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表裏-功-(1/4)

俺は今まで、こんなにも神に何かを祈ったことがあるだろうか。
あと少しの距離、それが、途方も無く遠く感じる。


「お前が辞めたら、ますます忙しくなるじゃねぇか」
「しょうがねぇだろ、親父が会社継げって言うんだから」
「良いよなぁ。社長になったら、俺も雇ってくれよ」
「つぶれてなきゃ、な」
今月末で退職する、同僚である武内の送別会。
始まった時間が早かったせいか、二人で飲み直した二次会が終わっても、まだ夜の10時前。
週の初めだと言うのに、上野の飲み屋街は賑やかな雰囲気を振りまいていた。
「じゃあ、次は未来の社長のおごりだな」
「バカ言うなよ。めでたく昇進した矢作主任のおごりだろ」
呆れたように笑う彼が、ふと立ち止まり携帯を開く。
「うわ、マジかよ」
「どうした?」
「総武線、止まったって」
「マジで?最悪だ・・・」

俺と武内は、二人とも船橋に住んでいる。
会社が秋葉原に近いこともあり、総武線一本で通える街を選んだ。
時間はかかるけれど、そこは安月給の辛いところ。
同僚に至っては、大学在学中から住んでいるという筋金入りの船橋市民だ。
「どうする?」
「アキバ近くで飲んで、時間潰すか」
「久しぶりに、メイドキャバクラとかどうよ」
「俺、ダメだ。あの雰囲気には、もうついていけない」
「すっかりオッサンだな」
「同じ歳だろ?」

つまらないことを言い合いながら、中央通りに辿り着く。
ふと公園の方に目をやると、向こうに京成の駅が見えた。
「たまには、違う路線で帰ってみるのも、良いかな」
俺の視線を追いかけるように、同期が遠くを見遣る。
「京成?地味過ぎるだろ」
「電車に地味も派手もあるかよ」
「オレはあれだな、やっぱりJRが良い」
「ふ~ん・・・お前の地元、JR走ってたっけ」
「・・・無い」
不満げな表情を浮かべる同期を傍目に、あまり知らない車両への興味が募る。
そんなに電車好きな方ではないと思うが、こんな機会でもなければ乗ることも無い路線。
「お前、総武線動くの待つ?」
「何?本気で京成乗んの?」
「面白そうじゃん。何なら、どっちが早く船橋着くか、競争しようぜ」
「くっだらね・・・」
「お前が勝ったら、明日の昼飯くらいはおごってやるよ」
「よし、乗った」
単純な奴、そう笑いながら、こんな風に過ごせる時間があと僅かだと言うことを思い出す。
入社してから共に歩んできた同期との別れ。
歳が近い社員が少ないこともあり、仲は大分深かったと思う。
辛くないと言えば、嘘になる。

「オレはJRを信じてる。明日の昼は、寿司だな」
不意にしんみりしてしまった気分を、そんな武内の声がぶち壊す。
憎たらしい笑みでさえ、何となく、嬉しかった。
「京成の底力、見せてやるよ」
悪態を付き合いながら、俺たちは上野で別れた。


思った以上に途中の駅がたくさんある。
しかも、行き先が豊富すぎて、どれに乗ったら良いのかがよく分からない。
とりあえず、ホームに止まっていた千葉中央行きに乗り込む。
振り替え客が流れているのだろうか、車内は程ほどのラッシュ。
けれど、混雑時の総武線に比べれば、可愛いもんだ。

向かいのホームに、成田行きのスカイライナーが停まっている。
海外旅行とは無縁の生活を送る俺には、やっぱり無縁の電車。
あれに乗っていると言うだけで、ちょっと出来るビジネスマンのように見えるのは、劣等感の表れか。
程なく、電車が動き出す。
路線図を見ると、次は日暮里、その次が新三河島。
しばらく行くと、全く知らない駅が続く。
幾ばくかの不安が、上京したばかりの頃の気分を取り戻したようで、旅行気分を煽った。

