Blog TOP


相愛(2/3)

すっかり日も落ちたというのに、駅前に掲げられた温度計には30という数字が輝いている。
全身に貼りつくような暑さは、地元に戻って来たのだという実感を身体に植え付けた。
実家があるのは埼玉の北側、昔から夏の猛暑で知られた街。
高校を出てから一人暮らしをしていたこともあり、やや疎遠になってはいたけれど
やっぱり、不思議な安心感のある空気に包まれている。

たまに顔を合わせる旧友たちと落ちあい、指定された場所へ向かう。
学年単位の同窓会は思いの外出席者が多く集まったらしく、駅前の居酒屋を貸切って行うらしい。
卒業してから10年以上が経ち、人生の転換期に差し掛かる時期。
店の前に集う元クラスメイト達は、誰もが皆、大人になっていた。


高校進学以来疎遠になっていた同級生で、一人、母校の教師になった男がいる。
「お前が先生とか・・・ウチの学校大丈夫か?」
中学2年の頃、成績も見た目も平凡だという理由で何となく出来上がったグループのメンバー。
当然、その中には俺も含まれていた。
「数学だけは得意だったからな」
「ああ、よく宿題写させて貰ってたっけ」
「でも、そのお陰で、高校でエライ苦労したけど」
「人のせいにするなよ・・・」
それでも、各々、何かしらの職に就き、家庭を持つ者もいる。
人生はこのくらいのペースが良いのかもな、と、誰かが言った一言に妙に納得させられた。

「そういや、2年の時、担任の臨時で来た男の先生、覚えてるか?」
赤ら顔で酒を口に運ぶ、とても教師には見えない友が聞いてくる。
「あ~・・・何だっけ?いたのは覚えてる」
突然の話題に、軽い緊張感を覚えた。
鮮やかに蘇る男の顔を抱えながら、その場をやり過ごそうと決める。
「何かちょっと、弱気な感じな人だったよなぁ?」
「名前が出てこないな」
「そいつが何だって?」
その場の殆どの人間が、今まさに思い出すような人物の話題。
「小倉先生っつーんだけど、この間まで、ウチの学校にいたんだよね」
「へぇ・・・で?」
俺にとって、それが喜ばしい話ではないということに、気が付くべきだった。
「オレが副担やってるクラスの女子に手ぇ出して、免職になったんだよ」

中学生も3年にもなれば、それなりに身体は大人の様相を見せてくる。
初体験を済ませた娘も、少なくは無いのだろう。
けれど、まだ子供だ。
「うわ、最悪」
「そのケがあったんじゃねぇの?」
「知らねぇ。奥さんも子供もいたはずなんだけど」
「何でバレたんだ?」
「妊娠してさ、生徒が。んで、産むとか言っちゃって、親が大騒ぎ」

聞きたくない。
これ以上、淡い思い出が汚されるのに耐えられそうも無かった。
トイレに行くと言って席を立ち、そのまま外の通りに出る。
近くにある灰皿の前で煙草に火を点けると、蒸し暑い空気と共に煙が流れていく。

男である以上、女と関係を持ちたいと思う気持ちは誰しもが持つ本能なのだろう。
常識を外れているとしても、つい生じた出来心、を完全に否定できる男は殆どいない。
俺自身、身をもって経験したことは無いけれど、理解はしているつもりだ。
心の中の彼は、俺が妄想だけで作り上げた紛い物。
実際の彼は、聖人君子でも何でもない、ただの男。
初恋の相手というフィルターを掛けてしまっていたのは自分自身なのに
やっぱり、誰かのせいにして傷つくことを避けようとしてしまう癖は、直っていない。


「明日の夜で良いんだよね?」
月曜日、大よそ3日ぶりに聞く男の声は、既に休みに飽きてきた、そんな雰囲気を醸し出していた。
「ええ、10時前に着く便です」
「もうちょっと、ゆっくりしたら良いのに」
九州に戻る当日は、両親の実家の墓参りへ行く予定になっていて、地元に戻るのは夜になる。
本来なら次の日の朝に発てば良い話だが、少しでも早く、彼の顔を見たかった。
「まぁ・・・こっちにいても、特にやることも無いんで」
「こっちにいたって・・・オレとどっか行くくらい?」
「その方が、よっぽど充実した休みを過ごせそうですよ」
俺の返事に朗らかに笑ってくれるだけでも、小さな喜びで心が躍る。
紛れも無く、恋をしている、そう思う瞬間だ。

「そういえば、同窓会はどうだった?」
ふと振られた質問に、一瞬気持ちが強張った。
「え・・・ああ、楽しかったです」
「何か、運命の出会いとかはなかったの?」
「それは、無かったですね。残念ながら」
楽しかったのは嘘じゃない。
ただ一点、最悪の事実を知ったこと以外は。
「でも・・・初恋の相手の、今、を聞きました」
「会ったの?」
こうありたいと思う姿を作る為につく些細な嘘に、後ろめたさが、また積み重なる。
「いえ、来なかったんですけど・・・元気にしてるって聞いて、安心しました」
「そっか・・・でも、叶わない恋だからこそ、いつまでも良い思い出として取っておけるのかもね」

淡い何かを撫でる様、溜め息まじりに発せられた言葉。
彼にもきっと、そんな人がいるのだろう。
相手の気持ちに一喜一憂することも無い。
終わりを恐れることも無い。
想いをひたすらに自分の心の中で温めているだけの時。
叶わないと分かっているのなら、行く末を知らないままで終わってしまった方が幸せなのかも知れない。

「そうだ・・・一つ、宿題を出してもいいかな」
「宿題?」
僅かな間をおいて耳に届いた声は、さっきまでのトーンよりも幾分低い。
「早乙女君さ」
音から滲む憂いに、手が震えた。
「男が男を好きになる気持ちって、分かる?」

□ 71_初恋 □
■ 1 ■   ■ 2 ■   ■ 3 ■   ■ 4 ■
□ 79_相思 □
■ 1 ■   ■ 2 ■   ■ 3 ■   ■ 4 ■   ■ 5 ■   ■ 6 ■
□ 87_相愛 □
■ 1 ■   ■ 2 ■   ■ 3 ■
>>> 小説一覧 <<<

コメント

非公開コメント

Information

まべちがわ

Author:まべちがわ
妄想力を高める為、日々精進。
閲覧して頂いた全ての皆様に、感謝を。

2011-3-12
東日本大震災の被害に遭われた方に
心よりお見舞いを申し上げます。
故郷の復興の為に、僅かばかりにでも
尽力出来ればと思っております。

*** Link Free ***



>> 避難所@livedoor
Novels List
※★が付く小説はR18となります。

>>更新履歴・小説一覧<<

New Entries
Ranking / Link
FC2 Blog Ranking

にほんブログ村[BL・GL・TL]

駄文同盟

Open Sesame![R18]

B-LOVERs★LINK

SindBad Bookmarks[R18]

GAY ART NAVIGATION[R18]

[Special Thanks]

使える写真ギャラリーSothei

仙臺写眞館

Comments
Search
QR Code
QR