感触(5/5)
後藤さんの視線の先には、清水さんが立っていた。
驚きで、とっさに声が出なかった。
「五十嵐君、来てたんだ」
「一緒にお昼食べてたのよね」
「ええ、何故か、成り行きで・・・」
清水さんの手には、会社の近くにある洋菓子屋の袋が提げられていた。
「何か飲み物買ってくるわ。お茶でいい?」
後藤さんはそう言って、席を立つ。
「ちょっと待っててね」
清水さんは促された通り、僕の隣に座る。
さっきまでのやり取りもあって、余計に緊張してしまう。
なかなか、会話の糸口が見えずに困惑しているところで、後藤さんが戻ってくる。
「あなたたち、仲悪いの?」
押し黙ってしまっていた雰囲気を察し、怪訝そうに聞いてくる。
「そう言う訳じゃないですけどね」
「なら良いけど」
清水さんが持ってきたお土産を開けながら、後藤さんは清水さんを見る。
何かを企んでいるような、そんな目をしていた。
一通りの雑談の後、後藤さんは大きなため息をつく。
「今まで、いろんな相談に乗ってきたけど」
お茶を飲みながら、わざと僕たちから視線を外して言った。
「最近、重い相談が多くてね。ちょっと疲れちゃったわ」
僕のことを言っているんだと、少し責められている気分になる。
「私は誰にも相談できないのよ」
間を置いて、後藤さんが視線を向けたのは、僕ではなかった。
「ねぇ、清水君?」
清水さんの表情が曇る。
「ここで話すことじゃないでしょう」
「そう?最高のタイミングじゃない」
「やめて下さい」
二人が何を言っているのか、話が全く見えなかった。
けれど、明らかに清水さんが動揺しているのは、僕にでも分かった。
「まったく・・・」
僕の顔を見て、何処か可笑しそうに笑いながら、後藤さんは僕の頬へ手を伸ばす。
上半身がテーブルに乗り上げ、彼女の顔が近づいてくるのが見えた。
どうして、という不安が体を凍らせる。
「後藤さん・・・?」
隣で席を立つ気配がしたと思うと、不意に僕の頭は清水さんに抱えられる。
「冗談でも、怒りますよ?」
感情を抑えた声だった。
ふふっと笑う、後藤さんの声が聞こえる。
僕から、二人の表情は見えない。
「どういうつもりなんですか」
「だって、こうでもしないと、素直になりそうも無いんだもの」
洋菓子の小袋を開ける音がする。
「二人とも、ね」
僕は清水さんの腕から解放された。
後藤さんは満面の笑みを浮かべながら、抹茶味のフィナンシェを食べている。
「あなたたち、お互いのことを私に相談してきてたのよ?」
「・・・前から知ってたんですか?」
清水さんは、彼女とは真逆で、目を伏せて居心地の悪そうな表情をしていた。
「ううん、分かったのは、ついさっき」
真っ直ぐに僕の顔を見つめ、彼女は言う。
あの意地悪そうな笑みは、そう言う意味だったのか、と今更気付く。
「経過報告は、ちゃんとしてね」
そう笑う後藤さんに見送られながら、僕と清水さんはフロアを後にする。
1階に下りるエレベーターの中では、何処と無く気まずい雰囲気が流れていた。
エレベーターを降りると、清水さんが声をかけてくる。
「ちょっと一服していくから、付き合ってくれる?」
病院と言うこともあり、当然のことながら建物の中は禁煙で
喫煙所は、建物から遠く離れたプレハブの小屋の中に設置されていた。
清水さんは、小屋に置かれたパイプ椅子に腰掛けて、煙草に火をつける。
目を閉じて大きく煙を吸い込み、ふぅ、とため息のように煙を吐き出した。
清水さんの吐いた煙を目で追いながら、緊張を紛らわそうと考えていると
突然、手が掴まれ、その拍子に僕は彼の方へ顔を向ける。
彼は床を見つめて、何か、言葉を探している風だった。
僕の手を握ったまま、清水さんは煙草をもみ消し、立ち上がる。
片方の手が僕の頬にかかり、そのまま顔を軽く傾けて唇を重ねてきた。
煙草の香りが、鼻に届く。
薄く目を開けた彼は、眼鏡のレンズ越しに、僕の表情を伺っているようだった。
それほど長くないキスの後、彼は両手で僕の顔を包む。
「・・・好きだ」
声にならなかった。
彼は、不安そうに僕を見つめていた。
何か答えなきゃ、そんな気持ちが、ますます言葉を失わせる。
軽く震える手で、清水さんの腰に手を添える。
何かねだるような目をしていたのかも知れない。
彼は、あの微笑みを浮かべ、再び顔を近づけてくる。
長い、長いキスだった。
僕の中に、忘れられない感触が、また一つ残る。
それが、たまらなく幸せだった。
□ 05_感触 □
■ 1 ■ ■ 2 ■ ■ 3 ■ ■ 4 ■ ■ 5 ■
□ 99_托生 □
■ 1 ■ ■ 2 ■ ■ 3 ■ ■ 4 ■ ■ 5 ■ ■ 6 ■
>>> 小説一覧 <<<
驚きで、とっさに声が出なかった。
「五十嵐君、来てたんだ」
「一緒にお昼食べてたのよね」
「ええ、何故か、成り行きで・・・」
清水さんの手には、会社の近くにある洋菓子屋の袋が提げられていた。
「何か飲み物買ってくるわ。お茶でいい?」
後藤さんはそう言って、席を立つ。
「ちょっと待っててね」
清水さんは促された通り、僕の隣に座る。
さっきまでのやり取りもあって、余計に緊張してしまう。
なかなか、会話の糸口が見えずに困惑しているところで、後藤さんが戻ってくる。
