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相思(1/6)

新たな現場に赴任してから2ヶ月。
初めての土地では、予想通り春が早く来て、予想以上の降雪に足元がおぼつかない。
少しずつ環境に身体を慣らしながら、目まぐるしく動転する毎日を過ごしている。

ここに誘ってくれた男もまた、手探りの状況を苦しみつつ、楽しみながら過ごしているようだった。
事務所立ち上げ当初は多忙を極め、休日出勤も当たり前。
それでも、会社を上げてのプロジェクトに創始から携われることの充実感は何物にも代えがたいのだろう。

「何か、やっと一息って感じだね」
早春の雲が造成中の山を霞ませる頃、屋外の喫煙所で一服していた俺に、彼はそう声をかけてきた。
初回となる施主への現場説明会を終えた彼は、大きく背伸びをして息を吐く。
「お疲れ様でした。ずっと忙しかったですもんね」
「こんだけ働いたのは、会社入って初めてかも」
とはいえ、まだ現場は始まったばかり。
これから、幾つもの難題を越えることになる。

「今週末は、休めそうなんですか?」
「ん~・・・久しぶりの連休かな」
俺を見る疲れた笑顔が、子供の様な憎たらしさを帯びる。
「やっと、約束を果たせそうだ」
彼ほどではないにせよ、俺も多忙な日々が続いていた。
土日はゆっくりしようか、そう考えていた頭に、河合さんの言葉の意味はすんなりとは入ってこなかった。


現場がある九州の町は、元々小さな片田舎だった。
高速と、それに沿うように走る国道が町を二分するように走り
大型の輸送トラックが休憩がてら停まる以外、人の往来はそれほど多くない、むしろ少なかった場所。
それが今、新たな現場が動く気配を窺いながら、急速に発展している。
2、3軒のホテルが建ち、外食チェーン店が数店舗肩を並べ、今は大型スーパーが建設中だ。
全て、現場に従事する人を狙った計画なのだろう。
俺が初めてこの町へやって来た時、長期の常駐にそれほど難の無い場所へと変わっていた。

山の上の現場から数分下ったところに、定宿がある。
それもあって、以前のように彼の車に乗ることはなくなった。
だから、こうやって助手席からその横顔を見るのは、懐かしさを覚えるくらい久しぶりのこと。
社会人としては、折角の休日、身体を休めるのが常道だろう。
「毎日山ばっかり見てるから、たまには海を見に行こうか」
目尻の辺りに疲れを滲ませながら、それでも彼は誘い文句を口にした。

車の窓には、柔らかな陽の光を受けた海が顔を覗かせる。
その眩しい風景が、疲れを溶かしてくれるようだった。
どんどん大きくなる水面に奪われていた心に、穏やかな声が割り込む。
「ごめんね、なかなか連れ出せなくて」
「え・・・」
申し訳無さそうな口調に、咄嗟に答えが出ない。
何かを望むことすら残酷だと思える程、忙しい毎日を過ごす内に
俺の中にあった淡い期待も、波に洗われるように小さくなっていた。
「あれだけ忙しかったんですから・・・」
「でもね、時間が出来たら何処に行こうかとか、寝る前にちょっと考えたりはしてたんだよ」
海へまっすぐ降りていく道は、やがて海岸線に沿うように緩やかに左へカーブする。
「ささやかなストレス解消だったかな」
人影の無い春の海は、心を溶かす様に温かく凪いでいた。

ドライブプランは、彼に一任している。
海から少し離れた高台にあるレトロな食堂で、彼のお気に入りだというラーメンを食べ
小さな岬を巡る遊歩道をのんびり歩く。
太陽の傾きを追いかけるように優しい時間がゆっくりと過ぎる中で、つかの間の幸せを噛み締めていた。


俺が暮らす街からは、まだ大分離れている。
それなのに、山間のパーキングエリアに佇む二人の頭上には、無数の星が浮かんでいた。
「明日、何か予定ある?」
缶コーヒーを手にシートにもたれる彼は、軽く目を細めてそう尋ねてくる。
「いえ・・・特には」
「ごめん、ちょっと、仮眠していっても良いかな?」
「それは、構いませんけど・・・」
「自分じゃ平気なつもりでも、やっぱキツイ感じ」
「無理、しないでください」
代わりに運転します、と名乗り出るには長すぎるペーパードライバー歴。
せめてここで働いている内に、運転手を買って出られるようにしよう。
不甲斐なさを感じつつ、そんなことを考えた。

栃木の現場にいた頃から変わらないステーションワゴンは、そろそろ10年選手なのだそうだ。
シートを倒し、横になると、少し空間が窮屈な気がする。
携帯のアラームをセットした河合さんは、鼻から息を吐きながら瞬く間に微睡んでいく。

目を閉じると、その気配はより一層近くに感じられる。
押し殺していた感情が、熱と共に浮き上がってくるのが怖かった。
シートの軋む音に目を開けると、視界に彼の寝顔が飛び込んでくる。
瞬間息を飲んでも、鼓動は落ち着かない。
耐えられない。
誰が見ている訳でも無いのに、あくまで冷静を装いながら、俺は車を降りた。

□ 71_初恋 □
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□ 79_相思 □
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□ 87_相愛 □
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まべちがわ

Author:まべちがわ
妄想力を高める為、日々精進。
閲覧して頂いた全ての皆様に、感謝を。

2011-3-12
東日本大震災の被害に遭われた方に
心よりお見舞いを申し上げます。
故郷の復興の為に、僅かばかりにでも
尽力出来ればと思っております。

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