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初恋(1/4)

「早乙女君さ、男が男を好きになる気持ちって、分かるか?」
勢いに任せて酒を飲んでいた向かいの沖野課長が、俺に問う。
「・・・は?」
「オレにはさぁ・・・全っ然、理解出来ねぇんだよ」
「はぁ・・・」
「何でなんだ?」
「何がですか?」
狭い居酒屋のテーブルの上には、食べきれない程のつまみの数々。
一切れの茄子の漬物を指で摘み、上司は口に放り込む。
追いかけるように泡の消えたビールを呷った彼は大きな溜め息をついた。
「男とヤりたいって思ったこと、あるか?」

あまりに唐突な質問に、思わず顔が強張った。
面と向かってそんなことを聞かれたのは当然初めてで
冗談交じりに笑いながら話すのならいざ知らず
今眼前にあるその表情は、何処か思いつめているようにも見える。
だからと言って、自分の本心を話すことは絶対に出来なかった。
言葉に迷えば、詮索させる隙を与えてしまう。
「無いですよ。そんなの・・・」
「そうだよなぁ。そんな気持ち、分かる訳ないんだよ」
普段は温厚な上司が、この時ばかりと何かに当たり散らすように語気を荒げる。
「ったく、どういうことなんだ」
それは、誰に対しての憤りなのか。
よく分からないまま、いよいよ逃げ場が無くなってきた状況に居た堪れなくなってくる。

「どうしたんですか?沖野さん、機嫌悪いですね」
会話に詰まった俺の隣に、この飲み会の主役が腰を下ろす。
「ああ、河合。お前さ・・・」
上司はビールを注がれながら、彼に同じ質問を投げかけた。
彼の答は、正直、あまり聞きたくなかった。
「ん~・・・無い、ですけど」
「だよな、やっぱ」
助け舟だと思った存在が現れたことで、更に居場所が狭くなる。
とりあえず煙草に火を点け、伏し目がちに二人を窺った。

「どうして突然、そんな話になったんですか?」
「僕にも・・・よく分からなくて」
「いろいろ、あるんだよ」
今日の飲み会は、来週福岡に転勤になる河合さんの送別会を兼ねている。
佐賀出身の彼は兼ねてから九州支店への異動を希望していたようで
年度初めに支店で大きなプロジェクトが動くのを機に、念願叶った形となった。
「それは、ちゃんと真相を聞かないと、福岡には行けませんね」
烏龍茶片手に笑う彼を近くに感じながら、寂しさはますます募る。


栃木の外れにある現場に常駐するようになってから、もう2年近くが経つ。
所属している会社は東京にある中堅の設計事務所で
ここには、大手ゼネコンの協力会社の社員として勤めている。
一緒にいる期間が長いからか、立場を分け隔てなく接してくれるゼネコンの社員が多く
今まで行った現場事務所の中では、居心地はかなり良い方だと思う。
中でも河合さんは、何かと気にかけてくれる兄貴分的な存在で
毎朝毎晩、車の無い俺を定宿まで送迎してくれていた。

ある週末の夜。
「早乙女君、明日東京に戻るんだよね?」
ホテルに程近い高速道路のインターチェンジの手前で、彼は俺にそう聞いてきた。
「ええ、月曜日は月一の会議なんで」
東京でも一人暮らし、特に帰る用事も無かったから、週末でも自宅に戻ることは滅多になかったけれど
毎月第一週の月曜日は会社で定例会議がある為、東京へ戻ることが常になっていた。
「オレ、このまま東京帰るんだけど、乗ってく?」
「これからですか?」
ナビに表示された時間は夜12時前。
「混んでなきゃ、2、3時間で着くと思うよ」
「はぁ・・・」

彼に好意を持ち始めたのは、現場に常駐を始めてすぐだ。
面倒見が良く、大らかな性格は、誰からでも好かれるところだろう。
何よりも決定的だったのは、目を細めてはにかむ表情が初恋の相手によく似ていることだった。
日を経るごとに近づく距離に比例して、忍ぶ恋心が大きくなる。
嬉しくて、でも、辛くて、苦しくて。
叶わぬ恋をする度、相手に勝手な期待をして、勝手に裏切られたと卑屈になってきた。
だから、今度こそは、彼と平行線を引こうと努力してきたはずなのに
気が付くと、彼に向かって僅かに傾いてしまっている自分に気が付く。

