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表裏-功-(3/4)

白昼堂々と幻を見ることも無いだろう。
上司と共に応接室に入っていく一人の男の姿に、驚きを隠せなかった。
「あれ、誰?」
側にいた事務の上野さんに尋ねる。
「ああ・・・例の、河原電工から引き受ける社員さんって話ですよ」
「ウチで?」
「ええ、事件を受けて何人かリストラしたそうで。室長の元同期の方から頼まれたって」
「・・・そう、なんだ」

数日後、彼を正式に雇用することになったとの話が、部署に報告された。
お得意様であるサブコンの元社員。
若くしてリストラ要員となった彼への好奇心は、口にしないまでも、誰もが抱えていた。
しかも、俺の前で、明確な意思を持って死に臨んだ彼の姿。
生き永らえていたことへの安堵はあったけれど、一緒に仕事をしていくことには不安も募る。


「ああ、丁度良かった。先に紹介しておくよ、彼が矢作君だ」
少しばかり早く会社に着いた朝。
フロアの入口で、新入社員を連れた保坂室長と鉢合わせした。
挨拶すら口から出ないほど、彼は俺の顔を見て言葉を失う。
その状態にどう反応して良いのか分からず、固まる俺。
不可解な表情を浮かべた上司が、彼の方を向いて様子を伺った。
「・・・どうした?」
「あ・・・いえ。今日から、お世話になります。京極と申します」
「どうも。矢作です。宜しくお願いします」
「一応3ヶ月は試用期間だから、その間は矢作君の下に就いて貰おうと思ってね」
「私の下、ですか?」

サブコンの設計部に所属していたくらいだから、知識については何の問題も無いだろう。
とは言え、設計のやり方は会社によって千差万別。
業務の流れを掴んでもらうには、しばらく補佐として就いて貰うのが手っ取り早い。
ただ、一つ懸案もあった。
「でも・・・今、私が持ってる物件は」
「必要があれば、打合せに連れて行っても構わない」
話の流れの意図を汲んでいるのか、彼は少し目を伏せる。
「大人の対応を期待してるが、そうでない場合は、君がフォローしてやってくれ」
「・・・分かりました」


仕事のしにくい相手じゃない。
大して歳の変わらないであろう後輩は、殊勝に、忠実に、指示を聞いて実行してくれる。
けれど、彼は決して自分のことを語ろうとはしなかった。
一週間経っても、彼が公に話したことは、通勤で使っている路線が京成線であることくらいで
当然のことながら、転職の理由など、明らかになる訳は無かった。

「照明の仕様が大幅に変更になっちゃって」
河原電工の担当者から電話が入ったのは、もう定時を迎えようとしていた時間帯だった。
既に照明計算も終え、プロットに入った段階。
「申し訳ないんですけど、ちょっと打合せ出来ませんか?今から」
大きな手戻りに萎えた気分に、その提案が追い討ちをかける。
「今からですか?」
「明後日の朝に、計算書を見たいって言われちゃって」
「そんな、無茶な」
計算書の作成は、京極君に頼んでいた。
こうなると、彼を連れて行かない訳にも行かなくなる。
「分かりました。6時半には、伺えると思いますので」

俺だったら、居た堪れない。
きっと彼だって、同じはずだ。
何を話すことも無く、地下鉄で向かった客先の社屋。
ここに毎日通っていたであろう彼の視線が、ふとビルを見上げるように上を向く。
幸いなのは、既に定時を過ぎて窓の明かりも点々と暗くなっていることと
打合せ場所が1階の専用スペースであることくらいだろうか。
閉まってしまった正門を前に、携帯電話から担当に連絡を入れると、通用門に回るよう指示をされた。

「そうか、矢作さんのところでお世話になってるんでしたね」
担当者は、俺の後ろに立つ後輩の顔を見るなり、そう言った。
彼はそれに何も言わず、僅かに頭を下げる。
「元気だったか?」
「お陰さまで、良い就職先に恵まれたので」
「それは、何よりだな。お前なら、何処ででもやっていけるさ」
元先輩に肩を叩かれた元後輩は、少しだけはにかんだ顔を見せる。
多分、初めて見た彼の笑顔。
ああ、笑えるんだ、素直にそんな感想が出てきた。


一通り打合せが終わり、ロビーの奥の通用門に向かって歩く。
右手にあるエレベーターが開き、中の照明が薄暗いロビーを一瞬明るく照らした。
中に乗っていた社員らしき男が同じ方向へ歩き出し、ふと歩みを止める。
「京極じゃん。何、それが新しい彼氏?」
目を泳がせ、明らかに様子のおかしい後輩が、視界に入った。
怪訝な顔をした俺を見て、男は口端を上げ、嫌味な笑みを見せる。
「何だ。こいつがクビになった理由、知らないんだ?」
そりゃ、知りたいさ。
でも、俺が取るべきは、大人の対応。
男の視線を遮るように、後輩の前に立つ。
「別に、知ろうとも思わないし、知りたくも無いですよ」
俺の言葉を鼻で笑う様子に、こんな奴でも客だ、そう自分に言い聞かせ、苛立ちを抑え込む。
「ウチの優秀な新人、あまり虐めないでやってくれませんか」

□ 44_表裏-罪-★ □
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□ 45_表裏-功- □
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テーマ : 自作BL小説
ジャンル : 小説・文学

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まべちがわ

Author:まべちがわ
妄想力を高める為、日々精進。
閲覧して頂いた全ての皆様に、感謝を。

2011-3-12
東日本大震災の被害に遭われた方に
心よりお見舞いを申し上げます。
故郷の復興の為に、僅かばかりにでも
尽力出来ればと思っております。

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