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初恋(2/4)

「オレは、何を間違ったんだろうな」
沖野課長の感情は、さっきまでの怒から哀に変わりつつあるようだった。
「何、って」
「息子が、見合いを断ったんだ」
自慢の一人息子なのだろう。
彼の口から子供の話を聞くことは、それほど珍しいことでは無かった。
有名な私立大を出て、大手商社に就職。
若くしてアメリカに赴任し、MBAを取得後、つい最近日本へ戻ってきたのだと言う。
多少奥手の様で、彼女らしき存在を見聞きしないことをかねてから心配していた両親。
この機会にと純粋な親切心でお膳立てした見合い話を、子供は断った。

アメリカに置いて来た恋人がいて、その内、日本に呼びたいと思っている。
見合い話を固辞する彼は、父にそう話した。
重苦しい間をおいて呟いた息子の一言を、上司は今でも忘れられないと溜め息と共に吐く。
「でも、孫は見せてあげられない。それだけは、許して欲しい」
彼の恋人は、男だった。

「どうしてそうなったのかが、分からない。オレが、何をした?」
「別にそれは、親のせいじゃないでしょう」
「手塩にかけて育ててきたのに・・・こんな仕打ちが、あるか?」
上司と先輩のやり取りを、まるで自分が責められているような気分で聞き流す。
俺は今まで誰かに、自分が同性愛者であることをカミングアウトしたことは無い。
「自分の子供が、普通の、幸せな生活も送れないなんて・・・」
そして課長の心情を知って、これからも絶対に、口にしないと決めた。

「幸せなんじゃないんですか。息子さんは」
すっかり項垂れてしまった上司のコップに酒を注ぎながら、河合さんは言った。
「他人とは違うけど、だけど幸せだから心配するなって、言いたかったんじゃないんですかね」
「幸せな訳、無いだろう?子孫も残せないし、病気だって・・・」
「何をもって幸福なのかなんて、人それぞれだと思いますよ」
部下に諌められた課長は、切なげな眼をしたままで小さく頷く。
「そうかも、知れないけど・・・オレが、納得できないんだよ」

子供の幸せを祈るのは親として当たり前のことだとは思う。
俺だって、自分の性指向を確信した時から、親への罪悪感を何処かしらに抱えてきた。
このことは自分一人の問題じゃないのかも知れない。
もしかしたら、親の幸せまでを、削ってしまっているのかも知れない。


「疲れた?眠かったら、寝てて良いよ」
通り過ぎて行く水銀灯をぼんやりと眺めていた俺の耳に、河合さんの声が届く。
「あ、いえ・・・大丈夫です」
「何か、考え事?」
「そういう訳じゃ、無いんですが」
月一の彼との深夜行は、これが最後。
そして、彼と顔を合わせるのも、最後になるのだろう。
寂しい、素直にそう思えないのは、課長の話を聞いたからだろうか。
受け入れざるを得ない感情に、言い知れない背徳感が付きまとっていた。

「オレもね、ちょっと、考えてた」
「何を?」
「恋するって、どういうことなんだろうなって思って」
少し熱が籠ってきた車内に、彼は小さく窓を開けて風を流す。
「キスしたいとか、抱きたいとかさ、身体の関係を抜きにしたら、何が残るんだろう」
煽られる前髪を見ながら、俺は、今自分が抱えている気持ちを見つめ直した。
「一緒にいて楽しいとか、癒されるとか・・・そんな感じですか」
「だったらさ、別に女でなくても、良いんじゃない?」
「え?」
「だって、それって、友達とかでも同じことが言える訳でしょ」
「それは・・・」

友達と恋人の境界線。
磁石のように惹きつけ合う関係は、男女間だけに起こるものではないのでは無いか。
それは、彼が異性愛者だから沸き起こる疑問。
俺は、そうでは無いことを知っている。
この瞬間も、引き摺られ続けている。

「それは、確かにそうですけど・・・何て言うか・・・認識の違いと言うか」
「認識?」
公私ともに良くしてくれる先輩では無く、恋い焦がれる存在なのだと気付かせた感情。
「自分は特別な存在なんだって、相手に認識して貰いたいと思うのが、恋、なのかなと」
「男女関係なく?」
「まぁ・・・普通は・・・異性に対する、言葉でしょうけど」
「じゃ、やっぱ、性別云々って話じゃないってことか」
「・・・と、思います」
「何か、他に良い言葉無いのかな。その感情を端的に表すような、さ」
そう笑った彼は、不意にウインカーを左に出し、車線を変更した。
「小腹が空いたから、ちょっと寄って行こうか。・・・ここのうどんも、今日で最後だなぁ」
流れていく緑色の標識。
ナビの画面に映る時間は、夜中の2時を示していた。


彼が現場を去ってから3か月余り。
建物は無事竣工を迎え、俺も東京へ戻ることとなった。
一人、新幹線の車窓を見やりながら、彼のことを思い出す。
電話番号も、メールアドレスも教えて貰っていたけれど、あまり連絡を取ることはしなかった。
徐々に離れていく心の線を寂しく思いながら、これで良いんだと思い込ませていた。

□ 71_初恋 □
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□ 79_相思 □
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□ 87_相愛 □
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まべちがわ

Author:まべちがわ
妄想力を高める為、日々精進。
閲覧して頂いた全ての皆様に、感謝を。

2011-3-12
東日本大震災の被害に遭われた方に
心よりお見舞いを申し上げます。
故郷の復興の為に、僅かばかりにでも
尽力出来ればと思っております。

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