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主従-虚-★(1/5)

背後の男は気怠い声を上げながら腰を振り、やがて絶頂に達する。
体内に流し込まれる液体の感触が、背筋を凍らせ、途上の官能を奪い去っていく。
「・・・っう」
熱いモノが抜かれた場所に、酷く無機質な物体が捻じ込まれる。
「ちゃんとご主人様に綺麗にして貰うんだぞ?オッサン」
堪えられない屈辱に耐える俺を、男は下品な嘲笑で甚振りながら出ていった。

都会の片隅にある小さな公園。
週末、俺はそこで男たちの便器になることを命じられていた。
ハッテン行為を目的に来ている奴に声を掛け、小さな便所で精液を受け止める。
余計な前戯はせず、ただ突っ込まれ、射精されるだけ。
自分自身の快楽は、中出しされた瞬間に大抵吹き飛んでいってしまう。
それでも、命令に忠実に従うことが、俺にとっては最高の快感だった。


「今日の男は、どうでした?」
公園の側にある寂れたホテルの一室で、冷たい笑みを浮かべた男が俺に問う。
「ガタイの良い・・・デカい奴でした」
下腹部に広がる違和感を我慢しながら、それに答えた。
近づいて来た彼は、やや小柄で眼鏡をかけた中年の男。
見た目は穏やかな雰囲気の奥に、冷酷な、もう一つの顔を持っている。
「じゃあ、随分立派なモノをぶち込まれたんでしょう?」
「・・・はい」
俺の前に立った彼が、首から下がるネクタイをゆっくりと指でなぞる。
「気持ち良かったですか?」
豹変のスイッチとなる言葉を口にした彼に対して、答えるべき語句は一つだけ。
「気持ち、良かったです」

左手でネクタイを掴んだ彼は、俺の身体を自らの方へ乱暴に引き寄せる。
それと同時に腹にめりこむ右手の拳。
「ぐ・・・」
崩れそうな身体を何とか支える足の脛を蹴られた瞬間にネクタイが離され、後ろへ倒れこんだ。
床に転がる俺を足蹴にする彼の口元には、愉しげな笑みが浮かぶ。
畏怖を感じる間もなく、無防備になった身体へ殴打が浴びせられていく。
痛みと衝撃で、頭の中が白くなる。
そして、身体の奥が熱くなる。

「困った野良犬ですね」
暴力が止み、朦朧とした意識の中に彼の声が聞こえてきた。
無意識のうちに小さくしていた身体を押し開くよう、彼の靴の爪先が肩を蹴り、仰向けにする。
下半身の興奮はスラックス越しにも明白で、改めて自分の卑しい性癖を思い知らされる。
「発情するにも、程があるでしょう?」
嬉しそうな溜め息をついた男の足が、その膨らみを柔らかく突く。
俺は、彼を見上げながら、つかの間の快感に浸る。
「本当に、調教し甲斐があって、嬉しいですよ」
堕落を誘う魔法の言葉が降り注ぐ。
ここにあるのは、人間対人間の関係じゃない。
支配者と奴隷、それだけだった。


下半身の衣服だけが脱がされたまま、拘束椅子に括り付けられる。
脚を開いたままで折り曲げられた身体が、軋みながら咎を待ち受けた。
乱れの無いスーツ姿で正面に立つ彼の手には、大きな黒い玩具。
腰を更に持ち上げられ、視界の中に半勃ちのモノと穴を塞ぐ異物が入ってくる。
手にした物に粘液を纏わせながら、男は俺の表情を窺う。
淫らな期待が唇を震わせた。
「・・・汚い穴の中を、綺麗に、して下さい」
俺の声を聞いた彼が、穴に嵌るプラグを抜き取る。
「ここですか?」
「は、い・・・」
ヌルヌルとした感触を引き摺りながら、太いディルドが尻の割れ目に沿って滑る。
刺激で腹筋に力が入り、僅かな量の白い液体が顔を出した。
「他の男のザーメンで一杯ですよ」
眼鏡の奥の眼に映ったのは、侮蔑か、嫉妬か。
玩具の先端が穴に押し当てられ、徐々にめり込んでいく。
異物の感触が骨に沁み、喉の奥の痙攣が薄い声になって口から出ていく。
「うっ・・・はぁ」
興奮を見せ始めた彼が、深く挿し込まれたそれを数回捻じる様にして中を掻き回すと
拘束具に絡め取られた身体が、椅子の上で跳ねた。

