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初恋(3/4)

秋を感じさせる風がビルの合間を抜ける頃。
自社での仕事のリズムにも慣れてきて、ネクタイの堅苦しさもしっくりくるようになった。

「早乙女、週末は何か予定、あるか?」
水曜日の定時過ぎ、何やら慌てた様子の上司が声をかけてくる。
「いえ、特には・・・」
「じゃ、ちょっと旅行でもしてこい」
「は?」
差し出されたのは1冊のファイルと航空券。
「下請けの担当者が風邪だかで寝込んでるらしくてな。誰か行ってくれないかって泣きついてきた」

ファイルの中身は平・立面図と、劣化診断調査票と書かれた帳票だった。
付き合いのあるコンサルから任された物件をそのまま下請けに流したらしく、俺には初見のもの。
建物は不動産会社の自社ビルのようで、規模はそれほど大きくは無い。
「大した話じゃないんだが、行かないのもまずいんだよ」
「はぁ・・・」
「資料はまとまってるから、あとは該当箇所の写真撮って、気になる点をメモするくらいで良い」
確かに上司の言う通り、作業的には何ら問題の無い調査だと思う。
とは言え、降って湧いた他人の尻拭いを喜んで出来るような性格でもない。
「場所は」
そう聞きかけて、一緒に渡された航空券を見る。
羽田-福岡。
すっかり疎遠になり、今では良い思い出となった男の顔を思い出す。
その笑顔が、少し気持ちを前向きにした。
「分かりました。・・・月曜日は、代休貰えるんですか?」
「そうしてくれ。金がかかった分は、領収書貰っておけよ」


人間関係は、親密だった時間が長い程、その空白に耐えられる時間も長くなる。
二人で過ごした時間は、それほど長かった訳でも無い。
その上、これ以上深追いしてはいけないと思う自制心が、遠く離れた相手へのアプローチを妨げた。
約半年と言う空白は、関係を薄めてしまうのには十分過ぎたようで
結果、俺と彼の間には、以前仕事を一緒にしていた人間、それくらいの関係しか残っていない。
それでも、今でも俺にとっては彼は特別な存在。
連絡もせず旅立った飛行機の中、何処かに奇跡を期待してしまう気持ちもあった。


人気の無いビルの現地調査は、幾つかのトラブルはあったものの、概ね順調に進んだ。
海が近い場所らしく、時折船の汽笛が風に乗って流れてくる。
建物の屋上からは港に泊まる真っ白い大型客船が見えて、仕事とは言え、旅行気分を煽られた。

翌日、ベッドの寝心地が良くなかったのか、朝早く目が覚める。
太陽はまだ顔を出したばかりであろう6時過ぎ。
「ホテルの近くに、高台になった公園がありましてね。海が良く見えますよ」
二度寝しようか迷う頭に、昨日一緒になった現地の社員の言葉が過ぎる。
なかなか来る機会の無い土地、飛行機の時間は昼前。
折角だし、そう思いながらベッドを降りた。


ジョギングやウォーキングをする人、犬の散歩をする人。
朝の公園は程々賑わっている。
しばらく歩くと徐々に道に勾配が付いてきて、並木が切れると共に、視界に海が飛び込んでくる。
雲が霞む、やや白い空に、青い海面と街の凹凸が浮かぶように見えた。

小さな灰皿の傍に立ち、一服する。
一瞬携帯が震えたような気がしたのは、やっぱり気のせいだった。
彼は、この土地で、元気にやっているのだろうか。
新しい生活を、楽しんでいるのだろうか。
他人の幸せを祈りながら、自分の孤独を癒す。

ふと視線を落とした拍子に、草の間に隠れた白い物体を見つけた。
拾い上げると、それは子供向けの電車の模型。
この辺で遊んでいて、落としてしまった物なのかも知れない。
裏を返すと、名前を記したシールが貼ってある。
見覚えのある苗字にハッとした時、後ろから子供の声が聞こえた。
「それ、ボクのだよ!」

振り返ると同時に、男の子が俺の脚にしがみつく。
「ボクのさくら!」
「コウタ、先にお礼言わなきゃダメだろ?」
男の子に電車を手渡すと、彼はその後ろからやって来た男の元へ駆けていく。
「すみません、昨日遊んでた時に落としたみたいで・・・」
「いえ、構いません・・・」
顔を上げた先にいた男の顔に、声が出なかった。
「・・・早乙女君?」
それは、紛れも無く、彼だった。

独身だったはずだ。
結婚したのだろうか。
それにしては子供が大きすぎる。
言葉を失いながら、彼の足元で模型を大事そうに抱える男の子に視線を投げた。
「見つかった~?」
遠くから聞こえた女の声に、彼は振り向いて叫ぶ。
「ああ、見つかったよ!」
呆れたような笑顔を一瞬俺に向けた男は、子供の身体に手を添えて言う。
「ほら、ママのところに」

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□ 87_相愛 □
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まべちがわ

Author:まべちがわ
妄想力を高める為、日々精進。
閲覧して頂いた全ての皆様に、感謝を。

2011-3-12
東日本大震災の被害に遭われた方に
心よりお見舞いを申し上げます。
故郷の復興の為に、僅かばかりにでも
尽力出来ればと思っております。

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