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真偽★(5/13)

友人を失った代わりに手を入れたのは、実るはずもない慕情。
卒業間際、彼が結婚したという話を聞いても尚、憧れを覆す事は出来なかった。
燻ぶる感情に火を点けるような、時を経た笑顔。
折角組み立てた繋がりを、ここで離したくは無い。

「ちょっと、考えさせて貰えるかい?」
何冊かの教材を手にした彼は、そう言って俺に視線を向ける。
「ええ、もちろんです。・・・感触は、どうですか?」
「期待には応えたいと思うけど。後は、値段次第ってところだろうね」
「それは、もちろん勉強させて頂きますので」
意味ありげな笑みを浮かべた彼は、ネックストラップに繋がれた携帯電話を取り出した。
「何かあれば、僕の携帯まで、電話くれるかな」
「じゃあ、私の番号もお伝えしておきます」

数日後、及川先生から教材採用の連絡が入る。
提出した見積書にも、それほど難癖が付くことなく、受領印が押されて返って来た。
しかも、模試での成績や偏差値、進学率に一定の効果が出れば
来年からも継続で採用してくれるとの約束までしてくれた。

新人が取ってきた会心の契約に、会社は上々の評価を出す。
しかし、思った以上の優遇ぶりに不安がもたげるのも確かだった。
そんな憂慮は、先生からの一つの提案が取り払う。
彼の目的は、教材ではなく、別のところにあった。


数学の教材一式が納品された日の夕方、俺は先生に電話を入れた。
「無事納品させて頂きまして、本当にありがとうございます」
「しばらくは、生徒たちに恨まれるだろうけどね。こんな難しい教材使うなって」
おどけたような口調で話す彼は、そのままのトーンで話を続ける。
「そうだ、今度一緒に酒でもどうかな」

接待を要求するような言葉に、あまり良い印象は持てなかった。
実際、教材採用の見返りとして賄賂を要求してくる教師もいる。
会社でもそれを見越して、別名義の予算を計上しているくらいだ。
持ちつ持たれつ、分かっていても、彼の口からその話が出たことに少しショックを受ける。
「え、ええ・・・もちろん」
感情が伝わってしまったのだろうか、彼は笑って、それを否定する。
「金を要求する訳じゃないから、安心して良いよ。卒業生と酒を飲むなんて、なかなか無いからさ」


土曜日の午後。
お礼代わりの菓子折りと酒を手にして向かったのは、彼の自宅だった。
気兼ねなく話せるし、家族が出かけていて不在だから、と言う理由。
訝しく思う気持ちと、何処かで期待する気持ちが入り混じる。
程なく見えて来た、こじんまりとした一軒家。
前に来た時よりも周囲の風景から浮いているように見えたのは、気のせいじゃないだろう。
緊張で胸の辺りが強張るのを感じながら、インターホンを押した。

「わざわざ、悪いね」
そう出迎えてくれた彼の姿は、ワイシャツに緩めたネクタイと言うものだった。
「午前中は、職員会議があったから。さっき帰って来たところなんだ」
「お忙しいんですね」
「子供たちが必死で勉強してるのに、僕らが休む訳には行かないよ」
微笑む彼の手が、俺の肩に触れる。
促されるよう、未だ家族の空気が漂う室内へ足を踏み入れた。


まだ日が高いからなのか、不埒な昂揚がそうさせているのか。
酒の回りは、いつもより早かったようにも思う。
昔話に花を咲かせている途中、彼の口から、思い出したくない名前が出て来た。
「そういえば、八重樫君とは連絡取ってるの?」

あれ以来、奴と会話を交わすことは、殆ど無かった。
しばらく学校を欠席した彼は、理系進学コースから英文科進学コースへとクラスを変更。
すぐに長期留学へと旅立ち、俺が卒業する間際、2年生のクラスへ編入した。

「いえ・・・全く」
「そう・・・」
液晶テレビを前に置かれたソファに距離を置いて座る彼は、何かを思い出したように携帯電話を開く。
そちらに意識を奪われた瞬間、彼の腕が腰に回り、上半身が引き寄せられた。
密着した身体から、互いの鼓動が伝わりあう。
「せ、先生?」
「消せないんだよね、ずっと」
「・・・何、を?」
彼の携帯が俺のネクタイを掬い上げ、絡ませるように弄る。
脇腹を上がって来る手の気配に、声が震えた。
「どう、したん、ですか・・・」
近づく顔から視線を外すように、テレビが乗ったサイドボードに目を移す。
幾つか置かれている中身の無い写真立てが、妙に気味悪く見えた。
やがて耳元で囁かれたその言葉に、冷たくなった心が、凍りつく。
「僕の、宝物」

□ 54_真偽★ □
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コメント

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不思議な迷宮に迷い込んで

ドキドキします!サスペンスや推理小説好きの私ですが、空の写真立てって、鳥肌が立ちました!!怖い!怖すぎ~!…ワクワク~(笑)。

応援団長の女装姿、想像して思わず笑ってしまいました。

まべちがわさんは、不思議な方ですね。喜怒哀楽を巧みに表現されて、ユーモアもお持ちだし!…おまけに、スカラー派!
手品師みたいな人!コーヒー派か紅茶派かどっちですか?私は紅茶。ダージリンのミルクティーが好みです。

目立たないように、心に刻む。

今回は、如何に伏線を張るかにウェイトを置いています。
しかし、難しいですね。
目立たないように、それでも何処か心に引っ掛かる様な表現。
こう言った書き方も出来るよう、腕を磨ければと思います。

コーヒーと紅茶、どちらも好きですが、口にする機会が多いのはコーヒーでしょうか。
時間をかけてドリップ、と言うことはあまり出来ないので
もっぱらコーヒーショップで買い求めるばかりです。
blogは浅煎りですが、好みは深煎りですね。
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まべちがわ

Author:まべちがわ
妄想力を高める為、日々精進。
閲覧して頂いた全ての皆様に、感謝を。

2011-3-12
東日本大震災の被害に遭われた方に
心よりお見舞いを申し上げます。
故郷の復興の為に、僅かばかりにでも
尽力出来ればと思っております。

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