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主従-実-★(2/6)

「お疲れ様です。来週のプレゼンの件で相談したいことがあるので、ご連絡頂けますか?」
夜も深くなってきた時間、当然のように留守電になった社用の携帯にメッセージを残す。
『悪いけど、金曜の晩は電話に出られないことが多いから、土曜日に折り返すよ』
そんな風に言われたのは、もう半年くらい前のこと。
女と過ごしているのだろうか。
結婚適齢期は過ぎているが、まだまだ需要はあるであろう男の姿を思い浮かべた。
柔軟性と粘りを併せ持った優秀な頭脳を携える、尊敬すべき上司。
行く先が見えない毎日の業務に立ち向かっていけるのも、彼がいるからこそだと思う。


この会社に就職してから、2年が経つ。
とある中堅ゼネコンに環境コンサルティングを行う部署が出来ると聞いたのは、大学の教授から。
「秦野君の研究テーマなら、実践として社会に役立てた方が良いかも知れないよ」
外部委員として意見を聞かれていたという彼は、大学院への進学と就職で迷っていた俺に、そう言った。
恩師が口をきいてくれたのかどうかは定かでは無かったけれど、先方の食い付きは良かったように思う。

役員面接の前、新設部署の担当者からのちょっとしたヒアリングがあった。
俺の卒業研究を着眼点が良いと褒めてくれた男は、でも、と言葉を付け加える。
「多少奇をてらったテーマが出来るのも、学生の特権なんだけど。君は堅実なんだね」
物腰の柔らかい声の中に、若干の厭らしさを感じたのは、きっと俺がまだ子供だったからだろう。
緊張と、幾ばくかの憤りに言葉が出なくなった学生に、彼はフォローの言葉を投げた。
「まぁ、部下にするなら、君みたいな人材の方が良いかな。縁があれば、是非うちの部署に」
そして、俺は彼との縁を手繰り寄せ、今、こうやってその下で働いている。


「曽我部さんがお持ちの学会の論文集、見せて貰っても良いですか?」
「僕はしばらく使わないから、好きな時に読んで構わないよ」
土曜日の昼間、人影まばらなオフィスの中で、上司のデスクから冊子を拝借した。
定量的な研究とは違い、定性的な検討に確かな根拠は無い。
それでも、評価をしなければならない時は、日々、世界中の誰かが取り組んでいる研究結果を定規にする。

見覚えのある名前に目が留まる。
博士課程まで進んだ同級生が行った研究発表の概要が、流暢な英文で綴られていた。
切磋琢磨し合った仲間のことを考える度、アカデミックな雰囲気に焦がれてしまうことは未だにある。
いつか、誰かの役に立つかも知れない、学問としての研究。
期日までにはクライアントの望む結果を出さなければならない、仕事としての研究。
ただひたすら答えを求める行為に違いは無いものの
利益や立場が絡んでくるだけで息が詰まりそうな感覚に陥るのも確かだ。


上司と二人で担当している調査のプレゼンは、滞りなく終わった様に思う。
幾度となく通ったこの高層ビルは、築年数が経っていることもあり古めかしいところは目につくものの
自社のビルに比べれば相当にグレードは高く、羨む点も多い。
それでも、働いている社員にとってみれば細々とした不満は積もるものなのだろう。
今回の調査では、設備などのソフト面よりも、建築そのものへの不満が多く出ており
早急に改善できる方策を立てることは難しかった。
「・・・立派なビルだと思いますけどね」
「毎日通っていれば、些細な不便が徐々にストレスになってくるんじゃないかな」

ビルのエントランスの脇にはチェーン店のコーヒーショップがテナントとして入っている。
JRの駅と大きな公園の動線上にあるからか、ビジネス以外の一般人が利用することも多いようだった。
「ごめん、ちょっと電話だ」
上司の所用の間を拝借し、屋外の喫煙所へ赴く。
外とは言っても雨避けの屋根もあり、灰皿の数も多いので、檻のような自社の喫煙スペースとは雲泥の差だ。
煙草を取り出して火を点け、微風に流されていく煙を目で追いかける。
それは、何かの導きだったのだろうか。


俺の視線が固まると同時に顔を上げた、二つ向こうの灰皿の傍に立つ若い男。
まるで手元の端末から出てきたような姿が、言い知れない鬱憤で微かに揺らぐ。
首筋から背中にかけて、じんわりと湿るような感覚が纏わりついた。
不快な笑みを口元だけに表した奴が、人の少ないスペースへ目で誘う。
応ずる策を持たないまま、俺は、敵と対峙すべく足を進めた。

「マミのストーカー彼氏だよなぁ。あんた」
若い男が放つ一字一句が感情を逆撫でする。
「今度は、他の女でも追い回してんの?」
乗せられたら奴の思う壺だと、何度も自分に言い聞かせた。
「・・・関係ないだろ」
「まっ、そうだな。今は、オレのもんだし」
勝ち誇ったような、まだ幼さの残る顔。
どうして俺は、こんな男に、負けたのか。
「そーだ、知ってた?あんたの元カノ、ちょっと前からキャバ嬢やってんの。結構人気あるんだぜ」
「は?」
「やっぱ知んねぇんだ。ホントに彼氏だったのか?」
「あいつ、何も・・・」
「ま、盗撮するような男には、とっくに愛想尽かしてたってこったろ」

同じ建築学科の学生だった時、彼女は住宅設計を将来の道に選んだ。
学生コンペでは程々良い成績を残し、無名ながら個性的な建築物を手掛ける設計事務所へ就職。
確かに給料は良くない上に、仕事への拘束時間も長い方だろう。
それでも、クロッキー帳に幾案も描いたエスキスが形になった喜びは、傍から見ていても伝わってきた。

無意識の内に、顔が歪む。
「お前が・・・やらせてんのか」
「だって稼ぎわりぃしさ、ちょっとしたアドバイスだよ」
「あいつの人生、どうなるんだよ」
「知ったことかよ。それに、金の良い仕事に移るって言ったのは、マミの方だし」
気味の悪い顔が俄かに近づいてきて、吐き気のするような声を耳に残す。
「一回クスリきめてヤったら、クセになっちゃってさぁ。その為にも、カネ、要るだろ?」

□ 82_主従-虚-★ □
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まべちがわ

Author:まべちがわ
妄想力を高める為、日々精進。
閲覧して頂いた全ての皆様に、感謝を。

2011-3-12
東日本大震災の被害に遭われた方に
心よりお見舞いを申し上げます。
故郷の復興の為に、僅かばかりにでも
尽力出来ればと思っております。

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