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真偽★(1/13)

「弥生教材の間宮と申しますが、及川先生はいらっしゃいますか?」
ここに来るのは、卒業以来初めてだ。
殆ど変らない母校の面影が、学生時代の思い出を蘇らせてくれる。
「こちらにいらっしゃるそうなので、少々お待ちください」
警備員が小さな窓からそう言って、入館証を手渡して来る。
手元のリストに社名と名前を記入し、懐かしい人物を待った。

「久しぶりだね。何年ぶりかな」
「もう、6、7年になるかと」
「何にせよ、元気そうで良かったよ」
「及川先生も、お元気そうで」
職員室の隅にある小さな応接テーブルで、彼は変わらぬ笑みを浮かべながらお茶を差し出してくれる。
頂きますと茶碗に口を付けながら、ふと、その左手に視線を流す。
細い銀色の指輪。
当たり前のように収まっている物体が、蛍光灯に照らされて鈍く光った。

母校は、一応進学校として名が知れている中高一貫の男子校。
先生が赴任してきたのは、俺が高校1年生の時だった。
自身もここの卒業生、しかも生徒の大半が目指す名門大学の出。
まだ若く、歳の近さもあってか、兄貴のように慕われるまで時間はかからず
彼が受け持つ数学の授業も、評判が良かった。
「最近の進学率は、どうなんですか」
「横ばいってところじゃないかな。進学先も、昔に比べれば幅が出て来てるよ」
「幅?」
「てっぺんだけじゃなく、自分が本当にしたいことが出来る所を選ぶ子もいてね」
「海外、とか?」
「少なくは無いね」
俺がいた頃は、とにかく最上位の大学を目指すことが全て、そんな意識が充満していた。
目標としていた大学に行けなかった俺が言うことじゃないかも知れないけれど
今の雰囲気の方が、学生のやる気を引き出すには良いんだろうと思う。

「間宮君は、仕事は順調なの?」
「ええ、まぁ、まだ駆け出しなんですが」
「教材はね・・・基本、ウチの学校は大手で一括しちゃってるから」
「そこを何とかと思って。初めは母校に行って来いと言うのが慣例で」
顔色を窺うように、難関大学用の教材をテーブルに並べる。
「大学の数学科で習うような証明メソッドや幾何学も扱ってます」
分厚いテキストを手に取った彼は、パラパラと中身に目をやる。
「相当ハイレベルだね」
「先生からそんな言葉を貰えるって言うのは、褒め言葉として受け取って良いんですか?」
フッと笑った彼は、その他の補助教材にも手を伸ばす。
「センターや二次試験にも、十分対応できる内容になってます」
「理論展開が面白いね。僕好みだな」
「そう思って、お持ちしました」
事実、彼の数学の授業は数式よりも理論を重視する内容で
どちらかと言うと理詰めで物事を把握していく方が得意だった俺には、最高に面白かった。
このテキストを見た時、最初に浮かんだのは、彼が黒板に書き並べたラグランジュの定理。
興味を引いてくれるに違いない、そう思っていた。


「及川先生はいらっしゃいますか?」
背後で、そんな声がした。
振り返ると、ドアの所に男子生徒が立っている。
「ああ、今、接客中だから・・・また後で来てくれるかな」
わかりましたと言って頭を下げた彼は、聞き分け良く去っていく。

未だに慕われているのだろう。
柔らかい面持ちに、それに見合った口調。
ラフな格好をする教師が多い中で、いつもスーツを着ていたのが印象に残っている。
目の前の彼も変わらず、上着は脱いでいるものの、ネクタイは締めたまま。
あの頃と比べて歳を取った印象はあるが、考えてみれば、まだ30代も半ば。
ベテラン教師の中にあって、若さは際立っている。

チャイムの音が、学校に響く。
その音色に、思わずスピーカーを見上げた。
「懐かしいかい?」
「そうですね、あの頃に戻ったみたいです」
「あの時は、こんな風にここで商談するなんて、思いも寄らなかったけどね」
真っ直ぐ向けられた微笑に、複雑な感情が顔を出す。

中学生から男ばかりの環境。
特にウチの学校では、女性教師は一人もいなかった。
閉鎖された空間の中、感情が歪になることも、決して皆無では無い。
最悪な出来事の後に感じた、彼の温もり。
それは、幼かった俺の心に、危うい感情を植え付けた。

□ 54_真偽★ □
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真偽★(2/13)

ぎこちない舌の動きが、却って快感を呼ぶ。
机の上に放り出された数学のテキストとノート。
細かな字でびっしりと書き込まれているノートには、好感が持てた。
けれど、彼は、彼じゃない。
遠い記憶にある、その表情を思い浮かべながら、僕は生徒から受ける奉仕に酔いしれる。

教科室の内線電話が鳴る。
眼下で蠢く頭を制し、電話を取った。
「数学教科室です」
「及川先生に、弥生教材の間宮様がいらっしゃってます」
「分かりました。すぐ行きます」
短いやり取りを見ていた彼は、何処か切なげな表情を浮かべている。
「悪いね、大事なお客さんなんだよ」
紅潮した顔を腕の中に引き寄せ、髪にそっと唇を寄せた。
「また、後でおいで」


玄関の片隅に立つ男の姿を見て、思わず息を飲んだ。
あれから、どのくらい経つだろう。
忘れられなかった面影は、そのままだった。
「間宮君」
振り向いた彼は、穏やかな顔で微笑みながら会釈をする。

「久しぶりだね。何年ぶりかな」
「もう、6、7年になるかと」
「何にせよ、元気そうで良かったよ」
「及川先生も、お元気そうで」
職員室にある応接スペースで名刺交換をするのは、僕が赴任したばかりの時に在校していた卒業生。
直接受け持った期間は短かったけれど、真面目で理論派な彼に好感を持つまで時間はかからなかった。

「最近の進学率は、どうなんですか」
薄いお茶を口にしながら、彼はそう会話を切り出して来る。
「横ばいってところじゃないかな。進学先も、昔に比べれば幅が出て来てるよ」
「幅?」
「てっぺんだけじゃなく、自分が本当にしたいことが出来る所を選ぶ子もいてね」
「海外、とか?」
「少なくは無いね」
この学校の売りは、難関大学への進学率の高さ。
それは、僕がここで学んでいた時から変わらない。
文科省の方針にも何処吹く風のスパルタな経営方針は、PTAからの絶大な信頼も得ている。
しかし、学校は大人の力だけでは回らない。
時代も変わり、生徒たちの人生観も変わって来ているのだろう。
進路指導でも、決まりきった道を敢えて選ばない生徒が増えてきているのは、確かだった。

「間宮君は、仕事は順調なの?」
「ええ、まぁ、まだ駆け出しなんですが」
卒業以来年賀状だけのやりとりだった彼が、突然電話を寄越して来た理由。
「教材はね・・・基本、ウチの学校は大手で一括しちゃってるから」
「そこを何とかと思って。初めは母校に行って来いと言うのが慣例で」
彼はそう言いながら、いくつかのテキストをテーブルに並べる。
難関大学用と銘打たれたテキストを手に取り、ページを繰る。
「大学の数学科で習うような証明メソッドや幾何学も扱ってます」
言葉通り、難解な問題が並ぶ。
代数・幾何・解析・・・こんな問題に生徒たちがついて来られるのか、不安になる程だ。
「相当ハイレベルだね」
僕の表情を窺うように視線を送る営業マンに、とりあえずの感想を告げる。
「先生からそんな言葉を貰えるって言うのは、褒め言葉として受け取って良いんですか?」
緊張で固まっていたような表情が、俄かに綻ぶ。
その言葉に、思わず顔が緩んだ。
「センターや二次試験にも、十分対応できる内容になってます」
「理論展開が面白いね。僕好みだな」
「そう思って、お持ちしました」

事実、学校で用いる教材は大手の会社が取り仕切っている。
幸いなのは、数学の教科主任は個人主義が過ぎるような人で
教材についても、各教師での検討の余地が残されていた。
これだけの完成度があれば、先輩方を説得するには十分だろう。


