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未練★(1/12)

誰もが二人の門出を祝い、笑顔を浮かべるこの場所で
自分一人だけが、嫉妬と、失望と、あらゆる負の感情に苛まれている。
純白の花嫁衣装を着た女の横で、はにかみながら俺に視線を投げてくる男に対して
どんな表情を返したら良いのかが分からない。
いつかこんな日が来ると覚悟していても、簡単に受け入れられるはずがなかった。


入社して最初に配属された部の先輩として顔を合わせてから、もう6年ほどになる。
「新城君は、会社まで地下鉄?」
「はい。15分くらいですかね・・・一本で来られるんで、助かります」
「へぇ、近くて良いなぁ」
OJT期間に入り、二人の先輩方と社員食堂へ昼食をとりに行った時のこと。
「寺門も引っ越したらいいじゃん。チャリンコ通勤も楽になるんじゃね?」
「あのくらいの距離がちょうど良いんですよ。すぐに着いちゃったらつまんないじゃないですか」
「お前、会社に何しに来てるんだ・・・」
緊張で会話のおぼつかない俺に話を振ってくれた年上の男が
一方の厳つい感じの男に対して、日常的になされているであろう絡みを見せる。
「自転車で、通勤されてるんですか?」
「そう、阿佐ヶ谷から」
「阿佐ヶ谷?」
地名を聞いて驚いてはみたものの、上京したばかりの俺にとって会社との位置関係がよく分からない。
「片道何時間かかるんだよ」
「1時間もかかりませんよ」
それでも彼らの会話を聞いて、相当な距離があるのだろうという想像はついた。
「新城君も、それだけ近いなら自転車でも良いんじゃない?これからの季節気持ち良いし」
「あ~、こいつの言うこと真に受けちゃダメだからね。自転車オタクだから」
「まぁ、でも・・・もうちょっと余裕ができたら、それも良いですね」

実際、俺も大学時代は自転車に凝っていたことがある。
泊りがけで遠出をしたこともあったし、何回もカスタマイズを繰り返したロードバイクも現役だ。
とはいえ、休日の趣味として自転車に乗るような俺とは違い
寺門さんは、話を聞く限りかなりの本格派だった。
通勤時はもちろん、アマチュアのレースに出たり、最近はヒルクライムにも手を出しているという。
「ロードバイクあるんだ。じゃあ、今度何処か乗りに行こうよ」
「え、でも、この辺の道はよく分からなくて・・・」
「大丈夫、オレが案内するから」
初めは断りきれず、というのが正直なところだったけれど
今度は、今度はと約束を繰り返す内に、二人でツーリングに出かけることが当たり前のことになっていった。


互いの関係に変化が現れたのが、2年ほど前のこと。
「この間、大学ん時の彼女と偶然会ってさ」
雨で予定が流れ、自宅近くのフィットネスジムでエアロバイクを漕いでいる時に、彼は口を開いた。
恋人が、いた、という話は何度か耳にした記憶があったが
少なくとも、俺と自転車に乗るようになってから、そういう影は無かったように思う。
「へぇ・・・何年ぶりですか?」
「8年とか、9年とか、それくらいかなぁ」
「じゃあ、随分変わってたんじゃないですか?」
「それがさ、あんま、変わってねぇの」
普段はそれほど笑顔を見せない男が、この時ばかりは照れたような表情を作る。
心の何処かで居た堪れない感情が生まれ、それを誤魔化すように言葉を続けた。
「より、戻そう、なんて?」
「どうかな。でも、あっちも今はフリーだって言ってたから。まぁ、なるようになれば」
曖昧な返事の中に、希望と決意が見え隠れしている。
きっと彼は、二人の行く末まで考え始めるくらいに、彼女へ心を傾けているのだろう。
祝福したい気持ちは確かにあったはずなのに、声には出せなかった。
自分から離れていく寂しさだけでは無い。
彼を獲られていく悔しさ。
その時初めて、俺は彼に対して、友情以上の感情を抱いていたのだと思い知らされた。

以来、彼と二人で時間を過ごすことは目に見えて減っていき
最後に遠出をしたのは、去年の夏休み、奥多摩方面へのツーリングだった。
緑の匂いが混ざる風を感じながらペダルを漕ぐ機会も、これで最後かも知れない。
適度な疲労感と共に、大きな寂寥感を抱きながら走っていたことを思い出す。
あれから、彼と明確な約束を交わすことは無かった。


「如何にも寺門さんの奥さんって人ですよね」
「お前、そういう失礼な言い方やめろよ」
「失礼だってことは、新城さんもそう思ってるんですよね」
式の二次会には、新郎新婦の友人知人と、会社の若手連中が揃っていた。
正装を解き、平服の二人を見やりながら、後輩と軽口を交わす。
確かに先輩の新妻は目を引くような美人ではないし、一方の男の方も顔はそれほど整ってはいない。
ただ、柔和な笑顔を絶やさない彼女は、あまり感情を露わにしない男とよくバランスが取れている。
実際、半年ほど前、彼らが同棲を始めるというタイミングで家に招かれたことがあったが
気さくな性格で、彼の趣味にも理解を示している、理想の妻だと感じていた。

「明日夏さんは、もし、晋さんが浮気したらどうしますか?」
多少酒が入り始めた雰囲気の中で進む質問コーナーで、司会者が彼女にそう問いかける。
絶対ねーよ、とキレ気味に叫ぶ夫を余所に、彼女はマイクを持った。
「まぁ、無いと思いますけど」
笑いながら前置きした新婦の視線が、こちらへ投げかけられる。
「自転車と、康平君となら、許してあげても良いかな」

悪意の無い言葉であることは分かっていた。
結婚しても彼と一緒に自転車の趣味を続けて欲しい、とも言われていた。
でも、堪らなかった。
俺の恋心は、結局、遊びの延長でしかない。
成就できない恋愛なんか、何の意味もない。
そんな一般論を目の前に突き付けられ、男に対する未練が、心を締め付けた。

□ 94_未練★ □
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未練★(2/12)

諦めるということには慣れているつもりだった。
今まで好きになった誰かに対して、その想いを遂げたことは一度も無いし、それが当たり前だった。
けれど、電車の外を流れていく車窓を眺めながら、想像以上のダメージを受けたことを実感する。
諦めきれないどころか、彼らへの妬みすら掻き消すことのできない自分が、余りにも不甲斐無い。

引き出物を駅のコインロッカーに放り込み、場違いな格好で場末の路地を歩く。
心の靄を発散する為、行き摺りのセックスに縋るようになって、どのくらいになるだろう。
好きになる男と、身体の関係を持つ男は違う存在。
先輩の身体に図らずも欲情してしまった時に抱いた激しい自己嫌悪をきっかけに
心と身体は別の物、セックスは性欲を満たすだけのもの、そう、自分に言い聞かせるようにしてきた。
やがて見えてきた5階建ての古めかしいビル。
スモークがかったガラス扉を、一つ息を吐いて、開けた。


1階のフロントでロッカーの鍵を受け取る。
奥のラウンジでは、数人の男たちが煙草を吸ったり、スマホを弄ったりしているのが見えた。
2階に上がり、小さなロッカーに服を詰め込み、軽くシャワーを浴びる。
館内を全裸で歩き回ることは原則禁止されているが、守っている輩は殆どいない。
3階から上は、フロア内の温度が一気に上がる。
オープンスペースになっている3階、パーティションで簡易的に区切られた室が並ぶ4階。
5階には風呂が付いている個室があり、ここは別料金になっている。

一発抜いて、もやもやした気持ちを何とかしたい。
薄暗い空間に見知った適当な男を探してみるものの、こんな夜に限って居合わせないようだった。
ついていない、そう思っていると、部屋の隅に座り込む人影が見える。
どうやら一人らしい。
とりあえずこいつで良いかと、近づいてみた。

俺の気配に気が付いたであろう男が、顔を上げる。
何処か怯えたような目つきをする彼は、かなりの細身で、歳も相当若く見えた。
バリ筋やガチムチの男が好まれるこの店では、相手にされない類の客だろう。
訝しげに見下ろす俺よりも先に、言葉を発したのは相手の方だった。
「オレ、ここ、初めてで・・・あの、ケツは、無理っす」
面倒な奴に声を掛けた。
男に抱いた第一印象は、そんな感じだった。
かといって、他に相手がいる訳でも無い。
「・・・そ。ケツが無理なら口でも良いけど、どうする?」
「大丈夫、す」


