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相思(5/6)

運転席に座った彼は、ネクタイを緩め、やっと一息といった表情を見せる。
「着替えなくて、良いんですか?」
「ん?ああ、いいや」
出張帰りということもあり、スーツ姿のまま。
大きめの荷物も、家に置くことなく車に積み替えただけ。
疲れているであろうことは明らかなのに、定位置に戻った安心感からか、嬉しげな雰囲気を醸し出す。
「とりあえず、どっかで飯食おう。流石に腹減ったよ」

久しぶりに都会の雰囲気を味わいたかった。
朝から博多にいた理由を、そう話した。
「月一で東京に戻ってるのに。まぁ、毎日山の中だから、気持ちは分からないでもないけど」
「あまり博多の街を歩くことも無かったんで、折角だからと思って」
山道を行く車の窓には、萌え始めた木々が流れていく。
緩やかなカーブを過ぎると、林を掻き分けるように大きな湖が見えてきた。

「・・・金曜日の夜、沖野さんと飲む機会があってさ」
ダム湖の畔に設けられた小さな公園で、水面が揺らめきながら赤く染まっていくのを眺める。
「お元気でしたか?」
「次長に昇進したんだって」
「すごいですね」
「それに、英会話、習ってるらしいよ」
「英会話?」
「あんまり日本語喋れないんだって、例の、息子さんの彼氏」
栃木の現場で河合さんの上司だった沖野さんには、俺も随分良くして貰っていた。
彼の名前を聞く度に、息子に対する父の葛藤を想像して切なくなったりもしていたけれど
その話と、夕陽に照らされた男の横顔に、安堵と羨望が込み上げた。


強い風が葉擦れを起こし、さざ波となって湖を駆けていく。
「ごめんね」
謝罪の言葉と共に、河合さんが俺の方に視線を投げる。
「・・・何が?」
「この、週末のこと」
急激に愁いを帯びていく表情に、動揺を誤魔化さんと笑って答えた。
「いえ、別に、謝ることじゃ・・・」
「少し前から話はされてたんだけど・・・言い出せなくて」

元上司と会っていた、というのは確かに事実だった。
けれど、そこには、もう一人の人物がいた。
「義理もあるし、会うだけでも良いからって、断りきれなかったんだ」
息子への無念を、入社以来目を掛けて来た部下で晴らそうとしていたのかも知れない。
「お見合い、ですか」
「そこまで形式ばったもんじゃないかな。とりあえず、会って、話して、みたいな」
結婚適齢期真っ只中。
「で、昨日一日、デートみたいなね、感じで過ごして」
俺が持ち合わせていない人生の青写真を、当然彼だって、描いているはずだ。

「どう、なんですか・・・その人」
声が強張る。
出来れば聞きたくない。
でも、聞かなければあまりにも不自然すぎる。
「3つ下でね、落ち着いた人。メーカーで総務やってるって言ってたかな」
相手の印象は悪くないといった口調が居た堪れない。
「ああいうの久しぶりだから、新鮮だったよ」
「・・・言ってくれれば、良かったのに」
目を足元に落とすと、二つの長い影が芝生に伸びていた。
影でしか重なることができない、それでも俺は幸せだと、噛み締めるように言い聞かせる。
「いや、さ。君のこと連れまわして、そういう機会奪ってたのに、オレだけっていうのが後ろめたかった」

優しさが痛い。
「僕は・・・週末誘って貰えることが、嬉しかったんで。むしろ、謝られると・・・」
幸せを窺う向きが違っても、今は、彼と同じ方向に合わせなければいけない、と思った。
「良いことじゃないですか。出会いすら見つからないって愚痴ってる奴、周りにいっぱいいます」
「まぁ、そうなんだけど」
「綺麗な人、なんですか」
「凄く美人って訳でも無いけど、雰囲気は優しくて、よく笑ってくれた」
「なら・・・こんなチャンス逃しちゃダメですよ」
精一杯の作り笑いに、彼は何も言わず、切なげな表情を浮かべる。
俺とのたわいない時間が終わることを、寂しく思ってくれているのだろう。
自分勝手な解釈だけが、唯一の救いだった。


「早乙女君が泊まってるホテル、今日、空きあるかな?」
軽い夕飯を食べた後、河合さんは俺をホテルへ送る途中でそう聞いてきた。
「え?」
「工場近いしさ、このまま泊まっていっちゃおうかと思って」
「じゃあ・・・ちょっと、聞いてみます」

定宿であるビジネスホテルは、平日なら満室であることが殆どだ。
ただ、土日は自宅へ戻る人も多いようで、観光地でも無い為、宿泊客は少なくなる。
「あんだけデカい風呂に毎日入れるのは、良いよね」
風呂あがりの彼は、笑いながら帰りがけに買ってきたビールを開ける。
「この辺のホテルの中だと、大浴場があるのはここだけだったと思いますよ」
部屋で少し飲まないか、電話でそう誘われたのは夜も落ち着いたくらい。
二人で出かけても、飲酒する機会は殆ど無いこともあり
ほろ酔いの彼の姿を目にするのは、新鮮な感じだった。

「そういえば、当初は明日、帰ってくる予定だったんですよね?」
少し、気分と口が緩んでいたような気がする。
何気なく聞いたその一言で、彼の顔に僅かな影が落ちた。
今日、こんな顔を見たのは何回目だろう。

「実はね」
ベッドに腰掛けた男が、ふと目を伏せる。
「君に・・・もう一つ、謝らなきゃならないことがある」

□ 71_初恋 □
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□ 79_相思 □
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□ 87_相愛 □
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まべちがわ

Author:まべちがわ
妄想力を高める為、日々精進。
閲覧して頂いた全ての皆様に、感謝を。

2011-3-12
東日本大震災の被害に遭われた方に
心よりお見舞いを申し上げます。
故郷の復興の為に、僅かばかりにでも
尽力出来ればと思っております。

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