「あなたたち、仲悪いの?」
押し黙ってしまっていた雰囲気を察し、怪訝そうに聞いてくる。
「そう言う訳じゃないですけどね」
「なら良いけど」
清水さんが持ってきたお土産を開けながら、後藤さんは清水さんを見る。
何かを企んでいるような、そんな目をしていた。
一通りの雑談の後、後藤さんは大きなため息をつく。
「今まで、いろんな相談に乗ってきたけど」
お茶を飲みながら、わざと僕たちから視線を外して言った。
「最近、重い相談が多くてね。ちょっと疲れちゃったわ」
僕のことを言っているんだと、少し責められている気分になる。
「私は誰にも相談できないのよ」
間を置いて、後藤さんが視線を向けたのは、僕ではなかった。
「ねぇ、清水君?」
清水さんの表情が曇る。
「ここで話すことじゃないでしょう」
「そう?最高のタイミングじゃない」
「やめて下さい」
二人が何を言っているのか、話が全く見えなかった。
けれど、明らかに清水さんが動揺しているのは、僕にでも分かった。
「まったく・・・」
僕の顔を見て、何処か可笑しそうに笑いながら、後藤さんは僕の頬へ手を伸ばす。
上半身がテーブルに乗り上げ、彼女の顔が近づいてくるのが見えた。
どうして、という不安が体を凍らせる。
「後藤さん・・・?」
隣で席を立つ気配がしたと思うと、不意に僕の頭は清水さんに抱えられる。
「冗談でも、怒りますよ?」
感情を抑えた声だった。
ふふっと笑う、後藤さんの声が聞こえる。
僕から、二人の表情は見えない。
「どういうつもりなんですか」
「だって、こうでもしないと、素直になりそうも無いんだもの」
洋菓子の小袋を開ける音がする。
「二人とも、ね」
僕は清水さんの腕から解放された。
後藤さんは満面の笑みを浮かべながら、抹茶味のフィナンシェを食べている。
「あなたたち、お互いのことを私に相談してきてたのよ?」
「・・・前から知ってたんですか?」
清水さんは、彼女とは真逆で、目を伏せて居心地の悪そうな表情をしていた。
「ううん、分かったのは、ついさっき」
真っ直ぐに僕の顔を見つめ、彼女は言う。
あの意地悪そうな笑みは、そう言う意味だったのか、と今更気付く。
「経過報告は、ちゃんとしてね」
そう笑う後藤さんに見送られながら、僕と清水さんはフロアを後にする。
1階に下りるエレベーターの中では、何処と無く気まずい雰囲気が流れていた。
エレベーターを降りると、清水さんが声をかけてくる。
「ちょっと一服していくから、付き合ってくれる?」
病院と言うこともあり、当然のことながら建物の中は禁煙で
喫煙所は、建物から遠く離れたプレハブの小屋の中に設置されていた。
清水さんは、小屋に置かれたパイプ椅子に腰掛けて、煙草に火をつける。
目を閉じて大きく煙を吸い込み、ふぅ、とため息のように煙を吐き出した。
清水さんの吐いた煙を目で追いながら、緊張を紛らわそうと考えていると
突然、手が掴まれ、その拍子に僕は彼の方へ顔を向ける。
彼は床を見つめて、何か、言葉を探している風だった。
僕の手を握ったまま、清水さんは煙草をもみ消し、立ち上がる。
片方の手が僕の頬にかかり、そのまま顔を軽く傾けて唇を重ねてきた。
煙草の香りが、鼻に届く。
薄く目を開けた彼は、眼鏡のレンズ越しに、僕の表情を伺っているようだった。
それほど長くないキスの後、彼は両手で僕の顔を包む。
「・・・好きだ」
声にならなかった。
彼は、不安そうに僕を見つめていた。
何か答えなきゃ、そんな気持ちが、ますます言葉を失わせる。
軽く震える手で、清水さんの腰に手を添える。
何かねだるような目をしていたのかも知れない。
彼は、あの微笑みを浮かべ、再び顔を近づけてくる。
長い、長いキスだった。
僕の中に、忘れられない感触が、また一つ残る。
それが、たまらなく幸せだった。
□ 05_感触 □
■ 1 ■ ■ 2 ■ ■ 3 ■ ■ 4 ■ ■ 5 ■
□ 99_托生 □
■ 1 ■ ■ 2 ■ ■ 3 ■ ■ 4 ■ ■ 5 ■ ■ 6 ■
>>> 小説一覧 <<<
コメント
久し振りに
久し振りに前のお話色々読み返しています。このストーリーもあらためて良いなあ、と思いました。どうなっていくのでしょう、この二人。そう思わせるのが、まべちがわさんの上手さだと思います。
いたたまれずも。
コメント頂きまして、ありがとうございます。
どの話のことを仰っているのだろうと確認して、少し動揺しました。
ネットに公開している分際で口にすることではないと思いますが
初期の頃の話は、その拙さに居た堪れなくなってしまうので、あまり読み返しません。
ただ、お褒めの言葉を頂いて、これはこれで間違ってないのだと実感でき嬉しく思います。
機会があれば、この二人の行く末も…気長にお待ち頂ければ幸いです。
どの話のことを仰っているのだろうと確認して、少し動揺しました。
ネットに公開している分際で口にすることではないと思いますが
初期の頃の話は、その拙さに居た堪れなくなってしまうので、あまり読み返しません。
ただ、お褒めの言葉を頂いて、これはこれで間違ってないのだと実感でき嬉しく思います。
機会があれば、この二人の行く末も…気長にお待ち頂ければ幸いです。