壁を背にして座る彼の前に立ち、下半身を突き出す。
「ここ、で・・・?」
「何処でやったって一緒だろ?みんな同じことしてんだから、気にすんなよ」
おずおずと股間に顔を近づけていく姿を見て
こいつはこういう場所どころか、男を相手にすることも初めてなんだろうと思わせられた。
「歯だけ、気ぃつけろよ」
その言葉に、彼は一瞬こちらを見上げ、再び視線を落とす。
ぎこちない動きの舌が性器を這い始め、少しずつ身体が昂ぶっていく。

半勃ちのモノが男の口の中に収まり、快感の波が押し寄せてくる。
唾液を引き摺る下品な音が聞こえ始め、衝動が徐々に満たされていく。
微かな呻き声が彼の頭の動きと連動して漏れ出し、目を閉じた彼の眉間には深い皺が刻まれる。
ストロークを促してやろうと頭に手を添えると、狼狽える視線が俺を刺した。
慣れた奴なら喉奥を突いてやるところだが、流石にそれは気の毒だろう。
そう思いながら首の方へ手を回し、深く、浅く、上下左右に緩急を付けた動きに誘導する。
単純な動きを繰り返して緊張した身体が、少しだけ緩んだように感じられた。

壁に手をつき、彼の口淫に身を委ねた。
竿をゆっくりと扱きながら、咥え込んだ先端をじっくりと舐る。
苦しげな声を上げ、裏筋から下の方へ唇で愛撫していく。
玉に吸い付かれる刺激が尾てい骨の辺りを痺れさせ、段々と平静が保てなくなる。
深い吐息が口から出ていく毎に、男の責めは激しくなり、他人から施される快感に身が震えた。
張りつめた糸が切れる寸前になって性器を引き抜き、彼の首元に押さえつける。
彼の手の上から自分の手を添えて、一気に絞り出す。
「・・・っあ」
乾いた俺の喘ぎに、声にならない驚きの音が被る。
絶頂と引き換えにやってきた疲労感で、上半身を壁に任せた俺に
若い男は、満足げで、それでいて何処か切なげな表情を見せていた。


床の上に転がっているトイレットペーパーで、彼の身体を汚した液体を拭き取り
壁にもたれ、足を投げ出した状態で座る男の隣に腰を下ろした。
貧相な肢体を首筋から眺めていくと、一所の興奮が目に入る。
肩に手を回してこちらへ引き寄せ、もう一方の手を下半身に伸ばす。
明らかに強張った身体を慰める様に、耳元に唇を寄せた。
「何で、ここに来た訳?他にも色々あんだろ?」
トランクスの下で燻ぶる部分を弄りながら、男に問う。
「・・・敷居が、低そう、だったから」

このご時世、大抵のことはインターネットで調べがつくし
ハッテン場と呼ばれる場所の情報も、ある程度のことは知ることができる。
彼も、そういったツールを駆使して新しい扉を開こうとした。
しかし、ここ最近の店の主流は容姿や体型でカテゴライズされている場合が多く
どうやら彼が馴染めそうな店は、見つけられなかったらしい。
確かに、ここの敷居は低いのかも知れないが、だからこそ自分の見てくれに努力をしない男は
大抵の場合、全く相手にされないか、オモチャにされるかのどちらかになる。
恐らく彼は、そこまで想像力を働かせることは、できなかったのだろう。

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未練★(3/12)

「お前みたいなのが、一人で来るような場所じゃねぇと思うけど」
下着の中に手を入れると、硬さを増した性器が小さく跳ねる。
「ど、して」
伏し目がちの表情で、彼は声を引きつらせた。
「ガチマッチョな奴に押し倒されたりしたら、抵抗できるか?」
「・・・その気に、なれば」
「無理だな。何もできねぇまま、ガン掘りされて終わりだ」
眼を閉じて息を一つ飲み、腕の中にいる若い男は気分を落ち着かせようとする。
だが、手の中のモノはますますいきり立ち、ちょっとした指の動きにも反応を見せた。
「そういうのが趣味だっていうんなら、付き合ってやってもいいぞ」
「そんな、こと」
耳元で囁かれる言葉に対して、官能に翻弄されながら首を振る姿が妙に艶めかしい。
ぬるつき始めた指先に、まんざらでも無いのかも知れないと思わせられた。

扱く手を速めると、男が俺の手首を掴んだ。
「何だよ、イきたくねぇのか?」
顔を歪めて視線を投げてくる彼は、口を半開きにしたまま言葉を迷いあぐねる。
ふとした衝動に背中を押され、その唇を奪った。
「ん・・・っふ」
苦しげな声が鼻息と共に抜けていく。
肩に置いていた手を後頭部に回し、首を傾げて深いところまで求める。
狭い唇の隙間に割り込み、狼狽える舌に絡ませると
自身の絶頂を阻止しようとしていた男の手の力が緩んでいった。

彼の頭を肩口に抱え、一気に最終地点を目指す。
激しい吐息と滴り落ちる汗が胸板を滑る。
「うっ・・・く」
一瞬緊張した身体から途端に力が抜け、勢い良く噴き出した精液が互いの上半身を汚した。
紅潮した男の顔が近づいてきて、口づけをせがむ。
仕方ない、といった素振りを見せながら、要求に応じる。
セックス無しでこの店での時間を過ごしたのは、初めてだったのに
今までとは何か違う満足感を抱いたことが、不思議だった。


「来る日とか、決まってるんすか」
シャワーを浴び終えて着替えている最中、若い男はそんなことを聞いてきた。
「別に。ヤりたくなったら、来てる」
「・・・そうすか」
彼の言葉の意図は、すぐに分かった。
「別に、決まった相手求めてる訳じゃねぇから」
とはいえ俺はお守りをしに来るつもりは無いし、来られる時間もまちまちだ。
何より、こいつを一人でこの空間に置いておくことが不安でならない。
「ま、ケツでヨガれるようになったら、相手してやっても良いけど」
「すぐには・・・」
二度とヤりたくない相手では、決して無い。
だから、敢えて突き放した。
「他んとこ行った方が良いって、マジで。何されっか、分かんねぇから」

宴の余韻を引き摺る格好をした自分の姿が、ガラスに映る。
頭の片隅に追いやっていた情けない感情が顔を出してくるのが悔しかった。
「またいつか、縁があるかもな」
寂しげな目をした男にそう捨て台詞を残し、ロッカー室を後にした。


結婚式を終えたばかりの先輩は、すぐさま新婚旅行へ旅立っていった。
「こんな時に旅行なんか行きやがって」
「しょうがないですよ、寺門さんの所為じゃないんですし」
その直後に急な案件が舞い込み、残された俺達は延々残業の日々。
溜め息は無意識に出ていくが、却って自分の気持ちを落ち着かせる冷却期間になっている気がする。
「・・・ったく、早く帰ってこいよ」
「あと一週間は、パラオの海を満喫してるんじゃないですか」
「オレなんか沖縄すら行ったことないってぇのに・・・南国野郎め」
「沖縄無いんですか?修学旅行で行きましたよ?」
「えぇ・・・何だよ、どいつもこいつも」
理不尽なとばっちりを受ける前に、さっさと会話を切り上げる。
日常的に交わされる彼の話題にも、あまり動揺することが無くなってきた。
遠ざかる男のことを思い出す時間も徐々に減ってきていて
こうやって少しずつ昇華されていくのだろうと、自分自身、心の何処かで安堵していた。

けれど、未だ自転車に跨る気力は起きない。
カバーを掛けられてベランダに放置されたロードバイク。
楽しかった思い出が蘇り、皮肉なことに、それが感情を痛めつける。
そろそろメンテナンスしないといけないとは分かっていても
こうやって想いをフェードアウトさせていけば自分自身を傷つけずに済む、とも思ってしまう。


雨模様の三連休初日、土曜日の夜。
店に着く直前、一通のメールが届いた。
写真には、よく晴れた空と彩度の低い紺碧の海が広がっていて、まるで別世界を感じさせる。
そこに人物が映っていないことが、僅かな救いだった。