やがて顔を出した物体には、白い滓が斑に付着していた。
「こんなに注がれたのなら、もうお腹いっぱいなんじゃないですか?」
二本の指で付着物を拭い、頭をもたげて涎を垂らす俺のモノに擦り付ける。
「そんな、こと・・・」
「じゃあ、全部掻き出しましょうね。私の物を飲み切れるように」
「っあ、が」
再び挿入された玩具が激しく出し入れされる度、濁った液体が噴き出す。
鎖が立てる金属音と、下品な水音と、自分の喘ぎが部屋の中に響く。
打ちつけられ、擦られる刺激に抵抗できる訳も無く
程なく、自らの精液が顎にかかる感触で、我に返った。


ワイシャツやネクタイに点々と染みを残す俺の液体を、彼の指が掬い取る。
目を細めて微笑む男は、俺を真っ直ぐに見下ろしたままで自らの指を舐り始めた。
「相変わらず、飢えたオスの味がしますね。本当に汚らわしい」
彼の唾液が付いた指が、昂ぶりから抜け出せずに微動する唇を滑る。
舌を出し、爪先を捕らえ、愛おしむ様にしゃぶりつく。
「本物が、欲しいですか?」
「・・・ふ、ぁい」
「じゃあ、ちゃんと良い子にして待っていて下さい。そしたら、ご褒美をあげますよ」
甘美な囁きが身体を熱くした時、部屋の扉を叩く音が聞こえた。

□ 82_主従-虚-★ □
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□ 84_主従-実-★ □
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主従-虚-★(2/5)

他の男との性交の証拠を抉り出すことで、自らの支配欲を弄び
他の男との性交を見せつけることで、俺の隷属欲を掻き立てる。
俺と彼の間に、恐らく、恋愛感情は無い。
あるのは、歪んだ欲求の凹凸と、絶対的な信頼関係だけ。
彼と知り合わなければ生涯気付かなかったであろう悦びを開発されたことは
恨めしくもあり、喜ばしくもある。


男が迎え入れたのは、俺よりもかなり年下と思われる若い男。
部屋のソファに荷物を放り投げ、俺に向かって蔑視を向ける。
「トモキ、先に風呂に入っておいで」
恐らく彼は、飼い主の愛人なのだろう。
声を掛けた中年の男の腕を取り、情熱的な口づけを交わす。
「・・・一緒に入ろうよ」
「待ってて。すぐに行くから」

柔和な顔で青年を見送った男は、その雰囲気のままで俺の拘束を解いていく。
俺は上半身に残された服を脱ぎながら、拘束椅子の背もたれをリクライニングさせる彼を見ていた。
「さあ、乗って下さい」
その言葉と視線に命ぜられるまま、台と化した椅子の上に、四つん這いになる。
両手・両足を繋ぐ枷と首輪が付けられ、首輪から伸びるチェーンの先には乳首を虐めるクリップが二つ。
腰回りに生ぬるい粘液が纏わり付きながら流れ、ゆっくりと穴がこじ開けられる。
やがて入り込んできた異物は、腸壁に吸い付くような質感を以って、身体を強張らせた。

痛みと快感と羞恥が相まって、頭の中が落ち着かない。
腰を浮かす度に、器具に付けられているらしい鈴の音が鳴った。
悶えるように伏せていた顔が、前髪を掴まれて上向かされる。
「大人しく見てるんですよ。良いですね?」
眼を上げた先には、キングサイズのベッド。
満足そうな表情をした彼が、ボールギャグで俺の口を塞ぐ。
今日は、最後までまともでいられるだろうか。
そんな不安すら、歪な歯車が快楽に変えていく。


彼らが甘い時間を過ごす中、俺は一人、圧し掛かるようなオーガズムの波に飲まれていた。
頭を揺らすだけで、突き刺さるような痛みが乳首を責める。
アナルに沈む違和感はやがて溶ける様に身体と一体になり
下半身の筋肉が僅かに弛緩するだけで、鈴音と共に得も言われぬ刺激を全身に走らせる。
けれど、同じような快感はなかなか得られず、もどかしさで理性が徐々に削られていく。