「及川先生はいらっしゃいますか?」
不意に職員室の入り口で呼ぶ声に、視線を上げた。
そんな顔で来るなと、言っているのに。
途中で放棄された疼きに耐えられないのだろうか。
「ああ、今、接客中だから・・・また後で来てくれるかな」
もどかしげな、寂しげな視線を僕と客に向け、生徒は去って行く。
あまり入れ込まない内に、手を離した方がいいのかも知れない。

チャイムの音が、学校に響く。
目の前の彼は、懐かしむように壁に設置されたスピーカーを見上げる。
「懐かしいかい?」
「そうですね、あの頃に戻ったみたいです」
何気ないその一言に、押し込んでいた感情が顔を覗かせる。
もし、過去に戻れたのなら。
もっと正しい解法が、あったはずなのに。
時の経過を悔やみながら、気を取り直し、彼に笑いかける。
「あの時は、こんな風にここで商談するなんて、思いも寄らなかったけどね」

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真偽★(3/13)

ある日の放課後。
教室には、居残り自習をする生徒が勉強に励んでいた。

「瑞貴、ここの定理ってどう言うんだっけ?」
俺の隣で数学の勉強をしていた八重樫は、そう言いながらテキストを差し出して来る。
「ああ、それは・・・」
数学が得意だった方では無かったけれど、昨年やって来た数学教師のせいか
それまでに無かった、数学への興味が顔を出して来るようになった。
「良く覚えてんな」
「初めから展開させて行けば、分かりやすいだろ?」
「面倒じゃん。それなら数式覚えた方がマシだよ」
「あんな記号を何十個も並べたもん覚えるよりは、良いと思うんだけど」
「お前、ホント理屈っぽい奴だな」

高校の授業は夜の6時まで。
学習塾へ通う生徒も少なくは無かったが、教室は夜9時半まで利用可能だったので
帰宅時間は、おのずと夜遅くなることが多かった。

時計はもうすぐ9時になりかかる辺り。
同級生たちが帰り支度を始める中、八重樫が携帯電話を取り出した。
黒い本体に、赤いライトがけたたましく点滅している。
画面を見た彼は、小さく溜め息をつきながら立ち上がる。
「帰んの?」
「いや・・・ちょっと、及川先生に聞きたいとこがあって」
「もう、帰ったんじゃね?」
「あの人、結構遅くまでいるから」
「そう。じゃ、俺もうちょっと勉強してるから、終わったら帰ろうぜ」
「分かった」
一瞬切なげな表情をした彼は、ぎこちない笑顔を見せて、教室を出て行った。


室内には、もう誰もいなくなった。
真っ暗な校庭を窓から見る。
時計の長針が6に差し掛かる頃、友人はやっと戻って来た。
「遅かったな」
「・・・ああ」
何処と無く落ち込んだような顔が、不穏な空気を生んでいた。
「どうした?」
眼鏡の奥の眼が、戸惑いを帯びている。
「瑞貴」
「ん?」
「・・・ごめん」
俺に近づいてきた彼は、肩に手をかけると同時に、俺の腹に膝蹴りを喰らわせた。

声にならない呻き声が無意識の内に発せられ、膝が折れる。
倒れかかった上半身が蹴られ、壁に打ち付けられた。
制服のシャツの襟首を掴んだ彼は、更に顔面へと拳を振るう。
痛みと苦しみで、視界が霞む。
あまりに突然のことでパニックになった頭は、完全に思考回路を停止していた。

鉄錆のような味覚が、鼻から口にかけて広がる。
漏れていく吐息は、震えていた。
床に倒れた俺の身体に、八重樫の身体が馬乗りになる。
何かが、唇に当たる。
「・・・ほら、咥えろよ」
俺の反応を待たないまま、彼は俺の口の中に、自分のモノを押し込んで来た、
既に膨れていたそれは、酸素を求める俺の口を塞ぐ。
鼻で息をすることにさえ気が付けないまま、苦しさに悶えた。

ぶれる視界の中に、友人の制服のネクタイが映る。
彼の腰が動く度に、頭が床に擦り付けられた。
喉の奥から、出したことの無いような声が上がって来る。
床に手を付き、前傾姿勢で蠢く友。
滴り落ちて来た液体が、頬に当たり、流れて行く。
どうしてなんだ、脳裏にあった想いは、それだけだった。

抑えきれない声が、徐々に頻繁に聞こえるようになる。
「・・・っう」
一瞬強張ったモノが口の中から抜き出され、すぐに顔に生温かい液体の感触が広がった。
不快感が、背筋を寒くさせる。
目を塞がれたままで聞こえたのは、携帯電話のカメラのシャッター音。
恐怖と屈辱の中、正直、その行為の結末を考えることは出来なかった。


彼は、泣いていたのだろうか。
揺らぐ息が耳に届くと同時に、教室のドアが開く音がした。
「何やってるんだ?!」
若い男の声。
駆け込んで来る足音の後、俺の上にいた男の体重が軽くなって行く。
「お前・・・これは預かる。明日、僕の所に来るんだ、良いね?」
先生が矢継ぎ早にそう話すと、友は謝罪の言葉一つ無く、去って行った。

「大丈夫か?間宮君」
彼のハンカチで、顔に纏わりついた粘液が拭き取られる。
ぼんやりとした眼前には、心配そうな表情を浮かべる及川先生の顔があった。
「何が、あったんだい?」
「・・・よく、分かりません」
動き始めた思考回路を巡らせる。
一から定理を組み立てようとしても、肝心の一の部分が見つからない。
ついさっきまで普通だった八重樫に、何があったのか。

先生の腕が俺の頭を抱えるように回り込み、自身の上半身に抱えられる。
ワイシャツに付いた血が、僅かに滲んだ。
「先生・・・血、が」
「良いんだ」
身体を抱きしめる腕の力が強くなり、彼の顔が髪を撫でる。
「このことは・・・誰にも言わないでおくから。君の為にも、彼の為にも」
「・・・分かりました」
胸ポケットに入れられたシルバーの携帯電話が一回だけ、振動した。
彼は気にする風も無く、その手に力を込める。
俺も、何も考えることが出来ないままで、その胸に顔を埋めた。
温もりが、雑多な感情を押し流して行くようだった。

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真偽★(4/13)

「失礼します」
夜も9時を回ろうとしている頃。
一人の生徒が、教科室へやって来た。
「まだ、勉強中だったかい?」
「ええ、間宮と一緒に」
「彼は教室?」
「そうです」
良いタイミングだ、そう思いながら、彼を部屋の中へ招き入れる。


進学校だけあって、勉学に対して真摯に取り組む生徒が多い。
昼夜問わず、質問にやって来る生徒は絶えなかった。
中には、成績が思うように伸びず、せめて評定だけでもと縋ってくる者もいた。

「数学だけが、推薦条件に足りなくて・・・」
「そうは言ってもね・・・他の学科も視野に入れてみたら、どうかな」
高校3年生の春、校内での推薦枠を確保することに必死だった生徒は、その言葉に俯いた。
「何でも、しますから・・・」
欲求不満な訳じゃ無かったと思う。
苦悩するその表情に、自分でも気が付かなかった衝動が顔を出した。
「何でもする、なんて、軽々しく言うもんじゃないよ?」
うなだれる彼の脇を抜け、ドアの鍵を、わざと音を立てて閉めた。
その音に、生徒の表情は一気に強張る。
「じゃあ、して貰おうかな。僕の言うこと、何でも」


床に正座をした状態で、彼は僕のモノを口に含む。
もう、何回目だろう。
初めて行為を強要した時の、蔑む様な敗者の顔が忘れられない。
今では、個人授業が功を奏したのか、出来の良いお友達のせいなのか
彼の数学の成績は、目に見えて良くなっていた。
それでも、こうやって彼を呼ぶのは、達成したかった一つの目標の為。

