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表裏-功-(2/4)

耳をつんざく警笛。
視界の全てを奪う前照灯。
吸い込まれそうになる風圧が、恐怖すらも凌駕する。
祈りは通じたのか、俺の手は辛うじて、影を掴んだ。

ホーンを引き摺りながら、特急電車が去っていく。
勢いでホームに倒れこんだ俺の身体の下にいる男は、呆然とした表情で空中を眺めていた。
立ち上がり、彼の方へ手を差し伸べる。
しばらくして我に帰ったらしい彼は、濁った視線を俺に向け、手を取ることなく身体を起こす。
「・・・何すんだよ」
「何、って」
「目の前で飛び込まれると、夢見が悪いか?」
自嘲気味に言い捨てながら立ち上がる姿に、不快感が募る。
「あんな状況なら、誰だって助けようとするだろ?」
「助ける気があるんなら、後ろから押してくれ」
所々傷のついた顔が、俺の言葉を奪っていく。
彼の感情をありのまま映し出したような生気を失った目が、心に刺さる。
「安易に他人の人生に踏み込んで、良い気分だろうな」
そう言い残し、男はホームの向こうへ歩き出す。
幼稚な感情が、つい噴き出した。
「なら、おとなしく、部屋で首でも吊ってろよ」
「・・・そうするよ。それなら、あんたみたいな邪魔も、入らないし」

ホームの片隅に落ちていた携帯を拾い上げる。
壊れてはいないらしいが、電話はとっくに切れていた。
あれからも、何回か着信を繰り返していたらしい履歴が残っている。
かけ直しても、同期は電話に出ない。
多分、電車に乗っているんだろう。
明日の昼は、俺の奢りだな。
そんな諦めの気持ちが、ホームを抜ける風と共に、流れて行った。


行き帰りの電車の中で音楽を聴くようになってから、数日。
隣に誰もいないことにも、少し慣れてきたような気がする。
そんな日常の中での一つの変化。
轟音と、真っ白い光。
目を覚ますと、首筋を汗が流れていく。
しばらくは安眠出来ていたのに、日が経つにつれ、悪夢を見ることが多くなってきた。
気がつかない内に、トラウマになっているのかも知れない。

そして、あの男は、どうなったのか。
俺よりも、少し若いくらい。
絶望だけを表したような顔が、頭から離れない。
何故、何に、彼はあそこまで追い詰められていたのだろう。
最後に言ったくだらない一言が、大きな後悔となって残る。
求められていなかったとしても、救いたかった。
それだけは、間違いなかった。


仕事が一段落着いた夕方、会社に置いてある朝刊に目を通す。
3面には、中堅サブコンである河原電工で起こった横領事件の記事。
上司が以前勤めていた会社と言う事もあり、ウチの事務所も長年付き合いがある。
俺が今抱えている物件の多くも、件の会社から依頼されているものだ。
「川崎の専門学校やってるの、矢作君だっけか?」
そう言えば、その物件も、例のサブコン施工。
長年勤めた会社の状況をどう見ているんだろう、そんなことを思いながら、上司に答える。
「ええ、そうです」
「河原の担当が替わるらしくてね、ちょっとストップしてくれって連絡が来てるんだよ」
「分かりました。・・・大分混乱してるんですか?」
「みたいだな。昔の同期からも、ちょっと頼まれごとをされてて」
いろんな愚痴でも聞かされているんだろうか、珍しく疲れた笑顔を見せる上司に、声がかかる。
「保坂室長、河原電工の箕輪さんと言う方からお電話ですよ」
「ああ、ありがとう」


初めは何となくだった行為が、徐々に習慣になっていく。
行き先の把握も、見慣れなかった車窓も、自分のものになるまでに時間はかからなかった。
帰宅時間は、30分以上遅くなる。
通勤定期も、完全に範囲外だ。
それでも、電車の中から誰もいないホームを眺めることが、言い知れない不安を和らげてくれる。

すっかり見慣れた暗い車窓が、外を流れていく。
さほど混んでいない車内には、残業を終えたサラリーマンたちが吊革にぶら下がる様に立っている。
間もなく町屋に到着するという時、電車は急に速度を落とした。
俄かにざわつく車内に、アナウンスが流れる。
「先ほど、国府台駅にて人身事故が発生したとの連絡が入りました」
思わず耳を疑う。
迫る閃光が思い返された。
「この電車は、町屋駅まで運行後、しばらく運転を見合わせます」
車両がゆっくりと駅のホームに入線して行く。
多くの客が降り、虫が食ったようにスカスカになった車内のシート。
目の前の席に腰を下ろし、天を仰ぐ。
彼は、遂に願いを成就したのだろうか。
どうしようもない虚脱感で、溜め息をつくことも出来なかった。

□ 44_表裏-罪-★ □
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□ 45_表裏-功- □
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テーマ : 自作BL小説
ジャンル : 小説・文学

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まべちがわ

Author:まべちがわ
妄想力を高める為、日々精進。
閲覧して頂いた全ての皆様に、感謝を。

2011-3-12
東日本大震災の被害に遭われた方に
心よりお見舞いを申し上げます。
故郷の復興の為に、僅かばかりにでも
尽力出来ればと思っております。

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