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相思(3/6)

「この週末、何してたの?」
そんな質問を期待しているのかも知れない。
驚くほどでは無いけれど、彼の興味を引く様なことをしたいと思って借りた車。
どのくらい走ったのか、車窓は随分と賑やかさを増してきた。
西に傾き始めた日差しが、昼食のタイミングを逸してしまったことを教えてくれる。
ちょうど良く見えてきたファミレスの看板が、訳も無く嬉しかった。

東京の事務所の近くに、同じ系列店がある。
あまり飲食店に恵まれない立地だったこともあり、週の半分以上はその店で昼を過ごしていた。
窓から見える風景も、周りの客の言葉も違う状況にもたらされる居心地のぎこちなさを
いつもならつまらないはずの画一的なメニューが和らげてくれるようだった。

食べ慣れた味に軽く満腹感を得ながら、煙草に火を点けた。
周りを見ると、程々の客の入り。
家族連れやカップル、業務中のタクシーの運転手と思しき男まで、各々の時間を過ごしている。
普段、一人で食事をとることは殆ど無い。
朝は同じ現場事務所で働く顔見知りが、必ず2、3人ホテルの食堂の席に付いている。
昼と夜は事務所の食堂で済ませる。
週末は、河合さんがあちらこちらへ連れ回してくれていた。
群れるのが好きな訳でも無いし、一人が嫌いな訳でも無いとはいえ
人間関係的に、珍しいくらい恵まれていることを改めて実感する。

ファミレスを出る頃、辺りの陽光は赤みを帯び始めていた。
レンタカーは24時間の契約だから、時間は気にしなくていい。
駐車場で確認したナビには、然程遠くない位置に博多の文字が見え隠れする。
彼からの連絡は、この時間になっても無かった。
憤りを感じることが自分勝手な行為であることは分かっている。
それでも、あと一目盛、心が満たされないことが辛い。
抑えきれない感情を抱えたまま、俺は、更に進路を北に取った。


どんな街にも、歓楽街の隅に息を潜めるコミュニティがある。
中心地から少し離れたコインパーキングに車を停め、携帯で検索した一帯へ向かう。
ごく普通の飲み屋街風情の道の人通りは決して少なくない。
東京でも足を踏み入れないような店の看板が、頭上に見えてくる。
得も言われぬ後ろめたさを、一つの溜め息に溶かした。

薄暗い店内には、カウンターとスタンディングテーブルと、幾つかのボックス席。
まだ夜の浅い時間だからか、店の中の客は僅かだった。
「いらっしゃいませ」
気怠い視線を湛えた男が、カウンターの向こうから声を掛けてくる。
俄かに色めき立ち、艶めかしい表情をする若い男たちとは対照的だった。
「お好きな席へ、どうぞ」
まるで商売っ気の無いトーンで、俺とそれほど年齢は変わらないであろう男が言う。
軽く違和感を覚える雰囲気に飲まれながら、カウンターの一番手前に腰を掛けた。


「初めての方ですよね」
若干気怠さを残したまま、店のマネージャーだという彼がドリンクのメニューを差し出してくる。
「・・・仕事で、ちょっと」
「そうなんですか。どちらからいらっしゃったんですか」
「東京、から」
「それは遠いところを。今夜は是非、楽しんでいって下さい」
申し訳程度の笑みを浮かべ、彼は俺のオーダーをバーテンに伝えに行った。

数分して戻って来た男は、ドリンクと共にタブレットをカウンターに載せる。
「こちらが、今日出勤しているボーイになります」
長く細い指が画面を撫でると、眩しい位の笑顔が次々と流れていく。
「お気に召したところでタップして頂ければ、すぐに参りますので」
いわゆる売り専バーに来たのは、初めてだった。
「こんな風になってるんだね」
くだらない好奇心で緊張を和らげようとしていたのを、目の前の男は感づいていたのかも知れない。
俺が煙草を取り出すタイミングで、彼はライターを差し出してくる。
「こういうところ、あまりいらしたことは無いみたいですね」


快楽を求めに来た訳じゃない。
ただ、報われない虚しさを、紛らわせたいだけだった。
俺の想いに共感してくれるのは、恐らく同じ経験をしたことがあるであろう彼らだけだと
おぼろげな感情に対して恋という言葉を選んだ彼には、分かって貰えないだろうと
そう、思っていた。

タブレットの画面から目を上げると、表情を軟化させた男と視線が交わる。
「お気に召しませんでしたか?」
「いや・・・」
手元にある空いたグラスを下げようとする手を、思わず制止した。
「君でも、いいの?」
俺の問い掛けに、彼は一瞬表情を素に戻す。
その無防備な雰囲気に、僅かな期待を寄せた。
「・・・話を聞いてくれるだけで、良いんだ」

一夜限りの契約。
彼の名前は聞かなかったし、自分からも名乗らなかった。
この地に常駐していること。
今まで同じ境遇の男と話す機会が無かったこと。
そして、想いを寄せる相手がいること。
こぼれ落ちていく言葉を、彼は穏やかに受け止めてくれた。

□ 71_初恋 □
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□ 79_相思 □
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□ 87_相愛 □
■ 1 ■   ■ 2 ■   ■ 3 ■
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まべちがわ

Author:まべちがわ
妄想力を高める為、日々精進。
閲覧して頂いた全ての皆様に、感謝を。

2011-3-12
東日本大震災の被害に遭われた方に
心よりお見舞いを申し上げます。
故郷の復興の為に、僅かばかりにでも
尽力出来ればと思っております。

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