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真偽★(1/13)

「弥生教材の間宮と申しますが、及川先生はいらっしゃいますか?」
ここに来るのは、卒業以来初めてだ。
殆ど変らない母校の面影が、学生時代の思い出を蘇らせてくれる。
「こちらにいらっしゃるそうなので、少々お待ちください」
警備員が小さな窓からそう言って、入館証を手渡して来る。
手元のリストに社名と名前を記入し、懐かしい人物を待った。

「久しぶりだね。何年ぶりかな」
「もう、6、7年になるかと」
「何にせよ、元気そうで良かったよ」
「及川先生も、お元気そうで」
職員室の隅にある小さな応接テーブルで、彼は変わらぬ笑みを浮かべながらお茶を差し出してくれる。
頂きますと茶碗に口を付けながら、ふと、その左手に視線を流す。
細い銀色の指輪。
当たり前のように収まっている物体が、蛍光灯に照らされて鈍く光った。

母校は、一応進学校として名が知れている中高一貫の男子校。
先生が赴任してきたのは、俺が高校1年生の時だった。
自身もここの卒業生、しかも生徒の大半が目指す名門大学の出。
まだ若く、歳の近さもあってか、兄貴のように慕われるまで時間はかからず
彼が受け持つ数学の授業も、評判が良かった。
「最近の進学率は、どうなんですか」
「横ばいってところじゃないかな。進学先も、昔に比べれば幅が出て来てるよ」
「幅?」
「てっぺんだけじゃなく、自分が本当にしたいことが出来る所を選ぶ子もいてね」
「海外、とか?」
「少なくは無いね」
俺がいた頃は、とにかく最上位の大学を目指すことが全て、そんな意識が充満していた。
目標としていた大学に行けなかった俺が言うことじゃないかも知れないけれど
今の雰囲気の方が、学生のやる気を引き出すには良いんだろうと思う。

「間宮君は、仕事は順調なの?」
「ええ、まぁ、まだ駆け出しなんですが」
「教材はね・・・基本、ウチの学校は大手で一括しちゃってるから」
「そこを何とかと思って。初めは母校に行って来いと言うのが慣例で」
顔色を窺うように、難関大学用の教材をテーブルに並べる。
「大学の数学科で習うような証明メソッドや幾何学も扱ってます」
分厚いテキストを手に取った彼は、パラパラと中身に目をやる。
「相当ハイレベルだね」
「先生からそんな言葉を貰えるって言うのは、褒め言葉として受け取って良いんですか?」
フッと笑った彼は、その他の補助教材にも手を伸ばす。
「センターや二次試験にも、十分対応できる内容になってます」
「理論展開が面白いね。僕好みだな」
「そう思って、お持ちしました」
事実、彼の数学の授業は数式よりも理論を重視する内容で
どちらかと言うと理詰めで物事を把握していく方が得意だった俺には、最高に面白かった。
このテキストを見た時、最初に浮かんだのは、彼が黒板に書き並べたラグランジュの定理。
興味を引いてくれるに違いない、そう思っていた。


「及川先生はいらっしゃいますか?」
背後で、そんな声がした。
振り返ると、ドアの所に男子生徒が立っている。
「ああ、今、接客中だから・・・また後で来てくれるかな」
わかりましたと言って頭を下げた彼は、聞き分け良く去っていく。

未だに慕われているのだろう。
柔らかい面持ちに、それに見合った口調。
ラフな格好をする教師が多い中で、いつもスーツを着ていたのが印象に残っている。
目の前の彼も変わらず、上着は脱いでいるものの、ネクタイは締めたまま。
あの頃と比べて歳を取った印象はあるが、考えてみれば、まだ30代も半ば。
ベテラン教師の中にあって、若さは際立っている。

チャイムの音が、学校に響く。
その音色に、思わずスピーカーを見上げた。
「懐かしいかい?」
「そうですね、あの頃に戻ったみたいです」
「あの時は、こんな風にここで商談するなんて、思いも寄らなかったけどね」
真っ直ぐ向けられた微笑に、複雑な感情が顔を出す。

中学生から男ばかりの環境。
特にウチの学校では、女性教師は一人もいなかった。
閉鎖された空間の中、感情が歪になることも、決して皆無では無い。
最悪な出来事の後に感じた、彼の温もり。
それは、幼かった俺の心に、危うい感情を植え付けた。

□ 54_真偽★ □
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男子校と女子校の文化

ウチの子供達は中学受験をして、其々中学から男子校と女子校へ進学しました。
私は共学出身なので、男子校や女子校の独特の「文化」には、正直、戸惑います。

息子が中学3年の時。冬休みに東京でイベントがあるから来ないかと、東京で大学生になっている先輩達に誘われた時は、母や夫が「危険だ、男子校には良くある事。大学生の玩具にされては大変だ。」と、大反対。私が担任教師に相談して、行かないように説得して頂きました。しかし、聞く耳持たずに東京へ行ってしまいました。この息子には、高校生になってからは女子校生とのバカップル振りに、受験の心配に加えて、女の子を腹ボテさせないかという心配が加わり、物凄い心労でした。大手予備校の模試で、数学で満点をとって全国1位になったので、学校も甘かったのか!?
だから、宝/塚風女子校文化に他の御母様方は驚いておられますが、私は少々の事では驚きませんね。
娘の学校は私服で、娘はほとんどスカートでなくジーンズ。娘がA子と2人で駅にいたら、他のクラスのA子の友達に遇って、ナントA子の彼氏と間違えられたそうです(笑)。娘は脚が長くて背も高いしね!ハリウッド男性スターにちょっと似ている私の娘だからか(笑)。

私はスカラー派。

私が学生だった頃、地元の高校は殆どが男女別学でした。
ご多分に漏れず別学の高校に進み、大学すら男女比の歪んだ学校に進んでしまった為
私には、共学の雰囲気と言うものがよく分かりません。

異性に対して、明らかにベクトルを伸ばす人、逆に縮めてしまう人
方向性を取り払い、スカラーだけになる人。
傍から見ると常に飢えているような雰囲気に見えるのかも知れませんが
実に様々な人がいて、居心地は悪くなかったような気がします。
目標とする進学先別にクラス分けがされ、3年間殆ど同じ面子だったのも
大きかったんでしょうね。
Information

まべちがわ

Author:まべちがわ
妄想力を高める為、日々精進。
閲覧して頂いた全ての皆様に、感謝を。

2011-3-12
東日本大震災の被害に遭われた方に
心よりお見舞いを申し上げます。
故郷の復興の為に、僅かばかりにでも
尽力出来ればと思っております。

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