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受容(3/4)

見知らぬ番号から電話がかかってきたのは、その日の夜、会社を出る直前のことだった。
「日下ですけど。流石にもう、お帰りですよねぇ?」
「ええ・・・仕事の件なら、明日、こちらから改めますが・・・」
嫌な気分を振り払うよう、わざと声を低く出した。
俺の返答に、彼は鼻で笑うような声で答え、その雰囲気を一変させる。
「そんな訳ねぇじゃん。折角だから、ヤらせてくんねぇかと思ってさ」
「・・・何?」

馬鹿なことをやっていた時期があった。
遂げられない想いを燻ぶらせ、火を鎮める為に行きずりの男と身体を重ねる日々。
消防局で再会した男も、その中の一人だった。
確か、バーで会って、酷く泥酔した状態でホテルまで行ったのだと思う。
セックスをしただけで、連絡先も交換せずに、朝、別れた。
正直、当時の記憶が曖昧で、不安を更に大きくさせる。

「何、言ってるのか・・・」
「オレさぁ、あん時の写メ、まだ持ってるんだよね」
「は?」
「覚えてねぇんだ?そうだろうなぁ、あんた、ベロベロに酔ってたし」
記憶が無い。
男と写メを撮るなんて、よっぽど仲の良い友達とでもしないことなのに。
「それが・・・何だって言うんだ」
狼狽する俺の気持ちを嘲笑うよう、彼は一つのメールアドレスを読み上げる。
「あんたんとこ、下請けだよな?こんな写真送られて来たら、あのオッサン、どう思うかね」
「・・・脅しかよ」
「人聞き悪いな。誘ってるだけだろ?」
別れ際に見せた笑顔が、卑しさを増した形で思い起こされる。
「こないだみたく記憶無くすまで飲めば、楽しくヤれるって」


幸いだったのは、奴が俺よりも酒に弱かったことだろう。
酒に飲まれた振りをして向かったホテルで、俺は男と身体を重ねた。
行為後、すぐに眠りに落ちた彼を傍目に、その携帯から写真のデータを消去し
一人、ホテルを後にした。
快感を得なかった訳じゃない。
このことを正直に叔父に話したとしても、彼は俺を赦すだろう。
耐え難い罪悪感が心を覆っているのに、充足感を否定できない身体。
心身の乖離が、頭の中をおかしくしていく。

家に着いたのは、もう夜の1時近く。
酒と眠気でふらつく中、洗面台でコンタクトを外す。
「やっべ・・・」
手元から滑り落ち、排水口に吸い込まれていく片方のレンズ。
小さな不幸の積み重ねが、大きな溜め息を押し出す。
キャビネットの隅に押し込められていた予備の眼鏡を取出し、かけてみる。
若干焦点がぼやけるような気はするものの、とりあえず日常生活に支障は無さそうだった。
改めて排水口の中を覗き込んでみると、管壁に何か光るものがくっついているのは見えたが
とても取り出せそうには無い。

その内、新しいレンズを買いに行こう、そう思いながら顔を上げる。
久しぶりに見る、眼鏡をかけた自分の姿が鏡に映った。
ありがとう、そう言ってくれた叔父のはにかむ顔が、一瞬重なるように見えた。
俺が彼を通して見ていたのは、俺自身だったのかも知れない。
指を伸ばし、鏡の向こうの顔を静かに撫でる。
冷たい感触が、叶わない欲求に引き寄せていくようだった。
「善継、さん・・・」
漏れた吐息が鏡を曇らせ、間近に迫る自分の顔が霞む。
やがて、唇に、無機質な唇が触れる。
愛しさが増せば増すほど、満たされない苦しみも大きくなる。
それでも良いと、思っていたのに。
迷いを断ち切るように、幾度となく唇を重ねる。
「・・・キス、して。お願いだから」


結局、新しいコンタクトレンズを手に入れることが出来ないまま、週末を迎えた。
あれから、消防局の男からの連絡は無かった。
一回の行為で満足したのだろうか。
口実を失って諦めたのだろうか。
心の隅で不穏なものを感じながら、俺は叔父の家へ足を向ける。

マンションの部屋に、家主はまだ帰宅していなかった。
暗いリビングの向こうには、新宿の高層ビル群の灯りが小さく見える。
電気を点けること無く、その夜景を眺めていると、携帯に着信が入った。
出なくても構わない、番号。

「まさか、置いてかれるとはね」
電話の向こうの男は、開口一番そう言って笑った。
「目的は、達成したじゃないか」
「あんたもな。他人の携帯、勝手に弄ってんじゃねぇよ」
「もっと脅したかったんなら、コピーくらいしておけ」
「そうかもしんねぇけど・・・ま、もう用済みみたいだし」
「・・・は?」
「オレの電話に出るってことは、まんざらでも無いって感じなんだろ?」

下劣な問い掛けに、答えが返せない。
その時、玄関の扉が開く音がした。
「悪いけど、彼氏が、帰って来たから」
「何だ、男がいんのかよ。その割には、随分ご無沙汰みたいだったけどな」
背徳の興奮が、その言葉で蘇る。
「それは・・・」

部屋の電気が点けられ、眩しさに瞬間目を細めた。
「どうした?電気も点けないで・・・」
俺の姿を認めた叔父は、その言葉を止めて、軽く微笑む。
嬉しいはずの眼差しに、俺はひきつった顔しか返せなかった。
「オッサン趣味か。そいつが勃たないから、セックスレスって?」
「関係ねぇだろ」
「オレと付き合えば、毎日でも突っ込んでやんのに」
「・・・必要無いし」
「あんだけサカっておいて、何言ってんだか」
すぐ傍のソファに腰かけた叔父の眼が、真っ直ぐに俺を見ている。
自責の念で、押し潰されそうだった。
「ま、また会う機会もあるだろうし。そん時まで、溜めとけよ。橘、さん」

□ 28_代償★ □ ※小児性愛的表現を含みます。苦手な方はご注意下さい。
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□ 51_受容 □
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テーマ : 自作BL小説
ジャンル : 小説・文学

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シンクロ!?

2日に「セックスレスって?」と題してコメントしましたが、今日の更新分で、日下の台詞に全く同じ文言があってビックリしました!
まべちがわさんとシンクロしているのかしらね!?

男は1人でも満足出来るけど、女の場合は、やっぱり中出しされた時が精神的にも一番満足出来ると思う。
『デカ/メロン』とか『カンタベリー/物語』などの中世の艶笑話には、亭主が女房を間男に寝盗られる話がやたら多いけど、夫は妻を欲求不満にしないように頑張れば、そんな事は防げるでしょう。
でも、仕事が忙しい旦那は疲れているんだから、女房もただマグロになっているだけでは駄目です(笑)。

使ってナンボ。

私も、前回のコメントを頂いた時にドキッとしました。
今までも何回か、先読みされてしまったような言葉を頂きましたが
先の読める展開にばかりなっているのか
仰る通り、何かテレパシーでも受け取っているのか…。

以前、看護師をやっている友人が言っていました。
「身体の器官は、使ってやらないとダメになるんだよ」
本来、生殖行動であるセックスで、膣の中に射精をするのは至極当然のこと。
人間として当たり前のことだからこそ、身体も、心も、満足するのでしょうか。
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まべちがわ

Author:まべちがわ
妄想力を高める為、日々精進。
閲覧して頂いた全ての皆様に、感謝を。

2011-3-12
東日本大震災の被害に遭われた方に
心よりお見舞いを申し上げます。
故郷の復興の為に、僅かばかりにでも
尽力出来ればと思っております。

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