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主従-虚-★(3/5)

若い男を見送った飼い主が、やっと俺の手綱を取る。
首輪に繋がれた鎖を引かれ、くたびれた絨毯の敷かれた床を這う。
些細な刺激すら快感に変換される頭の中は、もうすっかり、おかしくなっていた。
徐々に垂れ流されていく衝動すら、もったいない。
やがて見えてきた、鏡に映る恥辱の姿。
「さあ、お座りして下さい」
男はその前で立ち止まり、俺を見下ろした。
反抗する余地は、何処にも無い。
四つん這いの体勢から、上半身を起こしてしゃがみ込む。
両手を床に着き、彼からの仕打ちを待った。


大きな鏡の前に置かれた金属製のラックから引き抜かれる、一本のバラ鞭。
俺の背後に立つ男は、革の束をしならせながら、鏡越しに微笑んだ。
中年とは思えない程に引き締まった身体は、息を吸い込み、更に陰影を濃くする。
「・・・か、っは」
振り下ろされた鞭が、背中に熱く食い込む。
返す腕が、いとまも無く、同じ場所を虐げる。
声にならない乾いた音が、唾液と共に飛んでいく。

彼の力は弱まる事無く、むしろ彼自身の興奮が高まっていることは、その息遣いで分かった。
繰り返される度に襲ってくる痺れるような痛み。
沁み渡るよりも先に重ねられる衝撃が、徐々に感覚を麻痺させる。
そんな鈍る感覚がもどかしい。
あと少しの激痛が、俺を自由にしてくれると、分かっていたからだ。

「お尻を上げて」
崩れそうな身体を腕で支え、彼の方へ尻を突き出す。
鼻で笑う声の後、脚にまで電流を走らせるような痛打が与えられる。
「っあ、が・・・」
「そうそう。犬なんだから、もっと吠えて良いんですよ」
弾けるような音と共に再び加えられる折檻。
「んっ、ぐ」
「もう少し嬉しそうに啼けないんですか?大好きなんでしょう、これが」
饒舌になっていく男の言葉が、俺の身体の中の衝動を引き摺り出す。
「あ、んっ、ああっ・・・」

程なく、力任せに振られた鞭に、やっと身体が壊される。
飛び散っていく精液と、追いかけるように出ていく透明な液体。
耐え切れなくなった身体が、床に崩れ落ちる。
放心状態の俺の頭を掴んで前を向かせた男は、やはり、鏡越しに笑みを浮かべた。
「こんなところで疲れていてはダメですよ」
その唇が耳を這い、こめかみを拭う。
「まだ、私の上で腰を振る仕事が残っているんですから」


一連の行為が終わった早朝、ホテルから少し離れた幹線道路でタクシーを拾い、家路に着く。
焦がされた背中は一週間以上疼くように痛む。
助手席のバックシートに身体を預ける様に前傾姿勢で座るのは、いつものことだった。
「お客さん、大丈夫ですか?」
「・・・ええ、ちょっと飲み過ぎた、だけなので」
白む空に刹那の地獄が終わってしまう寂しさを感じながら、訝しげな運転手の問に答える。

現実の世界で、彼との接点は一切無い。
クルージングスペースからゲイ専用のSMクラブへ流れたタイミングで声を掛けられたのがきっかけだった。
初めの内は店の中でのプレイが殆どで、俺以外にも彼の仕打ちを待ち望む人間がいた。
けれど、徐々に凄惨になっていく責めに耐え切れなかったのだろう。
2、3ヶ月も経った頃、俺は、彼専属の奴隷として、彼の足元に跪くようになる。
虐げられるほどに沸き立つ偏執的な欲求。
近頃では理性を封じ込めることも出来るようになり
彼が求める愛玩物に近づいているのだと思うと、気分が高揚した。

自分の性的指向を真正面から受け止められるようになったのは、社会人になってからだ。
プライベートとパブリックの境目が曖昧だった学生時代は
周りの人間と違うという覆しがたい事実を抱え、普遍性を重んじる世界で生きていくことが怖かった。
恋愛と呼べるほどの感情を抱くことも殆ど無いまま成長してしまったからなのか
性的な衝動を満足させるだけで、心まで満たされてしまうような錯覚を覚える。
いつ果てるとも知れない醜い情欲だけを追いかけていこうと、思うことも増えてきた。

それでも、一つだけ、恐れていることがある。
いつからか芽生え始めた、決して知られてはならない、小さく淡い恋心。
どんなに酷い快楽を与えられても、これだけは壊されたくない。
これだけは、忘れてしまいたくない。


携帯電話の電源を入れるのは、家に戻って仮眠を取り、完全なる日常を取り戻してからだ。
個人用と会社用、大抵どちらかには何かしらの着信がある。
『お疲れ様です。来週のプレゼンの件で相談したいことがあるので、ご連絡頂けますか?』
社用の携帯に入っていたメッセージは、部下の秦野君からのものだった。
着信の時間は金曜日の夜11時過ぎ。
確か、随分早く帰宅した記憶があるが、あれから会社に戻ったのだろうか。
些か疑問に思いながら、折り返しの電話を入れる。

「おはようございます。お休みのところ、すみません」
社内では、どちらかといえばおとなしいタイプの若者だ。
生真面目故に努力が空回りすることもあるが、入社3年目と考えれば、及第点の仕事ぶりだろう。
「いや、大丈夫。プレゼンの、資料の件?」
「はい。先ほど、データをストレージに上げたんですが・・・ご覧になれますか?」
「ちょっと待って、今、ダウンロードするから」

□ 82_主従-虚-★ □
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まべちがわ

Author:まべちがわ
妄想力を高める為、日々精進。
閲覧して頂いた全ての皆様に、感謝を。

2011-3-12
東日本大震災の被害に遭われた方に
心よりお見舞いを申し上げます。
故郷の復興の為に、僅かばかりにでも
尽力出来ればと思っております。

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