感触(3/5)
後藤さんと入ったのは、こじゃれた居酒屋だった。
全ての席が個室という店で、話の内容に気を遣ってくれたのだろう。
「私は~・・・ジントニックで。五十嵐君は何にする?」
「あ、僕はウーロン茶で」
「何よ、飲まないの?」
決して飲めない訳ではないけれど、飲むと陽気になり、口数も多くなる。
こんなところで飲んでしまったら、何を話すか分からない。
「飲めないって言えば、清水君は下戸なのよね」
思わぬ名前が出てきて、心臓が縮まる思いがする。
「そ、そうなんですか?」
「煙草吸うのに酒は飲まないなんて、珍しいわよね~」
後藤さんは、僕の知らない清水さんを知っている。
社歴を考えれば当たり前のことなのに、少し悔しかった。
程なく、飲み物が運ばれてくる。
後藤さんは、メニューから適当に食べ物を選び、追加オーダーした。
店員さんが去ると、本題に入る。
「で、さっきの話なんだけど」
ジントニックに口をつけながら、後藤さんは僕の顔を見る。
「本当なの?五十嵐君、そのケがある訳?」
「いや、そう言うわけじゃないんですが」
「ふ~ん・・・」
僕を見る目が、少し変わった気がした。
しばらくすると、頼んだ料理が運ばれてきて、テーブルはあっという間に一杯になった。
「梅酒をロックでお願いします~」
後藤さんは、愛想良く、酒を追加注文した。
引き戸が閉まると、話を続ける。
「私も一応、女だからね」
それくらいは見れば分かります、と言う言葉は飲み込んだ。
「男が男に恋する感情って、想像もつかないのよ」
困った表情の後藤さんを見て、更に困らせるような質問を思いつく。
「後藤さんは、女性を好きになったことは無いんですか?」
眉間の皺が、更に深くなる。
「う~ん・・・無いかなぁ」
梅酒ロックがやって来る。
指で氷をくるくる回しながら、何かを想像しているらしい。
「もし、仮に、私が女の子から告白されたら」
一瞬天井に目をやって、僕を見る。
「悪い気はしないかな。その後どうこうってことは抜きにしてね」
「そんなもんですか?」
「同じことが、他の人にも、ましてや男性にも言えるかどうかは、分からないけど」
そう言いながら、出汁巻き卵をつまみに、梅酒ロックを飲んでいる。
「逆に、私が女の子を好きになったら・・・」
目を瞑り、やっぱり困ったような表情で、妄想を広げているようだった。
「告白するよりも先に、行動で示すかもね」
「って言うと?」
「ハグしたり、キスしたり、とか?」
休憩室での光景を思い出す。
あの彼の行為の意図を、僕は未だに掴みきれていない。
「相手の彼も、そう言う素振りがあったりした訳?」
答えに迷う僕を見て、後藤さんは言った。
「まぁ、何があったにせよ、あまり結論を急がない方が良さそうよね」
ふと、心配そうな表情を見せる。
「お互い、修復出来ないほど傷つくリスクが高すぎるでしょう?」
人間、やっぱり自分に都合が良いように考えるもので
あの日以来、清水さんはもしかして僕のことを思ってくれてるんじゃないかと
心の何処かで信じてしまっている。
でも、冷静に考えれば、そんな可能性はとてつもなく低くて
後藤さんの言う通り、僕が突き進んでいくことで、清水さんを傷つけることにもなる。
もちろん、僕の心も、どん底に落ちるかも知れない。
「好きって気持ちを抑えろとは言わないけど」
「はい・・・」
「もうちょっと、時間を置いても良いんじゃないかな」
それまで、話はいつでも聞いてあげるから、後藤さんはそう優しく諭してくれた。
テーブルの上の料理も殆ど食べきった頃、後藤さんが思い出したように話す。
「そう言えば私ね、来月、入院するのよ」
「えっ?何か病気ですか?」
「うん、ガンになっちゃった」
あまりに軽く言うものだから、思わず受け流すところだった。
「この間の会社の健康診断で受けたオプション検査で分かったんだけどね」
後藤さんの病名は、子宮頸ガン。
最近では20代でも罹患する人が増えているそうで、幸いにも後藤さんは極初期なのだと言う。
「だから、10日くらい入院して、1週間休んで、また復帰するわよ」
「転移とかは無いんですか」
「今のところは無いの。それだけが、本当に不幸中の幸いよね」
□ 05_感触 □
■ 1 ■ ■ 2 ■ ■ 3 ■ ■ 4 ■ ■ 5 ■
□ 99_托生 □
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全ての席が個室という店で、話の内容に気を遣ってくれたのだろう。
