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未練★(7/12)

白み始めた空を見上げながら、タクシーで自宅に戻る。
パーカーのフードを深く被り、身を縮こませた男は、俺の肩にもたれて微睡んでいた。
街の喧騒から逃げ出すように東へ向かう車はやがて幾つかの川を越え、30分ほどで見慣れた街に着いた。

家に着くや否や、狭いベッドに倒れ込む。
首元に収まった彼の頭を抱えるように手を回し、その寝息を感じながら、意識が薄れていった。

目が覚めたのは、昼過ぎ。
寝ぼけ眼の男と起き掛けのキスをして、近くのコンビニで適当な食い物を買って腹を満たす。
昨日の夜のことがまるで遠い過去のように思える程、穏やかな時間が過ぎていく。

「あれ、何?」
隣でスマートフォンを弄っていた男が、不意にそう尋ねてきた。
彼の視線の先にあったのは、バルコニーに置いてある、時が止まったままの自転車だった。
「ああ・・・ロードバイク」
「チャリンコ?」
「まぁ、そう」
「乗ってないの?」
「今はあんまり、乗ってない」
あの自転車に込められた想いを話すべきか、少し迷って、止めた。
共に時間を過ごした年上の男は、今でも大切な存在、でも、決して手は届かない孤高の存在。
無念を晴らす為に、年下の男の恋心に縋ろうとしているだけなのかも知れない。
そんな自分に対する懐疑心が、拭いきれていないからだ。


連休最終日は、朝から初夏を思わせる日差しが降り注いでいた。
「・・・目立たなくなったかな」
目覚まし替わりにシャワーを浴びた男が、そう言って俺の前に立つ。
張りを保った肌から、拘束の跡は殆ど消え去っていた。
ただ、背中の傷は火照った身体の上で殊更主張していて、指で触れることさえ躊躇われる程だった。
「痛くは、無いのか?」
「お湯はちょっと沁みるけど、普通にしてれば大丈夫」
「そ、か」

彼の言葉に安心し、その身体に手を伸ばしかけた時、俺のスマートフォンに着信が入る。
画面に表示されている名前に、出るべきかどうか、一瞬迷いが生じた。
半裸の男は、こちらに視線を向け、すぐに逸らし、俺が渡した服に着替えを始める。
出なければ何かを勘ぐられるかも知れない。
何処かで後ろめたさを抱えながら、電話を取った。

「おはようございます」
「おはようっす。今、ウチか?」
何となく懐かしさすら覚える声が、雑踏の音に混ざって聞こえてくる。
「ええ、そうですけど。寺門さん、今、何処ですか?」
「お前ん家の近くまで来てると思うんだけどさー、ちょっと道分かんなくなったんだよ」
「・・・え、何で?」
「自転車乗りがてら、土産でも渡しに行こうかなって思って」
新婚旅行から帰ってきたのは、昨日だったはずだ。
しかも、明日には出社してくる予定になっている。
話を聞くと、最寄駅の近くまでは来ているようで、今更追い返すこともできない。
結局、近くのファミレスで落ち合うことを決めて、電話を終えた。

「・・・誰?」
「会社の先輩。新婚旅行の土産、持ってきたって」
俺の服を着た若い男の存在が、先輩の来訪を素直に喜ぶことを妨げる。
「オレ、どうしたら良い?」
ここで待たせるか、一緒に連れていくか。
些細な憂鬱が決断を鈍らせ、すぐに答えが出てこない。
迷いあぐねる俺を見た彼は、自らの荷物を手に取った。
「今日は、もう帰るよ。服は、次逢った時に返せば良いよね」
寂しげに笑う表情に、後悔が過る。
過去の想いを断ち切れない自分の弱さと、今の想いへの罪悪感を、話しておけば良かった。
体裁を取り繕ったままじゃ、何も進まない。
「一緒に、来るか?・・・ついでに、飯食ってこよう」

友達と呼ぶには歳が離れている。
ただの知り合いでは、根掘り葉掘り聞かれるのは目に見えている。
かといって、始まったばかりの関係を素直に話すことは、もちろんできない。
「親戚とかが一番無難じゃない?」
ファミレスまでの道中、事情を承知してくれている彼は、一つの提案をしてくれる。
実際、親戚は皆実家のある宇都宮周辺に住んでいるが、それに関係する話をしたことは無かったはずだ。
「じゃあ、従兄弟同士ってことで・・・適当に話、合わせるよ」


休みの朝のファミレスに、それほど客はいない。
先に席についていた男を見つけるのにも、然程苦労はしなかった。
「突然悪かったな」
俺の顔を見るなり、悪びれた様子もなく、先輩はそう声を掛けてくる。
「いや、大丈夫っす・・・ちょっと、連れがいるんですけど」
先手を取って、後ろに立つ男を紹介した。
「へぇ・・・康平の従兄弟ってことは、宇都宮の方?」
「僕は東京生まれなんです。たまたまこっちの方に来る用事があったんで、寄ってました」
ソファに腰かけながら、ヒカルは不自然なほど自然に、事実ではないことを彼に語る。
誤魔化すことに戸惑いが抜けない俺とは、対照的に思えた。
「すみません。お邪魔はしませんので」
「別に構わないよ。オレもそんなに長居はしないから」

□ 94_未練★ □
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コメント

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お疲れ様です。待ちに待った火曜日。寺門先輩の登場で、ヒカルへ傾けはじめた康平の気持ちがゆらぎ、未練をまた引きずってしまうのか?今後の展開に期待してます。また金曜日楽しみに待ってます。

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いつもコメント頂きましてありがとうございます。
自分だったら大変居た堪れないシチュエーションですね。
金曜日まで今しばらくお待ちください。
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まべちがわ

Author:まべちがわ
妄想力を高める為、日々精進。
閲覧して頂いた全ての皆様に、感謝を。

2011-3-12
東日本大震災の被害に遭われた方に
心よりお見舞いを申し上げます。
故郷の復興の為に、僅かばかりにでも
尽力出来ればと思っております。

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