未練★(12/12)
余りにも直接的な肉感に包まれる官能が、それほど長続きするはずも無い。
頭を壁に押し当てたまま乾いた息を吐く男も、既に限界を迎えつつあった。
腰を落として力任せに突き上げると、その度に彼は背中を震わせ、俺を締め付ける。
そうされることで、俺は更に欲望に急かされるよう、腰を振る。
抜きつ抜かれつしながら、共に、絶頂への階段を駆け上っていく。
「ん・・・はっ」
先に完遂したのは彼の方だった。
勢いを無くした精液が、床に落ちていくのが見えた。
力の抜けた身体に最後の勢いをぶつける。
「・・・っう」
瞬間、純粋な欲求が彼の中で終わりを迎えた。
薄膜の中に精液が充満していくのを感じながら、男の身体にしがみつく。
動悸が収まらない息苦しささえ、心地良く感じる。
「負けて、なんか、無いから」
背中を流れ落ちる汗の行方を追いながら、呟く。
「お前、俺ん中では・・・一番、だから」
目の前の男だけを想い続けていく、その覚悟が、やっと固まった。
たまたま仕事が早く終わった平日の夜。
週末、結局電車で帰った男が置いていったママチャリを引いて、自転車屋に向かう。
ろくにメンテナンスもしていないのであろうタイヤは、見るからに傷んでいて
遠出をするならと思い、主人に点検と修理を頼んだ。
「これなら土曜日までに見ておくよ」
そう言った彼は、店の奥に置いてある俺の自転車に視線を送る。
「あれは・・・もうちょっとかかるかなぁ。連休には間に合わせるけどね」
「そんなには、急いでないんで」
「でも、久しぶりなら乗り倒してあげなよ。折角なんだから」
自転車好き特有の表現を口にしながら、主人は朗らかな笑顔を見せた。
そういえば、ゴールデンウィークの予定は何も決めていない。
店を後にしながら、家に帰ったら彼の都合を聞いてみようと考えていた。
「潮見君、連休の予定は何かあるの?」
代わり映えしない社員食堂で、新顔にそんな話題を提供する。
「特に、決めてないです。気が向いたら実家に帰ろうかと」
「実家は何処なんだっけ」
「木更津なんです」
「いつでも帰れるんじゃ・・・」
「そうなんです。だからこそ、なかなか帰るきっかけが掴めないっていうか・・・」
その気持ちは分からないでもなかった。
俺も、実家には一年に一度顔を出せば良い方だ。
「寺門と新城なら、チャリンコで行く距離だろ?」
「まあ、そうですね」
若い社員の話を聞いていた年上二人は、いつも通りの応酬を見せる。
「え・・・自転車で?」
「慣れれば大変でもないよ。千葉の方は走り甲斐があって、楽しいし」
「あ~、こいつらの言うこと真に受けちゃダメだからね。自転車オタクだから」
先輩たちの会話に、自分が新入社員だった頃のことを思い出す。
きっとこれからも、新人が来る度にこんな会話が繰り返されるのだろう。
「康平は、どっか行く予定あんの?」
不意に投げかけられた質問で、雰囲気の中心が俺の方へ移動する。
「え?ああ・・・ちょっと」
「寺門とチャリ乗り回すんじゃねぇのか?」
確かに去年の今頃は、年上の男と泊りがけで房総半島一周のツーリングに出かけていた。
「ハワイでも行こうかな~・・・と」
「マジで?」
「へぇ、良いですねぇ」
「はぁ?この・・・裏切り者!」
とりあえず予想通りの反応を見たところで種明かしをする。
「冗談ですよ。俺も実家に帰ります」
「・・・何だよ。じゃ、餃子買ってこい」
「そんなの、そこら辺で食べれば良いじゃないですか」
心なしか不機嫌な先輩の顔を見て、彼に話を持ちかけた時にも同じ反応をしていたことを思い出した。
「自転車は乗んねーの?」
「ついでに日光の方まで足を延ばして、そこでちょっと」
「独りで行かれるんですか?」
「いや・・・」
斜め向かいに座っている自転車好きの男の視線が、少しだけ気になった。
後ろめたさが無いと言えば、嘘になる。
「従兄弟と、行く予定」
「あの時の彼か」
「男とかよ」
「すみませんね、浮いた話ができなくて」
自ら手を離した俺に、先輩はそれでも、優しい表情を見せてくれる。
「・・・何か、娘が彼氏に取られた気分だな」
「こんな娘が欲しいのか?お前・・・」
「例えば、ですよ」
今の俺にとって、かけがえのない存在は、あいつだけ。
兄であり、父でもある、その感情を素直に受け止められるようになった自分に、心から安堵した。
自転車屋の主人が紹介してくれたレンタカー屋で、インドアマウントの付いた車を借りる。