「私は~・・・ジントニックで。五十嵐君は何にする?」
「あ、僕はウーロン茶で」
「何よ、飲まないの?」
決して飲めない訳ではないけれど、飲むと陽気になり、口数も多くなる。
こんなところで飲んでしまったら、何を話すか分からない。
「飲めないって言えば、清水君は下戸なのよね」
思わぬ名前が出てきて、心臓が縮まる思いがする。
「そ、そうなんですか?」
「煙草吸うのに酒は飲まないなんて、珍しいわよね~」
後藤さんは、僕の知らない清水さんを知っている。
社歴を考えれば当たり前のことなのに、少し悔しかった。
程なく、飲み物が運ばれてくる。
後藤さんは、メニューから適当に食べ物を選び、追加オーダーした。
店員さんが去ると、本題に入る。
「で、さっきの話なんだけど」
ジントニックに口をつけながら、後藤さんは僕の顔を見る。
「本当なの?五十嵐君、そのケがある訳?」
「いや、そう言うわけじゃないんですが」
「ふ~ん・・・」
僕を見る目が、少し変わった気がした。
しばらくすると、頼んだ料理が運ばれてきて、テーブルはあっという間に一杯になった。
「梅酒をロックでお願いします~」
後藤さんは、愛想良く、酒を追加注文した。
引き戸が閉まると、話を続ける。
「私も一応、女だからね」
それくらいは見れば分かります、と言う言葉は飲み込んだ。
「男が男に恋する感情って、想像もつかないのよ」
困った表情の後藤さんを見て、更に困らせるような質問を思いつく。
「後藤さんは、女性を好きになったことは無いんですか?」
眉間の皺が、更に深くなる。
「う~ん・・・無いかなぁ」
梅酒ロックがやって来る。
指で氷をくるくる回しながら、何かを想像しているらしい。
「もし、仮に、私が女の子から告白されたら」
一瞬天井に目をやって、僕を見る。
「悪い気はしないかな。その後どうこうってことは抜きにしてね」
「そんなもんですか?」
「同じことが、他の人にも、ましてや男性にも言えるかどうかは、分からないけど」
そう言いながら、出汁巻き卵をつまみに、梅酒ロックを飲んでいる。
「逆に、私が女の子を好きになったら・・・」
目を瞑り、やっぱり困ったような表情で、妄想を広げているようだった。
「告白するよりも先に、行動で示すかもね」
「って言うと?」
「ハグしたり、キスしたり、とか?」
休憩室での光景を思い出す。
あの彼の行為の意図を、僕は未だに掴みきれていない。
「相手の彼も、そう言う素振りがあったりした訳?」
答えに迷う僕を見て、後藤さんは言った。
「まぁ、何があったにせよ、あまり結論を急がない方が良さそうよね」
ふと、心配そうな表情を見せる。
「お互い、修復出来ないほど傷つくリスクが高すぎるでしょう?」
人間、やっぱり自分に都合が良いように考えるもので
あの日以来、清水さんはもしかして僕のことを思ってくれてるんじゃないかと
心の何処かで信じてしまっている。
でも、冷静に考えれば、そんな可能性はとてつもなく低くて
後藤さんの言う通り、僕が突き進んでいくことで、清水さんを傷つけることにもなる。
もちろん、僕の心も、どん底に落ちるかも知れない。
「好きって気持ちを抑えろとは言わないけど」
「はい・・・」
「もうちょっと、時間を置いても良いんじゃないかな」
それまで、話はいつでも聞いてあげるから、後藤さんはそう優しく諭してくれた。
テーブルの上の料理も殆ど食べきった頃、後藤さんが思い出したように話す。
「そう言えば私ね、来月、入院するのよ」
「えっ?何か病気ですか?」
「うん、ガンになっちゃった」
あまりに軽く言うものだから、思わず受け流すところだった。
「この間の会社の健康診断で受けたオプション検査で分かったんだけどね」
後藤さんの病名は、子宮頸ガン。
最近では20代でも罹患する人が増えているそうで、幸いにも後藤さんは極初期なのだと言う。
「だから、10日くらい入院して、1週間休んで、また復帰するわよ」
「転移とかは無いんですか」
「今のところは無いの。それだけが、本当に不幸中の幸いよね」
□ 05_感触 □
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□ 99_托生 □
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