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初恋(4/4)

朝日を受けた彼の顔は、思い出の中の面影そのままだった。
「どうしたの?仕事?」
「え、ええ・・・急に現調が入って」
彼の背後にいる親子に、俺の意識が囚われているのに気が付いたのだろう。
「ああ、あれ、姉貴の子供なんだ。シングルマザーでね。だから、苗字が一緒」
「あ、そう、なんですか」
「びっくりした?」
「・・・少し」
安堵の表情を悟られないように俯いた俺の顔を、彼は首を傾げて覗き込む。
「結婚もしてないのに、いきなり子供は出来ないよ」

姉と甥を先に帰した彼は、一安心といった風情でベンチに腰を掛ける。
俺は、あまりに唐突な偶然に、未だ心が落ち着かないでいた。
「連絡くれれば良かったのに」
「すみません、突然だったんで」
「いつまで、こっちに?」
「昼の飛行機で・・・」
もっと長く居られれば。
でも、別れを先延ばしにすれば、もっと辛くなる。
だから、これで良いんだ、そう自分に言い聞かせる。

「じゃ、送ってくよ」
「え?」
思いも寄らない彼の提案に、動揺が隠せない。
「早めに空港行って、飯でも食おうよ。その方が焦らなくて良いでしょ」
「でも・・・」
「ちょっと話もしたいし。8時くらいに迎えに行けば良いかな?」
「はぁ・・・」
奇跡的な再会を、彼も喜んでくれているのだろうか。
強引に俺のスケジュールを組み立てる彼は、半年前までの彼と何も変わっておらず
まるで今でも一緒に仕事をしているような、そんな雰囲気に見えた。
変わってしまったのは、俺の方なのかも知れない。


福岡空港の飲食店街は、飯時では無いせいか、それほど混み合ってはいなかった。
「まだ、内々の話なんだけど」
彼がたまに立ち寄ると言う店に入り、席に着くと、彼は僅かに声を潜める。
「今、ウチが手掛けてる物件、来月辺りから本格的に始動することになってね」
福岡と佐賀の県境付近に計画されている、日本でも最大級の工場建設。
そもそも、そのプロジェクトに携わると言う名目で、彼は九州に転勤になった。
「で、協力会社さんに手を頼もうって話が出てて・・・」
奇跡が重なりそうな予感を、必死の思いで打ち消そうと試みる。
けれど、テーブルの上に投げ出していた俺の手に触れる、彼の指の感触がそれを邪魔する。
驚きの視線を真っ直ぐに受け止めながら、彼は言った。
「来て欲しいんだ」

大きな会社だ。
わざわざ東京の設計事務所から呼ばなくても、九州や西日本の会社に幾らでも伝手はあるだろう。
「どうして・・・」
「早乙女君の会社は付き合いも長いし、仕事も卒なくこなしてくれて、信頼がある。・・・それに」
それでも、戸惑いの言葉に返されたのは満面の笑みだった。
「何より、君と仕事がしたい」
仕事のパートナーとして求められる、それは自分が技術者として認められた証。
ただ、純粋な仕事だけの関係に収まらない気持ちがある限り
彼の好意を裏切っているような、そんな気がして素直に喜べない。
「近々、正式に話が行くと思うから。良い返事、期待してるよ」
結局、彼への答えを口にすることは出来ず、ただ、頷いて意思を示した。


携帯電話に表示された時間は、そろそろ出発の刻限。
チェックインカウンターが視界に入ってくる頃、俺の前を歩いていた彼がふと立ち止まる。
「オレさ、性懲りもなく、ずっと考えてたんだけど」
「何をですか?」
急に近づいてきた唇が、耳元で短い言葉を残した。
「君に、恋してるかも知れない」
「・・・な」
バツが悪そうに笑う声と共に、彼は離れていく。
顔を火照らせたであろう熱は、咳払いで何とか誤魔化せただろうか。
「結局、良い言葉が見つからなかったんだよなぁ」
はにかむ笑顔が、遠い昔の淡い想いを呼び起こさせた。
「ホント、上手く言えないんだけどね。ま、そういうこと」

『12時20分発、羽田行の搭乗手続きを開始致します。ご搭乗の方は・・・』
館内に響くアナウンスが、余韻を鞄に詰めろと急かすようだった。
「河合さん」
「ん?」
他の誰とも違う、かけがえの無い特別な存在。
この奇跡だけは、手放したくない。
「また、ドライブに連れてってくれますか?」
「もちろん。何処でも、好きなとこ連れてくよ」
「楽しみにしてます」
差し出された手を、しっかりと握り締める。
線は、交わるかも知れない、そんな期待が胸を熱くさせた。

湾を抱えた街が徐々に小さくなっていく。
再びこの地を訪れる日は、そう遠くないのだろう。
夢見心地な不安と期待を抱えながら、二度目の初恋が空を駆ける。

□ 71_初恋 □
■ 1 ■   ■ 2 ■   ■ 3 ■   ■ 4 ■
□ 79_相思 □
■ 1 ■   ■ 2 ■   ■ 3 ■   ■ 4 ■   ■ 5 ■   ■ 6 ■
□ 87_相愛 □
■ 1 ■   ■ 2 ■   ■ 3 ■
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コメント

非公開コメント

二度目の初恋

素敵なお話をありがとうございます。
一歩踏み出した二人に拍手を送りたくなりました。
かけがえのない特別な存在に出会え、線が交わって良かったです!
二度目の初恋、実りますように。

沖野課長の息子さんも気になります。
親としての気持ちは複雑だと思いますが…幸せになってほしいな。

"恋"の行く末。

>11/2 PM7:31 に拍手コメントを頂いた閲覧者さま

基本的に拍手コメントにはお返事しないことにしておりますが
イレギュラーに返信させて頂くことをご了承ください。

リクエストを頂きまして、ありがとうございました。
今は話が完結したばかりで、何の想定も出来ていない段階ですが
"恋"と表現せざるを得なかった彼らの感情が
どのように進み、離れ、また縺れていくのか、そんなことが表現できればと思います。
基本的に、書いた順番に公開する、というスタンスを取っている為
公開できるのは来年の2月頃と、大分お待たせしてしまうことになりますが
それまで余韻が細く長く続くことをお祈りしております。

光射す存在。

>nanaさま

コメントを頂き、ありがとうございます。
前回の話が暗めの展開だった為、少し空想的な軽い話にしようと書いた話でしたが
思いの外、良い印象を与えられたようで嬉しく思います。

課長の息子のくだりは、主人公に自制心を植え付ける存在として入れました。
盲目になりがちな心に光を射し、辛くてもそれが現実だと思わせる。
こういった表現に気分を害される方もいるでしょうが、話の柱と考えていました。

偶然にも、こちらの話に続編のリクエストを頂いております。
年を跨いではしまいますが、もう一度、こちらの世界にお付き合い頂ければと思います。

リクエスト

ありがとうございます。
もう一度、このお話の世界に浸れるのですね。
続編のリクエストをしてくださった方にも感謝!
楽しみにしています☆
Information

まべちがわ

Author:まべちがわ
妄想力を高める為、日々精進。
閲覧して頂いた全ての皆様に、感謝を。

2011-3-12
東日本大震災の被害に遭われた方に
心よりお見舞いを申し上げます。
故郷の復興の為に、僅かばかりにでも
尽力出来ればと思っております。

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