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真偽★(6/13)

手の中にある、過去の刹那。
それだけで、僕は彼の全てを手に入れたような気になっていた。
激しすぎる情動は影を潜め、正常な軌道に乗って来た数年。
時を経た再会が、その道を外さんと、腕を引く。

「ちょっと、考えさせて貰えるかい?」
一通りの教材に目を通した後、何処か期待をしたような顔の卒業生に声を掛ける。
「ええ、もちろんです。・・・感触は、どうですか?」
「期待には応えたいと思うけど。後は、値段次第ってところだろうね」
「それは、もちろん勉強させて頂きますので」
もう、生徒と教師の関係ではない、そう思わせる彼の表情。
それなら、新しい関係を築き上げれば良いだけだ。
「何かあれば、僕の携帯まで、電話くれるかな」
「じゃあ、私の番号もお伝えしておきます」


サンプルとして受け取ったテキストは、教科会議でも話題の的となった。
レベルが高過ぎると言う批判も出たが、数学の学力が若干低下傾向にある昨今。
底上げの為には、まず上位を引き上げる必要性を説いた。
更に、難解な解法を習得した生徒が大学に進学することで、高校の評判も上がる。
現状のテキストに不満を持っていたのか、ベテランである先輩からの強烈な援護もあり
思いの外あっさり、新しい教材の試用は決定された。


真新しい教材一式が納品された日の夕方、営業担当である彼から電話が入る。
「無事納品させて頂きまして、本当にありがとうございます」
初めての契約なのだろうか。
喜びを隠しきれないようなその声に、こちらまで嬉しい気分になる。
「しばらくは、生徒たちに恨まれるだろうけどね。こんな難しい教材使うなって」
そんな僕の軽口に、彼は笑って答えた。

無粋な言い方をすれば、恩を売った形の状況。
顧客と言う立場から一歩踏み出すには絶好の機会だった。
「そうだ、今度一緒に酒でもどうかな」
「え、ええ・・・もちろん」
僕の誘い言葉に、彼はどういう印象を受けたのだろうか。
金の臭いでも感じ取ったのかも知れない。
教材会社との癒着は、昔から行われてきたこと。
狡猾な相手なのであれば考えなくも無いけれど
新人の営業マン相手に持ちかけたところで、大した金額を引き出せる訳でも無い。
そもそも、目的は、そこじゃない。
「金を要求する訳じゃないから、安心して良いよ。卒業生と酒を飲むなんて、なかなか無いからさ」


大学時代から付き合ってきた妻と結婚して5年。
当初から、多忙な毎日が続いていた。
何がきっかけになったのか分からない程、不満を抱えていたのだろう。
子供が産まれて半年もした頃、彼女は実家へと戻って行き、やがて別れを切り出された。
残ったのは、空になった家と虚しい人生。
子供たちに動揺を与えるからと、離婚の話は公にはしていなかった。
存在意義を失った金属の輪っかが、過去からの決別を赦さない中で
彼の存在が、全てを解き放ってくれるかも知れない。
そんな身勝手な望みを抱いていた。


「わざわざ、悪いね」
朝からの職員会議を終え、自宅で彼を出迎えた。
一人になってから消え失せた生活感を何とか取り戻そうとしたけれど
あまりに不自然な雰囲気に、自分でも居心地の悪さを感じる家の中。
スーツ姿の僕を見た彼は、幾分神妙な面持ちになった。
「午前中は、職員会議があったから。さっき帰って来たところなんだ」
「お忙しいんですね」
「子供たちが必死で勉強してるのに、僕らが休む訳には行かないよ」

さほど広くも無いリビングには、テレビとテーブルとソファと言うお定まりの家具。
隣に座る彼が、遠慮がちに酒を口に運ぶ。
多少気分に隙が出てきたような気配に、逸る気持ちが抑えきれなくなってくる。
目に入った携帯電話。
未だに消すことの出来ない、一枚の写真。

「そういえば、八重樫君とは連絡取ってるの?」
嫌な思い出を引き摺り出すような名前を口にすると、彼は瞬間目を伏せ、口ごもる。
「いえ・・・全く」
「そう・・・」
当然だろう。
身体と心を同時に蹂躙された出来事。
どれだけ彼らを傷つけることになったのか、計り知れない。
それを実感することで、充足感は更に大きくなる。

電話を手に取り、うなだれた彼の腰に手を回して引き寄せた。
頬に軽く触れた彼の髪が、タガを外す。
「せ、先生?」
狼狽する彼の声を聞きながら、携帯の中で喘ぐ彼に視線を送る。
「消せないんだよね、ずっと」
「・・・何、を?」
僅かに震える彼の肩を撫で、そのネクタイに携帯を絡ませる。
息を飲む音が、すぐ間近に迫っていた。
「どう、したん、ですか・・・」
おぞましい自分を曝け出す行為。
緊張で気分が昂ぶった。
「僕の、宝物」

□ 54_真偽★ □
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コメント

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恋には勝てない道徳と常識!?

何故、中身の無い写真立てか?及川先生は離婚していたんですね。
でも、その写真立てを片付けないで、そのままにしてあるところに、及川のネジが幾つか飛んでしまった荒涼とした心象が窺えて不気味です。狂愛のような恋には、道徳も常識もあまりにも無力ですね…。
間宮サイドと及川サイドが交互に語られるという凝ったスタイルで進む物語が、緊張感を高めています!

アメリカンでなく、深煎りがお好みなんですね!メモしておこう(笑)。

狂気を超えて。

気がふれて冷静さを失い、自らのコントロールを失う人もいれば
逆に、混乱を抑え過ぎるが為に、冷酷な感情に囚われる人もいる。
それでも、愛と言うものが根底に流れているだけで赦されてしまうことは
理不尽で不気味ですが、美しいと思ってしまうところがあります。

こちらの話、本当は、前後編に分けて公開する予定でした。
ただ、読む順番を限定してしまうのに抵抗があった為、一つの話になりました。
少し読みにくいのではないかと思っておりますが、是非最後までご閲覧頂ければと思います。
Information

まべちがわ

Author:まべちがわ
妄想力を高める為、日々精進。
閲覧して頂いた全ての皆様に、感謝を。

2011-3-12
東日本大震災の被害に遭われた方に
心よりお見舞いを申し上げます。
故郷の復興の為に、僅かばかりにでも
尽力出来ればと思っております。

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