しばらくすると、二人の男が部屋に戻ってきた。
全裸のままでベッドに横になり、身体を絡ませ合う。
唇を重ねた後、若い男が円熟味の増した身体をゆっくりと愛撫する。
空間に充満するのは、男たちの粘つく吐息と、俺の口から出ていく湿った音。
眼鏡の奥から、官能的な視線が刺さる。
嫉妬に狂えとばかりに、俺の心を煽る。

青年の手が添えられた男のモノは、既に興奮した状態にあった。
舌を這わされた瞬間、眉をひそめて息を吐く。
上目遣いの彼の頭を軽く撫で、その動きを促す。
微かな水音が耳に届く度に、我が身の焦燥感が煽られる。
どうしようもない位にいきり立ったモノに触れることも出来ず、されど全身を駆ける刺激。
堪らず腰を動かすと、チリンという儚い音と引き換えに、残酷な仕打ちが襲う。


「あっ、あ・・・んっう」
身体が激しくぶつかり合う音と、ベッドが軋む音を掻き消すほどの男の声。
柔軟に折り曲がった若い男の身体を、もう一人の男のモノが貫いている。
「っあ、そ、れ・・・ヤバい」
「こう?」
「んんっ、は、あ」
腰を打ち付ける度に盛り上がる筋肉の陰影が、雄の魅力をこれでもかと振り撒く。
挿入している部分を見せつける様に体勢を変えながら、二人は絶頂を目指す。
俺も、あんな風に、突かれたい。
無意識の内に、男の腰の動きに身体が同調し
いつしか、膝の周りの窪んだ部分には淫らな水たまりが出来ていた。

二人が果てたのは、ほぼ同時だったらしい。
身体を抱き締め合い、しばしの余韻に浸った後
若干の疲れを見せる男が、目の前の青年に優しく口づける。
「シャワー浴びておいで」
満足げに頷いた彼は、もう俺に目を向けることも無く、ベッドから出ていく。


モノに被せられたゴムを引き抜きながら、男は俺の前に立つ。
「酷い顔ですね」
汗に濡れた顔が、冷たく笑った。
「そんなに垂らして・・・我慢汁だけじゃ、無いんじゃないですか?」
ゆっくりと俺の後ろに回った彼は、しゃがみ込み、暴発しそうなモノに指を伸ばす。
「っん、う・・・」
引きつった声を合図に、先端を指で挟み、液体を絞り出すように弄る。
「幾ら発情してると言っても、お漏らしなんて、恥ずかしいですよ」
浴室から聞こえていたシャワーの音が止む。
「ご褒美をあげる前に、お仕置きですね」

□ 82_主従-虚-★ □
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主従-虚-★(3/5)

若い男を見送った飼い主が、やっと俺の手綱を取る。
首輪に繋がれた鎖を引かれ、くたびれた絨毯の敷かれた床を這う。
些細な刺激すら快感に変換される頭の中は、もうすっかり、おかしくなっていた。
徐々に垂れ流されていく衝動すら、もったいない。
やがて見えてきた、鏡に映る恥辱の姿。
「さあ、お座りして下さい」
男はその前で立ち止まり、俺を見下ろした。
反抗する余地は、何処にも無い。
四つん這いの体勢から、上半身を起こしてしゃがみ込む。
両手を床に着き、彼からの仕打ちを待った。


大きな鏡の前に置かれた金属製のラックから引き抜かれる、一本のバラ鞭。
俺の背後に立つ男は、革の束をしならせながら、鏡越しに微笑んだ。
中年とは思えない程に引き締まった身体は、息を吸い込み、更に陰影を濃くする。
「・・・か、っは」
振り下ろされた鞭が、背中に熱く食い込む。
返す腕が、いとまも無く、同じ場所を虐げる。
声にならない乾いた音が、唾液と共に飛んでいく。

彼の力は弱まる事無く、むしろ彼自身の興奮が高まっていることは、その息遣いで分かった。
繰り返される度に襲ってくる痺れるような痛み。
沁み渡るよりも先に重ねられる衝撃が、徐々に感覚を麻痺させる。
そんな鈍る感覚がもどかしい。
あと少しの激痛が、俺を自由にしてくれると、分かっていたからだ。