大きな川を、電車が渡って行く。
次の駅は国府台、と言うことは、これは江戸川だろう。
橋を渡る衝撃の中に混ざる、携帯の振動。
見ると、武内からの電話だった。
駅に着く直前で切れた電話に、駅で一度電車から降り、かけ直す。
「お前、今、何処?」
嬉しそうな声に、勝負の行方が気になる。
「お前は何処なんだよ」
「新小岩」
ほんの少しだけ、俺の方が先に来ているらしい。
「何で、そんなとこで降りてんの?」
「折角動いたのに、また停まったんだよ」
「快速は?」
「いっぱい過ぎて、乗れねぇ」
電話の向こうから聞こえて来るホームのアナウンスが、未だ続く混乱状態を伝える。
俺がいる静まり返った場所とは、対照的だ。

『まもなく特急電車が通過します。白線の内側までお下がり下さい』
橋の向こうに、僅かな光が見えてくる。
上野で見た、スカイライナーのようだ。
「で、お前は何処にいるって?」
「俺は・・・」
まばゆい輝きの中に、影が差す。
瞬間、身体が反応した。
「おい!」

□ 44_表裏-罪-★ □
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□ 45_表裏-功- □
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表裏-功-(2/4)

耳をつんざく警笛。
視界の全てを奪う前照灯。
吸い込まれそうになる風圧が、恐怖すらも凌駕する。
祈りは通じたのか、俺の手は辛うじて、影を掴んだ。

ホーンを引き摺りながら、特急電車が去っていく。
勢いでホームに倒れこんだ俺の身体の下にいる男は、呆然とした表情で空中を眺めていた。
立ち上がり、彼の方へ手を差し伸べる。
しばらくして我に帰ったらしい彼は、濁った視線を俺に向け、手を取ることなく身体を起こす。
「・・・何すんだよ」
「何、って」
「目の前で飛び込まれると、夢見が悪いか?」
自嘲気味に言い捨てながら立ち上がる姿に、不快感が募る。
「あんな状況なら、誰だって助けようとするだろ?」
「助ける気があるんなら、後ろから押してくれ」
所々傷のついた顔が、俺の言葉を奪っていく。
彼の感情をありのまま映し出したような生気を失った目が、心に刺さる。
「安易に他人の人生に踏み込んで、良い気分だろうな」
そう言い残し、男はホームの向こうへ歩き出す。
幼稚な感情が、つい噴き出した。
「なら、おとなしく、部屋で首でも吊ってろよ」
「・・・そうするよ。それなら、あんたみたいな邪魔も、入らないし」

ホームの片隅に落ちていた携帯を拾い上げる。
壊れてはいないらしいが、電話はとっくに切れていた。
あれからも、何回か着信を繰り返していたらしい履歴が残っている。
かけ直しても、同期は電話に出ない。
多分、電車に乗っているんだろう。
明日の昼は、俺の奢りだな。
そんな諦めの気持ちが、ホームを抜ける風と共に、流れて行った。


行き帰りの電車の中で音楽を聴くようになってから、数日。
隣に誰もいないことにも、少し慣れてきたような気がする。
そんな日常の中での一つの変化。
轟音と、真っ白い光。
目を覚ますと、首筋を汗が流れていく。
しばらくは安眠出来ていたのに、日が経つにつれ、悪夢を見ることが多くなってきた。
気がつかない内に、トラウマになっているのかも知れない。

そして、あの男は、どうなったのか。
俺よりも、少し若いくらい。
絶望だけを表したような顔が、頭から離れない。
何故、何に、彼はあそこまで追い詰められていたのだろう。
最後に言ったくだらない一言が、大きな後悔となって残る。
求められていなかったとしても、救いたかった。
それだけは、間違いなかった。


仕事が一段落着いた夕方、会社に置いてある朝刊に目を通す。
3面には、中堅サブコンである河原電工で起こった横領事件の記事。
上司が以前勤めていた会社と言う事もあり、ウチの事務所も長年付き合いがある。
俺が今抱えている物件の多くも、件の会社から依頼されているものだ。
「川崎の専門学校やってるの、矢作君だっけか?」
そう言えば、その物件も、例のサブコン施工。
長年勤めた会社の状況をどう見ているんだろう、そんなことを思いながら、上司に答える。
「ええ、そうです」
「河原の担当が替わるらしくてね、ちょっとストップしてくれって連絡が来てるんだよ」
「分かりました。・・・大分混乱してるんですか?」
「みたいだな。昔の同期からも、ちょっと頼まれごとをされてて」
いろんな愚痴でも聞かされているんだろうか、珍しく疲れた笑顔を見せる上司に、声がかかる。
「保坂室長、河原電工の箕輪さんと言う方からお電話ですよ」
「ああ、ありがとう」


