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托生(6/6)

誰もいない仕事場の中で、いつもより作業が捗ったような気がする。
予定していた事務作業も終わり、来週から始まる案件の予備資料まで作成できた。
一段落着いたのは、土曜日の夜9時過ぎ。
5分ほど迷いあぐねた末、今日の業務を終えることにした。

その日初めて彼からの連絡が入ったのは、電車が目的の駅に着く直前だった。
『何時でも良いので、連絡ください』
どんな顔をすれば良いのか、何を話せば良いのか。
些か身体に緊張が走ると共に、電車はホームへ滑り込んでいく。

乗降客の波が行き過ぎるのを待ち、一つ溜め息を吐いた。
視線を上げると、電車が去っていくホームのベンチに人影が見える。
楽しい時間を過ごし、帰途につくところなのだろう。
けれど、目を伏せたまま座っている姿は、少なくとも、喜びとは無縁のように思えた。


「今、帰り?」
俺の声に顔を上げた女は、少し驚いた様子で小さく頷く。
「清水、さん・・・こちらにお住まいなんですか」
「引っ越してきて、まだそんなに経ってないけど」
「そうなんですね・・・」
1メートルも開いていない二人の間に、居た堪れない空気が満ちていく。
男が出した結論は明らかだった。
ゆっくりと息を吸い込み、静かに吐き出す背中と共に、明るい髪が揺らいだ。
「・・・フラれちゃいました。やっぱり」

新たな職場で出会った翌日には、彼のことをもっと知りたいと思うようになっていた。
久しぶりに味わう、衝撃的な一目惚れ。
仕事への意欲も、褒めて貰いたい一心で湧き出した。
時折交わす雑談からは、男がそれほど恋愛沙汰に長けているようには見えない。
帰りの電車でたまたま乗り合わせたことをきっかけに、彼女は徐々に間合いを詰めていった。

ありふれた会話の中に少しずつプライベートを織り込みながら、それとなく自分の気持ちをアピールする。
逆転の可能性を見出したのは、彼からある存在について話が出た時だった。
「付き合っている人がいるんだ。でも、最近、想いが一方通行になってる気がして・・・」
上手くいかない恋愛の相談に乗ることで、二人の距離は更に縮まる。
歓迎会の帰りも、先輩の誘いを蹴って送ってくれた。
何度もお願いしていた週末の誘いにも、やっと乗ってくれた。
満を持してのデートのはずだった。

「どうしても、諦められないって。どんなにそっぽ向かれても、やっぱり好きなんだって」
想いを馳せながら空を見上げる女の顔は、何処か晴れ晴れしく見える。
「羨ましいのと同時に、そこまで想われてるのに何で冷たくするの?って、ちょっとムカついちゃいました」
明るく砕けた言葉が、心に刺さった。
邪険にしている訳じゃない、ただ、俺は。
「でも、後悔してません。五十嵐さんを好きになったこと」
「・・・どうして?」
「彼のこと考えてる時が、すごく幸せだったから。後悔なんてしたらもったいないじゃないですか」


コンビニ袋を手に自宅マンションの前に差し掛かると、植栽にもたれかかる男の姿が目に入った。
「すみません。待ちきれなくて」
いつから待っていたのだろう。
彼もまた、女と同様、浮かない表情をしている。
「ゴメン。・・・駅で、重村さんと遭って」
「そうですか・・・」
「中で、話そうか」
重苦しい雰囲気を引き摺りながら、エントランスをくぐる。
例え実らぬ恋でも、好きになったことは後悔しない。
そう思える前向きさが、羨ましかった。


「確かに、彼女に惹かれた面は、ありました」
ベッドに腰掛けた俺に、彼は立ったままで言葉を投げた。
「でも、僕はやっぱり、清水さんが好きです。それじゃ、ダメですか?」
「それは、嬉しいけど」
「気持ちが冷めました?もう、僕のこと・・・」
「好きだよ、今でも。好きだけど・・・」
見上げた先の顔を直視できたのは、一瞬だった。
「巻き込むのが怖いんだ、君を、俺の人生に」
彼には、もっと、他の道がある。
俺と一緒じゃ、一生、今と同じ場所にしかいられない。

男が近づいてくる気配を感じた直後、身体がベッドに押し倒される。
いろんな感情が綯交ぜになった顔が急に大きくなり、そのまま唇を奪われた。
二つの手に頭を抱えられたまま、吐息交じりの貪るような口づけを受け入れる。
俺の身体に馬乗りになる彼の重みが、その想いに比例するかのように感じられた。
「じゃあ・・・僕の人生に、巻き込まれてくれませんか」
僅かに離れた唇は、震えていた。
「僕は、怖くない。清水さんと、一緒なら」
二人で生きていく、その覚悟の言葉が、俺の中にある迷いと恐怖を鎮めてくれる。