「お尻を上げて」
崩れそうな身体を腕で支え、彼の方へ尻を突き出す。
鼻で笑う声の後、脚にまで電流を走らせるような痛打が与えられる。
「っあ、が・・・」
「そうそう。犬なんだから、もっと吠えて良いんですよ」
弾けるような音と共に再び加えられる折檻。
「んっ、ぐ」
「もう少し嬉しそうに啼けないんですか?大好きなんでしょう、これが」
饒舌になっていく男の言葉が、俺の身体の中の衝動を引き摺り出す。
「あ、んっ、ああっ・・・」

程なく、力任せに振られた鞭に、やっと身体が壊される。
飛び散っていく精液と、追いかけるように出ていく透明な液体。
耐え切れなくなった身体が、床に崩れ落ちる。
放心状態の俺の頭を掴んで前を向かせた男は、やはり、鏡越しに笑みを浮かべた。
「こんなところで疲れていてはダメですよ」
その唇が耳を這い、こめかみを拭う。
「まだ、私の上で腰を振る仕事が残っているんですから」


一連の行為が終わった早朝、ホテルから少し離れた幹線道路でタクシーを拾い、家路に着く。
焦がされた背中は一週間以上疼くように痛む。
助手席のバックシートに身体を預ける様に前傾姿勢で座るのは、いつものことだった。
「お客さん、大丈夫ですか?」
「・・・ええ、ちょっと飲み過ぎた、だけなので」
白む空に刹那の地獄が終わってしまう寂しさを感じながら、訝しげな運転手の問に答える。

現実の世界で、彼との接点は一切無い。
クルージングスペースからゲイ専用のSMクラブへ流れたタイミングで声を掛けられたのがきっかけだった。
初めの内は店の中でのプレイが殆どで、俺以外にも彼の仕打ちを待ち望む人間がいた。
けれど、徐々に凄惨になっていく責めに耐え切れなかったのだろう。
2、3ヶ月も経った頃、俺は、彼専属の奴隷として、彼の足元に跪くようになる。
虐げられるほどに沸き立つ偏執的な欲求。
近頃では理性を封じ込めることも出来るようになり
彼が求める愛玩物に近づいているのだと思うと、気分が高揚した。

自分の性的指向を真正面から受け止められるようになったのは、社会人になってからだ。
プライベートとパブリックの境目が曖昧だった学生時代は
周りの人間と違うという覆しがたい事実を抱え、普遍性を重んじる世界で生きていくことが怖かった。
恋愛と呼べるほどの感情を抱くことも殆ど無いまま成長してしまったからなのか
性的な衝動を満足させるだけで、心まで満たされてしまうような錯覚を覚える。
いつ果てるとも知れない醜い情欲だけを追いかけていこうと、思うことも増えてきた。

それでも、一つだけ、恐れていることがある。
いつからか芽生え始めた、決して知られてはならない、小さく淡い恋心。
どんなに酷い快楽を与えられても、これだけは壊されたくない。
これだけは、忘れてしまいたくない。


携帯電話の電源を入れるのは、家に戻って仮眠を取り、完全なる日常を取り戻してからだ。
個人用と会社用、大抵どちらかには何かしらの着信がある。
『お疲れ様です。来週のプレゼンの件で相談したいことがあるので、ご連絡頂けますか?』
社用の携帯に入っていたメッセージは、部下の秦野君からのものだった。
着信の時間は金曜日の夜11時過ぎ。
確か、随分早く帰宅した記憶があるが、あれから会社に戻ったのだろうか。
些か疑問に思いながら、折り返しの電話を入れる。

「おはようございます。お休みのところ、すみません」
社内では、どちらかといえばおとなしいタイプの若者だ。
生真面目故に努力が空回りすることもあるが、入社3年目と考えれば、及第点の仕事ぶりだろう。
「いや、大丈夫。プレゼンの、資料の件?」
「はい。先ほど、データをストレージに上げたんですが・・・ご覧になれますか?」
「ちょっと待って、今、ダウンロードするから」

□ 82_主従-虚-★ □
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□ 84_主従-実-★ □
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主従-虚-★(4/5)