初めは何となくだった行為が、徐々に習慣になっていく。
行き先の把握も、見慣れなかった車窓も、自分のものになるまでに時間はかからなかった。
帰宅時間は、30分以上遅くなる。
通勤定期も、完全に範囲外だ。
それでも、電車の中から誰もいないホームを眺めることが、言い知れない不安を和らげてくれる。

すっかり見慣れた暗い車窓が、外を流れていく。
さほど混んでいない車内には、残業を終えたサラリーマンたちが吊革にぶら下がる様に立っている。
間もなく町屋に到着するという時、電車は急に速度を落とした。
俄かにざわつく車内に、アナウンスが流れる。
「先ほど、国府台駅にて人身事故が発生したとの連絡が入りました」
思わず耳を疑う。
迫る閃光が思い返された。
「この電車は、町屋駅まで運行後、しばらく運転を見合わせます」
車両がゆっくりと駅のホームに入線して行く。
多くの客が降り、虫が食ったようにスカスカになった車内のシート。
目の前の席に腰を下ろし、天を仰ぐ。
彼は、遂に願いを成就したのだろうか。
どうしようもない虚脱感で、溜め息をつくことも出来なかった。

□ 44_表裏-罪-★ □
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□ 45_表裏-功- □
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表裏-功-(3/4)

白昼堂々と幻を見ることも無いだろう。
上司と共に応接室に入っていく一人の男の姿に、驚きを隠せなかった。
「あれ、誰?」
側にいた事務の上野さんに尋ねる。
「ああ・・・例の、河原電工から引き受ける社員さんって話ですよ」
「ウチで?」
「ええ、事件を受けて何人かリストラしたそうで。室長の元同期の方から頼まれたって」
「・・・そう、なんだ」

数日後、彼を正式に雇用することになったとの話が、部署に報告された。
お得意様であるサブコンの元社員。
若くしてリストラ要員となった彼への好奇心は、口にしないまでも、誰もが抱えていた。
しかも、俺の前で、明確な意思を持って死に臨んだ彼の姿。
生き永らえていたことへの安堵はあったけれど、一緒に仕事をしていくことには不安も募る。


「ああ、丁度良かった。先に紹介しておくよ、彼が矢作君だ」
少しばかり早く会社に着いた朝。
フロアの入口で、新入社員を連れた保坂室長と鉢合わせした。
挨拶すら口から出ないほど、彼は俺の顔を見て言葉を失う。
その状態にどう反応して良いのか分からず、固まる俺。
不可解な表情を浮かべた上司が、彼の方を向いて様子を伺った。
「・・・どうした?」
「あ・・・いえ。今日から、お世話になります。京極と申します」
「どうも。矢作です。宜しくお願いします」
「一応3ヶ月は試用期間だから、その間は矢作君の下に就いて貰おうと思ってね」
「私の下、ですか?」

サブコンの設計部に所属していたくらいだから、知識については何の問題も無いだろう。
とは言え、設計のやり方は会社によって千差万別。
業務の流れを掴んでもらうには、しばらく補佐として就いて貰うのが手っ取り早い。
ただ、一つ懸案もあった。
「でも・・・今、私が持ってる物件は」
「必要があれば、打合せに連れて行っても構わない」
話の流れの意図を汲んでいるのか、彼は少し目を伏せる。
「大人の対応を期待してるが、そうでない場合は、君がフォローしてやってくれ」
「・・・分かりました」


仕事のしにくい相手じゃない。
大して歳の変わらないであろう後輩は、殊勝に、忠実に、指示を聞いて実行してくれる。
けれど、彼は決して自分のことを語ろうとはしなかった。
一週間経っても、彼が公に話したことは、通勤で使っている路線が京成線であることくらいで
当然のことながら、転職の理由など、明らかになる訳は無かった。

