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未練★(8/12)

「・・・塩?」
先輩から手渡された土産袋の中には、麻生地に包まれた現地の塩が入っていた。
「明日夏が、康平にはこれが良いだろって。風呂に入れると身体が引き締まるらしいよ」
「はぁ・・・」
そしてもう一つは、装飾が施された小ぶりの木の板。
「そっちはオレが。レンタサイクル屋のオーナーが趣味で作ってるんだって」
如何にも南国、といった模様枠の中には、山とヤシの木と自転車が彫刻されている。
「あっちでも自転車乗ったんですね」
「もう行くことも無いだろうし、折角だから。すげー良かったよ」
「そりゃあ、都内走るのとは訳が違うでしょうし」
伸びてきた痩せた手に、持っていた板を手渡す。
興味深げに眺めた仮の従兄弟は、向かいに座る男を見て口を開いた。
「自転車、好きなんですか?」

恐らく、彼の中で何かが繋がり始めていたのだろう。
「うん、今日も阿佐ヶ谷から自転車で来たし」
「阿佐ヶ谷から?」
「慣れればそんなに時間もかからないよ」
「でも・・・凄いな」
「前は康平とよく乗りに行ってたんだけど、最近はご無沙汰だな」
「え、ええ・・・そうですね」
軽い口調の問い掛けに、引きつった答しか返せない。
狼狽を隠すのが精一杯で、隣に座る男の表情を確認することはできなかった。


遅い朝食をとりながら、先輩が語る彼の地での思い出話を聞く。
それなりに長い付き合いで、いろいろな面を見ていることもあり
特段驚くようなエピソードも無く、ああ彼らしい、と思わせられるだけだった。
その間、ヒカルは気を遣ってくれているのか、たわいもない話題を場に提供してくれる。
「海外は、よく行かれるんですか?」
「いや、今回が初めてだったんだよね」
「僕も、修学旅行でグアムに行ったくらいかな」
「修学旅行でグアム?」
「マジで・・・オレん時は京都が精々だったのに」
新婚旅行に行った後輩を南国野郎と揶揄した先輩がこんな話を聞いたら、きっと憤慨するに違いない。

想定していた時間は、だいぶ過ぎていた。
寺門さんの新妻からの電話が無ければ、恐らく話は尽きなかったかも知れない。
「こんな若い子と話す機会もあまり無いからさ。新鮮だったよ」
「また、機会があれば是非」
「何か、弟に弟ができたみたいだな」
立ち上がり、笑顔で口にした先輩の一言が、妙に心に刺さる。
男から向けられる、本来喜ぶべき想いを素直に受け取れないまま、席を立った。


自宅に戻るまで、ヒカルは一言も言葉を発しなかった。
ドアを開け、玄関から部屋に入ろうとする俺を、彼は背後から抱き締めてくる。
「・・・疲れた」
「付き合わせて、ゴメン」
「別に、良いよ」
首筋に吐息がかかり、やがて耳元に唇が添えられた。
「あの人のこと・・・好きなんだね」
静かに語りかけられた問いに、俺は沈黙で答える。
「いい人だし、ガタイも良いし、康平といろんな思い出共有してるし・・・オレとなんか比較にならない」
腹の辺りで組まれた手が、きつく握り締められた。
「負けたくないな・・・負けたくない」

お前は、あの人の代わりじゃない。
想いを残したままの俺に、そう断言することはできなかった。
「・・・ずっと、好きだった。手に届かないって分かってても、諦めきれない」
彼の手の上に自分の手を重ねる。
「お前と一緒だ。忘れたくて、何とかしたくて・・・いろんな男とヤったけど、心は満足できなくて」
その指の間に指を割り込ませ、力を籠めた。
「でも、お前とあそこで会って、妙に満たされて・・・何か救われた気がした」
身体の欲求が完全に満たされた訳では無かった。
けれど、心の隅に残された何かは得も言われぬもので
あれは、相手を求め始める恋愛感情の芽生えだったのかも知れない。

背中の辺りに彼の頬が寄せられているのを感じる。
「オレも多分・・・あいつのこと、忘れられないんだろうな」
親友であり、初恋の相手。
遣る瀬無さと、身体の中に湧き起こる衝動への後ろめたさは、想像に難くない。
「けど、辛いんだ。楽しかった思い出が、そうじゃなくなって」
「・・・分かるよ」
「この気持ちに気が付かなきゃ良かった。そうすれば、楽しいままでいられたのに」
深い溜め息がシャツを通して肌に沁み込む。
誰かを好きになったことに対する後悔と、一生消えないであろう未練。
互いが引き摺る鎖は重くても、二人で手を取り合えば、きっと前に進むことができるはずだ。
「俺だって・・・そいつに、負けたくない」


身体を翻して、彼と長い長い口づけを交わす。
「不安なんだ。誰かと付き合うって、初めてだから・・・どうすれば長続きするんだろうって」
「長続きさせようなんて、思わなきゃいい」
彼を諭すことができるほど、俺も誰かと関係を続かせたことは無い。
片想いで終わるか、身体の関係だけで終わるか。
たまたま数回セックスをするようになった相手でも、燻ぶる片恋を蹴散らしてくれた奴はいなかった。
「短い時間しか一緒に過ごせなくても、また今度、また今度って約束を積み重ねていけば、良いだろ」
「約束・・・?」
「約束してる限り、俺たちの関係は終わらない。それを繰り返してりゃ、一年なんてあっという間だ」

□ 94_未練★ □
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まべちがわ

Author:まべちがわ
妄想力を高める為、日々精進。
閲覧して頂いた全ての皆様に、感謝を。

2011-3-12
東日本大震災の被害に遭われた方に
心よりお見舞いを申し上げます。
故郷の復興の為に、僅かばかりにでも
尽力出来ればと思っております。

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