歳を重ね、部下を持ち、サラリーマンとしての生活は概ね順調に進んできている。
「5ページ目のスライドで」
「音響環境満足度のグラフの部分だね?」
「ええ、この考察に対する根拠資料が見つからなくて・・・どの文献を参考にすれば良いかと」
3年前に新設された、居住環境に関するコンサルティング業務を行う部署。
少数精鋭ながら、社内での存在感は徐々に大きくなっていると感じている。
俺自身、部署立上げの草案段階から関わっているだけあって、それなりの思い入れもあった。
「騒音に関することであれば、便覧かASHRAEの基準を参考にすると良いんじゃないかな」
「分かりました。調べてみます」
「秦野君、今、会社?」
「ええ・・・休みの日の方が、集中して調べ物が出来るので」

元々、中堅ゼネコンである会社に就職した時、俺は設計部の所属だった。
対して、電話の向こうの部下は、新人研修後、配属希望でウチの課を選んだ変わり種で
大学で建築環境工学を専攻していたことから、社の外部委員でもある担当教授に勧められたのだという。
「週明けでも間に合うから、あまり無理しないようにね」
「分かりました。あと、曽我部さんがお持ちの学会の論文集、見せて貰っても良いですか?」
「僕はしばらく使わないから、好きな時に読んで構わないよ」
「ありがとうございます。後で、机に戻しておきます」

20代の内は、年上に性的魅力を感じることが多かったように思う。
色々なものを背負って無我夢中に働く毎日の中で、包容力のある存在を求めていたのかも知れない。
それが、30代も半ばを過ぎた辺りから、徐々に年下への興味が大きくなってきた。
実際に子供を持つことは出来なくても、奥底に眠る男としての本能が
部下に対する寵愛と言う形で滲み出てきている。
幸いなのは、性的な衝動が彼に向かっていないこと。
例え彼にとって副次的な関係であっても、その繋がりが保てているだけで満足だった。


今、担当しているのは、大手通信会社が所有する自社ビルに関する居住環境調査。
半数のフロアはデータセンターとして使用されている為、規模からすれば常勤者数は少ないが
365日、24時間稼働している建物だけあって、働いている人間にはちょっとした不満もストレスになる。
社内LANで集計されたアンケート結果を元に、改善点を検討し提案するのが俺たちの仕事だ。
偏に居住性と言っても内容は様々で、使い勝手はもちろん温熱・音・匂いまで
ありとあらゆる視点から、それに対応する基準や指標に照らし合わせる必要がある。

「あれだけブースがあるのに、足りないんですね」
今回の調査で最も改善の余地有とされたのは、ビル全体に設置されているトイレの数だった。
「ここは1階だし、テナントも入っているから多く設置されてるけど、確かに上層階は少ないかな」
常勤者に対する便器や洗面器の数は、建物や男女別で指針が示されている。
元々サーバーや空調機が置かれていたスペースを事務室に改築したことで
当初の想定よりも人数が増えてしまったことも、一因にあるのだろう。
予算に余裕があればコア周りの倉庫や書庫をトイレに改築する、結論はそんなところに収まった。

ビルのエントランスに差し掛かる頃、会社から電話が入る。
「・・・ごめん、電話だ」
「でしたら、ちょっと煙草吸ってきて良いですか?」
「ああ、良いよ」
「すみません、すぐ戻ります」
この禁煙ブームの中、社員でも喫煙者の割合は目に見えて減ってきている。
特に若い社員では殆どおらず、彼が社内の喫煙スペースに入るのを見た時に素直に驚いたことを
小走りに駆けていく姿を見て、思い出した。


プレゼンを問題なく終えた旨と部下に対する考課を上司に伝え、彼が向かった方へ足を運ぶ。
エントランスを出て右手奥に、広めの喫煙所がある。
全館禁煙ということもあり、勤務時間内だと言うのに人影は多い。
部下の姿を探すと、隅の方で見知らぬ男と相対しているのを見つけた。
訝しげに視線を投げる俺を認めた彼は、左手を小さく上げる。
来るな、と牽制されているのは理解できたが
内容は分からずとも、何か言い争っているような雰囲気を感じて距離を詰める。
こちらに背を向けていた男が不意に振り向く。
その眼が、身体を固まらせた。

風貌から、大学生くらいだろうと思っていた。
互いを視認し合った瞬間、私服姿の青年は目を細めて不敵な笑みを浮かべる。
部下とあの男の間に、何の関係があるか。
たまたま、些細な諍いがあっただけなのか。
どちらにせよ、日常と非日常の壁が崩れていくことが、大きな不安となって心に圧し掛かる。