明日帰途に立つ予定の男のメールは、非日常の時間を堪能している喜びに溢れている。
『こっちは雨が降って肌寒いです。その青空、少し分けて欲しい位ですよ』
『この空を持って帰ってやれないのが残念だな』
『土産話で十分です。気を付けて帰ってきてください』
嬉しかったり、寂しかったり、妬ましかったり。
短いやり取りをしている間でも、やっぱり気持ちが揺れ動く。
どうやったら、この未練を断ち切れるのか。
何でも良いから、きっかけが欲しい。

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未練★(4/12)

今日は少し、人が多いらしい。
だだっ広い3階のスペースでは、至る所で男たちがまぐわっている。
「おう、久しぶりだな。今来たところか?」
部屋に踏み出そうとした俺の腕を、背後から誰かが掴んだ。
「ああ、あんたか」
振り向いた先に立っていたのは、何回か相手をしたことのある見知った男。
「さっきの奴、粗チンの上に早漏で、すげぇ物足りなくてさ。どう?オレと」
全身タトゥーで威嚇している小柄でスリ筋の身体は、その実、真性のバリウケで
見た目はどうあれ、身体の相性は悪くないと思っている。
「構わないけど・・・」
答を最後まで待たず、男は性欲のまま俺の身体に手を伸ばす。
「何かちょっと弛んだんじゃねぇ?」
「んなことねぇよ」
「これくらい肉ついてんのも、悪くねぇな」
太腿から股間へと滑る手に、微かな期待が顔を湧き上がってくる。

その時、フロアの向こうに二人の男が見えた。
小太りの影に手を引かれていく華奢な身体。
俺がそちらに意識を向けていることに気付いた男が、肩越しに顔を出す。
「あのデブ、この間も下で騒いで顰蹙買ってたぞ」
「・・・へぇ」
上のフロアに消えていく自称サディストの中年男は、色々な意味で、有名な存在だった。
ラウンジで気持ちの悪い妄想や極端な持論を展開し、一部からは出禁にするよう声が上がっている。

一方で、引っ張られていく細身の男は、間違いなく二週間前に出会ったあいつ。
ここにはもう来るなと言ったのに、何故いるのか。
覚束ない足取りで階段を上る様子に、胸騒ぎを抑えられない。
もしかしたら、俺を、待っていたのだろうか。
でも、そんなの、あいつの勝手だ。
俺は、悪くない。
無意味な言い訳が頭を巡っている内に、男たちは視界から消えた。
たった一回抜き合っただけの奴の為に、どうして俺はこんなにも狼狽えているんだろう。


「何だよ、やる気ねーチンポだな」
不機嫌な表情を隠さないタトゥーの男が、床に座り込んで俺を見る。
十数分に及ぶ口淫の間、勃起し、萎縮しを繰り返して、結局挿入できるまでには至っていない。
「疲れてんだよ」
「めんどくせー・・・これ、入れるか?」
恨み節を呟く男が、指で丸を作り身体の前に差し出してくる。
「気分悪くなるからヤダ」
「役に立たねーより良いだろ」
男が気に入っているらしいセックスドラッグは、誘われて一度試したこともあったが
勃起するにはするものの、射精後の眩暈と倦怠感に耐えられなかった。

身体が興奮しない心当たりに対して、溜め息を一つ吐く。
遠くへ送った視線の先に、首を回しながら階段を下りてくる男の姿が入り込んでくる。
その背後にもう一つの人影は見えない。
「今日は調子悪ぃから、他、当たってくれ」
「あぁ?・・・っんだよ」
逸る気分が抑えきれず、居ても立ってもいられない。
発情した男を残して、中年の男の元へ急いだ。


対峙したのはフロアの真ん中辺りだった。
行く手を遮った俺に、奴は睨みを利かせて凄んでくる。
「邪魔だ、どけ」
「あいつはどうした」
「は?」
「あんたが連れてった奴」
「・・・ああ、途中で気絶しやがったから、今日は止めだ」

薄気味悪い笑みを浮かべた顔を凝視するだに、吐き気がする。
顔が引きつるのを必死で耐えた。
「部屋は?」
「502」
「鍵は?」
「中だよ。金はあいつ持ちだ」
5階の入口には簡易フロントが設けられていて、部屋の鍵はそこで受け取る。
但し、金は1階のフロントで鍵と引き換えに支払う仕組みだ。
「当たり前だろ?あんな奴相手にしてやってんだから」
憤りが抑えきれず黙り込んだ俺に、男は袋の緒を切る言葉を吐いた。
「あんたも同類か?なら、好きなだけ甚振ってこいよ。良いストレス解消になるぞ」

一つ舌打ちをして立ち去る振りをしつつ、奴の背後に回る。
咄嗟にその首に腕を掛けて、締め上げた。
「同じ訳・・・ねーだろ」
腕を引き剥がそうともがく男の爪が皮膚に食い込んでも、力の加減はしなかった。
「俺は、ガキ苛めて悦ぶ外道でも、ガキに金払わせる甲斐性無しでもねぇ」
乾いた呻き声が男の喉から絞り出されてくる。
落ちる気配を感じて、腕を放した。
「あいつに、二度と、近づくな」

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未練★(5/12)

古びた扉のドアノブは付け根の部分からガタガタで、今にも取れてしまいそうだ。
小さく息を吐いて、鍵のかかっていないドアを開ける。
部屋の隅に置かれているベッドの上には、一人の男がこちらに背を向けて横になっていた。
微動だにしない様子に、一瞬、寒気がした。

狭い部屋の床の上は雑多な物が散乱している。
ディルドやローターといった玩具、ロープや手錠などの拘束具、鞭やロウソク。
ブタ小屋という形容詞を当てはめるならこんな空間なんだろうと、思わせられた。
そして、若い男の受けた仕打ちが、ありありと目に浮かんだ。

彼が気を失ったのは、まさにプレイの最中だったのだろう。
手枷は外されているものの、足枷も、鎖の付いた首輪も、目隠しも、猿轡も
全て付けられたままで倒れている。
背中には何本ものミミズ腫れと鬼畜の精液がべっとりと残っており、シーツには僅かな血の跡があった。
身体に目を滑らせると、全身に赤く摺れたような傷があり
地獄のような時間は、これが初めてではないということに気づかされる。


肩に手を乗せ、軽く揺り起こす。
それでも男は何の反応も見せなかった。
一先ず、彼に付けられた拘束具を一つずつ剥がしていく。
器具は相当きつく締められていたようで、身体中に跡が残っていた。
目隠しの下の眼は強く閉じられ、眉間に深い皺が寄っている。
頬についた幾筋もの涙の跡に居た堪れなくなり、思わず指を這わせた。

瞬間、彼のまぶたが小さく震える。
薄く目を開け、俺の姿を認めたであろう男は、唇を揺らして再び涙を流し始めた。
身体の前に放られている手を握り締めると、弱弱しい力が籠められる。
「もう、大丈夫」
何を言っても、何を聞いても、きっと彼には負担になる。
今はただ、その気持ちを安心させることだけを考えていた。


散乱している物を部屋の隅に押しやり、傷だらけの身体を拭き、シーツを整える。
虚ろな眼で俺の様子を見ていた男が、ふと言葉を発した。
「・・・ありがとう」
声色に不安定さは残っているものの、幾分心が落ち着いてきたように見える。
ベッドに腰掛け、見上げる視線を受け止めた。
ゆっくりを差し伸べられる手に呼ばれ、静かに唇を触れ合わせる。

「また、相手して、貰いたかった。だから、早く、慣れたくて。声かけてきた奴に・・・ついてった」
わざと目を背けてしまった想いを、彼はたどたどしい言葉で俺にぶつけてくる。
たった一回の行為がもたらした感情は、想像していた以上に純粋だった。
「もう来るな、って言われたけど・・・逢いたくて、どうしても」
この想いを受け止められない訳じゃ無い。
これが、きっかけに、なるかも知れない。

頭を抱え、上半身を重ね合わせる様に抱き締める。
「もう一度だけ言っとく。二度と、ここには来るな」
静かに息を飲む気配を感じながら、言葉を続けた。
「俺ももう、来ないから」
頬を摺り寄せ、彼の体温と鼓動に安堵する。
心と身体を繋げて良いんだと、固持してきた概念を壊すことに躊躇いが無くなっていく。
「ここじゃない、何処か別の場所で、ゆっくり慣らしていけば良い。・・・幾らでも、相手してやるから」

