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相愛(3/3)

扁平な月と幾つかの星が浮かぶ空を、飛行機が飛び立っていく。
あと数時間もすれば、また、彼の地に降り立つ予定だというのに
未だ、宿題が終わらない。
答は明白だ。
けれど、どう答えて良いかが分からない。
何故、彼はこんなことを問うてきているのか。
大人の男同士として、俺たちの関係に違和感を持ち始めているのかも知れない。
結局、昨日の夜は延々とループする思考にハマり、殆ど眠れなかった。


「昼くらいから酷い雨でね」
俺に無理難題を出した男は、そう言いながら迎えてくれた。
「朝までには止むって言ってたけど・・・どうだろう」
課題の提出を求められる気配はなく、さりとて安心できる訳でもなく
気持ちの所在を掴めないまま、彼の後に続く。

「飯は食った?」
「ええ、あっちで少し時間が余ったんで」
「じゃあさ、ちょっと行きたいところがあるんだけど、付き合ってくれる?」
その提案に、思わず視線の先の時計へ目をやった。
夜の10時半を回った辺り。
「・・・これからですか?」
博多の街も近い。
とはいえ、一晩中飲みに繰り出すような性格ではないことも分かっている。
「ちょっと遠いんだ。疲れてるだろうし、車の中で寝てても良いから」
明日じゃダメなんですか。
珍しく頑なな口調に、そう質すことも出来ず、そのまま頷きを返すことしか選択肢は無かった。


確かなのは、今走っているこの道が初めて来た場所であるということだけ。
九州へ来てから半年以上が経ったといっても、地理にはそれほど詳しくない。
途中で高速道路に入り、点々と光るテールランプを追いかけるように闇を走る。
何処へ行くのか、そして彼が出した宿題の意味は何なのか。
真っ直ぐ前を見てハンドルを握る彼の口から、答はまだ発せられない。

トイレ休憩で立ち寄ったパーキングエリアで、数時間ぶりの紫煙に有りつく。
建物に掲げられた名前で、やっとそこが大分県であることを知った。
周りは山に囲まれているのであろう、虫の音が響き、幾分ひんやりとした空気が流れている。
「あと・・・3時間くらいで着くかな」
疲れと眠気でやや朦朧としてきた俺と、彼の様子は対照的だった。
「河合さん、仮眠取らなくて、大丈夫ですか?」
「うん、オレは平気」
恐らく、今日こうやって遠出することを、彼は前から決めていたのだろう。
その意図を汲むことも出来ないまま再び車は走りだし、やがて俺は、眠りに落ちた。


意識が戻った時、車は止まっていた。
薄い視界は暗く、自分の身体が横になっていること以外、取り巻く状況は何も分からなかった。
背中越しに感じる、誰かの気配。
ゆっくりと近づいてきた熱は、小さな溜め息を一つつく。
垂れ下がる前髪が指で掻き上げられ、微かな刺激が全身を戸惑わせる。
「・・・すいとーよ」
消え入りそうな声の後、柔らかな感触が頬の辺りに溶けていった。

寝たふりは、多分得意じゃない。
予期せぬ事態に僅かに乱れた呼吸を、彼に感じ取られたらしい。
「起きてた?」
額に彼の手を感じながら、そっと目を開け、顔を向ける。
夜に同化した表情を読み取ることは出来なかった。
「・・・すみません」
静かな吐息が鼻の頭を掠めていく。
順応してきた視界に映り始めたのは、あまりにも切なげな男の顔。
「今のが、オレの答。君の答を、知りたい」

俺は、自分が望んだ答が、目の前にある。
でも、彼は、本当にこれで良いのか。
男が男を好きになる。
俺にとっては自然なことでも、彼にとっては、そうじゃない。
本当の自分を晒さぬまま、答を返すことは、フェアじゃない。
「あの・・・僕、一つ、話して、ないことが」
「聞きたくない」
感情を押し殺した声に、息を飲む。
「答だけを、教えてくれ」

彼の頬に指を寄せ、軽く力を入れると、その顔が間近に迫る。
穏やかではない、覚悟と緊張感を露わにした表情だった。
首を起こし、一瞬だけ、唇を重ねる。
解けていく彼の顔は、すぐに見えなくなった。
彼の首元に顔を埋めながら、互いの鼓動を感じ合う。
静かに力が籠められる二本の腕に、身を委ねた。


俺のカミングアウトに、彼はそれほど驚きを示さなかった。
満たされないから、行く末が見えないから、彼の感情ばかりを追いかけていた。
嫌われないように、今以上の関係を望まないように、自分の想いを自制してきた。
恋に落ちてから、ついさっきまで、独り抱えてきた気持ちを吐露する。
寄り添うように座る隣の男は、何も言わずに、黙って全てを飲み込んでくれた。

漆黒だった背景に、僅かな白みが差してくる。
直線状に浮かび上がっているのは、恐らく水平線なのだろう。
「君は、相手に特別な存在だと思われたい、と思うことが、恋だって言ってたよね」
ハンドルにもたれ、窓の外に目を泳がせている彼は、呟くように言う。
「でも、今のオレは、君にどう思われるかよりも、君を想う気持ちの方が大きい」
近づいてくる手に呼ばれる様、視線を交わす。
「もし・・・拒絶されても、ひたすら君を、好きでいたいと思った」
俺の頬を指で撫でながら、震える唇は、再び俺に問いかけた。
「この感情を・・・君なら、何て呼ぶ?」


青白い空に薄い赤みが混ざり込んでいく。
雨の気配は周りの木々に残るくらいで、頭上には透き通った青が広がっていた。
駐車場の柵の向こうには、穏やかな海と、大きな島影が見える。
ここは、九州で、最も早く朝日が昇る場所。
「何かを新しく始めたい時、いつも、ここに来るんだ」
湿った潮風を吸い込みながら、彼は大きく伸びをした。
「・・・出来るだけ長く、続けられるように、って」

微笑む顔に、光が射す。
答が、心に浮かんだ。
「河合さん」
「ん?」
「さっきの・・・答」
「ああ」
車のボンネットに寄り掛かっていた俺の身体を、彼の手が自らの方へ引き寄せる。
鼻頭を擦り合せながら、彼は目を細めた。
「聞かせて」
けれど、そう言った傍から、彼の唇が俺の言葉を奪う。
幾度となく触れ合せる度に、幸せが溢れだす。
今日から始まる新たな日常。
二人で愛を寄せ合いながら、生きていく。

□ 71_初恋 □
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□ 79_相思 □
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□ 87_相愛 □
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男が男を好きになる気持ちって、分かるか?

非公開コメントですが、お返事させて頂きます。

足かけ8ヶ月、スローペースの三部作にお付き合い頂きありがとうございました。
リクエストを頂かなければ広がらなかった世界を描くことが出来て、大変有意義に思います。

ちなみに本文にも出てくるタイトルの質問は、私が実際に上司から問われたものです。
何を意図したものだったのか、結局分からずじまいでしたが
『初恋』を書くきっかけとなった一言です。

では、これからもお付き合いのほど、宜しくお願い致します。
Information

まべちがわ

Author:まべちがわ
妄想力を高める為、日々精進。
閲覧して頂いた全ての皆様に、感謝を。

2011-3-12
東日本大震災の被害に遭われた方に
心よりお見舞いを申し上げます。
故郷の復興の為に、僅かばかりにでも
尽力出来ればと思っております。

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