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受容(1/4)

自分の為に、親を泣かせる。
どれだけ親不孝者なんだろう、と思う。
ダイニングテーブルの向かいに座っていた母は、目頭を押さえながら部屋を出て行った。
その隣に座っていた父は、何も言わず、手元のビールを飲み干した。
息の詰まりそうな空気が、長年親しんでいたはずの空間を支配していく。

「どうしてなんだ。お前と言い、善継と言い」
「善継・・・叔父さんとは、何の関係も無いよ」
「遺伝なのか、こう言うのは」
「・・・関係無いと、思うけど」
「あいつに、何かされたから、とかじゃ無いんだろうな?」
「叔父さんには何もされてないって、何回も言ってるだろ?!」
つい激しくなった口調に、父の顔が一層険しさを増す。
何処にもぶつけ様のない怒りを、彼は静かに抑えようとしていた。
「誰のせいでも無いし、誰も悪くない。俺は、そう思ってる」
だから、謝罪の言葉だけは口にしないと決めて、帰って来た。

「善継は、知ってるのか?」
「何回か、相談に乗って貰ったから」
「あいつが、両親に告げて来いって?」
「そうじゃない。俺が、自分で決めて、来た」
彼は、両親へのカミングアウトには反対していた。
自分が兄に事実を告げた時のことを思い出していたのかも知れない。
きっと彼は、俺を同じ目には遭わせたくなかったんだろう。
肉親から向けられる激しい拒絶の眼差しがどれほどのものだったのか。
それでも、俺は、大切な人と掛け替えのない時間を過ごすことが出来るようになった今だからこそ
いつまでも秘密を抱えていることに耐えられなかった。
最悪な我儘であることは、重々承知している。
もちろん、認めて欲しいとも思っていない。
ただ、事実を知っておいて貰いたかった。

父は、水滴が滴るビールの瓶を持ち、手元のグラスに注ぐ。
こちらに向けられた瓶を、俺は首を振って辞退した。
「一生、一人で生きて行くつもりなのか。それとも・・・」
考え難い世界が一瞬頭を過ったのか、彼は眉間を指で押さえるように顔をしかめ、溜め息をつく。
「もう、しばらく、顔は見せるな」
「・・・分かった」
「母さんと・・・気持ちの整理がついたら、連絡する」
黙って頷き、立ち上がる俺に、父は遣り切れない視線を向ける。
「郁真」
「何?」
「身体には、気をつけろよ」
「ありがとう。父さんも元気で・・・母さんにも、伝えておいて」


湿気を帯びた夏の夜風が、落ち切った心に纏わりつくようだった。
思い出の公園があった場所の向かいには、小さな広場が出来ていた。
ベンチに腰を掛け、星一つ見えない空を見上げる。
自分がゲイであることを、こんなにも恨めしく思ったことはあるだろうか。
けれど、自分を否定することは、大切な人をも否定することになる。
全てを受け入れて、進まなきゃならない。
両親に一生後ろめたさを抱えて生きて行かなきゃ、ならない。
住宅街に並ぶ屋根に見え隠れする月が、滲む。
誰も、悪くないのに。

ポケットに入れていた携帯電話が振動を始める。
「お疲れ様。まだ、仕事かい?」
「うん・・・ごめん、もうちょっとかかりそうなんだ」
「そうか。オレはもう家にいるから」
「分かった。なるべく早く帰れるようにするよ」
週末の夜。
俺は、叔父である彼の家で夜を過ごす。
心を通じ合わせるだけで、唇を触れ合わせることも、性欲を満たすことも出来ない関係を続けて半年。
ずっと思いを寄せてきた最愛の人と共にいられるだけでも、幸せだった。
切れた電話を眺めながら、彼の温もりと感触を思い出す。
早く、抱きしめて欲しい。
もう来ることも無いだろう街の空気に後ろ髪を引かれながら、その場を後にした。


快速電車が自宅のある駅を通り過ぎて行く。
終電の時間が迫った時間、車内は残業を終えたサラリーマンやデート帰りのカップルなど
多くの人でごった返している。
見慣れた風景が流れる中、窓に映る自分の姿にハッとした。
昔から、父に似ていると言われて来たものの
歳を取って、尚、その傾向が強くなって来たのかも知れない。
当然それは、父と叔父にも同じ関係性があるわけで
交し合う視線に圧し掛かる背徳感が大きくなったと思う気持ちは、強ち間違いじゃないんだろう。
彼は、俺を通して、父を見てしまったりしないだろうか。
そして、俺はもしかしたら、彼を通して父を見ているのだろうか。
歪みが無くなってきたはずの、彼への想い。
自らの風貌が目に入る度、ほんの少しずつ捻じれていくような気がして、怖くなる。

□ 28_代償★ □ ※小児性愛的表現を含みます。苦手な方はご注意下さい。
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□ 51_受容 □
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テーマ : 自作BL小説
ジャンル : 小説・文学

コメント

非公開コメント

ありがとうございます

続編が読めたら、と思っておりました。ありがとうございます。今後どうなるかとても楽しみです。

続く不安。

リクエスト頂いたのは、夏の盛りだったと記憶しております。
大変遅くなりまして、申し訳ございませんでした。
ご期待に沿える話になっているかどうか、不安は募りますが
どうぞご覧になっていただければと思います。

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Information

まべちがわ

Author:まべちがわ
妄想力を高める為、日々精進。
閲覧して頂いた全ての皆様に、感謝を。

2011-3-12
東日本大震災の被害に遭われた方に
心よりお見舞いを申し上げます。
故郷の復興の為に、僅かばかりにでも
尽力出来ればと思っております。

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