「眼鏡したままじゃ、奥まで咥えられないだろ?」
優しく話しかけながら、彼の眼鏡を外し、頭を押さえつける。
苦しげの喉を鳴らす彼の肩が、大きく揺れた。
悶える度に閉まる喉が、モノに言い知れない快感を浸み込ませる。
「大分、上手く、なったね。八重樫君」
眉間に皺を寄せながら、彼は僕の意のままに頭を振る。
子供の心を壊すことでしか満たされない、支配欲。
くだらない性欲を発散する度に、自分の小ささを実感させられる、虚しい行為。


精液を喉に詰まらせて酷く咽ている彼を立ち上がらせ、背後からその股間に手を伸ばす。
「も、どら、ないと・・・」
「分かってるよ」
ファスナーを下ろし、ズボンの中に手を差し入れる。
萎れたモノを掴み、乱暴に扱き上げた。
「先、生・・・ホント、に」
机に肘をついたまま耐える彼の身体が、徐々に沈んでいく。
若さ故か、頭をもたげ始めるまでも早い。
固くなり始めたモノを弄りながら、耳元で囁いた。
「一つ、頼みがあるんだけどな」

男にも、子供にも、欲情なんてしたことは無かった。
結婚を約束した彼女がいても、捻れた欲望は膨れる一方だった。
それほど会話を交わしたことも無いのに、気が付いた時には、視線で追いかけている。
単純な好意が、大きな憧憬となって心を支配する。
手を触れることで汚してしまうのが怖い。
けれど、絶望の底に堕ちた、その顔を想像するだに昂揚する感情。
誰も幸せにはなれない結論を導いたことが、全ての始まりだったのかも知れない。


人の気配が消えた校舎の一角。
2年生が学ぶ教室の一つからは、苦しげな男の声が漏れていた。
瞬間の静寂の後に、機械的な音が微かに聞こえる。
それを合図にするように、僕は教室の扉に手をかけた。

「何やってるんだ?!」
感情を押さえつつ発した言葉に、男の身体に馬乗りになった生徒が振り向いた。
今にも零れそうな眼が、真っ直ぐに僕を見る。
手を引いて立ち上がらせ、その頭を胸に抱えた。
「お前・・・これは預かる。明日、僕の所に来るんだ、良いね?」
わざとらしさに気恥しくなりながら、彼が手にしていた携帯を受け取り、胸ポケットに入れる。
髪に軽く唇を寄せると、彼は何も言わず、その場を後にした。

「大丈夫か?間宮君」
自らのハンカチで、精液に塗れた彼の顔を拭いていく。
苦しげなその顔を見つめながら、引き寄せられそうな雰囲気に耐えた。
「何が、あったんだい?」
既に答えの出ている問に、彼は切なげに表情を曇らせ、言葉を絞り出す。
「・・・よく、分かりません」

卑劣な興奮に耐えられない。
彼の頭に腕を回し、抱き寄せる。
その身体の感触を直に感じられることが、信じられないほど嬉しかった。
「先生・・・血、が」
「良いんだ」
顎の辺りをくすぐる髪の毛を落ち着かせるように、頬を滑らせる。
幾分冷静さを取り戻して来たのか、腕の中の生徒は小さく息を吐いた。
「このことは・・・誰にも言わないでおくから。君の為にも、彼の為にも」
「・・・分かりました」
腕に力を込めると、彼の頭がより深く胸元に沈み込む。
本人も意図していない呪縛に、きつく囚われて行くようだった。


掃除を終えた教室で目にした、たった一言だけのメール。
「人でなし」
当然の感想だ、そう思いながらメッセージを削除する。
そして、その対価として手に入れた、一つの成果。
誰にどう思われようとも、構わない。
今、僕の欲望を満たすことが出来るのは、これだけだった。

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真偽★(5/13)

友人を失った代わりに手を入れたのは、実るはずもない慕情。
卒業間際、彼が結婚したという話を聞いても尚、憧れを覆す事は出来なかった。
燻ぶる感情に火を点けるような、時を経た笑顔。
折角組み立てた繋がりを、ここで離したくは無い。

「ちょっと、考えさせて貰えるかい?」
何冊かの教材を手にした彼は、そう言って俺に視線を向ける。
「ええ、もちろんです。・・・感触は、どうですか?」
「期待には応えたいと思うけど。後は、値段次第ってところだろうね」
「それは、もちろん勉強させて頂きますので」
意味ありげな笑みを浮かべた彼は、ネックストラップに繋がれた携帯電話を取り出した。
「何かあれば、僕の携帯まで、電話くれるかな」
「じゃあ、私の番号もお伝えしておきます」

数日後、及川先生から教材採用の連絡が入る。
提出した見積書にも、それほど難癖が付くことなく、受領印が押されて返って来た。
しかも、模試での成績や偏差値、進学率に一定の効果が出れば
来年からも継続で採用してくれるとの約束までしてくれた。

新人が取ってきた会心の契約に、会社は上々の評価を出す。
しかし、思った以上の優遇ぶりに不安がもたげるのも確かだった。
そんな憂慮は、先生からの一つの提案が取り払う。
彼の目的は、教材ではなく、別のところにあった。


数学の教材一式が納品された日の夕方、俺は先生に電話を入れた。
「無事納品させて頂きまして、本当にありがとうございます」
「しばらくは、生徒たちに恨まれるだろうけどね。こんな難しい教材使うなって」
おどけたような口調で話す彼は、そのままのトーンで話を続ける。
「そうだ、今度一緒に酒でもどうかな」

接待を要求するような言葉に、あまり良い印象は持てなかった。
実際、教材採用の見返りとして賄賂を要求してくる教師もいる。
会社でもそれを見越して、別名義の予算を計上しているくらいだ。
持ちつ持たれつ、分かっていても、彼の口からその話が出たことに少しショックを受ける。
「え、ええ・・・もちろん」
感情が伝わってしまったのだろうか、彼は笑って、それを否定する。
「金を要求する訳じゃないから、安心して良いよ。卒業生と酒を飲むなんて、なかなか無いからさ」


土曜日の午後。
お礼代わりの菓子折りと酒を手にして向かったのは、彼の自宅だった。
気兼ねなく話せるし、家族が出かけていて不在だから、と言う理由。
訝しく思う気持ちと、何処かで期待する気持ちが入り混じる。
程なく見えて来た、こじんまりとした一軒家。
前に来た時よりも周囲の風景から浮いているように見えたのは、気のせいじゃないだろう。
緊張で胸の辺りが強張るのを感じながら、インターホンを押した。

「わざわざ、悪いね」
そう出迎えてくれた彼の姿は、ワイシャツに緩めたネクタイと言うものだった。
「午前中は、職員会議があったから。さっき帰って来たところなんだ」
「お忙しいんですね」
「子供たちが必死で勉強してるのに、僕らが休む訳には行かないよ」
微笑む彼の手が、俺の肩に触れる。
促されるよう、未だ家族の空気が漂う室内へ足を踏み入れた。


まだ日が高いからなのか、不埒な昂揚がそうさせているのか。
酒の回りは、いつもより早かったようにも思う。
昔話に花を咲かせている途中、彼の口から、思い出したくない名前が出て来た。
「そういえば、八重樫君とは連絡取ってるの?」

あれ以来、奴と会話を交わすことは、殆ど無かった。
しばらく学校を欠席した彼は、理系進学コースから英文科進学コースへとクラスを変更。
すぐに長期留学へと旅立ち、俺が卒業する間際、2年生のクラスへ編入した。

