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代償★(4/8)

「おじさん、今日も・・・また、してくれる?」
「して欲しいのかい?」
「・・・うん」
「悪い子だ」
「だって・・・」
「郁真は、気持ち良いこと、好きなのかな?」
「好き・・・でも、これ、悪いこと、なの?」


打合せスペースに現れた彼は、俺の顔を見ても特別驚いた様子は無かった。
まさか、絶縁された甥が目の前にいるとは、思ってもいなかったのかも知れない。
印象は子供の頃から大きくは違わず、歳を取って、父に雰囲気が似てきたような気がする。
それが、禁忌への憧れを更に助長していく。

差し出された俺の名刺を見て、彼は明らかに動揺した。
「郁真・・・君、か」
「ご無沙汰しています。叔父さん」
「まさか、こんな所で、会うとは・・・ね」
20年振りの再会が、仕事の場。
彼に秘めた恋心を抱く俺は、嬉しさで一杯になりながらも、それを悟られないように必死だった。
「僕も、驚きました。名刺を見た時に」
「すっかり、立派になったね」
その表情は、甥の成長を喜ぶ叔父の顔。
優しい顔に心が満たされながら、罪悪感が影を落とす。
欲求の糧にしている自分の愚かさを呪いながら、惹かれていく気持ちが抑えられない。

物件の打合せは、滞りなく進んだ。
仕事が出来る人間なのだろう。
彼の手でまとめられたであろう数枚の資料には、必要最小限の仕様と留意事項が並んでいる。
A3の用紙に印刷された図面を見ながら、施主と彼の意向が伝えられた。
「来週の中頃には、機械設備から電気容量が上がってくるはずだから」
「分かりました」
「先行で、照明プロットと警報関係を進めて貰えるかな」
「消防打合せは、こちらで手配しても大丈夫ですか」
「構わないよ。オレも同行したいから、日程が整ったら教えてくれる?」
小さい頃、彼がどんな仕事をしているのか、よく知らなかった。
電気設備の設計事務所に就職すると父に告げた時、神妙な顔になったのはそのせいだったのか。


「兄貴は・・・元気にしてる?」
一通りの話が終わった後、叔父は俺にそう聞いてきた。
「ええ、ちょっと前に体調を崩しましたけど、今は元気ですよ」
「そう。何よりだね」
白髪の混じる髪の毛を短めに揃え、縁の細いフレームの眼鏡をかけた中年の男。
右手の薬指に嵌る幅広の指輪が、この年代の男とは少し違う雰囲気を作っている。

「君は・・・と言う話をするには、時間が経ち過ぎてるか」
微笑む彼の目尻に、皺が寄る。
「・・・そうですね。僕は、まだ子供でしたから」
「でも、雰囲気は、あまり変わって無いかもね」
そう言いながら、彼は手元を整理し始める。
俺はこの機会を手放すのが惜しくて、一つの提案をしてみた。
「叔父さん、今日は何か予定、あります?」
「いや、別に無いけど・・・もう少し仕事が残ってるから」
「僕も一旦会社に戻らないといけないんですけど、その後、飯でもどうですか」
「ああ、構わないよ」
彼は自らの手帳のページを1枚破り取り、それに電話番号を書き留めた。
「じゃ、方が付いたら、電話貰えるかな」


この再会を、彼も喜んでいるかどうか、分からなかった。
同性愛者であるが故に絶縁されたこと、それに俺が少なからず関わっていること。
そのわだかまりが消えているとは、思えない。
しかも、俺自身が抱える、誰にも言えない秘密。
それを知ったら、彼はどう思うのか。
俺に、視線を向けてくれるだろうか。

「実家から通ってるんじゃ、無いんだね」
彼との待ち合わせは、新宿だった。
俺も彼も小田急線沿線に住んでいるから、と言うことで落ち着いた結論だ。
「就職してからすぐ、一人暮らしで」
実家は春日部にある。
会社まで通えない距離では無いけれど、ゲイ故の後ろめたさに耐え切れず、独立した。

家族には、気付かれて無い、と思っている。
ただ、母は女の影を微塵も見せないことを、多少訝しく思っているらしく
たまに実家に顔を見せると、良い人はいないのかとポツリと呟くことがある。
いつかは言わなきゃならない事なんだろうか、そう思うと気が重くなる。
幸運なことに、社会的に晩婚化が進み
20代後半で結婚していないことは、特別なことでも何でも無くなって来ている。
きっと、俺が30歳、40歳になる頃は、一人身であることも目立たないだろう。
そんな後ろ向きな考えで、現実から逃げている部分があった。

彼が勧めてくれた店は、落ち着いた雰囲気の和食居酒屋だった。
以前、会社の歓送迎会で使った店だと言う。
カウンターの他に個室席もあり、俺たちは個室に通された。
「こんな風に、サシで飲む日が来るとは・・・思ってもみなかったよ」
眼鏡の奥の優しい目は、その機会を喜んでいるように見えて、ホッとする。
彼はその視線を俺に向け、ふと目を細める。
「もう、二度と会うことは無いと、思ってたからね」

□ 28_代償★ □   
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□ 51_受容 □
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まべちがわ

Author:まべちがわ
妄想力を高める為、日々精進。
閲覧して頂いた全ての皆様に、感謝を。

2011-3-12
東日本大震災の被害に遭われた方に
心よりお見舞いを申し上げます。
故郷の復興の為に、僅かばかりにでも
尽力出来ればと思っております。

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