「照明の仕様が大幅に変更になっちゃって」
河原電工の担当者から電話が入ったのは、もう定時を迎えようとしていた時間帯だった。
既に照明計算も終え、プロットに入った段階。
「申し訳ないんですけど、ちょっと打合せ出来ませんか?今から」
大きな手戻りに萎えた気分に、その提案が追い討ちをかける。
「今からですか?」
「明後日の朝に、計算書を見たいって言われちゃって」
「そんな、無茶な」
計算書の作成は、京極君に頼んでいた。
こうなると、彼を連れて行かない訳にも行かなくなる。
「分かりました。6時半には、伺えると思いますので」

俺だったら、居た堪れない。
きっと彼だって、同じはずだ。
何を話すことも無く、地下鉄で向かった客先の社屋。
ここに毎日通っていたであろう彼の視線が、ふとビルを見上げるように上を向く。
幸いなのは、既に定時を過ぎて窓の明かりも点々と暗くなっていることと
打合せ場所が1階の専用スペースであることくらいだろうか。
閉まってしまった正門を前に、携帯電話から担当に連絡を入れると、通用門に回るよう指示をされた。

「そうか、矢作さんのところでお世話になってるんでしたね」
担当者は、俺の後ろに立つ後輩の顔を見るなり、そう言った。
彼はそれに何も言わず、僅かに頭を下げる。
「元気だったか?」
「お陰さまで、良い就職先に恵まれたので」
「それは、何よりだな。お前なら、何処ででもやっていけるさ」
元先輩に肩を叩かれた元後輩は、少しだけはにかんだ顔を見せる。
多分、初めて見た彼の笑顔。
ああ、笑えるんだ、素直にそんな感想が出てきた。


一通り打合せが終わり、ロビーの奥の通用門に向かって歩く。
右手にあるエレベーターが開き、中の照明が薄暗いロビーを一瞬明るく照らした。
中に乗っていた社員らしき男が同じ方向へ歩き出し、ふと歩みを止める。
「京極じゃん。何、それが新しい彼氏?」
目を泳がせ、明らかに様子のおかしい後輩が、視界に入った。
怪訝な顔をした俺を見て、男は口端を上げ、嫌味な笑みを見せる。
「何だ。こいつがクビになった理由、知らないんだ?」
そりゃ、知りたいさ。
でも、俺が取るべきは、大人の対応。
男の視線を遮るように、後輩の前に立つ。
「別に、知ろうとも思わないし、知りたくも無いですよ」
俺の言葉を鼻で笑う様子に、こんな奴でも客だ、そう自分に言い聞かせ、苛立ちを抑え込む。
「ウチの優秀な新人、あまり虐めないでやってくれませんか」

□ 44_表裏-罪-★ □
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□ 45_表裏-功- □
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表裏-功-(4/4)

糸が切れたように、彼の身体が道路に沈み込み、壁に寄りかかる。
俯いた顔が前髪で隠れ、大きく震える唇が隙間から覗いた。
やっぱり、連れてくるんじゃなかった。
彼の為にも、俺の為にも。

目の前で、再び絶望に苛まれる後輩には、声をかけることすら残酷な行為に思える。
それでも、好奇心と不憫の念が頭の中をせめぎ合う。
あの言い方、間違いなく、俺が伝え聞いている理由とは違うものが裏にある。
そして、新しい、彼氏?
軽く混乱した頭をなだめるように、小さく溜め息をついた。

車道を行きかう車を目で追う時間は、どれくらい続いたのだろうか。
「矢作さん」
か細い声だった。
「何?」
「お時間、少し、良いですか」
「別に・・・構わないけど」
相変わらず俯いたままの京極君は、息を吐き出しながら、言葉を発する。
「他人に話されるくらいなら・・・自分で、話します。どうして、僕が、ここを辞めたのか」


通りから入ったところにある小さな公園。
冬の気配を見せ始めた風が、暗がりの中を駆けて行く。
小さなベンチに座った俺の隣に、少し遅れて彼が腰掛ける。
微かに伝わってくる彼の揺らぐ息遣いが、その緊張度合いを示していた。

