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相思(4/6)

数件のバーをはしごして彼の店に戻ってきたのは、人通りもすっかり少なくなった時間だった。
奥のボックス席では、重なり合う男たちの影が間接照明に浮かされている。
この店の本来の姿を感じて、僅かに本能が刺激される様だった。

「私から見れば、十分幸せな恋愛をしているように思いますよ」
スタンディングテーブルにもたれかかる彼は
ショットグラスに入ったテキーラを飲み干し、深く息を吐きながら呟く。
「全てをさらけ出さないと、気が済みませんか?」
もう一歩踏み込みたい、その為には、カミングアウトも必要なのかも知れない。
俺の憂いを、彼はそう認識したのだろう。

「ストレートの男を好きになると、だからこそ、身体の関係が欲しくなるんですよね」
過去の出来事を思い出したのか、目の前の表情が寂しげな笑みに変わった。
「心を繋ぐには、互いの壁が高すぎて・・・せめて、って思ってしまう」
独善的になりがちな、同性愛者の恋愛。
交わるはずの無い線は、いつも拗れたままで終わっていく。
苦い経験を繰り返してきたからこそ、辿り着かざるを得なかった結論だった。
「まぁ、上手くいった試しは、殆どありませんけど」

そもそも河合さんとの間にあるのは仕事の関係。
今手がけている物件、ひいては会社同士の契約にまで影響する可能性がある。
感情に流されてしまうのはリスクが大きすぎる、それは十分理解していた。
望みは限りなく薄いと分かっているのに、どうして、俺は恋に落ちたのか。

「こんなことなら、初めから・・・」
恋心を否定する言葉を口にしようと俯いた時、視界の隅に男の姿が入り込んだ。
気配に顔を上げる暇が無いまま、彼の腕が首に絡み、抱き締められる。
静かな吐息がうなじを滑り、腰に回される手が身体を密着させていく。
「それは、違います」
背中を撫でる掌の熱の軌跡が、薄手のコートの上から滲みてくる。
「誰かを本気で好きになれることだけでも、奇跡みたいなものなんです」
「でも、あと、少し・・・」
「好きになればなるほど期待も大きくなるから、満たされない部分も増えてしまうんじゃないですか?」
震える唇の感触がこめかみに熱を残し、離れていった。
「どんなに愛し合ったって、完全には満たされない。少しハードルを下げるのも、悪くないと思いますよ」


枕元から響いてくる細かな振動で、浅い眠りが妨げられる。
時間の感覚がまるでないまま電話を手にした瞬間、着信は切れた。
ディスプレイを見て、目が冴える。
朝の8時前。
相手は、河合さんだった。

近場のカプセルホテルを教えて貰い、店を出たのは3時過ぎだったと思う。
狭いブースに身を押し込め、螺旋状に残された他人の感触を抱えるように床に就いた。
それほど酒を飲まなかったとはいえ、頭の中に斑な霞がかかった状態。
喫煙所を兼ねた小さなラウンジで節々を伸ばし、改めて電話をかけなおす。

「ごめん、まだ寝てた?」
明るい声に、嬉しい反面、疾しさで声のトーンが落ちる。
「あ、はい・・・すみません」
「オレ、あとちょっとしたら飛行機乗るから。昼前にはそっちに着くと思うんだ」
「月曜日の予定じゃ・・・」
「うん、ちょっと」
当然の疑問に、彼は即答しなかった。
間を置いて聞こえた、誤魔化すような笑い声の意図は何だったのか。
「予定が、変わって・・・そうだ、帰ったら軽く何処か行かない?迎えに行くよ」

空白の土曜日、二言三言では説明できない何かがあったのだろう。
それは、俺も同じだった。
「あの、僕も今、博多に・・・」
つい口を衝いた言葉に対する疑問への回答が、咄嗟には思いつかない。
だから、彼の言葉を遮る様に話を続けた。
「レンタカーで来てるんで、僕が、空港まで行きます。着くの11時くらいですよね?」
互いの頭の中にあるしこりを解消するには、この猶予では足りない。
一方的な俺の提案の意図を、彼はちゃんと汲み取ってくれたらしい。
「そうだね。じゃあ、着いたら、電話するよ」
空港内のアナウンスが彼の声に重なって聞こえると同時に、通話は終わった。


「どうしたの?気分転換?」
福岡空港で助手席に乗ってきた河合さんは、いつもと変わらない表情で問いかけてきた。
「いつも乗せて貰ってばかりなんで、そろそろ練習しておかないとと思って」
「じゃ、お手並み拝見しようかな」
「そう言われると、緊張しますね・・・数年ぶりですし」
「でも、案外乗れるもんでしょ?」
「ええ、思っていたよりも」
何でもない会話を、出来るだけぎこちなくしない様に努めて話す。
「助手席なんて、久しぶりだな」
朗らかな笑顔のままでいて欲しくて、俺はわだかまりを口にする機会を、手離した。

昨日来た道を逆に辿り、やがて俺が住む街を通り過ぎる。
目指すのは、先輩が生まれ育った佐賀県北部の市。
車を借りたレンタカー会社の店舗が、偶然河合さんの自宅の近くにあることから
そこで車を乗り捨て、改めて彼の車で短めのドライブに出ることにした。

□ 71_初恋 □
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□ 79_相思 □
■ 1 ■   ■ 2 ■   ■ 3 ■   ■ 4 ■   ■ 5 ■   ■ 6 ■
□ 87_相愛 □
■ 1 ■   ■ 2 ■   ■ 3 ■
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まべちがわ

Author:まべちがわ
妄想力を高める為、日々精進。
閲覧して頂いた全ての皆様に、感謝を。

2011-3-12
東日本大震災の被害に遭われた方に
心よりお見舞いを申し上げます。
故郷の復興の為に、僅かばかりにでも
尽力出来ればと思っております。

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