「いえ・・・全く」
「そう・・・」
液晶テレビを前に置かれたソファに距離を置いて座る彼は、何かを思い出したように携帯電話を開く。
そちらに意識を奪われた瞬間、彼の腕が腰に回り、上半身が引き寄せられた。
密着した身体から、互いの鼓動が伝わりあう。
「せ、先生?」
「消せないんだよね、ずっと」
「・・・何、を?」
彼の携帯が俺のネクタイを掬い上げ、絡ませるように弄る。
脇腹を上がって来る手の気配に、声が震えた。
「どう、したん、ですか・・・」
近づく顔から視線を外すように、テレビが乗ったサイドボードに目を移す。
幾つか置かれている中身の無い写真立てが、妙に気味悪く見えた。
やがて耳元で囁かれたその言葉に、冷たくなった心が、凍りつく。
「僕の、宝物」

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真偽★(6/13)

手の中にある、過去の刹那。
それだけで、僕は彼の全てを手に入れたような気になっていた。
激しすぎる情動は影を潜め、正常な軌道に乗って来た数年。
時を経た再会が、その道を外さんと、腕を引く。

「ちょっと、考えさせて貰えるかい?」
一通りの教材に目を通した後、何処か期待をしたような顔の卒業生に声を掛ける。
「ええ、もちろんです。・・・感触は、どうですか?」
「期待には応えたいと思うけど。後は、値段次第ってところだろうね」
「それは、もちろん勉強させて頂きますので」
もう、生徒と教師の関係ではない、そう思わせる彼の表情。
それなら、新しい関係を築き上げれば良いだけだ。
「何かあれば、僕の携帯まで、電話くれるかな」
「じゃあ、私の番号もお伝えしておきます」


サンプルとして受け取ったテキストは、教科会議でも話題の的となった。
レベルが高過ぎると言う批判も出たが、数学の学力が若干低下傾向にある昨今。
底上げの為には、まず上位を引き上げる必要性を説いた。
更に、難解な解法を習得した生徒が大学に進学することで、高校の評判も上がる。
現状のテキストに不満を持っていたのか、ベテランである先輩からの強烈な援護もあり
思いの外あっさり、新しい教材の試用は決定された。


真新しい教材一式が納品された日の夕方、営業担当である彼から電話が入る。
「無事納品させて頂きまして、本当にありがとうございます」
初めての契約なのだろうか。
喜びを隠しきれないようなその声に、こちらまで嬉しい気分になる。
「しばらくは、生徒たちに恨まれるだろうけどね。こんな難しい教材使うなって」
そんな僕の軽口に、彼は笑って答えた。

無粋な言い方をすれば、恩を売った形の状況。
顧客と言う立場から一歩踏み出すには絶好の機会だった。
「そうだ、今度一緒に酒でもどうかな」
「え、ええ・・・もちろん」
僕の誘い言葉に、彼はどういう印象を受けたのだろうか。
金の臭いでも感じ取ったのかも知れない。
教材会社との癒着は、昔から行われてきたこと。
狡猾な相手なのであれば考えなくも無いけれど
新人の営業マン相手に持ちかけたところで、大した金額を引き出せる訳でも無い。
そもそも、目的は、そこじゃない。
「金を要求する訳じゃないから、安心して良いよ。卒業生と酒を飲むなんて、なかなか無いからさ」


大学時代から付き合ってきた妻と結婚して5年。
当初から、多忙な毎日が続いていた。
何がきっかけになったのか分からない程、不満を抱えていたのだろう。
子供が産まれて半年もした頃、彼女は実家へと戻って行き、やがて別れを切り出された。
残ったのは、空になった家と虚しい人生。
子供たちに動揺を与えるからと、離婚の話は公にはしていなかった。
存在意義を失った金属の輪っかが、過去からの決別を赦さない中で
彼の存在が、全てを解き放ってくれるかも知れない。
そんな身勝手な望みを抱いていた。


「わざわざ、悪いね」
朝からの職員会議を終え、自宅で彼を出迎えた。
一人になってから消え失せた生活感を何とか取り戻そうとしたけれど
あまりに不自然な雰囲気に、自分でも居心地の悪さを感じる家の中。
スーツ姿の僕を見た彼は、幾分神妙な面持ちになった。
「午前中は、職員会議があったから。さっき帰って来たところなんだ」
「お忙しいんですね」
「子供たちが必死で勉強してるのに、僕らが休む訳には行かないよ」

さほど広くも無いリビングには、テレビとテーブルとソファと言うお定まりの家具。
隣に座る彼が、遠慮がちに酒を口に運ぶ。
多少気分に隙が出てきたような気配に、逸る気持ちが抑えきれなくなってくる。
目に入った携帯電話。
未だに消すことの出来ない、一枚の写真。

「そういえば、八重樫君とは連絡取ってるの?」
嫌な思い出を引き摺り出すような名前を口にすると、彼は瞬間目を伏せ、口ごもる。
「いえ・・・全く」
「そう・・・」
当然だろう。
身体と心を同時に蹂躙された出来事。
どれだけ彼らを傷つけることになったのか、計り知れない。
それを実感することで、充足感は更に大きくなる。

電話を手に取り、うなだれた彼の腰に手を回して引き寄せた。
頬に軽く触れた彼の髪が、タガを外す。
「せ、先生?」
狼狽する彼の声を聞きながら、携帯の中で喘ぐ彼に視線を送る。
「消せないんだよね、ずっと」
「・・・何、を?」
僅かに震える彼の肩を撫で、そのネクタイに携帯を絡ませる。
息を飲む音が、すぐ間近に迫っていた。
「どう、したん、ですか・・・」
おぞましい自分を曝け出す行為。
緊張で気分が昂ぶった。
「僕の、宝物」

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真偽★(7/13)

あまりの遣り切れなさに、吐き気がする。
画面に映し出された写真が、あの時の屈辱を蘇らせる。
「僕も、君のこんな顔、見てみたいな」
「な、にを・・・言って、るん、ですか」
友の精液に塗れた、自分の顔。
震えで視界さえもぶれる。
こんなものを宝物と呼ぶ恩師。
心底悔しく、心底、哀しかった。

酒に浮かされた熱が、ワイシャツを通して沁みてくる。
「先生・・・飲み、過ぎじゃ」
「震えてるね。別に、怖がること無いさ」
「こんな、やめて・・・下さい」
「嫌なら、僕を殴ってても、出て行けば良い」
手にしたままの彼の携帯が、俺の頬を撫でる。
「商談は、無かったことにも、出来るんだよ?」
彼と向かい合わされた顔に、その唇が近づいてくる。
長い間、頭の中に仕舞われてきた妄想が、具現化する瞬間。
柔らかな感触が、寒気がするほどの興奮を呼んだ。

熱を帯びた舌が俺の唇を舐って行く。
うっすらと塗り込まれていく唾液が、閉じた口を緩める。
吐息を漏らしながら、彼の舌を受け入れた。

互いの息遣いが空間に満ち、家族の影を徐々に消し去る。
歪んだ感情が絡み合う程、遠い過去に感じた嫉妬が解けて行く。
彼の体重を受け止めた身体が、ソファに沈む。
携帯が床に落ちる鈍い音が耳に入った。
顔を両手に包まれながら、幾度となく彼の唇の感触を確かめる。


中高は男子校、大学も工学部で男ばかり。
社会人になってからは、小さかった交友関係が更に狭まった。
恋愛に興味が無かったのかも知れない。
昔抱いた鬱屈した想いだけが、ずっと火種として奥底に眠って来た。
彼の手が、ゆっくりとネクタイを解いていく。
首筋を滑る指の感触が、それに風を送り、火を点ける。
例え、その想いが、常軌を逸していても構わない。

片足だけを床に投げ出すよう横たわった身体に、彼の身体が馬乗りになる。
スラックスから引きずり出されたワイシャツの中に、その手が入り込んで来る。
腹から上がって来る気配に、背筋が寒くなった。
「抵抗、しないんだ」
身体の震えは、さっきまでと些か種類の違う感情が引き起こしていた。
こんな気持ちを悟られるには、早すぎる。
「・・・何故、こんな」
俺の上半身を気持ち良さそうに弄る彼が、興奮気味の視線を投げる。
「何回も、何十回も、こうやって君の身体を触って来たよ。・・・頭の中で、ね」
人差し指で与えられた小さな性感帯への刺激に、思わず喉が鳴った。
「やっとだ、やっと・・・。堪らないよ、瑞貴」
目を細め、俺を真っ直ぐに見つめる恩師。
様々な顔を持っているであろう彼は、今、俺だけの顔を見せてくれている。