この店で、男の名前を問うたことは一度も無い。
出会う男たちに性的欲求以上の物を求めてはいなかったし、求めないようにする為の予防線でもある。
「名前は?」
「・・・ヒカル」
もちろん、自分から名乗ったことも無い。
ひたすら快楽だけに興じる為には、ある程度の演技も必要だった。
ここにいるのは普段とは違う自分、そう思わないと本当の自分を見失ってしまいそうだった。
でも、彼の想いを受け止める為には、ありのままの姿でいる必要がある。
「俺は・・・康平」


狭いシャワーブースの中で、男の身体を撫でる。
刻みつけられた加虐の跡は、すぐには消えそうも無かった。
「・・・前も、二日くらい、取れなかった」
「そん時は、どうしたんだ?」
「家には帰れなかったから・・・ネカフェに引きこもってた」
自らの手首を撫でながら、彼は水音に流されてしまいそうな小さい呟きを発する。
表情からして、まだ二十歳そこそこといったところか。
恐らく実家暮らしなのだろう。
「連休は、何か用事あんの?」
「特に・・・バイトは平日だけだし」
心と身体に受けた傷がすぐに癒えるはずも無い。
一人、夜の街に放り出すことは考えられなかった。
「じゃあ、ウチ、来るか」
「・・・良いの?」
「狭いけど、ネカフェよりはマシだろ」
濡れた顔が僅かに緩む。
その耳元に、軽く口づけた。
「もっと、いろいろ・・・お前のこと、知っておきたい」

とはいえ、今すぐここを出るのは得策では無いと思っていた。
まだ奴がいるかも知れないし、顔馴染みと鉢合わせしても面倒なことになる気がする。
しばらく暇を潰してから出るか、ここで仮眠をして朝方出るか。
どっちでも、と言った彼の疲れた表情で、答えは一つしかないと悟った。

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未練★(6/12)

上等とは言えないベッドの上に、二人並んで横になる。
彼の方へ身体を傾けた俺に穏やかな眼差しを向けながら、ヒカルは自らのことを呟き始めた。

大学生の彼が明確に男を求めるようになったのは、高校生の頃だった。
身体とは裏腹に、心の中には常に背徳感が付きまとう様になり、ひたすら感情を押し殺してきたという。
大学に進学して周りの世界は大きく広がったものの、身の回りの環境はそれほど変わらず
LGBT系サークルの門を叩こうと考えたこともあったが、結局カムアウトすることが怖くて踵を返した。

ここに来たきっかけは、子供の頃からの親友の結婚。
「恋愛感情とかは全然無くて、ただ大切な友達だってずっと思ってきたのに」
高卒で就職した友に彼女がいたことは、彼も知っていた。
「子供デキたから結婚するって言われた時、すごく複雑な気分になって」
切なげに目を伏せた男の表情に、俺を苦しめている同様の感情が重なる。
「ああ、オレ・・・あいつのことが好きだったのかも、って思った」
着実に人生の階段を上っていく大切な男を、引き留める権利は自分には無い。
けれど、性的指向故の諦めに、若い男はまだ不慣れだった。
「彼女の話とか楽しそうな話聞いても、もうオレ、どんな顔して良いか分からなくて、それで・・・」
「ヤったら、何か、変わるかもって?」
「・・・そう、思った」

彼の気持ちを浅はかだと責める事はできない。
実際、俺がここに来るのも、ヤりたい衝動より気持ちをリセットする目的の方が大きい。
しかし、欲求を発散した後の虚しさも、大きい。
身体が満たされても、手に入らない、諦めざるを得ない男の穴を埋めるものが見つかる訳では無いからだ。
「一ヶ月くらい迷って、いざ来てみても、何回も店の前行ったり来たりしてた」
「初めは、大抵そんなもんだ」
「康平・・・に声かけられた時も、すげーテンパった」
第一印象は、確かに良くは無かった。
それは、彼にしたって同じだっただろう。
「いきなり、ここで咥えろって・・・でも、そういう場所なんだって、とりあえず」

結局、大したことはしなかった。
最中にも、終わった後にも、敢えて突き放すようなことを言ったはずなのに
流されるだけだった彼の気持ちは、どうして俺に傾いたのか。
「何で、俺、なんだ?初めての相手だったからか?」

彼の手に引き寄せられた腕に掌の感触が滑り、手が握られる。
「そうなのかも、知れない。でも、誰でも良かったって訳じゃなかったと思う」
指を絡ませながら、彼は俺から視線を外した。
「他人のモノ咥えてることにも興奮したし、自分の弄られてる時、まだイきたくない・・・って」
僅かに紅潮した顔と、掌から伝わってくる体温に、心がほだされていく。
「男とヤりたいって衝動は、何かの間違いだって思いたかったけど・・・本物なんだなって実感した」
ゆっくりと導かれた手の甲に、膨らみかけた感触が当たった。
「それを教えてくれたから。また逢いたい、いつかちゃんとヤりたいって、思うようになった」

再び戻ってきた視線に誘われる様、頬を寄せ合う。
身体の痛みを懸念しつつ、求めに応じたいという気持ちもあった。
「・・・身体、大丈夫か?」
他人からの刺激を待ち侘びる場所に指を添わせると、彼の目が小さく歪んだ。
「平気・・・」
俺の腕と交差するように、彼の手がこちらへ伸びてくる。
その気配に思わず腰が引けた。
「俺のは、いいって」
そんな言葉とは裏腹に、彼の吐息が前髪を揺らす度、衝動が身体を熱くしていく。
程なく重なった乾いた唇の感触が、更にそれを助長する。
「頼むから・・・今日が終わる前に、本物を、感じさせて欲しい」


上半身を起こし、ヘッドボードに背中を預ける。
開いた脚の間に彼の身体が入り込んだ。
半勃ちのモノに根元から舌が這い上がってくる。
傷だらけの細い肢体は、憧れた男の物とは全く違うのに
ひたすらに俺を求め、健気に快感を与えてくれるこの身体を、愛おしく思わずにいられない。
「ヒカル」
俺の呼びかけに、彼は性器を頬張ったままでこちらを見る。
「すっげ・・・気持ちいい」
ふと満足げに目を細めた男の中に、更に深く、飲み込まれていく。

数分後、今度は頓挫することも無く、絶頂の縁に手を掛けるところまで辿り着いた。
初めての時よりも動きがスムーズで多彩になったのは、恐らく奴に躾けられたからだろう。
そんな嫌悪感も、亀頭を刺激する細かな舌の動きと、陰茎を扱く力強い手の動きに蹴散らされる。
まだイきたくない、飛び出しそうになる欲求に対する無駄な足掻きが頭の中を巡った。

「・・・は、っあ」
吐いた息と共に漏れた喘ぎを合図に、彼は最後の追い込みにかかった。
喉奥まで咥え込まれたモノがきつく締め上げられながら擦られる。
仰け反る様に天を仰ぎ、抗う気持ちから手を離す。
その直後、頭から理性が逆流し、純粋な性欲と共に噴き出していった。


萎れても尚、俺は彼の中にいた。
男はえずきながら何かを飲み込み、柔らかくなった部分を丁寧に舐る。
「どんなに痛くても、辛くても・・・これは康平からされてるんだって思えば耐えられた」
脚の付け根辺りに載せられた頭を撫で、肩に手を回して身体を引き寄せる。
顎の方まで垂れている唾液を指で拭い、唇を重ね、舌を絡ませた。

「いつか、本物を感じたいって、願ってたのに」
彼の元へ手を伸ばすと、そこは既に限界まで滾っている。
「すぐ・・・イきそう」
先端からは焦れる汁が漏れていて、陰毛をも濡らしていた。
親指でカリ首を撫でながら、扱く手を徐々に早めていく。
「っ・・・く」
小さく首を振る彼の身体を強く抱き締める。
「我慢すんなよ。好きなだけ、してやるから」
俺の言葉で、僅かに残っていたであろう冷静さが一気に崩れた。
「はぁっ、あ・・・い、く」
苦しげで切なげな官能を纏った声が部屋に響く。
同時に飛び出した若い精液が、腹の辺りに熱い感触を残した。

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未練★(7/12)

白み始めた空を見上げながら、タクシーで自宅に戻る。
パーカーのフードを深く被り、身を縮こませた男は、俺の肩にもたれて微睡んでいた。
街の喧騒から逃げ出すように東へ向かう車はやがて幾つかの川を越え、30分ほどで見慣れた街に着いた。