ロードバイクとママチャリが積まれた光景はかなりの違和感があったものの
若い男には物珍しいらしく、しばらく興味深げに眺めていた。
車に乗るのは久しぶりということもあり、宇都宮までは3時間弱といった行程を想定している。
実家には顔見せ程度に寄って、今夜は日光に一泊。
「運転、替わんなくて良いの?」
「お前ペーパーだろ?怖くて任せらんねぇよ」
だいぶ余裕のあるスケジュールのお陰で、休みらしい休みを堪能できる、と思っている。
朝早く出発したというのに、高速は既に流れが鈍くなってきていた。
余り車に乗る機会が無いという彼は、スマートフォンを握りしめたままで車窓を眺めている。
「オレね、この間、偶然あいつと会ったんだ」
何の気なしに呟かれた言葉に、軽く相槌を返す。
「最初はちょっと、モヤモヤしたけど・・・飯食ったりしてたら、すげー楽しいって思えるようになってきて」
やがて渋滞の波に飲まれた車は、程なく止まった。
「また友達に戻れるのかなって、何となく、嬉しくなった」
心の奥の未練が吹っ切れた訳じゃない。
一人きりの夜、密かに振り返り、胸を焦がすこともある。
それでも前を向いていられるのは、今が幸せだから、もっと先を見ていたいから。
シートに投げ出した手を、彼の手が包む。
「・・・ずっと、こうしてたい」
彼の言葉に応えるよう、手を裏返して指を絡ませる。
「俺も」
この体温をいつまでも感じていたい、そう思いながら、強く握り締めた。
□ 94_未練★ □
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頭を壁に押し当てたまま乾いた息を吐く男も、既に限界を迎えつつあった。
腰を落として力任せに突き上げると、その度に彼は背中を震わせ、俺を締め付ける。
そうされることで、俺は更に欲望に急かされるよう、腰を振る。
抜きつ抜かれつしながら、共に、絶頂への階段を駆け上っていく。
「ん・・・はっ」
先に完遂したのは彼の方だった。
勢いを無くした精液が、床に落ちていくのが見えた。
力の抜けた身体に最後の勢いをぶつける。
「・・・っう」
瞬間、純粋な欲求が彼の中で終わりを迎えた。
薄膜の中に精液が充満していくのを感じながら、男の身体にしがみつく。
動悸が収まらない息苦しささえ、心地良く感じる。
「負けて、なんか、無いから」
背中を流れ落ちる汗の行方を追いながら、呟く。
「お前、俺ん中では・・・一番、だから」
目の前の男だけを想い続けていく、その覚悟が、やっと固まった。
たまたま仕事が早く終わった平日の夜。
週末、結局電車で帰った男が置いていったママチャリを引いて、自転車屋に向かう。
ろくにメンテナンスもしていないのであろうタイヤは、見るからに傷んでいて
遠出をするならと思い、主人に点検と修理を頼んだ。
「これなら土曜日までに見ておくよ」
そう言った彼は、店の奥に置いてある俺の自転車に視線を送る。
「あれは・・・もうちょっとかかるかなぁ。連休には間に合わせるけどね」
「そんなには、急いでないんで」
「でも、久しぶりなら乗り倒してあげなよ。折角なんだから」
自転車好き特有の表現を口にしながら、主人は朗らかな笑顔を見せた。
そういえば、ゴールデンウィークの予定は何も決めていない。
店を後にしながら、家に帰ったら彼の都合を聞いてみようと考えていた。
「潮見君、連休の予定は何かあるの?」
代わり映えしない社員食堂で、新顔にそんな話題を提供する。
「特に、決めてないです。気が向いたら実家に帰ろうかと」
「実家は何処なんだっけ」
「木更津なんです」
「いつでも帰れるんじゃ・・・」
「そうなんです。だからこそ、なかなか帰るきっかけが掴めないっていうか・・・」
その気持ちは分からないでもなかった。
俺も、実家には一年に一度顔を出せば良い方だ。
「寺門と新城なら、チャリンコで行く距離だろ?」
「まあ、そうですね」
若い社員の話を聞いていた年上二人は、いつも通りの応酬を見せる。
「え・・・自転車で?」
「慣れれば大変でもないよ。千葉の方は走り甲斐があって、楽しいし」
「あ~、こいつらの言うこと真に受けちゃダメだからね。自転車オタクだから」
先輩たちの会話に、自分が新入社員だった頃のことを思い出す。
きっとこれからも、新人が来る度にこんな会話が繰り返されるのだろう。
「康平は、どっか行く予定あんの?」
