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相思(6/6)

「結婚して、子供作ってって、考えないことは無いんだ。確かに」
右膝を抱えて身を縮こませながら、彼は呟く。
「彼女と話している時も、何となく行き先を想像したりしてたけど」
進学・就職・結婚、本来ならば順当に巡ってくるはずの人生の転機に対して
彼は、何か引っかかりを感じている様子が見られた。
「・・・断った」
「は?」
「っていうか、逃げたんだな。そして、その逃げ口上に、君を使った」

もし結婚を前提とするのなら、生活基盤を整える時間が必要だ。
でも今は新しい仕事に集中したい。
だから、しばらく結婚は考えられない。
上司や彼女には、そう伝えたのだそうだ。
「ま、実際のところ、今の環境を手放したくないだけなんだよね」
卑屈な笑みを浮かべ、河合さんは俺を見る。
「君がいるから」

彼の言葉を素直に喜ぶことは出来なかった。
「・・・僕、が?」
俺のせいで、彼の人生までが歪んでいく。
こんなこと、望んでいないのに。
「自分勝手だってことは分かってる。でも、いろんなこと天秤にかけてたら、君との時間が残った」
「それは別に・・・彼女がいたって」
「オレ、甲斐性無いんだ。同時に特別な存在を二人も抱えられない」
彼の真剣な眼の中に、狼狽える俺の姿が映る。
求め続けてきた想いが、目の前で揺らいでいた。


トイレに立った河合さんは、そのままベッドには戻らず、椅子に腰かけた俺の脇に立つ。
「前にオレ、早乙女君に恋してるかもって、言ったよね」
見上げた先には、僅かに紅潮した、不安げな顔があった。
「・・・はい」
「これって、片思い?」
「えっ・・・」
「先走ったこと言っちゃったけど・・・どうなんだろうって」
ギリギリのところで釣り合いが取れている秤に重りを置くように、彼は静かに俺の肩に手を添える。
逸る鼓動を抑えるように、息を飲んだ。
「いいえ」
互いが抱く想いの均衡が取れるかどうかを量りながら、言葉を口にした。
「僕もずっと・・・恋、してました」

しゃがみ込んだ彼の顔が、急に近づいてくる。
思わず視線を逸らした。
「ホッとした」
肩に置かれていた手が、俺の頭を抱える様、身体の前に滑り込む。
「ここでフラれたら、どうしようかと思ったよ」
後頭部辺りに彼の顔の熱と息遣いが沁みる。
縺れていた心の線がほぐれ、平行線はやがて、一本に重なり合った。


工場を取り囲む桜並木に、チラホラと小さな花が付き始めている。
今週は暖かい日が続くとのことで、早くも週末には見頃を迎えるらしい。
それもあってか、昼休み、食堂の片隅では女性陣が花見の計画を立てていた。
「昔、家族で行った桜の名所があるんだけど、今度行ってみない?」
彼女たちを横目に見ながら、向かいに座る河合さんがそう提案してくれる。
「どの辺りなんですか?」
「佐賀の南の方。山の中だから、見頃はあと一ヶ月くらい先かな」
「来月って・・・図面の中間審査があるんじゃなかったでしたっけ」
「あ~・・・そんなのもあったな」
水を差された悔しさを流し込むように、彼は手元のコップの水を一気に飲み干した。
「ま、何とかなるよ。最悪、夜行って、朝帰ってくれば良いし」
「それ、花見って言わないんじゃ・・・」
「じゃ、近くに温泉があるから、宿とっちゃうよ。後に引けなくしておいた方が、やる気出るでしょ?」
「はぁ・・・頑張ります」


今のところ、彼に本当のことを告げる機会は訪れていない。
傍からは過剰な友情として見られている関係は、二人の中では "恋" という言葉で集約されていて
互いの認識に相違は無いと、満足できるようになってきたからだ。

桜色の山の斜面が夕陽に照らされ、光が落とす影が木々の輪郭を際立たせる。
一本一本が浮かび上がるように見えるその風景が、車窓を駆けていく。
「ここの温泉ねぇ、露天風呂が混浴なんだよ」
「・・・だから、この宿に?」
「別に、そういう訳じゃ無いけど。いろいろ楽しみがあった方が良いじゃない」
「まぁ、そうですかね」
修羅場だった一週間を乗り越え、やっとの思いで空けた週末。
助手席では、河合さんがスマートフォンで今日泊まる宿の情報を眺めていた。
「飯も美味いらしいよ」
「僕は、それが楽しみです・・・って、当初の目的を忘れてる気もしますが」
「オレの一番の目的は、もっと違うものだけどね」
「まだ、何かあるんですか?」
「こうやって、君と、一緒に時間を過ごすこと」

恋心は、天秤の様にいつだってゆらゆらと揺れている。
彼と共有した全てのことを、それぞれが見えない皿に載せていく。
楽しいことを載せればあっちに傾き、辛いことを載せればこっちに傾き。
平衡を取ることは決して無いけれど
その揺らぎを眺めるほどに愛おしさが増すような、そんな気がしていた。

□ 71_初恋 □
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□ 79_相思 □
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□ 87_相愛 □
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コメント

非公開コメント

"愛"の行く末。

>3/15 21:17 に拍手コメントを頂いた閲覧者さま

基本的に拍手コメントにはお返事しないことにしておりますが
イレギュラーに返信させて頂くことをご了承ください。

再度リクエストを頂きまして、ありがとうございました。
またしても、少しお時間を頂くことにはなりますが
互いを思いやりながらも微妙なズレを抱えた二人の着地点を何処に定めるか
そんなことを考えながら、綴らせて頂きたいと思います。
お届けできるのは7~8月を予定しております。
何卒気長にお待ち頂けますよう、宜しくお願い致します。

行く末

「初恋」の続編をありがとうございます。
「恋」の行く末、「愛」の行く末…。
揺らぎながらも愛おしいふたりが素敵だと思います。

再度リクエストがあったとのこと。
ふたりの想いの着地点、楽しみにしています。

その先にあるもの。

現在掲載中の文章が、80編目。
正直、全ての話の内容を正確に覚えているかと問われても
YESとは言えなくなってきてしまいました。
しかし、中でも、続編のリクエストを頂いた話については
前編を書いた時に抱いていたイメージを思い出す作業が必要な為
何度も読み返す内に、おのずと愛着が湧いてくるようになります。

現在、書きかけのものがいくつかある為
文章に起こしていくのはまだ少し先になりますが
彼らの行く先にあるものを、私なりに形に出来ればと思っております。
季節を跨いでしまいますが、のんびりとお待ち頂ければと思います。
Information

まべちがわ

Author:まべちがわ
妄想力を高める為、日々精進。
閲覧して頂いた全ての皆様に、感謝を。

2011-3-12
東日本大震災の被害に遭われた方に
心よりお見舞いを申し上げます。
故郷の復興の為に、僅かばかりにでも
尽力出来ればと思っております。

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