家に着くや否や、狭いベッドに倒れ込む。
首元に収まった彼の頭を抱えるように手を回し、その寝息を感じながら、意識が薄れていった。

目が覚めたのは、昼過ぎ。
寝ぼけ眼の男と起き掛けのキスをして、近くのコンビニで適当な食い物を買って腹を満たす。
昨日の夜のことがまるで遠い過去のように思える程、穏やかな時間が過ぎていく。

「あれ、何?」
隣でスマートフォンを弄っていた男が、不意にそう尋ねてきた。
彼の視線の先にあったのは、バルコニーに置いてある、時が止まったままの自転車だった。
「ああ・・・ロードバイク」
「チャリンコ?」
「まぁ、そう」
「乗ってないの?」
「今はあんまり、乗ってない」
あの自転車に込められた想いを話すべきか、少し迷って、止めた。
共に時間を過ごした年上の男は、今でも大切な存在、でも、決して手は届かない孤高の存在。
無念を晴らす為に、年下の男の恋心に縋ろうとしているだけなのかも知れない。
そんな自分に対する懐疑心が、拭いきれていないからだ。


連休最終日は、朝から初夏を思わせる日差しが降り注いでいた。
「・・・目立たなくなったかな」
目覚まし替わりにシャワーを浴びた男が、そう言って俺の前に立つ。
張りを保った肌から、拘束の跡は殆ど消え去っていた。
ただ、背中の傷は火照った身体の上で殊更主張していて、指で触れることさえ躊躇われる程だった。
「痛くは、無いのか?」
「お湯はちょっと沁みるけど、普通にしてれば大丈夫」
「そ、か」

彼の言葉に安心し、その身体に手を伸ばしかけた時、俺のスマートフォンに着信が入る。
画面に表示されている名前に、出るべきかどうか、一瞬迷いが生じた。
半裸の男は、こちらに視線を向け、すぐに逸らし、俺が渡した服に着替えを始める。
出なければ何かを勘ぐられるかも知れない。
何処かで後ろめたさを抱えながら、電話を取った。

「おはようございます」
「おはようっす。今、ウチか?」
何となく懐かしさすら覚える声が、雑踏の音に混ざって聞こえてくる。
「ええ、そうですけど。寺門さん、今、何処ですか?」
「お前ん家の近くまで来てると思うんだけどさー、ちょっと道分かんなくなったんだよ」
「・・・え、何で?」
「自転車乗りがてら、土産でも渡しに行こうかなって思って」
新婚旅行から帰ってきたのは、昨日だったはずだ。
しかも、明日には出社してくる予定になっている。
話を聞くと、最寄駅の近くまでは来ているようで、今更追い返すこともできない。
結局、近くのファミレスで落ち合うことを決めて、電話を終えた。

「・・・誰?」
「会社の先輩。新婚旅行の土産、持ってきたって」
俺の服を着た若い男の存在が、先輩の来訪を素直に喜ぶことを妨げる。
「オレ、どうしたら良い?」
ここで待たせるか、一緒に連れていくか。
些細な憂鬱が決断を鈍らせ、すぐに答えが出てこない。
迷いあぐねる俺を見た彼は、自らの荷物を手に取った。
「今日は、もう帰るよ。服は、次逢った時に返せば良いよね」
寂しげに笑う表情に、後悔が過る。
過去の想いを断ち切れない自分の弱さと、今の想いへの罪悪感を、話しておけば良かった。
体裁を取り繕ったままじゃ、何も進まない。
「一緒に、来るか?・・・ついでに、飯食ってこよう」

友達と呼ぶには歳が離れている。
ただの知り合いでは、根掘り葉掘り聞かれるのは目に見えている。
かといって、始まったばかりの関係を素直に話すことは、もちろんできない。
「親戚とかが一番無難じゃない?」
ファミレスまでの道中、事情を承知してくれている彼は、一つの提案をしてくれる。
実際、親戚は皆実家のある宇都宮周辺に住んでいるが、それに関係する話をしたことは無かったはずだ。
「じゃあ、従兄弟同士ってことで・・・適当に話、合わせるよ」


休みの朝のファミレスに、それほど客はいない。
先に席についていた男を見つけるのにも、然程苦労はしなかった。
「突然悪かったな」
俺の顔を見るなり、悪びれた様子もなく、先輩はそう声を掛けてくる。
「いや、大丈夫っす・・・ちょっと、連れがいるんですけど」
先手を取って、後ろに立つ男を紹介した。
「へぇ・・・康平の従兄弟ってことは、宇都宮の方?」
「僕は東京生まれなんです。たまたまこっちの方に来る用事があったんで、寄ってました」
ソファに腰かけながら、ヒカルは不自然なほど自然に、事実ではないことを彼に語る。
誤魔化すことに戸惑いが抜けない俺とは、対照的に思えた。
「すみません。お邪魔はしませんので」
「別に構わないよ。オレもそんなに長居はしないから」

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未練★(8/12)

「・・・塩?」
先輩から手渡された土産袋の中には、麻生地に包まれた現地の塩が入っていた。
「明日夏が、康平にはこれが良いだろって。風呂に入れると身体が引き締まるらしいよ」
「はぁ・・・」
そしてもう一つは、装飾が施された小ぶりの木の板。
「そっちはオレが。レンタサイクル屋のオーナーが趣味で作ってるんだって」
如何にも南国、といった模様枠の中には、山とヤシの木と自転車が彫刻されている。
「あっちでも自転車乗ったんですね」
「もう行くことも無いだろうし、折角だから。すげー良かったよ」
「そりゃあ、都内走るのとは訳が違うでしょうし」
伸びてきた痩せた手に、持っていた板を手渡す。
興味深げに眺めた仮の従兄弟は、向かいに座る男を見て口を開いた。
「自転車、好きなんですか?」

恐らく、彼の中で何かが繋がり始めていたのだろう。
「うん、今日も阿佐ヶ谷から自転車で来たし」
「阿佐ヶ谷から?」
「慣れればそんなに時間もかからないよ」
「でも・・・凄いな」
「前は康平とよく乗りに行ってたんだけど、最近はご無沙汰だな」
「え、ええ・・・そうですね」
軽い口調の問い掛けに、引きつった答しか返せない。
狼狽を隠すのが精一杯で、隣に座る男の表情を確認することはできなかった。


遅い朝食をとりながら、先輩が語る彼の地での思い出話を聞く。
それなりに長い付き合いで、いろいろな面を見ていることもあり
特段驚くようなエピソードも無く、ああ彼らしい、と思わせられるだけだった。
その間、ヒカルは気を遣ってくれているのか、たわいもない話題を場に提供してくれる。
「海外は、よく行かれるんですか?」
「いや、今回が初めてだったんだよね」
「僕も、修学旅行でグアムに行ったくらいかな」
「修学旅行でグアム?」
「マジで・・・オレん時は京都が精々だったのに」
新婚旅行に行った後輩を南国野郎と揶揄した先輩がこんな話を聞いたら、きっと憤慨するに違いない。

想定していた時間は、だいぶ過ぎていた。
寺門さんの新妻からの電話が無ければ、恐らく話は尽きなかったかも知れない。
「こんな若い子と話す機会もあまり無いからさ。新鮮だったよ」
「また、機会があれば是非」
「何か、弟に弟ができたみたいだな」
立ち上がり、笑顔で口にした先輩の一言が、妙に心に刺さる。
男から向けられる、本来喜ぶべき想いを素直に受け取れないまま、席を立った。


自宅に戻るまで、ヒカルは一言も言葉を発しなかった。
ドアを開け、玄関から部屋に入ろうとする俺を、彼は背後から抱き締めてくる。
「・・・疲れた」
「付き合わせて、ゴメン」
「別に、良いよ」
首筋に吐息がかかり、やがて耳元に唇が添えられた。
「あの人のこと・・・好きなんだね」
静かに語りかけられた問いに、俺は沈黙で答える。
「いい人だし、ガタイも良いし、康平といろんな思い出共有してるし・・・オレとなんか比較にならない」
腹の辺りで組まれた手が、きつく握り締められた。
「負けたくないな・・・負けたくない」

