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主従-実-★(3/6)

切れそうになった意識を繋ぎ止めたのは、男の肩越しに見えた上司の姿だった。
ちょっと待っててくれ、こっちには来ないでくれ。
それを示す為の僅かな動きに、目の前の男は気が付いたらしい。
奴が振り返ると同時に、上司は動きを止める。
遠くにいる男の顔に、瞬間、動揺が走ったように見えたのは気のせいでは無かったのだろう。
俺の方に向きなおした若い男は、心底愉快そうな表情を浮かべ、吐き捨てるように言った。
「周りにロクな人間いねぇのな、あんた」
「・・・何だと?」
「あんな男の傍にいると、バイキンうつるぞ?」
「訳分かんねぇこと、言ってんじゃねぇよ」
元カノばかりか上司までをも貶められ、感情の圧力が徐々に高まっていく。
しかし、男が放った次の一言が、心を凍りつかせた。
「教えてやろうか?・・・あいつが、金曜の夜に、何やってんのか」

チンピラ崩れのような輩と上司との間に、どんな関係があるというのか。
「じゃ、今度の金曜の夜7時に、恵比寿駅の東口な。10分は待たねぇから」
こんな男の口から出てくることが、真実な訳がない。
「・・・ま、覚悟しておけよ」


俺の前から去り、男は上司の前で立ち止まる。
二言三言交わしているようだが、俺の位置から状況は分からない。
これ以上、大切な人間を汚されることに、耐えきれなかった。
「さっさと失せろ!」
意図せず出てしまった叫び声が、周囲の視線を集める。
やり場の無い憤りと、男が残していった捨て台詞が、頭の中を掻き乱していく。

上司に対する態度は、何処か、ぎこちなかった様に思う。
「すみません。何か、金貸せとか携帯貸せとか、うるさかったんで・・・つい」
咄嗟の嘘に、彼は労りの言葉をかけてくれた。
「そう・・・手とかは、上げられなかった?」
「ええ、それは大丈夫です。舐められてるんですかね、あんなガキに・・・」
奴との間に、どんな関係があるのだろう。
「曽我部さんも、何か、言われてませんでしたか?」
「別に・・・事の顛末を聞こうと思ったけど、話にならなかったよ」
何となしに振った話が、自然な嘘でかわされる。
表情に、別段の変化もない。
それが却って、あの男の話の信憑性を裏付けた。


隠し事をしている後ろめたさに居た堪れなかったのか。
隠し事をされている悔しさに遣る瀬無くなったのか。
いつもなら途中の駅まで同行する上司とは、用事があると言って打合せ場所で別れた。
「今日は本当にお疲れ様。また、明日」
優しい声を掛けてくれる彼に対する気持ちが、些細なことで揺らいでいることを実感する。
頑なに寄せていたはずの信頼は、自分が思っているほど、確かなものではなかったのかも知れない。


間違いなく、その姿は彼の物だった。
それなのに、どんなに視覚が訴えても、頭が彼だと認識することを拒否し続ける。
「あんた、こんな奴の命令、毎日聞いてんだぜ?」
言葉を失った俺に、若い男が嘲笑を吐く。
「気持ちわりーよなぁ。同情するよ」
「・・・お前が、これ」
「まさか。オレ、こんな趣味ねーし」
腫れ物にでも触るが如く、男は、歪んだ顔で男性器を頬張る上司の痴態を指差す。
「オレは、こいつの前で飼い主とヤって、焦らしてやるだけ」
顔に出た戸惑いが、却って目の前の彼を悦ばせたのだろう。
「結構良い小遣いくれるんだよね、あの、オッサン」
「・・・は?」
俺の想像を遥かに超えている現実に、思考が乱される。
「あんた、根本的なとこ、分かってねーな」
奴の話に出てくる人間は、全て。
「こいつ、ゲイだよ。しかも引くくらいのドM」

仕事で付き合いのある相手のプライベートを詮索しようとするのは、そんなに悪いことだろうか。
距離感を弁えられない自分がいけなかったのだろうか。
隙を見せない上司に対して、多少個人的な側面を見せて欲しいという想いは、入社以来ずっと持ってきた。
彼の意図とは無関係なところで突き付けられた、もう一つの姿。
理解し難い、異常な性癖。
「見なきゃ良かった、なんて、今さら後悔してんじゃねぇんだろうな」
真意を言い当てられた答えは、溜め息でしか返せない。
長い年月をかけて築き上げられてきた人物像が、足元から崩れていくようだった。

想像の中にしかない支配者の影が、どんどん大きくなって彼を飲み込む。
「そいつ、どんな奴?」
受け入れざるを得ない現実を、俺はどうしたかったんだろう。
「何で?こーゆーのに、興味ある訳?」
「・・・んな訳ねーだろ」
「一緒になって、上司甚振ってやりたいって?」
「違う」
取り戻したい。
俺の手で組み立て直したい。
自分の、拠り所を。
「話、つけさせて貰う」


夜中に戻ったオフィスの机には、まだやりかけの書類が残されていた。
借りていた論文集をその上に置き、離席している男を求めてフロア内を歩く。
やがて見つけた姿は、何処か、委縮しているようにも見えた。
「秦野君、帰ったんじゃ・・・」
驚きを隠さない、けれど殻に覆われたその声に、思わず手が動いた。

鏡の向こうの上司の顔が僅かに歪む。
飼い主に付けられた背中の傷跡が俺の掌に焼き付けられるようで、不快だった。
「曽我部さん、俺ね」
目を伏せてやり過ごそうとしている彼に、現実を見せつける。
「ここ最近で・・・大事な人を、二人も失いました」
崩れかけた肖像を、自分の手で、粉砕する。
「彼女と、貴方です」

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まべちがわ

Author:まべちがわ
妄想力を高める為、日々精進。
閲覧して頂いた全ての皆様に、感謝を。

2011-3-12
東日本大震災の被害に遭われた方に
心よりお見舞いを申し上げます。
故郷の復興の為に、僅かばかりにでも
尽力出来ればと思っております。

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