若い男は部下に何やら耳打ちをして場を離れ、こちらに向かってきた。
「面白い所で逢ったな」
スウェットのパーカーに両手を突っ込んだまま俺の前に立った男は、僅かに首を傾げる。
愛人の前でもよく見せている仕草は、彼なりのセックスアピールなのかも知れない。
「あいつには、もう飼い慣らされてんの?」
「・・・そういう関係じゃない」
「へぇ、そう」
蔑むような声に逆撫でされる感情を、無表情を努めて堪える。
肩越しには、こちらへ向かってくる部下の姿。
「さっさと失せろ!」
普段、聞くことの無い激しい口調には、苛立ちが込められている。
「・・・っるっせーな」
部下の言葉を鼻で笑い飛ばし、男は俺の耳元に唇を寄せて捨て台詞を吐いた。
「じゃ、また、犬小屋でな」


申し訳なさそうな表情の秦野君の言葉で、懸念は幾許か解消された。
「何か、金貸せとか携帯貸せとか、うるさかったんで・・・つい」
壁にひびが入っても、彼の方へ、俺の薄汚れた姿が漏れ出すことは無いのだろう。
「そう・・・手とかは、上げられなかった?」
「ええ、それは大丈夫です。舐められてるんですかね、あんなガキに・・・」
とは言え、自虐的に顔を歪める部下は、まだ心中穏やかではない様子に見える。
「曽我部さんも、何か、言われてませんでしたか?」
「別に・・・事の顛末を聞こうと思ったけど、話にならなかったよ」

直帰予定だった彼は、約束があると言って俺とは違う駅へ向かっていった。
付き合っている彼女がいることは聞いていたし、それは何ら不思議なことでも無い。
むしろ決まった相手がいてくれた方が、利己的な恋心を抱えているのが楽なようにも思う。
早く幸せになって、俺を突き放して欲しいと願うのは、きっと自分勝手なことなのだろう。

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主従-虚-★(5/5)

その週の金曜日、件の環境調査の報告書をまとめる為に残業していた深夜のこと。
部下は早めに帰宅し、フロア内に残る社員もまばらになっている。
スケジュールタイマーで照度が落とされたトイレの中は、若干暗く感じた。
用を足し、洗面台の前で鏡に映る自分の顔を見る。
毎日見ているはずなのに、少し、老いが進んだような気がする。
疲れているからかも知れないし、照明の所為なのかも知れない。

誰かが入ってくる気配で、我に返る。
溜め息を一つ吐き、気合を入れ直した俺の背後に、帰宅したはずの部下が立っていた。
「秦野君、帰ったんじゃ・・・」
振り向きかけた瞬間、彼の手が俺の背中を叩く。
突然のことで、咄嗟には刺し込むような痛みをあしらうことが出来なかった。
顔をしかめた俺に向けられた鏡越しの視線は、気が遠くなりそうな程、冷たい。
「オレね、ここ最近で、大事な人を二人も失いました」
生気の感じられない声を、緊張感の走る背中で受け止める。
「・・・彼女と、貴方です」

彼の言動も、行動も、俺には理解が出来なかった。
「何・・・?」
俺が疑問を呈すると同時に、彼は洗面カウンターの上に自分のスマートフォンを置く。
「その男、知ってるんですよね?」
画面に映っているのは、トモキと呼ばれているあの若い男と、見知らぬ女。
如何にもな建物の前を、腕を組んで歩いている姿だった。
「この間、打合せの帰りに逢った男ですよ。女の方はね、オレの・・・元カノです」
恐らく部下は、何かを知っている。
しかし、既に一度嘘をついている以上、賢明ではないと分かっていても、言葉の選択肢は無い。
「いや・・・僕は」
窺うように送った視線に、彼は目を細め、大きな溜め息をついた。
「ぶっちゃけると、そいつ、彼女の浮気相手で。今日、ちょっと、会ってきました」
すぐ背後まで迫って来た部下は、耳元で無情な響きを残す。
「その時、曽我部さんのことも、聞かされたんです・・・いろいろ」

何の言い訳も浮かばない。
軽蔑の視線を送りながら、彼はゆっくりと俺の背中を撫でる。
「傷だらけなんだそうですね、ここ」
細かな震えが抑えきれない。
「別に、会社の人間がどんな性癖持ってようと、関係ないと思ってましたけど」
視線を落としても尚、人造大理石のカウンターにメッキが剥がれた自分の姿が映る。
男の手が身体から離れていく。
「それが、本当に尊敬して信頼してた人だと・・・正直、キツいです」
感情的な揺らいだ声をその場に残し、彼は出ていった。