お前は、あの人の代わりじゃない。
想いを残したままの俺に、そう断言することはできなかった。
「・・・ずっと、好きだった。手に届かないって分かってても、諦めきれない」
彼の手の上に自分の手を重ねる。
「お前と一緒だ。忘れたくて、何とかしたくて・・・いろんな男とヤったけど、心は満足できなくて」
その指の間に指を割り込ませ、力を籠めた。
「でも、お前とあそこで会って、妙に満たされて・・・何か救われた気がした」
身体の欲求が完全に満たされた訳では無かった。
けれど、心の隅に残された何かは得も言われぬもので
あれは、相手を求め始める恋愛感情の芽生えだったのかも知れない。

背中の辺りに彼の頬が寄せられているのを感じる。
「オレも多分・・・あいつのこと、忘れられないんだろうな」
親友であり、初恋の相手。
遣る瀬無さと、身体の中に湧き起こる衝動への後ろめたさは、想像に難くない。
「けど、辛いんだ。楽しかった思い出が、そうじゃなくなって」
「・・・分かるよ」
「この気持ちに気が付かなきゃ良かった。そうすれば、楽しいままでいられたのに」
深い溜め息がシャツを通して肌に沁み込む。
誰かを好きになったことに対する後悔と、一生消えないであろう未練。
互いが引き摺る鎖は重くても、二人で手を取り合えば、きっと前に進むことができるはずだ。
「俺だって・・・そいつに、負けたくない」


身体を翻して、彼と長い長い口づけを交わす。
「不安なんだ。誰かと付き合うって、初めてだから・・・どうすれば長続きするんだろうって」
「長続きさせようなんて、思わなきゃいい」
彼を諭すことができるほど、俺も誰かと関係を続かせたことは無い。
片想いで終わるか、身体の関係だけで終わるか。
たまたま数回セックスをするようになった相手でも、燻ぶる片恋を蹴散らしてくれた奴はいなかった。
「短い時間しか一緒に過ごせなくても、また今度、また今度って約束を積み重ねていけば、良いだろ」
「約束・・・?」
「約束してる限り、俺たちの関係は終わらない。それを繰り返してりゃ、一年なんてあっという間だ」

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未練★(9/12)

3月末から4月の初め。
世間は新しい風を取り入れる為に、俄かに慌ただしさを増してくる。
薬指に真新しい指輪を嵌めている先輩は、今期から係長に昇進した。
いつの間にか中堅一歩手前まで来た俺は、今年初めて、OJTの担当となった。
新入社員たちは入社式後すぐに研修先へ向かっており、顔合わせは約一か月後。
それでも総務が持ってきたマニュアルらしきものの厚さに、今から少し怯んでいる。

一方の若い彼氏は、バイト先の生協の売店が大忙しらしい。
「土日も出ろって言われてさー・・・もう最悪だよ」
週末の約束をキャンセルせざるを得ないと告げる電話の中で、彼はそんな愚痴をこぼす。
「どんな仕事でも繁忙期があるんだし、今から慣れておいたら良いんじゃないか」
「そういうところは、妙に社会人だよね」
「社会人だし」
「まぁ、これだけ忙しかったら、きっと2週間過ぎるのもすぐかな」
時折見せる幼い言動に、弟のような感覚を抱く時もある。
ただ、彼との再会を待ち侘びているのが心だけではないことが、友人や家族とは異なるところだ。
「楽しみにしてるから。バイトも、勉強も、頑張れ」
「康平も、仕事頑張って」


桜は花を落とし、若緑の小さな葉を芽吹き始める。
待ち合わせは最寄駅で朝11時。
相手から電話が来たのは、その15分くらい前のことだった。
「ごめん・・・ちょっと、遅れそう」
彼の実家と俺の家は、地下鉄で一本の場所にある。
「何だよ、寝坊か?」
スピーカーからは街の賑わいと少し上がった息の音。
恐らく、駅までダッシュの途中なのだろう。
「いや・・・道に迷っちゃった」
「は?何処で迷うんだよ?」
「あ、あった。あれかー・・・。ごめん、もう大丈夫。時間までに着くよう急ぐから。じゃ」
俺の質問に独り言を返した彼は、そのまま電話を切る。
電車でも30分以上かかる距離、まさか、と思っていた。

最寄駅に着いたのは5分前。
北口にある短い階段に、青年は腰を下ろしてスポーツドリンクを呷っていた。
「・・・これで、来たのか?」
「そうだよ。オレ、これしか持ってないし」
汗だくになっている男は、疲れた笑顔でそう答える。
彼の前に置かれている自転車は、どう見ても普通のママチャリで、しかも電動アシストもついていない。
「どんぐらい、かかった?」
「2時間半くらいかなぁ・・・皇居からは案外早かったんだけど」
どうしてわざわざこんな真似をしたのか、その答は明白だった。
だから敢えて、問い質すのは止めた。
「とりあえず、シャワー浴びてから飯だな」
「うん。・・・もう既に、脚が重いんだけど」
「じゃあ、明日は地獄だぞ」
自転車を引いて歩く彼は、俺の言葉に大げさな溜め息を吐く。
「ま、良いや。道も覚えたし、これからはもっと早く来れるよ」
それでも、その行動自体を後悔しているようには見えなかった。


「寺門さん・・・だっけ。阿佐ヶ谷から来たっていうから。オレ中野だし、来れるかなー・・・って」
駅前にある定食屋で昼飯を食べながら、彼は自らの行動の理由を語り始める。
「あの人、自転車のレースとか出るような人なんだぞ?」
「そうだけどさ。負けっぱなしじゃ、悔しいし」
「あっちの得意分野で勝てる訳ないだろ」
「とりあえず、土俵には乗っとかないと」
そう言って、未だ紅潮している顔に明らかな対抗心を滲ませた。

しかし彼には、もう一つの理由があった。
「それに、こうすれば康平とどっか行けるじゃん」
「え?」
「自転車で、どっか行こうよ」
雨ざらしで一年近く放置されていたロードバイク。
今朝、たまたまカバーを外した時には、車輪のシャフトに錆が浮いていた。
大掛かりなメンテナンスをするか、もう、捨ててしまうか。
そう悩んで、結局結論は出せなかった。
「でも・・・随分乗ってねぇし」
「でも、自転車好きなんでしょ?」
「・・・どうかな。もう、よく分からない」
「あれに乗ると、あの人との思い出が蘇るから?」
図星を突かれて、少し、イラっとした。
「お前にも、分かるだろ?」
「あの人のこと嫌いになった訳でも無いのに、自転車だけ嫌いになるっておかしくない?」
「別に、嫌いになった訳じゃねぇよ」
「そうだよね。乗りもしないのに、ずっと取ってあるしね」
「何が言いたいんだよ?何もかも、嫌いになれって?」
「あれさえなければあの人のことを忘れられるって、願掛けしてるように見えるんだよ」
いつになく真剣な若い言葉に、返す言葉を見失う。
「嫌いになれとも、忘れろとも言わないよ。好きなものも・・・好きなままでいて良いと思う」

学生時代から、かれこれ10年近くの付き合いになる自転車。
乗らなくなった時期もあったけれど、ずっと大切にしてきた。
彼と共有した時間を素直に楽しかったと思えなくなった原因を、俺はあれに押し付けていたのかも知れない。
そうすることで、惨めな自分から目を背けようとしていたのかも知れない。
自転車が目の前から消えたところで、虚しさしか残らないのに。

「オレ、そんなに体力無いし、ママチャリだし、何処まで付き合えるか分からないけど・・・」
彼から視線を逸らして顔をしかめた俺に掛けられた言葉は、ややトーンダウンしたように聞こえた。
険悪になりつつある雰囲気を、察したのだろう。
無言の時をしばらく過ごし、やっと頭が落ち着いてくる。
「ちょっと、待ってくれ。自転車、修理に出すから」
顔を上げた先の緊張していた表情が、ふと緩む。
「それまでに、行きたいとこ決めておけよ。あれで行ける範囲でな」

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未練★(10/12)

ガランとして見晴らしの良くなったバルコニーから、住宅が立ち並ぶ夕景が見える。
以前馴染みだった自転車屋の主人は二、三苦言を呈しながらも、再来週までには仕上げると言った。
手帳に予定を書き込む時、その頃は既にゴールデンウィーク前であることに気が付く。
日並びが当たり年の今年は、後半が5連休。
一歩踏み出せば、更に先の世界が見えてくる。
着実に時を重ねていっている気がして、心なしか嬉しくなった。