露わにされた上半身を、彼の唇が這って行く。
鼓動が早まり、視界が揺れる。
優しい刺激の中に混ざる唐突な快感を得る度に、深い息が彼の髪を浮かせた。
それをきっかけに、彼の動きは段々激しさを増す。
幸せで、残酷な仕打ちが、全身を悦びに包んでくれる。


ベルトのバックルが、些細な金属音を立てた。
無意識の内に、彼の手に自分の手を添える。
小さな溜め息と共に、その顔が近づいて来て、頬に唇の感触を残す。
制された手はベルトから離れ、下半身へ伸びる。
俺の片方の太腿に跨るような体勢を取っている彼の手から逃れる方法は、無かった。
昂ぶりが顔を出して来始めたモノに、スラックスの上から指が滑る。
「感じてくれてるんだね」
「そ、れは・・・」
触れられていることを認識するだけで、顔が熱くなって行く。
彼は耳を唇で突きながら、遣り切れないモノを二本の指で挟み、上下に擦り上げる。
ソファの背もたれに顔を埋めるよう、その刺激に耐えた。
「背徳感で、逆に、興奮しちゃうのかな」
囁かれた言葉に、身体が追い込まれる。
「こっち、見て」
僅かに傾けた顔に、彼の手が添えられた。
親指が口の端を撫で、中に入り込んで来る。
えぐる様に押し広げられ、喘ぎと唾液が漏れた。
恥ずかしさが、より一層発情を促す。
「可愛いよ」
口から引き抜いた、俺の唾液に塗れた指を、彼は微笑みながら舐める。
変質的な彼の行為でさえ、俺の心を捕らえるには十分だった。

□ 54_真偽★ □
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真偽★(8/13)

言葉を失った彼は、小刻みに震えていた。
「僕も、君のこんな顔、見てみたいな」
何故、そんな思いを身体全体で表しているようだった。
「な、にを・・・言って、るん、ですか」
画面を凝視したままの彼の緊張具合が、腕を通して沁みてくる。
「先生・・・飲み、過ぎじゃ」
「震えてるね。別に、怖がること無いさ」
「こんな、やめて・・・下さい」
拒絶の言葉が、気持ちに火を点ける。
「嫌なら、僕を殴ってても、出て行けば良い」
頬に携帯を滑らせると、睨みつけるような弱弱しい視線が向けられた。
「商談は、無かったことにも、出来るんだよ?」
眉をひそめ、何か諦めたように唇を噛む彼の顔に、自分の顔を近づける。
掌を滑り落ちて行ったはずの幻が、実体化する瞬間。
純粋なものが、僕の唇で穢れて行く。

今まで、どの生徒とも交わして来なかった行為。
柔らかな感触が鼓動を早くする。
少し乾いた唇に舌を滑らせると、やがて口が薄く開き、アルコールが鼻を抜けた。
彼の身体に覆い被さるよう、姿勢を変えて行く。
舌を絡ませるにつれ、その心は崩れて行ったのだろうか。
程なく、二人の身体が折り重なるように、ソファに沈み込んだ。
服越しに感じる脚や胸板、萎れた気配の腰回り。
全てが、長い間感じ続けていたもどかしさを取り払う。
紅潮していく歪んだ顔を両手で包み、何度と無く口づけを繰り返した。


彼のネクタイに手をかけ、ゆっくりと緩める。
その吐息が、より深くなったように感じられた。
力なく横たわる彼の身体に跨り、ワイシャツの中に手を差し入れて行く。
熱を帯びた上半身は思いのほか滑らかで、掌に感じる鼓動と相まって発奮を促す。
目を瞑り、行為に耐える彼の耳を唇で突きながら、囁いた。
「抵抗、しないんだ」
薄く開いた切なげな視線を向けながら、彼は呟く。
「・・・何故、こんな」

彼が僕に好意を持っていることは、確かだと思う。
但しそれは、教師と教え子、営業と顧客と言う、ありきたりな関係性の中で成立しているものであって
僕が望んでいるようなものでは無い。
抵抗の意思を見せない彼の行動は、それに絡め取られているからなのだろう。
僕はそんなものじゃ、満足できない。
しがらみが無くなった今だからこそ、彼の全てを手に入れたい。
先走る気持ちが、真情を吐露させる。
「何回も、何十回も、こうやって君の身体を触って来たよ。・・・頭の中で、ね」
脇腹から脇の下を通り、胸元まで滑らせた指に、小さな突起の存在を感じる。
親指で軽く撫でると、彼の喉仏が小さく揺れた。
「やっとだ、やっと・・・。堪らないよ、瑞貴」
怯えを隠せない彼の眼を見ながら微笑みかける。
引きつったその表情が、欲望を加速させた。


ワイシャツのボタンを開け、中のTシャツをたくし上げる。
震えながら上下する胸に、唇を這わせていく。
髪にかかる吐息を感じながら、愛でる如く感触を確かめる。
夢心地な気分を、下半身の疼きが現実に引き戻す。
自らの身体を焦らすように、彼の身体を弄り続けた。

彼のベルトに手をかけると、不意にその手が動きを制する。
些末な抵抗。
溜め息をつきながら、彼の頬に唇を寄せ、その表情を窺う。
股間に添えた手には、昂ぶりが僅かに纏わりついた。
彼の身体に起きている、異常な変化。
「感じてくれてるんだね」
当て所の無い視線が、宙を泳いだ。
「そ、れは・・・」
形を明確にしているモノを二本の指で挟み、緩慢に扱く。
ソファに埋めるように顔を逸らし、肩を震わせる彼。
スラックスを持ち上げる勢いで膨らんでいく性欲を感じながら、耳たぶを軽く唇で挟んだ。
「背徳感で、逆に、興奮しちゃうのかな」
男に弄ばれて反応する身体に、煽られる嫉妬心。
女ならいざ知らず、僕以外の男に触られた経験があるなんて考えたくも無かった。
「こっち、見て」
躊躇いがちに向けられた顔に手を添え、口を押し広げるように指を突っ込んだ。
苦しげな声が喉の奥から響いてくる。
潤みがちな目が、何かを訴えているようだった。
「可愛いよ」
引き抜いた指を、見せつけるように舐る。
彼の味が、思わず顔を綻ばせた。
もっと味わいたい。
何もかも。

□ 54_真偽★ □
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真偽★(9/13)

首から抜かれたネクタイが、後ろ手に組まされた手首に巻きついていく。
ソファに座る格好になった俺の前に、彼が立つ。
張りつめたモノがベルトに押さえつけられる感覚が、酷く窮屈に思えた。
下半身の疼きに、視界が歪む。
その中に映る、愉快そうに俺を見下ろす彼の顔。
こうやって、彼は、獲物を狩るのだろう。

目の前に、頭をもたげ始めた彼のモノが差し出される。
首を傾げながら発する彼の口調は、内容にそぐわない穏やかなものだった。
「君の口で、気持ち良くしてくれるかい?」
無理強いは、決してしない。
首に優しく添えられた手に促されるよう、俺の口は待ち侘びるモノを捉える。
普通じゃあり得ない状況。
それでも、これが、彼の望むこと。
若い男たちの苦しげな表情に感じた羨望を思い出す。
大きくついた溜め息が彼のモノに纏わりついた。

熱を帯びた先端に唇を付けると、彼の手が俺の頭を撫でるように動き、行為を促す。
張りを帯び、支え無しでも姿勢を保っているモノに根元まで舌を這わせると
軽い痙攣と共に、薄い吐息が降り注いで来る。
緊張からか、興奮からか、妙に口の中が乾いて、舌が軽く痛む。
それでも、裏半面を舐り尽くす頃には、先端から浸み出した汁が口の中に独特の味覚を残していた。