外環道から都心の風景が見えてくる頃、空は既に白み始めていた。
「もう、朝ですね・・・」
「思った以上に時間かかったなぁ」
「そりゃ、あれだけ寄り道してれば」
結局、彼の誘いに乗った俺は、一旦ホテルに戻って荷物を持ち、彼の車で帰京することになった。
高速道路に入り、初めは順調だった行路は、徐々に途切れ途切れになっていく。
「ちょっと、腹減らない?」
「トイレ寄って良いかな?」
「ここ、名物があるんだよ」
事ある毎に彼はそう言ってPAに入る。
夜中だと言うのに何処となく楽しそうな表情に、眠気を飛ばしながら付き合っていた。

「毎週、車で帰って来てるんですか?」
車は高速を降り、下道に入る。
「うん。オレ、車乗るの好きでね。ストレス解消代わりに」
「疲れません?」
「疲れるけど。楽しい方が大きいな」
俺自身も免許は持っているけれど、すっかりペーパードライバーになって久しい。
車を運転するのも、それほど好きな方じゃない。
「良かったら、また、乗ってってよ」
信号で止まったタイミングで、朝日を受けた彼のはにかんだ表情が俺に向けられる。
「一人旅も良いけど。・・・やっぱり、二人の方が面白いから」
その言葉が、決して交わることの無い心の勾配を一気に傾けた。

□ 71_初恋 □
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初恋(2/4)

「オレは、何を間違ったんだろうな」
沖野課長の感情は、さっきまでの怒から哀に変わりつつあるようだった。
「何、って」
「息子が、見合いを断ったんだ」
自慢の一人息子なのだろう。
彼の口から子供の話を聞くことは、それほど珍しいことでは無かった。
有名な私立大を出て、大手商社に就職。
若くしてアメリカに赴任し、MBAを取得後、つい最近日本へ戻ってきたのだと言う。
多少奥手の様で、彼女らしき存在を見聞きしないことをかねてから心配していた両親。
この機会にと純粋な親切心でお膳立てした見合い話を、子供は断った。

アメリカに置いて来た恋人がいて、その内、日本に呼びたいと思っている。
見合い話を固辞する彼は、父にそう話した。
重苦しい間をおいて呟いた息子の一言を、上司は今でも忘れられないと溜め息と共に吐く。
「でも、孫は見せてあげられない。それだけは、許して欲しい」
彼の恋人は、男だった。

「どうしてそうなったのかが、分からない。オレが、何をした?」
「別にそれは、親のせいじゃないでしょう」
「手塩にかけて育ててきたのに・・・こんな仕打ちが、あるか?」
上司と先輩のやり取りを、まるで自分が責められているような気分で聞き流す。
俺は今まで誰かに、自分が同性愛者であることをカミングアウトしたことは無い。
「自分の子供が、普通の、幸せな生活も送れないなんて・・・」
そして課長の心情を知って、これからも絶対に、口にしないと決めた。

「幸せなんじゃないんですか。息子さんは」
すっかり項垂れてしまった上司のコップに酒を注ぎながら、河合さんは言った。
「他人とは違うけど、だけど幸せだから心配するなって、言いたかったんじゃないんですかね」
「幸せな訳、無いだろう?子孫も残せないし、病気だって・・・」
「何をもって幸福なのかなんて、人それぞれだと思いますよ」
部下に諌められた課長は、切なげな眼をしたままで小さく頷く。
「そうかも、知れないけど・・・オレが、納得できないんだよ」

子供の幸せを祈るのは親として当たり前のことだとは思う。
俺だって、自分の性指向を確信した時から、親への罪悪感を何処かしらに抱えてきた。
このことは自分一人の問題じゃないのかも知れない。
もしかしたら、親の幸せまでを、削ってしまっているのかも知れない。


「疲れた?眠かったら、寝てて良いよ」
通り過ぎて行く水銀灯をぼんやりと眺めていた俺の耳に、河合さんの声が届く。
「あ、いえ・・・大丈夫です」
「何か、考え事?」
「そういう訳じゃ、無いんですが」
月一の彼との深夜行は、これが最後。
そして、彼と顔を合わせるのも、最後になるのだろう。
寂しい、素直にそう思えないのは、課長の話を聞いたからだろうか。
受け入れざるを得ない感情に、言い知れない背徳感が付きまとっていた。