答を返す間もなく、彼は再び唇を触れ合わせ、頬を愛撫する。
片手で俺の頭を支えながら、もう一方の手が静かに身体を弄っていく。
今までにない大胆な行動に抗うこともできず、軽く目を閉じて男の挙動を追いかけた。
柔らかな感触が首筋を這い、掌の熱が腰回りを撫でる。
その呼吸は時々揺らぎ、飲み込まれ、深く吐き出される。

太腿の辺りでしばらくぎこちない動きを繰り返していた指が意を決した時、無意識に手が動いた。
男は動きを止め、唇で俺の耳たぶを軽く挟み、ゆっくりと舐る。
抑えていた昂ぶりを煽られて制する力が抜けた俺の手を、彼は自らの方へ引き寄せた。
「・・・オレのも、触って」
手に押し付けられたのは、背徳感に塗れた、けれど何処かで求めていた感触。
緩やかに指を動かしていくと、気怠い溜め息が耳の中に入り込んでくる。
「良かった」
幸せそうな呟きと共に、彼は、俺の官能を撫で上げた。


昨晩降った雨のお陰で、今朝は幾分暑さが和らいだ。
窓から見下ろす街並みは、朝日を受けて眩しい位に輝いている。
開け放った窓から入ってくる風が、寝ぼけた身体の熱を冷ましていく。
彼がベッドの上で寝返りをうったタイミングを見計らって、空いたスペースに浅く座り
煙草に火を点けてから、テーブルの上に置いておいた眼鏡を手に取った。
靄を追いかけて部屋の中を見回すと、やっと片付けが終わったというのに、既に物が少し増えた気がする。
チラホラと自分のでは無い物が目に入る度、陣地を侵されたような感じがして
けれどそれは、ここが、二人の空間になったのだという証しでもあるのだろう。

背中に他人の掌の感触が広がる。
振り向くと、未だ夢うつつの顔がこちらを見上げていた。
短い挨拶の後、軽く唇を触れ合わせると、彼は小さく微笑む。
こんな一瞬一瞬が少しずつ積み重なって俺の人生ができていく、そう思うだけで
身を寄せ合って生きることの幸せを、噛み締めることができた。

□ 05_感触 □   
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□ 99_托生 □
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結論。

非公開コメントですが、お返事させて頂きます。

コメントを頂きまして、ありがとうございました。
元となる『感触』を公開したのが2010年の10月。
5編目にして既にネタが尽き、何を書こうかと苦しんでいたことを今でも覚えています。

あの頃は、恋愛感情に対する葛藤、というものをそれほど深くは考えていませんでした。
私自身は同性愛者ではありませんし、誰かにそのようなことを打ち明けられたこともありません。
本やインターネット上で彼らの感情を想像する事はできても、体験することは決して叶いません。
ただ、恋愛を主題とした話を幾つも作り上げていく内に
貴女が仰られている通り、誰かと情を通じる葛藤は男女問わず変わらないのだろうという結論に達しました。
そして、改めて、その難しさを実感した次第です。

更新ペースが安定せず、お待たせすることが多くございますが
これからもお付き合いのほど、宜しくお願い致します。

尚、ご希望には案外早くお応えできるかと思いますので、今しばらくお待ちください。

まべちがわさんの作品にいつも楽しませてもらっています。登場人物の日々の仕事風景やなんてことない日常の様子により、すっと作品のなかに入って行けるような気がします。どちらかといえば内気な清水の五十嵐に対する憧憬にも似た感情が、自分にも覚えがあり懐かしい気持ちになりました。仕事もお忙しい様子ですが、次の更新気長に楽しみに待っています。

妄想と現実の境目。

コメント頂きましてありがとうございました。
お返事が遅れまして、申し訳ございません。

書いている話は全て妄想の積み重ねですが
場面場面の情景を思い浮かべながら書くようにしており
中でも日常や風景の描写については、自分が経験してきたものから引き出して
少しでも現実味を加え、妄想と現実の境目を埋められるようにと考えています。

更新が滞りがちになり、大変お待たせしておりますが
これからも宜しくお願い致します。
Information

まべちがわ

Author:まべちがわ
妄想力を高める為、日々精進。
閲覧して頂いた全ての皆様に、感謝を。

2011-3-12
東日本大震災の被害に遭われた方に
心よりお見舞いを申し上げます。
故郷の復興の為に、僅かばかりにでも
尽力出来ればと思っております。

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