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未練★(1/12)

誰もが二人の門出を祝い、笑顔を浮かべるこの場所で
自分一人だけが、嫉妬と、失望と、あらゆる負の感情に苛まれている。
純白の花嫁衣装を着た女の横で、はにかみながら俺に視線を投げてくる男に対して
どんな表情を返したら良いのかが分からない。
いつかこんな日が来ると覚悟していても、簡単に受け入れられるはずがなかった。


入社して最初に配属された部の先輩として顔を合わせてから、もう6年ほどになる。
「新城君は、会社まで地下鉄?」
「はい。15分くらいですかね・・・一本で来られるんで、助かります」
「へぇ、近くて良いなぁ」
OJT期間に入り、二人の先輩方と社員食堂へ昼食をとりに行った時のこと。
「寺門も引っ越したらいいじゃん。チャリンコ通勤も楽になるんじゃね?」
「あのくらいの距離がちょうど良いんですよ。すぐに着いちゃったらつまんないじゃないですか」
「お前、会社に何しに来てるんだ・・・」
緊張で会話のおぼつかない俺に話を振ってくれた年上の男が
一方の厳つい感じの男に対して、日常的になされているであろう絡みを見せる。
「自転車で、通勤されてるんですか?」
「そう、阿佐ヶ谷から」
「阿佐ヶ谷?」
地名を聞いて驚いてはみたものの、上京したばかりの俺にとって会社との位置関係がよく分からない。
「片道何時間かかるんだよ」
「1時間もかかりませんよ」
それでも彼らの会話を聞いて、相当な距離があるのだろうという想像はついた。
「新城君も、それだけ近いなら自転車でも良いんじゃない?これからの季節気持ち良いし」
「あ~、こいつの言うこと真に受けちゃダメだからね。自転車オタクだから」
「まぁ、でも・・・もうちょっと余裕ができたら、それも良いですね」

実際、俺も大学時代は自転車に凝っていたことがある。
泊りがけで遠出をしたこともあったし、何回もカスタマイズを繰り返したロードバイクも現役だ。
とはいえ、休日の趣味として自転車に乗るような俺とは違い
寺門さんは、話を聞く限りかなりの本格派だった。
通勤時はもちろん、アマチュアのレースに出たり、最近はヒルクライムにも手を出しているという。
「ロードバイクあるんだ。じゃあ、今度何処か乗りに行こうよ」
「え、でも、この辺の道はよく分からなくて・・・」
「大丈夫、オレが案内するから」
初めは断りきれず、というのが正直なところだったけれど
今度は、今度はと約束を繰り返す内に、二人でツーリングに出かけることが当たり前のことになっていった。


互いの関係に変化が現れたのが、2年ほど前のこと。
「この間、大学ん時の彼女と偶然会ってさ」
雨で予定が流れ、自宅近くのフィットネスジムでエアロバイクを漕いでいる時に、彼は口を開いた。
恋人が、いた、という話は何度か耳にした記憶があったが
少なくとも、俺と自転車に乗るようになってから、そういう影は無かったように思う。
「へぇ・・・何年ぶりですか?」
「8年とか、9年とか、それくらいかなぁ」
「じゃあ、随分変わってたんじゃないですか?」
「それがさ、あんま、変わってねぇの」
普段はそれほど笑顔を見せない男が、この時ばかりは照れたような表情を作る。
心の何処かで居た堪れない感情が生まれ、それを誤魔化すように言葉を続けた。
「より、戻そう、なんて?」
「どうかな。でも、あっちも今はフリーだって言ってたから。まぁ、なるようになれば」
曖昧な返事の中に、希望と決意が見え隠れしている。
きっと彼は、二人の行く末まで考え始めるくらいに、彼女へ心を傾けているのだろう。
祝福したい気持ちは確かにあったはずなのに、声には出せなかった。
自分から離れていく寂しさだけでは無い。
彼を獲られていく悔しさ。
その時初めて、俺は彼に対して、友情以上の感情を抱いていたのだと思い知らされた。

以来、彼と二人で時間を過ごすことは目に見えて減っていき
最後に遠出をしたのは、去年の夏休み、奥多摩方面へのツーリングだった。
緑の匂いが混ざる風を感じながらペダルを漕ぐ機会も、これで最後かも知れない。
適度な疲労感と共に、大きな寂寥感を抱きながら走っていたことを思い出す。
あれから、彼と明確な約束を交わすことは無かった。


「如何にも寺門さんの奥さんって人ですよね」
「お前、そういう失礼な言い方やめろよ」
「失礼だってことは、新城さんもそう思ってるんですよね」
式の二次会には、新郎新婦の友人知人と、会社の若手連中が揃っていた。
正装を解き、平服の二人を見やりながら、後輩と軽口を交わす。
確かに先輩の新妻は目を引くような美人ではないし、一方の男の方も顔はそれほど整ってはいない。
ただ、柔和な笑顔を絶やさない彼女は、あまり感情を露わにしない男とよくバランスが取れている。
実際、半年ほど前、彼らが同棲を始めるというタイミングで家に招かれたことがあったが
気さくな性格で、彼の趣味にも理解を示している、理想の妻だと感じていた。

「明日夏さんは、もし、晋さんが浮気したらどうしますか?」
多少酒が入り始めた雰囲気の中で進む質問コーナーで、司会者が彼女にそう問いかける。
絶対ねーよ、とキレ気味に叫ぶ夫を余所に、彼女はマイクを持った。
「まぁ、無いと思いますけど」
笑いながら前置きした新婦の視線が、こちらへ投げかけられる。
「自転車と、康平君となら、許してあげても良いかな」

悪意の無い言葉であることは分かっていた。
結婚しても彼と一緒に自転車の趣味を続けて欲しい、とも言われていた。
でも、堪らなかった。
俺の恋心は、結局、遊びの延長でしかない。
成就できない恋愛なんか、何の意味もない。
そんな一般論を目の前に突き付けられ、男に対する未練が、心を締め付けた。

□ 94_未練★ □
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コメント

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No title

お疲れ様です。新作待ってました。自分も似た経験があるので新城の気持ち分かります。マイペースで頑張ってください。

振り切れないもの。

コメント頂きまして、ありがとうございます。
大変お待たせ致しました。
今回はR18ではありますが "未練" に照準を当てた心理描写も多く入れてみています。
当blogでは長丁場の類の話となりますが、しばらくお付き合い頂ければと思います。
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まべちがわ

Author:まべちがわ
妄想力を高める為、日々精進。
閲覧して頂いた全ての皆様に、感謝を。

2011-3-12
東日本大震災の被害に遭われた方に
心よりお見舞いを申し上げます。
故郷の復興の為に、僅かばかりにでも
尽力出来ればと思っております。

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