「オレもね、ちょっと、考えてた」
「何を?」
「恋するって、どういうことなんだろうなって思って」
少し熱が籠ってきた車内に、彼は小さく窓を開けて風を流す。
「キスしたいとか、抱きたいとかさ、身体の関係を抜きにしたら、何が残るんだろう」
煽られる前髪を見ながら、俺は、今自分が抱えている気持ちを見つめ直した。
「一緒にいて楽しいとか、癒されるとか・・・そんな感じですか」
「だったらさ、別に女でなくても、良いんじゃない?」
「え?」
「だって、それって、友達とかでも同じことが言える訳でしょ」
「それは・・・」

友達と恋人の境界線。
磁石のように惹きつけ合う関係は、男女間だけに起こるものではないのでは無いか。
それは、彼が異性愛者だから沸き起こる疑問。
俺は、そうでは無いことを知っている。
この瞬間も、引き摺られ続けている。

「それは、確かにそうですけど・・・何て言うか・・・認識の違いと言うか」
「認識?」
公私ともに良くしてくれる先輩では無く、恋い焦がれる存在なのだと気付かせた感情。
「自分は特別な存在なんだって、相手に認識して貰いたいと思うのが、恋、なのかなと」
「男女関係なく?」
「まぁ・・・普通は・・・異性に対する、言葉でしょうけど」
「じゃ、やっぱ、性別云々って話じゃないってことか」
「・・・と、思います」
「何か、他に良い言葉無いのかな。その感情を端的に表すような、さ」
そう笑った彼は、不意にウインカーを左に出し、車線を変更した。
「小腹が空いたから、ちょっと寄って行こうか。・・・ここのうどんも、今日で最後だなぁ」
流れていく緑色の標識。
ナビの画面に映る時間は、夜中の2時を示していた。


彼が現場を去ってから3か月余り。
建物は無事竣工を迎え、俺も東京へ戻ることとなった。
一人、新幹線の車窓を見やりながら、彼のことを思い出す。
電話番号も、メールアドレスも教えて貰っていたけれど、あまり連絡を取ることはしなかった。
徐々に離れていく心の線を寂しく思いながら、これで良いんだと思い込ませていた。

□ 71_初恋 □
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初恋(3/4)

秋を感じさせる風がビルの合間を抜ける頃。
自社での仕事のリズムにも慣れてきて、ネクタイの堅苦しさもしっくりくるようになった。

「早乙女、週末は何か予定、あるか?」
水曜日の定時過ぎ、何やら慌てた様子の上司が声をかけてくる。
「いえ、特には・・・」
「じゃ、ちょっと旅行でもしてこい」
「は?」
差し出されたのは1冊のファイルと航空券。
「下請けの担当者が風邪だかで寝込んでるらしくてな。誰か行ってくれないかって泣きついてきた」

ファイルの中身は平・立面図と、劣化診断調査票と書かれた帳票だった。
付き合いのあるコンサルから任された物件をそのまま下請けに流したらしく、俺には初見のもの。
建物は不動産会社の自社ビルのようで、規模はそれほど大きくは無い。
「大した話じゃないんだが、行かないのもまずいんだよ」
「はぁ・・・」
「資料はまとまってるから、あとは該当箇所の写真撮って、気になる点をメモするくらいで良い」
確かに上司の言う通り、作業的には何ら問題の無い調査だと思う。
とは言え、降って湧いた他人の尻拭いを喜んで出来るような性格でもない。
「場所は」
そう聞きかけて、一緒に渡された航空券を見る。
羽田-福岡。
すっかり疎遠になり、今では良い思い出となった男の顔を思い出す。
その笑顔が、少し気持ちを前向きにした。
「分かりました。・・・月曜日は、代休貰えるんですか?」
「そうしてくれ。金がかかった分は、領収書貰っておけよ」