小さく息を吐き、モノを咥えようとした時、不意に彼の手が顎に触れた。
「少し、口が、乾いてるみたいだね」
見上げた先の彼は、俺から離れ、テーブルに置いてあったウーロン茶を一口呷る。
僅かに潤んだ視線を受け止めながら、再び戻った彼の手に持ち上げられるよう、上を向いた。
口移しで入ってきたお茶の苦みと、受け止めきれなかった液体が首元を流れて行く冷たさが
何となく、気分を落ち着かせてくれる。
「慣れない内は、結構、あるんだよ」
冷たくなった唇を触れ合わせながら、彼はそう笑う。
彼が捕らえて来た幾人もの男たち。
その中で、不埒な想いを寄せるような機会も、あったのだろうか。
独りよがりな闘争心が、絶頂を待ち侘びるモノに視線を誘導する。
「大丈夫かい?」
「・・・はい」

いきり立ったモノを口に含む。
想像以上の圧迫感が、気分を苦しくさせた。
ゆっくりと顔を動かすと、喉の奥の方まで入り込んで来る。
俺の頭を両手で支えながら自らの下半身を前後に振る彼の口から、小さな声が漏れる。
徐々に膨らんでいくモノが、身体全体を支配していくような気がして嬉しかった。

無意識の内に上半身が悶えているのだろうか。
自由を奪われた手首にネクタイが擦れて、刺すような痛みを催してくる。
「・・・みず、き」
そんな辛さも、吐息に混ざる自分の名前に掻き消されていくようだった。
下品な水音を抑える事無く、ひたすらしゃぶり、舐り、恩師の身体を頂点へを押し上げる。

程なく、頭を掴む手に力が入り、口の中からモノが引き出される。
「出す、よ」
息絶え絶えの言葉を発しながら、自らのモノを扱く彼は
呆然とする俺の顔に向かって、激情を噴き出した。
生温かい液体に汚されていく気持ちの悪い感覚が、あの時の衝撃を思い起こさせる。
目頭から鼻の脇を流れて行く精液を彼の指が掬い上げ、薄く塗り広げて行く。
「舐めてくれる?」
おぼろげに聞こえる彼の願いに、口を開けて応じる。
唇に触れた指に舌を伸ばすと、形容しがたい味が身体を痺れされた。


濡れタオルで拭われていく、彼の欲情の跡。
取り戻した視界に映る、隣に座った満足そうな彼の笑顔。
その唇の柔らかさを感じたくて、顎を突き出し、目を細める。
微笑みを湛えた傾げた顔が近づいて来て、唇が重なった。
「せん、せい・・・」
鼻と鼻が触れ合う距離で見つめ合う。
「どうしたの?」
彼の手が、乱れていないままの下半身を撫でていく。
股間を弄られ、隅に追いやられていた欲情が呼び戻される。
僅かに浮いた腰に、彼は気が付いたはずだった。
窺うような表情が、俺の口から懇願を引き出そうとしている。
「言ってごらん」
甘い吐息を漏らすことですら、恥ずかしい。
首に回された腕に引き寄せられ、身体は更に密着する。
「君が何を言っても、僕は君を軽蔑したりしないよ」
耳元で囁かれる、彼からの赦し。
下から上がって来る仄かな快感に押し出されるよう、喉を揺らした。
「僕も・・・イきたい」

□ 54_真偽★ □
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真偽★(10/13)

身体を捩るよう、疼きに耐える姿をもっと見ていたい。
彼の首周りからネクタイを引き抜き、その手に絡みつけて行く。
自らを慰めることが無いように、そんな小さな戒め。
ソファに腰を掛ける彼の前に立つと、不安げな眼が僕を見上げていた。
何度も何度も妄想して来た感覚が、そこに纏わりつく瞬間が待ち切れない。
早くなる鼓動を抑えるように息をつき、自分のベルトに手をかける。

こんなに間近で見るのは初めてなのだろう。
訝しげな表情を浮かべる彼に、問いかけた。
「君の口で、気持ち良くしてくれるかい?」
震える頭に手を添え、首筋まで撫でて行く。
眉間に皺を寄せ、唇を噛み締める表情が目に焼き付く。
幾人もの生徒が見せた、諦めの証し。
やがて、観念したのだろうか。
大きく溜め息をついた彼は、恐る恐る、僕のモノに舌を伸ばし始めた。

生温かい刺激が、モノの先端から身体中に沁みて行く。
今まで感じて来た快感とは、全く違う何か。
ぎこちない彼の振る舞い全てが、愛おしい。
例え、彼の気持ちが僕に向いていないとしても、堪らなく幸せだった。

いきり立ったモノに、舌が静かに這う。
根元の辺りから舐り上げられる度に、腰が振れ、吐息が漏れる。
不意に交差した視線は、事前とは明らかに変わっていて
まるで、僕を試しているような雰囲気が気持ちを惑わせる。


辛そうな溜め息が、興奮を少し鎮めて行く。
潤いを感じなくなったのは、気のせいじゃなかったんだろう。
口を開け、モノを含もうとしている彼の顔に手を寄せ、行為を止める。
「少し、口が、乾いてるみたいだね」
テーブルの上に置いてあったウーロン茶のペットボトルを呷り、口移しで彼に飲ませる。
溢れた液体が首筋を流れて行くのをそのままに、彼は虚ろな目で僕を見た。
「慣れない内は、結構、あるんだよ」
呼吸の仕方が分からず、混乱するのだろうか。
緊張で唾液が出なくなるのだろうか。
行為の際に彼らの口が渇くことは、珍しいことでは無かった。
冷えた唇を重ね合わせ、その意思を確かめる。
彼の視線の気配に、安堵の気持ちが芽生えた。
「大丈夫かい?」
「・・・はい」

彼の口に、モノが沈んでいく。
吸い付くような咥内の感触が、下半身を痺れさせる。
ゆっくりと動く彼の頭に合わせて、徐々に腰の動きを早めていくと
苦しげで規則的な呻き声が響いて来た。
絶頂へと押し上げられる心と身体は、既に彼の手に落ちていたのかも知れない。
「・・・みず、き」
抑えられない息遣いの中で、縋るように彼の名を呼ぶ。
更に快感を求める気持ちと、早く達したい身体が剥離していく辛さが、頭の中を白くする。

限界寸前のモノを、彼の口から抜き出す。
「出す、よ」
最後の一押しを自らの手で成し遂げ、発射された精液は
荒い息を吐き出しながら唇を震わせる彼の顔を、白く汚した。
目を閉じた険しい顔に、指で液体を塗り広げて行く。
小さな画面に映し出されていた光景からは感じられなかった、臭いや感触。
うなだれる彼の唇を指で撫で、呟いた。
「舐めてくれる?」
僅かに空いた口から舌が覗き、指先を突くように動く。
拭い取られた精液が、彼の体内に吸収されていく。
そう思うと、得も言われぬ満足感が溢れた。


自らの浅ましい欲望を、タオルで拭き取って行く。
少し乱れがちな上気した彼の顔には、初めて見るような表情が浮かんでいた。
それは、あり得ない行為を強要された男が見せる顔では無かったと思う。
ふと目を細めた彼は、僕に向かって顎を突き出す。
好意のベクトルが、向きを変えたのだろうか。
期待と不安が入り混じる中、彼と唇を重ね合わせた。

鼻先をつき合わせながら、彼はねだる様な口調で呟く。
「せん、せい・・・」
「どうしたの?」
隣に座る彼の身体に視線を滑らせる。
昂揚しているであろう上半身が揺れ、スラックスの中に耐えきれないモノが隠れていた。
太腿を撫でながら、股間まで手を伸ばす。
軽く撫で上げると、深い息と共に彼の腰が浮いてきた。
悶えるような表情で、その意図は明白だった。
「言ってごらん」
その口から、僕を求める言葉が聞きたい。
腕を回し、身体を引き寄せる。
「君が何を言っても、僕は君を軽蔑したりしないよ」
言葉を引き摺り出すように、ベルトで堰き止められている先端部分を、捻るように摘み上げる。
息絶え絶えの声が、耳をくすぐった。
「僕も・・・イきたい」

