当たってきた数ヶ月。
皆一様に疲労を背負いながら、現場が止まるこの9日間を待ち望んでいたに違いない。

「とりあえず、お疲れ様」
「お疲れ様です」
向かいに座る河合さんと、簡単な労いの言葉を掛け合う。
春以来、遠出することはめっきりなくなった。
けれど、毎日顔を合わせ、週末ごとに短い時間を共有することはすっかり日常になり
腹八分目程の幸せが、多忙な毎日の糧になっていたような気がする。

「元気にやってるか?」
そう言いながら彼の隣に座ったのは、このプロジェクトの総責任者だった。
「おかげさまで、何とかやってます」
「お前が抜けた穴、埋めるの大変なんだぞ?」
「そんなことないでしょう。出来る奴、たくさんいるんですから」
本社勤務だった頃の上司と部下は、以前を懐かしむようにビールを酌み交わす。
「ここが終わったら、また東京に戻って来ないか?」
「どうですかね・・・そうはいっても、10年近くは続くでしょうから」
「じゃ、オレの定年と入れ替わりってことだな」
豪快な笑い声に、厭らしさは少しも感じない。
事業部長の雰囲気からも、彼が如何に上からの信頼を得ているのかを改めて知らされた。


会社の飲み会で彼が酒を飲んでいるのを見るのは珍しい。
今日は、俺が泊まるホテルに部屋を取り、明朝自宅に戻る予定だという。
若干饒舌になって騒がしい雰囲気に同化している姿は、何となく意外な一面を見ている気がした。
「沖野から聞いたぞ。お前、見合い断ったんだって?」
そんな彼に、先輩社員が冗談めかした言葉を投げる。
「ああ・・・良いじゃないですか、その話は。もう終わったことなんですから」
殆どの者は初耳だったのだろう。
愛想笑いを浮かべて話題を振り払おうとする彼を、酔客が放っておくはずもない。
「何、相手はどんな女?」
「すげー金持ちなんだろ?」
「勿体ねぇな。何やってんだよ」

彼が俺に語った女性像は、かなりおぼろげな物だったらしい。
取引先のメーカーの重役の娘で、女子大時代は準ミスに選ばれた程の容貌。
実家は山王に居を構える、名家なのだという。
「金はそんなに無くても・・・他に大切なものがありますし」
「あるに越したこた、ねーだろ?」
「別に、特に困ってないんで」
「ほ~・・・そういう台詞、言ってみたいね」
のらりくらりとかわし続けるほどに、逃げ道が細くなっていく。
かと言って、俺が口出しする場面でも無い。
幾分困惑した彼の表情に、もどかしさが募るようだった。

「早乙女君とばっかり遊んでっから、結婚できねーんじゃねぇの?」
何処かからの声が、俺にまで火の粉を振りかける。
「ほっといて下さいよ。それに、早乙女君には関係ないでしょ」
どう反応して良いのか判断が付かなかった俺を、彼が咄嗟に庇ってくれたものの
納得いかないであろう男たちの追撃は収まらない。
「お前、実は女よりも・・・ってこと、無いだろうな」
「何だよ、あっちの方は欠陥か?」
飲みの席でのよくある冗談、悪意は無いのだろう。
少なくとも、俺以外には、笑って流せるような言葉だったと思う。

グラスがテーブルに叩きつけられる激しい音が、場を一瞬固まらせる。
「・・・あのさぁ」
目の前の彼は、声の主に向って軽蔑の意を込めたような冷たい視線を送っていた。
「そういう性質の悪い冗談、マジでやめろって」
滅多に聞くことの無い乱暴で辛辣なトーンに、傍で聞いていた俺までが緊張感を覚えるようだった。
「河合、ちょっと落ち着け」
近くに座る同期に諌められ、その視線が俺の方へ戻ってくる。
目が合った瞬間、無理矢理作り笑いを見せた彼は、けれど、すぐにまた憮然とした顔を見せた。

何が彼の怒りのスイッチを入れたのか。
もしかして、それは自身が同性愛者だと疑われたことなのかも知れない。
「勝手に言わせとけ。ああいう形でしか鬱憤晴らせないんだから」
「・・・慣れてるつもりなんだけどな」
手元の焼酎を一気に煽った彼は、大きな溜め息をつく。
「図星突かれると、自制効かなくなる」
悔しさを滲ませた声が、程なく、再び盛り上がり始めた喧騒に掻き消されていった。


数台のタクシーに分乗してホテルに戻る頃、やっと彼は落ち着いた気分を取り戻す。
「何か・・・今日はちょっと、飲み過ぎたかも」
「まぁ、たまには良いんじゃないですか。こういう機会ですし」
口にするほどではない些細なストレスが、いろいろと溜まっているのだろう。
俺の言葉に一瞬微笑みを返し、隣に座る男は空を仰いで目を閉じた。

「早乙女君は、明日あっちに帰るんだっけ?」
助手席に座る彼の同僚が、後ろの様子を窺いながらそう声を掛けてくる。
「ええ、明後日、地元の同窓会に出て・・・火曜日にはこっちに戻る予定です」
「同窓会って、中学?高校?」
「中学の」
「へ~・・・何?初恋の人とか来たりして?」
ほろ酔い加減の言葉に思い返されたのは、青い記憶の中のはにかむ顔。
「いや・・・どうでしょうね」
「同窓会で再会して結婚、なんて、結構よく聞く話だからなぁ」
たった半年、臨時でやってきた教師の消息なんか、分かるはずもない。
でも、もしかしたら、何か分かるかも知れない。
「良いなぁ。ああ、でもオレ男子校だったからな・・・」
羨ましさを露わにする声に、つまらない期待がくすぐられた。

□ 71_初恋 □
■ 1 ■   ■ 2 ■   ■ 3 ■   ■ 4 ■
□ 79_相思 □
■ 1 ■   ■ 2 ■   ■ 3 ■   ■ 4 ■   ■ 5 ■   ■ 6 ■
□ 87_相愛 □
■ 1 ■   ■ 2 ■   ■ 3 ■
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まべちがわ

Author:まべちがわ
妄想力を高める為、日々精進。
閲覧して頂いた全ての皆様に、感謝を。

2011-3-12
東日本大震災の被害に遭われた方に
心よりお見舞いを申し上げます。
故郷の復興の為に、僅かばかりにでも
尽力出来ればと思っております。

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