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未練★(5/12)

古びた扉のドアノブは付け根の部分からガタガタで、今にも取れてしまいそうだ。
小さく息を吐いて、鍵のかかっていないドアを開ける。
部屋の隅に置かれているベッドの上には、一人の男がこちらに背を向けて横になっていた。
微動だにしない様子に、一瞬、寒気がした。

狭い部屋の床の上は雑多な物が散乱している。
ディルドやローターといった玩具、ロープや手錠などの拘束具、鞭やロウソク。
ブタ小屋という形容詞を当てはめるならこんな空間なんだろうと、思わせられた。
そして、若い男の受けた仕打ちが、ありありと目に浮かんだ。

彼が気を失ったのは、まさにプレイの最中だったのだろう。
手枷は外されているものの、足枷も、鎖の付いた首輪も、目隠しも、猿轡も
全て付けられたままで倒れている。
背中には何本ものミミズ腫れと鬼畜の精液がべっとりと残っており、シーツには僅かな血の跡があった。
身体に目を滑らせると、全身に赤く摺れたような傷があり
地獄のような時間は、これが初めてではないということに気づかされる。


肩に手を乗せ、軽く揺り起こす。
それでも男は何の反応も見せなかった。
一先ず、彼に付けられた拘束具を一つずつ剥がしていく。
器具は相当きつく締められていたようで、身体中に跡が残っていた。
目隠しの下の眼は強く閉じられ、眉間に深い皺が寄っている。
頬についた幾筋もの涙の跡に居た堪れなくなり、思わず指を這わせた。

瞬間、彼のまぶたが小さく震える。
薄く目を開け、俺の姿を認めたであろう男は、唇を揺らして再び涙を流し始めた。
身体の前に放られている手を握り締めると、弱弱しい力が籠められる。
「もう、大丈夫」
何を言っても、何を聞いても、きっと彼には負担になる。
今はただ、その気持ちを安心させることだけを考えていた。


散乱している物を部屋の隅に押しやり、傷だらけの身体を拭き、シーツを整える。
虚ろな眼で俺の様子を見ていた男が、ふと言葉を発した。
「・・・ありがとう」
声色に不安定さは残っているものの、幾分心が落ち着いてきたように見える。
ベッドに腰掛け、見上げる視線を受け止めた。
ゆっくりを差し伸べられる手に呼ばれ、静かに唇を触れ合わせる。

「また、相手して、貰いたかった。だから、早く、慣れたくて。声かけてきた奴に・・・ついてった」
わざと目を背けてしまった想いを、彼はたどたどしい言葉で俺にぶつけてくる。
たった一回の行為がもたらした感情は、想像していた以上に純粋だった。
「もう来るな、って言われたけど・・・逢いたくて、どうしても」
この想いを受け止められない訳じゃ無い。
これが、きっかけに、なるかも知れない。

頭を抱え、上半身を重ね合わせる様に抱き締める。
「もう一度だけ言っとく。二度と、ここには来るな」
静かに息を飲む気配を感じながら、言葉を続けた。
「俺ももう、来ないから」
頬を摺り寄せ、彼の体温と鼓動に安堵する。
心と身体を繋げて良いんだと、固持してきた概念を壊すことに躊躇いが無くなっていく。
「ここじゃない、何処か別の場所で、ゆっくり慣らしていけば良い。・・・幾らでも、相手してやるから」

この店で、男の名前を問うたことは一度も無い。
出会う男たちに性的欲求以上の物を求めてはいなかったし、求めないようにする為の予防線でもある。
「名前は?」
「・・・ヒカル」
もちろん、自分から名乗ったことも無い。
ひたすら快楽だけに興じる為には、ある程度の演技も必要だった。
ここにいるのは普段とは違う自分、そう思わないと本当の自分を見失ってしまいそうだった。
でも、彼の想いを受け止める為には、ありのままの姿でいる必要がある。
「俺は・・・康平」


狭いシャワーブースの中で、男の身体を撫でる。
刻みつけられた加虐の跡は、すぐには消えそうも無かった。
「・・・前も、二日くらい、取れなかった」
「そん時は、どうしたんだ?」
「家には帰れなかったから・・・ネカフェに引きこもってた」
自らの手首を撫でながら、彼は水音に流されてしまいそうな小さい呟きを発する。
表情からして、まだ二十歳そこそこといったところか。
恐らく実家暮らしなのだろう。
「連休は、何か用事あんの?」
「特に・・・バイトは平日だけだし」
心と身体に受けた傷がすぐに癒えるはずも無い。
一人、夜の街に放り出すことは考えられなかった。
「じゃあ、ウチ、来るか」
「・・・良いの?」
「狭いけど、ネカフェよりはマシだろ」
濡れた顔が僅かに緩む。
その耳元に、軽く口づけた。
「もっと、いろいろ・・・お前のこと、知っておきたい」

とはいえ、今すぐここを出るのは得策では無いと思っていた。
まだ奴がいるかも知れないし、顔馴染みと鉢合わせしても面倒なことになる気がする。
しばらく暇を潰してから出るか、ここで仮眠をして朝方出るか。
どっちでも、と言った彼の疲れた表情で、答えは一つしかないと悟った。

□ 94_未練★ □
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No title

続きまってました。ヒカルと康平が良い関係に行くことを願っています。やはりハッピーエンドが好きなので。
では金曜日楽しみにしてます。

画面の中くらい。

いつもコメント頂きましてありがとうございます。
自分で書く話は、基本的に良い方向で終わるように心がけています。
いろいろなことがある毎日で
せめて画面の中くらいは嫌なことを忘れたいからかも知れません。
では、金曜日まで今しばらくお待ちください。
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まべちがわ

Author:まべちがわ
妄想力を高める為、日々精進。
閲覧して頂いた全ての皆様に、感謝を。

2011-3-12
東日本大震災の被害に遭われた方に
心よりお見舞いを申し上げます。
故郷の復興の為に、僅かばかりにでも
尽力出来ればと思っております。

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