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真偽★(11/13)

解放感が下半身を覆う。
服の外で彼の手に収まるモノは、興奮を隠しきれていなかった。
ゆっくりと、優しい動きに鼓動が早まる。
絡み合う舌の間を、音を伴った吐息が出て行く。
身体を支配する快感。
心を支配する満足感。
俺が闇雲に展開してきた理論は正しかったんだと、改めて認識出来た。

肩を掴んでいた手が胸元へ降りて行く。
乳首が指先で弾かれた刺激に、思わず舌を引っ込めた。
「・・・敏感だね」
彼は唇を耳元に滑らせながら、そう呟く。
耳たぶに熱く湿った感触が纏わりつくと同時に、乳首が指で摘まれる。
「うっ・・・」
「素直な上に、いやらしいなんて」
痛みと快感に混ざる聴覚への官能。
他の男に同じことをされても、きっと俺の身体はここまで反応しない。
想いを寄せて来た彼だからこそ、ここまで素直に感じられる。
他の奴らとは、違う。

彼の頭が胸元に落ち、その唇が片方の乳首まで挟み込む。
モノに与えられる直接的な快楽を、より増幅させる刺激。
指の動きと同調するように、しつこい位の弄りが続く。
天を仰ぐようにソファの背もたれに頭を置き、大きく口を開けると、僅かながら気分の平衡が保たれる。
絶頂までの猶予を延ばす為の、唯一の抵抗だった。


浸み出した淫らな汁に塗れた手が、モノから離れ、尻の方へと入り込んでいく。
「な、に・・・」
不安な視線を送る俺に、彼は変わらぬ優しげな表情で、割れ目を指でなぞる。
くすぐったいような、妙な感覚で腰が浮いた。
「こんなところも、感じるの?」
そう言った彼は、自らの頭を股間に沈ませる。
間を置かずやって来た、先端への愛撫。
唾液と我慢汁が混ざり合い、引き起こされる卑猥な水音が姿勢を保つ力さえ奪っていく。
浮かされた腰を支えるよう、ソファの上に片膝を立てる。
裏筋を這う彼の舌を目で追いかけながら、猶予が段々短くなっていくことを実感した。

穴を解すような指の動きに、知らず知らず快感を覚えてくる。
二つの睾丸を代わる代わる舐りながら、彼の口からもまた、興奮の吐息が漏れていた。
「気持ち、良い、かい?」
「きもち、い・・・い」
「嬉しいよ。君の、身体に、こんなことが出来るなんて」
先端に滲む汁を吸い尽くすよう、彼の唇がその部分を挟み込む。
「っは・・・」
「もう、幻を見ながら、偽の身体を求めなくて、良いんだ」
自分に言い聞かせるよう呟いた彼は、全体を口に含み、その動きを激しくしていく。
絶頂に向かって押し上げられる身体。
やがて、部屋の中に、悦楽の声が響いた。

放たれた液体を全て飲み込んだ彼は、名残惜しそうにモノに舌を這わす。
上下する胸の向こうに、満足そうな彼の表情を窺うことが出来た。
俺の視線に呼ばれるよう、彼の顔が近づいてくる。
触れた唇、入り込んで来る舌から、自分の味が浸み込む。
一瞬言葉を飲み込んだ彼の眼に、僅かな不安が混ざる。
「傍に、いてくれるかい?瑞貴」
遅すぎた言葉。
ここまでしなければ、聞く事は出来なかったんだろうか。
待って、待って、待ち侘びた問に、すぐに答えを返すのが惜しかった。
軽く顎を突き出し、再びキスを求める。
唇を耳元へ滑らせ、囁いた。
「そしたら、もっと・・・いやらしいこと、してくれますか?」


何かが吹っ切れたようだった。
彼は、家の中の至る所で、俺の身体を弄び続けた。
過去との決別の為なのか、長年鬱積してきた歪んだ愛情を堪能しようとしているのか。
理由は、何でも良かった。
仕掛けた罠に、二人で堕ちて行けることが、ただ、嬉しかった。

夜の寝室は、静かだった。
エアコンのモーター音が低く響く中、互いに裸のまま、ダブルベッドに横になり
肌を重ね、唇を触れ合わせる。
彼の手で、口で、何回絶頂に達したのだろう。
幸福な疲労感が、身体全体を包んでいた。
「先生」
「ん?」
重い身体を起こし、彼の上に馬乗りになる。
「どうしたんだい?」
幾分驚きの表情を見せた顔を両手で包み、唇を舌でなぞった。
「どうして、僕には、何もしてくれなかったんですか」
「・・・え?」
ハッとした表情に、明確な罪悪感が見て取れた。
「あの日から、ずっと、先生のことだけ見てたのに」
「瑞貴・・・?」
怯えるような視線が、弱弱しく刺さる。
目の前にある、この現実。
俺の理論が正しかった証拠。
「でも、これでやっと、僕のもの」

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真偽★(12/13)

前を開けたスラックスの中に、手を入れる。
膨らんだモノは熱を帯び、快感を求め小さく痙攣を繰り返していた。
先端を親指で押さえながら、ゆっくりと扱いていく。
刺激に溺れ、潤んだ眼が、僕を見る。
突き出された舌に呼ばれるよう、唇を重ね、舌を絡ませる。

肩から胸の方へ伸ばした手に、硬く勃起した小さな乳首が当たる。
軽く弾くと、喉奥から音を漏らしながら、唇が離れて行った。
「・・・敏感だね」
焦がれる気持ちは、いつの間にか彼を神聖なものとしていたのかも知れない。
想像以上に従順で淫らな身体。
幻滅する程に、現実の彼が近づいてくるようだった。
耳を舌で舐りながら、乳首を指で摘み上げる。
「うっ・・・」
手の中のモノが、その刺激で大きく脈打つ。
「素直な上に、いやらしいなんて」
刺激を求めているかのような片方の突起に唇を近づけ、吸い付いた。
反り返るようにソファに身を預け、上を向いた彼の身体が快楽に解ける。
薄い声と共に吐き出される吐息が、色を失った室内を艶めかしく染めるように充満していった。


モノの先端から浸み出してきた液体が、得も言われぬ感触を手に残す。
天を仰ぐ彼の喉仏が、大きく揺れていた。
屹立した部分から手を離し、尻の方に手を差し込んでいく。
「な、に・・・」
予期せぬ動きに驚いたのか、彼は僕に不安げな視線を投げる。
短い毛に覆われた割れ目に沿って指を動かし、尾てい骨の辺りを指の節で刺激する。
悶えるように身体を捩ると、ベルトのバックルが小さく鳴った。
たじろぎ、言葉を発せられない様子の彼に微笑みかける。
「こんなところも、感じるの?」
瞬間、モノが微かな反応を見せる。
新しい楽しみが出来た、そう思いながら、僕は彼に舌を伸ばす。

粘液に塗れたモノを、味わうようにしゃぶる。
溶けかかった彼の身体はソファに深く沈み込んでいく。
屈辱を味わわせ、蔑む為にさせていた行為。
その意味を、僕は少し履き違えていたのかも知れない。
相手の身体を快楽の底に落としていく行為。
穴に突っ込み腰を振るよりも、よっぽど能動的で支配的だ。

肛門をくすぐるように指を揺らすと、それに合わせて腰が浮き上がる。
陰毛にくすぐられながら玉を唇で挟むと、抑えきれない声が漏れる。
「気持ち、良い、かい?」
「きもち、い・・・い」
上ずった彼の声が、気分を高揚させた。
「嬉しいよ。君の、身体に、こんなことが出来るなんて」
先端に唇を寄せ、挟み込みながら舌を震わせる。
「っは・・・」
限界が近いであろう彼の身体が伸びる。
肩を振りながら、絶頂への一時を楽しんでいるようだった。
「もう、幻を見ながら、偽の身体を求めなくて、良いんだ」
口の中を満たす彼のモノが、僕の気持ちをも満たす。
息苦しささえ、幸せだった。
僕の肩を掴む彼の手に、力が籠められる。
やがて、熱情的な声を上げながら、彼は達した。

