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主従-実-★(4/6)

今では他人になった女と、全てのきっかけとなった男。
その二人が写るスマートフォンを、上司の視線の先に置く。
「何・・・?」
「その男、知ってるんですよね?」
訝しむ彼の声には答えず、問を投げる。
「この間、打合せの帰りに逢った男ですよ。女の方はね・・・俺の元カノです」
正直に答えてくれることは、期待していなかった。
「いや・・・僕は」
そういう男であることは、とうの昔から分かっている。
何も変わっていないはずなのに、俺の知っている彼であるはずなのに
男から与えられた恍惚の表情が頭を過る度、息が苦しくなる。
「ぶっちゃけると、そいつ・・・・彼女の浮気相手で。今日、ちょっと会ってきました」
俺の言葉で、彼の顔が明らかに曇る。
剥き出された急所を撫でるよう、彼の耳元で囁いた。
「・・・その時、曽我部さんのことも、聞かされたんです。いろいろ」

背中に置いた手に、微かな震えと鼓動が伝わってくる。
「傷だらけなんだそうですね・・・ここ」
ゆっくり擦ると、柔らかく筋肉が波打つ。
皮膚に刻まれた跡が消えてしまえばいいのにと思いながら、撫でていく。
「別に、会社の人間がどんな性癖持ってようと関係ない、と思ってましたけど」
下を向いたままの上司は、一言も発しない。
強固だと思っていた人間の脆さを、改めて感じた。
「それが本当に尊敬して信頼してた人だと・・・正直、キツいです」


見知らぬ番号から連絡が来たのは、自宅に着く直前だった。
耳に入ってくる男の声は、それなりの歳を感じさせる。
恐らく、自分の父親ほどの年齢だろう。
名乗らなくて良い、開口一番そう言った彼は、次に若い男の行為を詫びた。
「彼が勝手なことをしたばっかりに、貴方に不快な思いをさせてしまいましたね。申し訳ありません」

小さな外灯の下で煙草に火を点けた。
物腰の柔らかい口調のまま、男は上司との関係を綴っていく。
「私と彼の、歪んだ欲求が合致していた。ただ、それだけのことなんですよ」
「・・・欲求、ですか」
「そう。誰かを支配したい気持ちと、虐げられたい気持ちを満たし合っているだけです」
「男、同士で?」
「男女の間でなら、貴方は納得するんですか?」
支配者の言葉に、ハッとする。
むしろ、同性間のやり取りだったからこそ、まだ俺にも取り戻すチャンスがあると思っていた。
「自分を支配すべき人間が、誰かに支配されている状況に耐えられない」
「・・・え?」
「貴方の思うところは、そんなところなのかな、と。私は断片的にしか状況が分かりませんが」

上司に仕える忠実な部下。
この立ち位置が、社会人としての拠り所だった。
絶対的な存在であったはずの彼を踏みつける男に、憎しみに近い嫉妬心を抱いていたのかも知れない。
「だから、いっそのこと、自分で支配しよう、と?」
「それは・・・」
「上司と部下と言う主従関係が、破綻するかも知れませんよ」
跪きたい、跪かせたい、心の中に同居する相反する望みが、その枠をはみ出すことは分かっている。
「・・・構いません」
でも俺は、もう一度、自分だけの彼を手に入れたい。
「彼を、返して下さい。俺に」
絞り出した声に応える、鼓膜を揺らした短めの溜め息は、安堵の雰囲気を纏っていたようにも思えた。


酷い雨が、傘をすり抜けて身体を濡らす。
頭上に鳴り響く重低音が、振動を伴って空気を揺らした。
見上げたビルの上層階はガスに覆われて霞んでいる。
あるフロアの窓から仄かな照明の光が漏れていて、酷い緊張感が背筋を寒くさせた。

通路に設置された傘立てに、やや乱暴に傘を突っ込む。
その音で、パソコンに向けられていた視線がこちらに移った。
動揺の走る顔があまりに弱弱しくて、一瞬言葉に詰まる。
「お疲れ様です」
「・・・お疲れ様」

自分の席に着き、昨日やるはずだった資料に目を通す。
作業的には、夕方前に終わる量。
「報告書に添付するグラフ、もう少しで終わりそうなんで、後でチェックして頂いて良いですか?」
「ああ・・・分かった、見ておくよ」
俺に向けられるぎこちない笑顔と、冷静さを欠いた姿が居た堪れなかった。
彼はもう、俺たちの関係が破綻していると、思っているのかも知れない。
全てを諦めてしまっているのかも知れない。


「こちらで、全部です」
時間は、午後4時前。
予定通りに出来た資料をプリントアウトして上司に手渡す。
「ありがとう。後は僕の方で確認するから、明日修正をお願い出来るかな」
紙束を受け取る彼の先には、ほぼ白紙のままの文書がディスプレイに映し出されている。
「・・・分かりました」
この一連の出来事が、どれだけの傷を彼に負わせてしまったのかを痛感した。
「今日は、もう、大丈夫だから・・・」
労いの言葉の意図が、疲れた顔のまま目を細める上司の表情によって伝わってくる。
拒絶されているのだと、悟った。

雨音が二人の間の静寂をより強調する。
遠ざかっていく感情を、何とか引き留めたい。
このままじゃ、帰れない。
「秦野君?」
傍に立ち尽くしたままの俺を、彼は訝しげな目で見る。
「・・・俺が尊敬してたのは、自分の頭の中で勝手に作った、曽我部さんだったんですね」
伏せた視界の中に、握り締められる上司の右手が見えた。
「信じられなくて、でも本当のことで、嫌悪感が半端ないのに、でも・・・軽蔑したくない」
縋る俺の想いを振り払うよう、彼は俺に背を向ける。
「・・・僕から言うことは、何も、無いよ」

突然室内を照らした眩しい光の後、激しい雷鳴が轟く。
咄嗟に、彼の肩に手を載せた。
「俺の中の曽我部さんを、もう一回組み立て直すの・・・手伝って貰えませんか」

□ 82_主従-虚-★ □
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まべちがわ

Author:まべちがわ
妄想力を高める為、日々精進。
閲覧して頂いた全ての皆様に、感謝を。

2011-3-12
東日本大震災の被害に遭われた方に
心よりお見舞いを申し上げます。
故郷の復興の為に、僅かばかりにでも
尽力出来ればと思っております。

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