感触(2/5)
あれは、半年くらい前のこと。
測量図面の納期直前で、設計チームの大半が徹夜で作業していた時だ。
その数日前から、睡眠時間が削られるほど仕事に忙殺されていた僕は
寝不足と疲労から、社内で倒れてしまったことがあった。
気がついたときは、狭い休憩室に寝かされており
側には、先輩の清水さんが座っていた。
「今、何時ですか?」
僕が声をかけた時、清水さんも睡魔の虜になっていたようで
ハッと顔を上げ、眼鏡を直し、僕の方へ視線を向けた。
「ああ、気がついたか。今・・・5時過ぎくらいかな」
「すみませんでした。作業はどうですか?」
「一通り終わったから、大丈夫」
作業が終わったと言うことにホッとしつつも、肝心なところで迷惑をかけた自分が情けない。
「具合はどう?」
「まだちょっと目眩がしますけど、大丈夫です」
「少ししたら始発出るから、それで帰ると良いよ」
清水さんはそう言って席を立ち、冷蔵庫からお茶のペットボトルを取り、手渡してくれる。
「でも、今日納品ですよね?」
「CADチームにお任せ。後藤さんにも言ってあるし」
CADチームは土曜出勤か。
それはそれで、申し訳なさが立つ。
「もう少し休んでなよ。時間が来たら起こすから」
彼を見上げる僕の額に、手が触れた。
前髪を掻き揚げるように、優しく撫でられる。
ゆっくりと顔が近づいて来て、額に唇が触れた。
優しい笑顔を見せて、清水さんは部屋を出て行く。
驚きと戸惑いが僕を硬直させる。
でも、そのキスは酷く自然な感じで
きっと、彼は誰にでもああ言う感じで接しているんだろう、そう思うことにした。
そう思わないと、気持ちが落ち着かなかった。
「五十嵐、そろそろ始発出るぞ」
同僚の関の声に、ぼんやりしていた意識が戻る。
立ち上がると、少しふらつきはするが、歩くのには問題は無い。
むしろ、慣れないソファで横になっていたせいか、腰が痛む。
PCの前で突っ伏して仮眠していたであろう皆に、そんなことは言えないけれど。
それまでも、それからも、清水さんと二人で話す機会は殆どなかった。
仕事の指示や打ち合わせを除けば、顔を突き合わせることも無い。
なのに、僕はいつしか、目で清水さんを追う様になって行った。
初めの内は、無意識だった。
やがて、その行動を自省するようになっていく。
こんなこと、誰かに気がつかれたら、まずいと思っていたからだ。
ある時、新規案件の打ち合わせに行くという清水さんに、同行することになった。
通常は違う人間が行くのだけれど、急に別件が入ったということで、代理を仰せつかったのだ。
心の中では嬉しかったが、これは仕事。
気持ちを切り替えなければならないと思うと、妙に緊張してしまう。
多分、出先への道すがらでの会話も、かなりぎこちなかったんだろう。
「五十嵐君、疲れてる?」
何回も、清水さんはそう聞いてきた。
「いえ、大丈夫です」
そう答えるのが、やっとだった。
あの時からの心の変化の正体を、やがて自覚する。
僕は、清水さんを、好きになってしまったんだ。
彼を思う度、額に感触が蘇る。
もう一度、あの気持ちを味わいたかった。
□ 05_感触 □
■ 1 ■ ■ 2 ■ ■ 3 ■ ■ 4 ■ ■ 5 ■
□ 99_托生 □
■ 1 ■ ■ 2 ■ ■ 3 ■ ■ 4 ■ ■ 5 ■ ■ 6 ■
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測量図面の納期直前で、設計チームの大半が徹夜で作業していた時だ。
その数日前から、睡眠時間が削られるほど仕事に忙殺されていた僕は
寝不足と疲労から、社内で倒れてしまったことがあった。
気がついたときは、狭い休憩室に寝かされており
側には、先輩の清水さんが座っていた。
「今、何時ですか?」
僕が声をかけた時、清水さんも睡魔の虜になっていたようで
ハッと顔を上げ、眼鏡を直し、僕の方へ視線を向けた。
「ああ、気がついたか。今・・・5時過ぎくらいかな」
「すみませんでした。作業はどうですか?」
「一通り終わったから、大丈夫」
作業が終わったと言うことにホッとしつつも、肝心なところで迷惑をかけた自分が情けない。
「具合はどう?」
「まだちょっと目眩がしますけど、大丈夫です」
「少ししたら始発出るから、それで帰ると良いよ」
清水さんはそう言って席を立ち、冷蔵庫からお茶のペットボトルを取り、手渡してくれる。
「でも、今日納品ですよね?」
「CADチームにお任せ。後藤さんにも言ってあるし」
CADチームは土曜出勤か。
それはそれで、申し訳なさが立つ。
「もう少し休んでなよ。時間が来たら起こすから」
彼を見上げる僕の額に、手が触れた。
前髪を掻き揚げるように、優しく撫でられる。
ゆっくりと顔が近づいて来て、額に唇が触れた。
優しい笑顔を見せて、清水さんは部屋を出て行く。
驚きと戸惑いが僕を硬直させる。
でも、そのキスは酷く自然な感じで
きっと、彼は誰にでもああ言う感じで接しているんだろう、そう思うことにした。
そう思わないと、気持ちが落ち着かなかった。
「五十嵐、そろそろ始発出るぞ」
同僚の関の声に、ぼんやりしていた意識が戻る。
立ち上がると、少しふらつきはするが、歩くのには問題は無い。
むしろ、慣れないソファで横になっていたせいか、腰が痛む。
PCの前で突っ伏して仮眠していたであろう皆に、そんなことは言えないけれど。
それまでも、それからも、清水さんと二人で話す機会は殆どなかった。
仕事の指示や打ち合わせを除けば、顔を突き合わせることも無い。
なのに、僕はいつしか、目で清水さんを追う様になって行った。
初めの内は、無意識だった。
やがて、その行動を自省するようになっていく。
こんなこと、誰かに気がつかれたら、まずいと思っていたからだ。
ある時、新規案件の打ち合わせに行くという清水さんに、同行することになった。
通常は違う人間が行くのだけれど、急に別件が入ったということで、代理を仰せつかったのだ。
心の中では嬉しかったが、これは仕事。
気持ちを切り替えなければならないと思うと、妙に緊張してしまう。
多分、出先への道すがらでの会話も、かなりぎこちなかったんだろう。
「五十嵐君、疲れてる?」
何回も、清水さんはそう聞いてきた。
「いえ、大丈夫です」
そう答えるのが、やっとだった。
あの時からの心の変化の正体を、やがて自覚する。
僕は、清水さんを、好きになってしまったんだ。
彼を思う度、額に感触が蘇る。
もう一度、あの気持ちを味わいたかった。
□ 05_感触 □
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□ 99_托生 □
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