吹き出された彼の精液を、味わいながら飲み込む。
名残を惜しむよう萎れたモノに舌を這わせ、余韻を楽しんだ。
満足そうな彼の視線を感じ、顔を上げる。
細めた目に吸い込まれるよう、僕たちは唇を重ね合わせた。

命題の理論展開が間違っていたことは、自分でも分かっている。
その末に辿り着いたこの解が本当に真なのか。
一抹の不安を感じながら、問いかけた。
「傍に、いてくれるかい?瑞貴」
僕の問に、彼はどう思ったのだろうか。
ふと目を伏せた後でキスをせがんだ彼は、耳元で囁きを残す。
「そしたら、もっと・・・いやらしいこと、してくれますか?」


失った生活感の代わりに家の中を埋めて行くのは、男の淫靡な声と臭い。
家族の温もりを引き剥がすように、あらゆる場所で彼の身体を嬲って行く。

玄関のドアの正面に座らせて自慰を強制させながら、背後から身体を弄る。
キッチンのシンクに寄りかからせ、焦らしながら、しつこい位の口淫を与える。
カーテンを開けたままの窓に全裸で手をつかせ、性感帯を責めたてる。

理性が効かなくなって来ているのか、彼の身体は衝動のままに感じ続けていた。
引っ張られるように壊れて行く自制心。
恐怖さえ感じながら、手を止めることは出来なかった。

夜も更けた寝室。
一人では広すぎるダブルベッドに、久方ぶりに二人の人間が横になっていた。
腕を絡め、僕に身体を寄せる彼が、甘えるように唇を求めてくる。
「先生」
「ん?」
不意に身体を起こし、僕の身体に馬乗りになる。
「どうしたんだい?」
影を帯びた彼を見上げる僕の顔が、彼の両手に包まれる。
下唇に舌を這わせながら、彼は呟いた。
「どうして、僕には、何もしてくれなかったんですか」
「・・・え?」
その言葉に、心が凍りつく。
まさか。
「あの日から、ずっと、先生のことだけ見てたのに」
「瑞貴・・・?」
彼の表情が、不敵な笑みに包まれた。
絡め取られたのは、僕の方だったのかも知れない。
「でも、これでやっと、僕のもの」

□ 54_真偽★ □
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真偽★(13/13)

その夜は、激しい雨が降っていた。
勉強を終え、一人、教室を出る。
玄関口で空を見やり、傘を開こうとした時、端の方に誰かが立っているのに気が付いた。

私服姿の友は、長い間雨ざらしだったのだろうか。
濡れて垂れ下がる前髪がレンズにかかることも気にしない様子で、俺が差し出した傘に入ってくる。
電気が点いた部屋を望む校舎の影で、彼はポツリポツリと真相を話しだした。

「オレは、ただ、成績の為に・・・なのに」
評価を少しでも良くする為に、先生に取り入った。
そんな下心を隠さず口にした彼は、自らの携帯電話を俺に差し出す。
画面に映し出されていたのは、数多くの画像のリスト。
その全てが、男のモノを咥える学生の写真だった。
「逆らえば、ばら撒くって、笑いながら脅すんだ。そして・・・」
「八重樫・・・」
唇を噛んで俯く彼の頬を、滴が流れ落ちて行く。

傘からはみ出した肩を、雨粒が濡らす。
うるさい位に耳に響く雨音が、すぐ傍の男の気配すらを掻き消してしまいそうな中
ふと、冷たい声が過る。
「お前のせいだ」
憎しみを湛えた潤んだ眼が、俺を見ていた。
その雰囲気に、身体が強張る。
「みずき」
「・・・何?」
「あの人がイく時に、言う言葉」
得体の知れない気味の悪さが全身を震えさせる。
「そんなの、俺、知ら・・・ない」
「お前に咥えて欲しいんだろ。でも、そんなことさせられないってさ。・・・人でなしが」
八重樫の手が俺の肩を掴み、自らに引き寄せる。
冷えた耳に、熱い息がかかった。
「すげー気持ち良かったよ、お前。後悔が吹き飛ぶくらいな。あいつも、悦ぶんじゃね?」
その囁きが、目の前を暗くした。

絶望を引き摺りながら、友は雨に煙る夜の校庭に消える。
あの温もりで生まれた、彼への想い。
それを覆す、吐き気のするような現実。
再び襲う雑多な感情に呼び起された混乱は、しばらく収まることが無かった。


結局、友は目標としていた理系大学を諦め、英文系クラスへ転籍した。
必修とされている海外留学への申込期限ギリギリだったのは、唯一の幸運だったのだろう。
そんな彼が残して行った、一台の携帯電話。
手の中にある、多くの学生たちの恥辱の時間。
それらを見る度に、俺の中に複雑な心情が芽生える。
どうして、俺じゃ、無いんだ。
どうして、あの人は、何も求めてくれないんだ。
強い羨望は、判断を歪めて行く。
高校卒業直前、先生の結婚の報告を聞いた時、俺の心は、何処かで壊れたのかも知れない。

彼から来る年賀状の住所がマンションから一戸建てに変わったのは、俺が大学3年の時。
その変化は、答えの見えない命題に、俺を駆り立てた。
真新しい一軒家を遠目から眺める。
何回か訪れる内、その中に新たな家族の存在が垣間見えてくるようになった。
俺にとっては、最高のタイミング。
見切れて映る、学生の向こうのぼやけた彼の姿。
プリントした写真を適当な封筒に入れ、彼の家のポストに投函した。

小賢しい策略の結果を知ったのは、翌年届いた、彼からの年賀状だった。
住所は変わっていなかったが、それまで隣にあった奥さんの名前は消えていた。
自業自得だと思うと共に、歪んだ定理が組み立てられていく喜びが顔を緩ませる。


この会社に就職したのは、きっと運命だ。
そこそこ有名な進学校である母校。
当然のことながら、会社の諸先輩たちも、大手の牙城を崩さんと営業をかけていた。
決定打を見いだせない中で入社した俺は、上司から直々に命を受ける。
金に糸目は付けないから、とにかく成果を上げてくるように、と。

恩師との交渉を進めた翌日、俺は他の数学教師にも接触を試みた。
学校では支障があるからと、少し離れた喫茶店に呼び出し
話も半分に、上司から手渡された包みをテーブルに置く。
物分かりの良い男なのだろう。
ただ、彼に前面に出られては、今まで積み上げて来たものが全てふいになる。
あくまで、及川先生の顔を立てて下さい、と付け加えた。


彼が俺をその家に招き入れた時の表情から、おのずと結末は見えていた。
ここまで手はずを整えれば、彼は必ず、罠に落ちる。

俺の身体の下で呆然とする彼の首筋に、軽く吸い付いた。
その口から薄く漏れ出た息が、虚構の家に広がって行く。
赤く腫れた跡に舌を這わせ、唾液を塗り広げるように舐めると、肩が上下に揺れる。
互いのモノを擦り合せるように腰を動かすと、その下半身が小さく身悶えた。
「これで、良かったんですよね」
「え・・・?」
切なげな表情を見せる彼の耳に唇を寄せ、耳たぶを甘噛みする。
湧き上がる喜びを必死で押し殺しながら、囁いた。
「これが、僕らの、真、なんですよね」

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まべちがわ

Author:まべちがわ
妄想力を高める為、日々精進。
閲覧して頂いた全ての皆様に、感謝を。

2011-3-12
東日本大震災の被害に遭われた方に
心よりお見舞いを申し上げます。
故郷の復興の為に、僅かばかりにでも
尽力出来ればと思っております。

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