人間関係は、親密だった時間が長い程、その空白に耐えられる時間も長くなる。
二人で過ごした時間は、それほど長かった訳でも無い。
その上、これ以上深追いしてはいけないと思う自制心が、遠く離れた相手へのアプローチを妨げた。
約半年と言う空白は、関係を薄めてしまうのには十分過ぎたようで
結果、俺と彼の間には、以前仕事を一緒にしていた人間、それくらいの関係しか残っていない。
それでも、今でも俺にとっては彼は特別な存在。
連絡もせず旅立った飛行機の中、何処かに奇跡を期待してしまう気持ちもあった。


人気の無いビルの現地調査は、幾つかのトラブルはあったものの、概ね順調に進んだ。
海が近い場所らしく、時折船の汽笛が風に乗って流れてくる。
建物の屋上からは港に泊まる真っ白い大型客船が見えて、仕事とは言え、旅行気分を煽られた。

翌日、ベッドの寝心地が良くなかったのか、朝早く目が覚める。
太陽はまだ顔を出したばかりであろう6時過ぎ。
「ホテルの近くに、高台になった公園がありましてね。海が良く見えますよ」
二度寝しようか迷う頭に、昨日一緒になった現地の社員の言葉が過ぎる。
なかなか来る機会の無い土地、飛行機の時間は昼前。
折角だし、そう思いながらベッドを降りた。


ジョギングやウォーキングをする人、犬の散歩をする人。
朝の公園は程々賑わっている。
しばらく歩くと徐々に道に勾配が付いてきて、並木が切れると共に、視界に海が飛び込んでくる。
雲が霞む、やや白い空に、青い海面と街の凹凸が浮かぶように見えた。

小さな灰皿の傍に立ち、一服する。
一瞬携帯が震えたような気がしたのは、やっぱり気のせいだった。
彼は、この土地で、元気にやっているのだろうか。
新しい生活を、楽しんでいるのだろうか。
他人の幸せを祈りながら、自分の孤独を癒す。

ふと視線を落とした拍子に、草の間に隠れた白い物体を見つけた。
拾い上げると、それは子供向けの電車の模型。
この辺で遊んでいて、落としてしまった物なのかも知れない。
裏を返すと、名前を記したシールが貼ってある。
見覚えのある苗字にハッとした時、後ろから子供の声が聞こえた。
「それ、ボクのだよ!」

振り返ると同時に、男の子が俺の脚にしがみつく。
「ボクのさくら!」
「コウタ、先にお礼言わなきゃダメだろ?」
男の子に電車を手渡すと、彼はその後ろからやって来た男の元へ駆けていく。
「すみません、昨日遊んでた時に落としたみたいで・・・」
「いえ、構いません・・・」
顔を上げた先にいた男の顔に、声が出なかった。
「・・・早乙女君?」
それは、紛れも無く、彼だった。

独身だったはずだ。
結婚したのだろうか。
それにしては子供が大きすぎる。
言葉を失いながら、彼の足元で模型を大事そうに抱える男の子に視線を投げた。
「見つかった~?」
遠くから聞こえた女の声に、彼は振り向いて叫ぶ。
「ああ、見つかったよ!」
呆れたような笑顔を一瞬俺に向けた男は、子供の身体に手を添えて言う。
「ほら、ママのところに」

□ 71_初恋 □
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初恋(4/4)

朝日を受けた彼の顔は、思い出の中の面影そのままだった。
「どうしたの?仕事?」
「え、ええ・・・急に現調が入って」
彼の背後にいる親子に、俺の意識が囚われているのに気が付いたのだろう。
「ああ、あれ、姉貴の子供なんだ。シングルマザーでね。だから、苗字が一緒」
「あ、そう、なんですか」
「びっくりした?」
「・・・少し」
安堵の表情を悟られないように俯いた俺の顔を、彼は首を傾げて覗き込む。
「結婚もしてないのに、いきなり子供は出来ないよ」

姉と甥を先に帰した彼は、一安心といった風情でベンチに腰を掛ける。
俺は、あまりに唐突な偶然に、未だ心が落ち着かないでいた。
「連絡くれれば良かったのに」
「すみません、突然だったんで」
「いつまで、こっちに?」
「昼の飛行機で・・・」
もっと長く居られれば。
でも、別れを先延ばしにすれば、もっと辛くなる。
だから、これで良いんだ、そう自分に言い聞かせる。