既に太腿辺りに痛みを訴え始めた男は、湿布で応急措置を取りながらベッドに横になっている。
「おかしいな・・・一応毎日学校までチャリで行ってるのに」
「距離も距離だし、知らない道走るのって、思いの外、緊張するからな」
「でも、こんなに遠出したことなかったから、楽しかったよ」
屈託のない笑顔に吸いこまれ、その額に軽くキスをした。
「ま、今晩はじっとしておけ」
そう言った俺の首に、彼の腕が回る。
「・・・ヤダ」
「明日、帰れなくなるぞ?」
「電車で帰るから、良い」
目の前に迫った彼の顔が傾げ、すぐ後に唇の感触がやってきた。
幾度も触れ合わせている内に、彼の舌が俺の下唇を突く。
拍子に開いた隙間から入り込んできた物が、俺の物と絡み合う。
薄い視界の向こうにある上気した顔を見ながら、その大胆な行動に昂ぶりを感じ始めていた。

ベッドに横たわった俺の上に、彼が馬乗りになる。
Tシャツを脱がされ露わになった上半身に、男の舌が静かに這っていく。
柔らかな刺激が徐々に身体に熱を持たせ、衝動が顔を出し始める。
腹筋の割れ目を指で数回なぞり、いよいよその手がベルトにかかった。
「・・・康平」
「何」
軽い金属音を上げながら、腹回りの拘束が解かれる。
間を置かず、服の中から膨らみ始めた性器が抜き出される。
「オレ、もう、相手・・・できるよ」

俺が何の考えも無しに口にした戯言は、未だに彼の中で遺恨となっているらしい。
愛玩するようにモノを扱く彼は、窺いの眼差しをこちらに向けてくる。
「ゆっくり慣らせば、良いって、言っただろ」
ハッテン場通いでセックスが普通の感覚になっていることは確かだったけれど
強要するつもりは微塵もない。
ましてや、無理矢理貫かれるような行為を受けた彼に対しては、戸惑いもある。
「オレが、入れて欲しい、んだ」
それでも彼は、その行為を望む。
「あの人じゃなく、オレじゃなきゃできないことが、一つでも良いから欲しい」
友人と恋人の明確な境界線を、身体に刻みたかったのだろう。


彼が持ってきたバックパックの中には、些かいかがわしい器具が幾つか入っていた。
ローション、細めのディルド、洗浄器。
どれも、自分で買って、使っているのだという。
「家じゃなかなか使えないけど・・・夜中、試してみたり、してた」
鈍く光る玩具を手にする男の後ろに、疾しい想像が広がる。
「だから、多分、大丈夫」
自らのモノで喘ぐ背中を眺めてみたいという欲求が頭を掠めた。
男の願望を言い訳に、心を決める。
「・・・分かったよ。その代わり、時間かけて解してくから、覚悟しとけよ」
俺の言葉に一瞬たじろいだ彼は、すぐに官能的な目つきに変わり、小さく頷く。
それは、本能を呼び覚ます、決定的な表情だった。


狭いユニットバスの湯船に身を沈める。
顔半分くらいまで浸かり、息苦しさを楽しんでいたところで、彼が入ってきた。
「ちゃんと洗えたか?」
「・・・うん、多分」
どうやら、まだ直腸洗浄には不慣れらしい。
「ま、そいつも慣れだな」
幾分申し訳なさげな顔をする彼に笑みを返し、風呂から上がる。
適当にシャワーを浴びただけの男の身体を後ろから抱き締め、壁に手をつかせた。
「あんまデカい声出すなよ。隣の奴に何だと思われるから」

ローションを手に取り、上半身から下へ身体を撫でると、途端に彼の頭が項垂れる。
乳首を軽く弄り、腹をまさぐり、やがて辿り着いた場所は、既に屹立していた。
「まだ、何もしてねぇじゃん」
軽く指でなぞると、肩が大きく揺れ、吐息が空気を震わせる。
「すげー、興奮して・・・我慢できない」
「イきたくなったら、出して良いぞ」
うなじに唇を寄せ、耳元まで舐りながら、そこから手を離した。
「でも、こっちはしばらくお預けな」
背後を窺う切なげな視線が、より一層、俺の感情を煽る。

腰をこちらへ突き出させ、尾てい骨の辺りから粘液を垂らしていく。
割れ目に沿って流れる液を掬いながら、人差し指を滑らせる。
程なく行き着いた穴は、当然異物の侵入を拒むように閉ざされていた。
数回指を往復させて、タイミングを計る。
男が震える息を吐いたその時、彼の中へ指を押し込んだ。
「・・・っふ」
目の前の背中が一気に強張り、指が締め付けられる。
「力、抜けって」
「ん・・・うん」
背中を擦りながら、徐々に奥へ沈めていく。
生々しくうねる熱い感触が腕の方まで絡みついてくるようだった。
指先を小刻みに動かし壁を刺激していると、まもなく男の反応が変わり始める。
未知の快感に、流されつつあったのかも知れない。

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未練★(11/12)

僅かに空き始めた隙間に、もう一本、中指を滑り込ませた。
「くっ、う」
苦しげな声を上げた彼は、けれど、さっきほどの拒絶反応は見せなかった。
心なしか緩んできた空間を、二本の指で弄る。
「だいぶ、良くなってきたんじゃねぇの?」
「ん、すこ、し・・・楽」
「感じんの?」
「なんと、なく」
第二関節を軽く曲げたまま出し入れを繰り返すと、荒い呼吸に喘ぎが混ざり始め
粘液が引きつる、いやらしい音がユニットバスの中に充満していく。

肩を支えていた手を股間に伸ばす。
血管が浮き立ち暴発寸前のモノが、ほんの少しの刺激を待ち侘びている。
握り締め、親指で先端を撫でた。
「ちょ、ま、って」
途切れ途切れの声が、彼の全身から絞り出される。
壁についていた手が握り締められ、寸でのところで抗う様が窺えた。
「一回、イっとけ」
「ま・・・だ」
俺の忠告を聞かなかった男に、少し、罰を与えてみる。
「うあっ・・・」
更に責めの指を増やして中を乱暴に掻き混ぜながら、勢いよく性器を扱く。
自らの腕で口を塞ぎ、上半身を壁に預けた彼は、瞬く間に絶頂へと上り詰める。
「んっ・・・ぐ」
精液が噴き出すと共に、糸が切れたように緊張が解け、その背中が大きく波打った。

性欲が弾け飛んでも尚、彼の蕩けた場所を弄り続ける。
「次は、こっちだけで、イけそうか?」
崩れ落ちてしまいそうな姿勢の彼は、無言で首を縦に振った。
「俺の挿れるまで、我慢しとけよ」
ここまで拡がれば、多分、性器を受け入れることは難しくない。
微かな声を上げて腰を振る姿に名残惜しさを感じながら、指を引き抜いた。


浴室の床に屈みこんだ男は、深く息を吐きながら、自らの中に異物を入れていく。
「いつも、そうやって入れてんだ」
恥ずかしげに目を伏せる男に、わざと問うてみる。
「これが、入れやすい・・・から」
指で解しているからか、然程苦労せず深いところまで入り込む。
やっと視線を合わせてきた彼は、指示を待つかのよう、目の前に立つ俺を窺った。
「で、そっから、どうしてんの?」
重ねられた問いに躊躇う顔を見せつつ、男の手が自らを慰め始める。
ゆっくりと、捻じりながら出し入れされる度に、ローションが音を立てながら糸を引く。
「こんな・・・かん、じ」
目の前の淫らな姿に、言いようのない昂ぶりが身体を掛ける。
堪え切れず、彼の頭を掴み、ほぼ準備万端の自らのモノへ引き寄せた。
虚ろな眼をしたまま、男はそこに舌を伸ばす。
「あんま、がっつくなよ。俺も、ちょっと・・・やべぇ」

痛々しい程に赤く滾る性器が、彼の唾液を纏って照りを帯びる。
舐め上げられる度に、限界の二文字が頭を過っていく。
時折、俺を見上げてくる視線が身体を這い、理性を掻き乱す。
同じようなことは今まで幾度となくやってきたはずなのに、何かが違う。
多分それは、俺の中の彼が、心の中で大きく膨らんでいるからなのだろう。