不意に投げかけられた質問で、雰囲気の中心が俺の方へ移動する。
「え?ああ・・・ちょっと」
「寺門とチャリ乗り回すんじゃねぇのか?」
確かに去年の今頃は、年上の男と泊りがけで房総半島一周のツーリングに出かけていた。
「ハワイでも行こうかな~・・・と」
「マジで?」
「へぇ、良いですねぇ」
「はぁ?この・・・裏切り者!」
とりあえず予想通りの反応を見たところで種明かしをする。
「冗談ですよ。俺も実家に帰ります」
「・・・何だよ。じゃ、餃子買ってこい」
「そんなの、そこら辺で食べれば良いじゃないですか」
心なしか不機嫌な先輩の顔を見て、彼に話を持ちかけた時にも同じ反応をしていたことを思い出した。
「自転車は乗んねーの?」
「ついでに日光の方まで足を延ばして、そこでちょっと」
「独りで行かれるんですか?」
「いや・・・」
斜め向かいに座っている自転車好きの男の視線が、少しだけ気になった。
後ろめたさが無いと言えば、嘘になる。
「従兄弟と、行く予定」
「あの時の彼か」
「男とかよ」
「すみませんね、浮いた話ができなくて」
自ら手を離した俺に、先輩はそれでも、優しい表情を見せてくれる。
「・・・何か、娘が彼氏に取られた気分だな」
「こんな娘が欲しいのか?お前・・・」
「例えば、ですよ」
今の俺にとって、かけがえのない存在は、あいつだけ。
兄であり、父でもある、その感情を素直に受け止められるようになった自分に、心から安堵した。
自転車屋の主人が紹介してくれたレンタカー屋で、インドアマウントの付いた車を借りる。
ロードバイクとママチャリが積まれた光景はかなりの違和感があったものの
若い男には物珍しいらしく、しばらく興味深げに眺めていた。
車に乗るのは久しぶりということもあり、宇都宮までは3時間弱といった行程を想定している。
実家には顔見せ程度に寄って、今夜は日光に一泊。
「運転、替わんなくて良いの?」
「お前ペーパーだろ?怖くて任せらんねぇよ」
だいぶ余裕のあるスケジュールのお陰で、休みらしい休みを堪能できる、と思っている。
朝早く出発したというのに、高速は既に流れが鈍くなってきていた。
余り車に乗る機会が無いという彼は、スマートフォンを握りしめたままで車窓を眺めている。
「オレね、この間、偶然あいつと会ったんだ」
何の気なしに呟かれた言葉に、軽く相槌を返す。
「最初はちょっと、モヤモヤしたけど・・・飯食ったりしてたら、すげー楽しいって思えるようになってきて」
やがて渋滞の波に飲まれた車は、程なく止まった。
「また友達に戻れるのかなって、何となく、嬉しくなった」
心の奥の未練が吹っ切れた訳じゃない。
一人きりの夜、密かに振り返り、胸を焦がすこともある。
それでも前を向いていられるのは、今が幸せだから、もっと先を見ていたいから。
シートに投げ出した手を、彼の手が包む。
「・・・ずっと、こうしてたい」
彼の言葉に応えるよう、手を裏返して指を絡ませる。
「俺も」
この体温をいつまでも感じていたい、そう思いながら、強く握り締めた。
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コメント
No title
少し忙しくって、コメント出来なくてすみませんでした。でも話は拝見してましたよ。
ハッピーエンドで良かったです。
次回の話も楽しみにまってます。
暑い日が続いてます。熱中症などに気を付けて頑張ってくださいね。
ハッピーエンドで良かったです。
次回の話も楽しみにまってます。
暑い日が続いてます。熱中症などに気を付けて頑張ってくださいね。
No title
1ヶ月程更新を休止されるとのこと。残念ですが、次の連載楽しみにしてます。
少し早い夏休み。
いつもコメント頂きましてありがとうございます。
今回の話が1ヶ月以上続くものだったので
次回については休止せずに続けられると考えておりましたが
7月が予想以上に多忙だった為、お休みを頂くこととしました。
毎度のことで申し訳ございませんが、今しばらくお待ちください。
これからも宜しくお願い致します。
今回の話が1ヶ月以上続くものだったので
次回については休止せずに続けられると考えておりましたが
7月が予想以上に多忙だった為、お休みを頂くこととしました。
毎度のことで申し訳ございませんが、今しばらくお待ちください。
これからも宜しくお願い致します。