フロアに戻ると、もう人影は無かった。
机の上には、部下に預けていた論文集が置かれている。
仕事に私事は持ち込まない。
それくらいの良識は、若い彼でも弁えているはずだ。
とは言え、信頼を失墜させるには十分すぎるほどの、事実。
汚名返上することも適わないだろう。
微かな想いが消え去り、目の前には、闇だけが広がっていくようだった。

仕事が手に着かないまま無駄な時間を過ごしても仕方が無い。
そう思いながら帰り支度をしていると、私用の携帯に一通のメールが入る。
『都合でしばらく東京を離れる』
後戻りできないところまで俺を貶めた男からの言葉。
以前なら、その字面だけで身体が遣り切れなくなっていたのに
今は何故か、救われたような気分になっていた。


土砂降りになった日曜日、やり残した仕事を終わらせる為、いつもより少し遅い時間に出社する。
部下が休日出勤する時は、決まって土曜日。
俺もそれに合わせることが多かった。
けれど、一晩経っても彼と顔を合わせる勇気は湧いてこない。
だから、敢えて、避ける日程にした。

誰もいないオフィスは寒々しい静けさに満ちていて、ガラス窓に当たる雨粒の音が気分を乱す。
報告書のページはなかなか埋まらず、昼近くなっても余白が目立つ状態だった。
憂鬱な心が雷鳴で一瞬途切れ、また流れていく。
自分自身が、公私を切り離せない情けない人間であることを、否が応にも思い知らされる。

通路の方から聞こえた物音に顔を上げる。
目を向けた先には、肩口を濡らした部下の姿があった。

「・・・お疲れ様です」
「お疲れ様」
自席に着いた彼は、冴えない表情で手元の資料をまとめ始める。
ぎこちない空気が居た堪れず、思考回路がますます錆び付いていく。
「報告書に添付するグラフ、もう少しで終わりそうなんで、後でチェックして頂いて良いですか?」
「分かった。見ておくよ」
小気味良いキーボードの打鍵音が、未だ衰えない雨音と混ざり合う。
せめて動揺を悟られないように、そう思いながら目の前の画面を注視した。


「こちらで、全部です」
夕方に差し掛かろうという頃、部下はそう言って資料を手渡してくる。
「ありがとう。後は僕の方で確認するから、明日修正をお願い出来るかな」
「分かりました」
空は早くも暗くなってきていて、雨も止む気配は無い。
「今日はもう、大丈夫だから・・・」
早く帰ってくれ、そんな思いを労いの言葉に溶かした。
それなのに、彼は俺の傍に立ったまま動かない。
「秦野君?」
「・・・オレが尊敬してたのは、自分の頭の中で勝手に作った、曽我部さんだったんですね」
見上げた先にあったのは、切なげに目を伏せる若者の顔だった。

人間関係は互いの印象の共有で成り立つものであり、実態の暴露は総じてプラスには働かない。
どんな話を聞かされたかは分からないが、彼の中の俺は、間違いなく、前までの俺ではないだろう。
「信じられなくて、でも本当のことで、嫌悪感が半端ないのに、でも・・・軽蔑したくない」
何を弁解しても、もう手遅れだ。
しかも、彼が受け取る俺の言葉は、彼の心のフィルターを通った言葉。
「・・・僕から言うことは、何も、無いよ」
交わらない視線を外し、机の方へ向きなおす。
不意に稲光がブラインドを通って室内を照らし、直後に激しい雷鳴が轟く。
瞬間、肩に置かれた手は、あり得ないほどに熱を帯びていた。
「オレの中の曽我部さんを、もう一回組み立て直すの・・・手伝って貰えませんか」

□ 82_主従-虚-★ □
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□ 84_主従-実-★ □
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Information

まべちがわ

Author:まべちがわ
妄想力を高める為、日々精進。
閲覧して頂いた全ての皆様に、感謝を。

2011-3-12
東日本大震災の被害に遭われた方に
心よりお見舞いを申し上げます。
故郷の復興の為に、僅かばかりにでも
尽力出来ればと思っております。

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