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托生(4/6)

奇跡は、確かに起きた。
想いを確かめあい、憧れだった時間を手に入れた。
それなのに、日に日に薄れていく感触と、深くなる後悔。
本能に抗えなかった弱さが、彼を巻きこんでしまった。
独りで生きていく、その覚悟の言葉が戒めの様に頭を巡る。


開け放たれたバルコニーの掃出し窓の向こうには、見慣れない風景が広がっている。
築浅の低層マンションの一室には、家具や段ボール箱が雑然と置かれたままだ。
「この辺の荷物、開けちゃいます?」
積み上げられた箱に手を置き、彼はそう問うてくる。
「いや、とりあえず寝る場所さえ確保できれば良いかな。後は追々・・・」
「そんなこと言ってると、いつまでも片付きませんよ?」
やや呆れ気味の声を聞きながら、一先ず、煙草に火を点けた。

気分が落ち着かないのは、この部屋の混沌とした空気のせいだけでは無い。
男の手を引いたあの日から、再びその身体に触れることは無かった。
会社でも、プライベートでも、それなりに仲は深まってきていたし
気持ちが何処かで繋がっているという勝手な安心感だけで、満足だった気がする。
ただ、今まで自宅が離れていた為、互いの家に足を踏み入れたことは無く
自らのテリトリーに他でも無い彼がいる初めての緊張感が、気持ちを波立たせていた。

「新しい家は、どうですか?」
少し離れた位置に腰を下ろした後輩は、俺と同じ方向を見やりながら呟く。
「どうだろう・・・とりあえず、静かで良いな」
周りは住宅街で、駅からは割と離れた場所にあるからか
休日の昼間、聞こえてくる音は、時折通る自動車のものくらいだった。

無言の空間に押し潰されまいと、小さく深呼吸をする。
「・・・清水さん」
ぎこちない呼びかけに、一瞬の間を置いて振り返った。
躊躇いがちに伸びてきた指が、頬に触れ、唇をなぞる。
間近に迫る眼は、迷いと恐怖を見透かしていたのだろうか。
無理やり笑顔を作った彼は、そのまま、静かに唇を重ねてきた。

数回触れ合わせた唇が離れ、男の腕が俺の身体を絡みとる。
強く抱き締められる力に呼ばれるよう、その背中に手を添えた。
未経験の感情の中を模索しているのは、彼も当然、同じはずだ。
むしろ、同性を好きになったことに一番戸惑っているのは、彼自身かも知れない。
「良かった」
肩口に顔を埋めたまま、彼はそう漏らした。
俺を包む全ての感触が、幸せに思える。
それなのに、未だ燻ぶる葛藤が想いの隅に影を落とす。
こんな俺の人生に、彼を巻き込んでしまうのが、怖い。


分室での業務がやっと軌道に乗り始めた夏の初め。
人員補強でやってきた社員の歓迎会の為、久しぶりに本社がある街へ赴いた。
週末の夜ということもあり、駅前から伸びる何本かの小路は何処も人で賑わっている。
「騒がしいのも、悪くないですね」
改札を出るなり浮かれた声を上げた部下の言葉に、それとなく同意の表情を返した。
確かに、今の会社がある街は大人しすぎる。

待ち合わせ場所になっていた駅の売店傍には、見知った顔が集っていた。
「ああ、来た来た。じゃ、行きますよ~」
どうやら幹事を買ってでたらしい後藤女史は、こちらに視線を送るなり周りに呼びかける。
「変わんないですねぇ、後藤さん」
「多分定年まであのままじゃないかな」
「分室にもああいう人、欲しくないですか」
「関くんがやってくれても良いんだよ?」
軽口を叩きながら、歩き出した集団についていく。
後ろから眺めた先で目に入った男の傍には、相変わらず数人が寄合い、談笑していた。


新しく入ったのは、二人の女性オペレーター。
3ヶ月の試用期間を経て、正社員になる予定なのだという。
入社して2ヶ月近く経っているからか、既に社内の雰囲気に馴染み始めているようで
却って、分室のメンバーの方が疎外感を覚えるほどだった。

「室長、ウーロン茶と緑茶、どっちが良いですか?」
大きなペットボトルを持った後藤さんは、ご機嫌な表情で俺の向かいの席に座った。
「そういう呼び方、止めて下さい」
「良いじゃない。誰もそう呼んでくれないでしょ?」
「呼ぶなって言ってるんですよ」
差し出されたウーロン茶のペットボトルを手に取り、グラスに手酌すると
彼女は自分のグラスを俺の物に軽く打ちつけて、さっさと酒を口に運ぶ。
「気になる?」
「・・・何がですか」
この人をはぐらかしたところで何の意味も無かったが、動揺に気づかれるのも癪だった。
会が始まってから、そろそろ1時間。
何回か彼と視線が合ってはいたが、その隣にはずっと新入社員が座っている。

「重村佐紀と申します。宜しくお願いします」
大卒3年目の25歳、前職は設計事務所のCADオペレーターだったという。
一回り近く年下の女の中には、初々しさと理知的な雰囲気が微妙なバランスで同居しているように見え
直属の上司である後藤さんも、彼女の飲み込みの早さを認めているらしい。
「教育係を五十嵐くんにお願いしててね」
意味ありげな表情を浮かべながら、年上の女は言った。
「すごく親切に分かりやすく指導して頂いてるので、助かります」
はつらつとした声と明るい笑顔から、彼への想いが何となく読み取れる。
毎日連絡を取り合っている男から、彼女の話が出たことも、無かった。
「そうなんだ」
つい今し方までモヤモヤしていた心が、不思議と軽くなっていくような気がする。
きっとこれが、本来の筋書き。
やっと、心を蝕む罪悪感から解放される。

□ 05_感触 □   
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□ 99_托生 □
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まべちがわ

Author:まべちがわ
妄想力を高める為、日々精進。
閲覧して頂いた全ての皆様に、感謝を。

2011-3-12
東日本大震災の被害に遭われた方に
心よりお見舞いを申し上げます。
故郷の復興の為に、僅かばかりにでも
尽力出来ればと思っております。

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