聞いてから、聞くべきじゃなかったと思っても、遅すぎる。
この事実を知らなかったら、どんなに良かったのかを想像することも出来なかった。

男との売春行為。
父親ほどの年齢の男との蜜月。
やってもいない横領行為への嫌疑。
使い捨てられるように追い出された会社。
癒しを求め嵌り込んだ快楽。
絶望の果ての自殺未遂。

全てが、この1年半の間に起こったこと。
大学を出て、中堅のサブコンに入って、念願だった設計の部署に配属されて。
そんな順調だった人生に現れた歪み。
「腕を引っ張られた時、思ったんです。オレは、死ぬことすら、出来ないのかって」
唇を噛みながら、時に間を置きながら、彼は淡々と話を続けた。

戸惑いの表情はなるべく見せたくなかったけれど、それは難しかった。
俺の日常とはかけ離れた、彼の人生。
まるで、すぐ隣の存在すら幻なんじゃないかと思わせるほど、虚構のような現実。
急に怖くなる。
折角灯った命の炎。
このまま見放せば、彼は再び光に飛び込もうとするだろう。

前屈みで座る膝の上に組まれた、彼の手。
その上に、自分の手を添えた。
風に晒された肌はすっかり冷たくなっていて、体温が吸い取られていくようだった。
「俺のこと・・・助けたこと、恨んでる?」
こちらを向いた眼の潤みが、街灯の明かりに強調されている。
「そんなことは・・・ありません。でも」
目を伏せた彼の表情に、苦悶が浮かぶ。
「生きて行かなきゃならない理由が、分からない」
俺は、彼を助けたつもりだった。
けれど、それは、彼の苦痛を引き伸ばしているだけなんだろうか。
あの時、背中を押すことが、本当に彼にとっての救いだったんだろうか。
「俺は、どうすれば・・・君を、救えるの?」
俯いた彼の頭が、左右に揺れる。
こんなの、遣り切れない。


数回点滅を繰り返した街灯の光が、周りの景色から色彩を奪う。
時ならぬ吹いて来た寒風が、身体を震わせる。
不意に動いた彼の手の気配に、思わず声が出た。
「ダメだ」
手を離さないまま、逆の腕を正面から彼の肩に回し、抱き締める。
「行かないでくれ」
コートを通しても尚感じる、体温と鼓動。
耳元に感じる薄い吐息。
離せない、離したくない。
このまま、時が止まってしまえば良いのに。

「どうして」
彼の熱が身体に染みてくる頃。
微かな囁きが、耳に届く。
「どうして、そんなに、僕に関わろうとするんですか」
「・・・生きてて、欲しいから」
彼との間に空いた少しの隙間すら、不安を掻き立てる。
無意識の内に、腕に力が入った。
「君が、ここにいてくれれば、俺が救われる」
彼の腕が、俺の腰の辺りを静かに回る。
深い溜め息が肩を滑り、冷えた耳を温めた。
「・・・それが、生きていく、理由?」


川から吹いて来る風が、ホームを抜けていく。
「今日は、ちょっと暖かいですね」
「コート着てると、軽く汗かくくらいだもんなぁ」
長年過ごした街を離れて1ヶ月。
闇の向こうに流れる江戸川を想像することも、すっかり容易くなった。

『まもなく特急電車が通過します。白線の内側までお下がり下さい』
半歩後ろを歩く彼の手が、そっと俺の手に触れる。
その手を握りながら振り返ると、白い光を背に受けた笑顔が、真っ直ぐに俺の方を向いていた。
近づいてくる轟音の中で、彼の唇が問いかける。
ヘッドライトを浴びる俺の顔も、きっと、同じような笑顔だったと思う。
「・・・もちろん、いつでも、君のそばにいる」

□ 44_表裏-罪-★ □
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□ 45_表裏-功- □
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Information

まべちがわ

Author:まべちがわ
妄想力を高める為、日々精進。
閲覧して頂いた全ての皆様に、感謝を。

2011-3-12
東日本大震災の被害に遭われた方に
心よりお見舞いを申し上げます。
故郷の復興の為に、僅かばかりにでも
尽力出来ればと思っております。

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