「じゃ、送ってくよ」
「え?」
思いも寄らない彼の提案に、動揺が隠せない。
「早めに空港行って、飯でも食おうよ。その方が焦らなくて良いでしょ」
「でも・・・」
「ちょっと話もしたいし。8時くらいに迎えに行けば良いかな?」
「はぁ・・・」
奇跡的な再会を、彼も喜んでくれているのだろうか。
強引に俺のスケジュールを組み立てる彼は、半年前までの彼と何も変わっておらず
まるで今でも一緒に仕事をしているような、そんな雰囲気に見えた。
変わってしまったのは、俺の方なのかも知れない。


福岡空港の飲食店街は、飯時では無いせいか、それほど混み合ってはいなかった。
「まだ、内々の話なんだけど」
彼がたまに立ち寄ると言う店に入り、席に着くと、彼は僅かに声を潜める。
「今、ウチが手掛けてる物件、来月辺りから本格的に始動することになってね」
福岡と佐賀の県境付近に計画されている、日本でも最大級の工場建設。
そもそも、そのプロジェクトに携わると言う名目で、彼は九州に転勤になった。
「で、協力会社さんに手を頼もうって話が出てて・・・」
奇跡が重なりそうな予感を、必死の思いで打ち消そうと試みる。
けれど、テーブルの上に投げ出していた俺の手に触れる、彼の指の感触がそれを邪魔する。
驚きの視線を真っ直ぐに受け止めながら、彼は言った。
「来て欲しいんだ」

大きな会社だ。
わざわざ東京の設計事務所から呼ばなくても、九州や西日本の会社に幾らでも伝手はあるだろう。
「どうして・・・」
「早乙女君の会社は付き合いも長いし、仕事も卒なくこなしてくれて、信頼がある。・・・それに」
それでも、戸惑いの言葉に返されたのは満面の笑みだった。
「何より、君と仕事がしたい」
仕事のパートナーとして求められる、それは自分が技術者として認められた証。
ただ、純粋な仕事だけの関係に収まらない気持ちがある限り
彼の好意を裏切っているような、そんな気がして素直に喜べない。
「近々、正式に話が行くと思うから。良い返事、期待してるよ」
結局、彼への答えを口にすることは出来ず、ただ、頷いて意思を示した。


携帯電話に表示された時間は、そろそろ出発の刻限。
チェックインカウンターが視界に入ってくる頃、俺の前を歩いていた彼がふと立ち止まる。
「オレさ、性懲りもなく、ずっと考えてたんだけど」
「何をですか?」
急に近づいてきた唇が、耳元で短い言葉を残した。
「君に、恋してるかも知れない」
「・・・な」
バツが悪そうに笑う声と共に、彼は離れていく。
顔を火照らせたであろう熱は、咳払いで何とか誤魔化せただろうか。
「結局、良い言葉が見つからなかったんだよなぁ」
はにかむ笑顔が、遠い昔の淡い想いを呼び起こさせた。
「ホント、上手く言えないんだけどね。ま、そういうこと」

『12時20分発、羽田行の搭乗手続きを開始致します。ご搭乗の方は・・・』
館内に響くアナウンスが、余韻を鞄に詰めろと急かすようだった。
「河合さん」
「ん?」
他の誰とも違う、かけがえの無い特別な存在。
この奇跡だけは、手放したくない。
「また、ドライブに連れてってくれますか?」
「もちろん。何処でも、好きなとこ連れてくよ」
「楽しみにしてます」
差し出された手を、しっかりと握り締める。
線は、交わるかも知れない、そんな期待が胸を熱くさせた。

湾を抱えた街が徐々に小さくなっていく。
再びこの地を訪れる日は、そう遠くないのだろう。
夢見心地な不安と期待を抱えながら、二度目の初恋が空を駆ける。

□ 71_初恋 □
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□ 79_相思 □
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□ 87_相愛 □
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Information

まべちがわ

Author:まべちがわ
妄想力を高める為、日々精進。
閲覧して頂いた全ての皆様に、感謝を。

2011-3-12
東日本大震災の被害に遭われた方に
心よりお見舞いを申し上げます。
故郷の復興の為に、僅かばかりにでも
尽力出来ればと思っております。

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