「ちょ・・・っ、待て」
危ういところで動きを制止すると、彼は若干物足りなさそうな顔を見せた。
「いいじゃん、一回イって・・・オレ、また、しゃぶるから」
「お前と違って・・・そうそう、すぐには勃たねぇの」
顔を引き寄せ、唇を重ねる。
雑多な味を感じながら、吐息と舌を絡ませた。
「ゴム、あるか?」
「着けるの?」
「お互いの為だし・・・お前の中で、出したい」


薄い膜に塗られたゼリーの感触が、破裂しそうなモノを多少鎮めてくれる。
再び俺に背を向けた彼を抱き締め、背中を軽く愛撫した。
「痛かったら、我慢すんなよ」
「・・・分かった」
さっきまでと違い、その入り口は周囲をひくつかせながら受け入れる体勢を取っている。
潤滑液を俺と彼に纏わせ、静かに擦り合せ、性器を穴にあてがう。
息を吐きながら、ゆっくりと、彼の中に沈み込ませた。

予想以上に締め付けが激しい。
壁を掴む男の手に自分の手を重ね、前屈みの姿勢で身体を密着させる。
自然とモノが奥へと入り込み、彼の呼吸はますます荒くなった。
「っあ・・・う」
頬から首筋にかけて口づけを重ね、緊張を解いていく。
緩やかに腰を動かすと、喉奥から漏れる声が少しずつ弛む。
「ヒカル」
「・・・な、に」
「ずっと、こうしてたい」
段々と刺激を強くする。
二人の身体がぶつかり合う音が、空間に響く。
程好い具合になってきた彼の中で扱かれる快感が、欲求以上の悦びを与えてくれる。
「オ、レ、っも・・・」
突かれて歪む、上ずった声が嬉しかった。
「ずっと・・・こうして、よう・・・二人で」

□ 94_未練★ □
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未練★(12/12)

余りにも直接的な肉感に包まれる官能が、それほど長続きするはずも無い。
頭を壁に押し当てたまま乾いた息を吐く男も、既に限界を迎えつつあった。
腰を落として力任せに突き上げると、その度に彼は背中を震わせ、俺を締め付ける。
そうされることで、俺は更に欲望に急かされるよう、腰を振る。
抜きつ抜かれつしながら、共に、絶頂への階段を駆け上っていく。

「ん・・・はっ」
先に完遂したのは彼の方だった。
勢いを無くした精液が、床に落ちていくのが見えた。
力の抜けた身体に最後の勢いをぶつける。
「・・・っう」
瞬間、純粋な欲求が彼の中で終わりを迎えた。
薄膜の中に精液が充満していくのを感じながら、男の身体にしがみつく。
動悸が収まらない息苦しささえ、心地良く感じる。
「負けて、なんか、無いから」
背中を流れ落ちる汗の行方を追いながら、呟く。
「お前、俺ん中では・・・一番、だから」
目の前の男だけを想い続けていく、その覚悟が、やっと固まった。


たまたま仕事が早く終わった平日の夜。
週末、結局電車で帰った男が置いていったママチャリを引いて、自転車屋に向かう。
ろくにメンテナンスもしていないのであろうタイヤは、見るからに傷んでいて
遠出をするならと思い、主人に点検と修理を頼んだ。

「これなら土曜日までに見ておくよ」
そう言った彼は、店の奥に置いてある俺の自転車に視線を送る。
「あれは・・・もうちょっとかかるかなぁ。連休には間に合わせるけどね」
「そんなには、急いでないんで」
「でも、久しぶりなら乗り倒してあげなよ。折角なんだから」
自転車好き特有の表現を口にしながら、主人は朗らかな笑顔を見せた。
そういえば、ゴールデンウィークの予定は何も決めていない。
店を後にしながら、家に帰ったら彼の都合を聞いてみようと考えていた。


「潮見君、連休の予定は何かあるの?」
代わり映えしない社員食堂で、新顔にそんな話題を提供する。
「特に、決めてないです。気が向いたら実家に帰ろうかと」
「実家は何処なんだっけ」
「木更津なんです」
「いつでも帰れるんじゃ・・・」
「そうなんです。だからこそ、なかなか帰るきっかけが掴めないっていうか・・・」
その気持ちは分からないでもなかった。
俺も、実家には一年に一度顔を出せば良い方だ。
「寺門と新城なら、チャリンコで行く距離だろ?」
「まあ、そうですね」
若い社員の話を聞いていた年上二人は、いつも通りの応酬を見せる。
「え・・・自転車で?」
「慣れれば大変でもないよ。千葉の方は走り甲斐があって、楽しいし」
「あ~、こいつらの言うこと真に受けちゃダメだからね。自転車オタクだから」
先輩たちの会話に、自分が新入社員だった頃のことを思い出す。
きっとこれからも、新人が来る度にこんな会話が繰り返されるのだろう。

「康平は、どっか行く予定あんの?」
不意に投げかけられた質問で、雰囲気の中心が俺の方へ移動する。
「え?ああ・・・ちょっと」
「寺門とチャリ乗り回すんじゃねぇのか?」
確かに去年の今頃は、年上の男と泊りがけで房総半島一周のツーリングに出かけていた。
「ハワイでも行こうかな~・・・と」
「マジで?」
「へぇ、良いですねぇ」
「はぁ?この・・・裏切り者!」
とりあえず予想通りの反応を見たところで種明かしをする。
「冗談ですよ。俺も実家に帰ります」
「・・・何だよ。じゃ、餃子買ってこい」
「そんなの、そこら辺で食べれば良いじゃないですか」
心なしか不機嫌な先輩の顔を見て、彼に話を持ちかけた時にも同じ反応をしていたことを思い出した。

「自転車は乗んねーの?」
「ついでに日光の方まで足を延ばして、そこでちょっと」
「独りで行かれるんですか?」
「いや・・・」
斜め向かいに座っている自転車好きの男の視線が、少しだけ気になった。
後ろめたさが無いと言えば、嘘になる。
「従兄弟と、行く予定」
「あの時の彼か」
「男とかよ」
「すみませんね、浮いた話ができなくて」
自ら手を離した俺に、先輩はそれでも、優しい表情を見せてくれる。
「・・・何か、娘が彼氏に取られた気分だな」
「こんな娘が欲しいのか?お前・・・」
「例えば、ですよ」
今の俺にとって、かけがえのない存在は、あいつだけ。
兄であり、父でもある、その感情を素直に受け止められるようになった自分に、心から安堵した。


自転車屋の主人が紹介してくれたレンタカー屋で、インドアマウントの付いた車を借りる。
ロードバイクとママチャリが積まれた光景はかなりの違和感があったものの
若い男には物珍しいらしく、しばらく興味深げに眺めていた。
車に乗るのは久しぶりということもあり、宇都宮までは3時間弱といった行程を想定している。
実家には顔見せ程度に寄って、今夜は日光に一泊。
「運転、替わんなくて良いの?」
「お前ペーパーだろ?怖くて任せらんねぇよ」
だいぶ余裕のあるスケジュールのお陰で、休みらしい休みを堪能できる、と思っている。

朝早く出発したというのに、高速は既に流れが鈍くなってきていた。
余り車に乗る機会が無いという彼は、スマートフォンを握りしめたままで車窓を眺めている。
「オレね、この間、偶然あいつと会ったんだ」
何の気なしに呟かれた言葉に、軽く相槌を返す。
「最初はちょっと、モヤモヤしたけど・・・飯食ったりしてたら、すげー楽しいって思えるようになってきて」
やがて渋滞の波に飲まれた車は、程なく止まった。
「また友達に戻れるのかなって、何となく、嬉しくなった」

心の奥の未練が吹っ切れた訳じゃない。
一人きりの夜、密かに振り返り、胸を焦がすこともある。
それでも前を向いていられるのは、今が幸せだから、もっと先を見ていたいから。
シートに投げ出した手を、彼の手が包む。
「・・・ずっと、こうしてたい」
彼の言葉に応えるよう、手を裏返して指を絡ませる。
「俺も」
この体温をいつまでも感じていたい、そう思いながら、強く握り締めた。

□ 94_未練★ □
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まべちがわ

Author:まべちがわ
妄想力を高める為、日々精進。
閲覧して頂いた全ての皆様に、感謝を。

2011-3-12
東日本大震災の被害に遭われた方に
心よりお見舞いを申し上げます。
故郷の復興の為に、僅かばかりにでも
尽力出来ればと思っております。

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