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光明★(4/8)

「結構、長湯だね」
ワイシャツを脱ぎ、Tシャツとスラックスだけの姿で、本間さんは笑いかける。
灰皿に放り込まれている吸殻の量はかなりのもので、彼の言葉を裏付けた。
「すみません、つい」
「別に、構わないけど」
新しい煙草に火をつけながら、彼は弄っていた携帯を閉じる。
「・・・彼女、ですか?」
一瞬驚いた視線を向けた彼は、すぐに笑みを戻す。
「そうだと良いんだけど、部の先輩だよ。新潟はどうだ、ってさ」
「そうですか」
「阿久津君は?付き合ってる娘、いないの?」
予期された質問にうろたえる表情を見られたくなくて、思わず目を逸らした。
「いないですね。もう、随分・・・」
「女っ気の少ない業界だから、キツイよね。船橋みたく同級生掴まえるか、派遣のお姉ちゃんか」
「俺は、まだ、良いかなって感じです」
その言葉に、彼は意味ありげな表情をしながら、吸いかけの煙草を消す。
「30近くなれば、急に来るから。覚悟しておいた方が良いよ?」

壁の向こうから、シャワーの水音が聞こえて来る。
小さなテーブルの上には、吸殻の溜まった灰皿と、煙草の箱と、ライター。
本間さんが座っていた向かい側のソファに座り、長めの吸殻を手に取って口に咥える。
僅かに湿った感じの紙の感触と、ニコチンの独特な臭い。
火を点けて少し吸い込むと、口の中が煙に満たされた。
吐き出した煙が目の前を漂っていく。
空中をうねる白い気体を眺めながら、自分の気持ちにブレーキを掛ける。
そう、俺は、こんなことだけでも満たされるんだ、と。

思った以上に疲れていたのか。
彼がシャワーを終える頃には、俺は微睡みの中にいた。
音でその動きを追いかけながら、やがて聴覚は徐々に鈍っていく。
「お疲れさん。おやすみ」
遥か遠くの方で聞こえたような気がした言葉に、何も返すこと無く眠りに落ちた。


森の中に佇む、小さな美術館。
外壁の殆どを占めるガラス窓が周りの緑の木々を映し出し、まるで自然と一体化しているようだった。
しかし、陽が差し込まない場所だけあって、特段寒い。
流石と言うべきか、新潟生まれの本間さんは寒さを顔に出す事無く、白い息を吐いた。
「大丈夫?阿久津君」
「はい・・・しかし、冷えますね」
工事関係者の団体が、建物に向かって動き出す。
手の震えを気にしつつ外観をデジカメに収めながら、その群れについて行った。

躯体・構造、各設備に関しても、工事の漏れは無い。
施主との軽い打合せの後、検査担当の役所の職員がやってきたのは昼過ぎだった。
細かな指摘に菊川さんと二人で応対していく。
美術品を収納する倉庫の特殊空調についての質疑を出され、一瞬うろたえると
それを察した本間さんが、すかさずフォローを入れてくれた。

検査自体は滞りなく終わったものの
帰りの車中では、自分の経験値の低さに、幾分凹んだ気分になっていた。
「疲れた?浮かない顔してるね」
「いや・・・やっぱり、まだまだだな、と」
「そうかな?初めてにしては、上出来だと思うけど」
「でも、本間さんのフォローが無かったら」
「良いんだよ。その為に二人で来てる様なもんなんだから。僕にも少し、仕事させてよ」
明るく言ってくれる彼の言葉に、気持ちが少し和む。

「そう言えば、本間さんは佐渡の生まれなんですよね?」
助手席に座る菊川さんが、振り向きながら言った。
「そうです」
「地酒飲ませてくれる良い店があるんですけど、どうですか?今晩」
「え、ええ・・・良いですね」
「折角ですから、故郷の味を楽しんで帰って下さいよ」
新潟と言えば、美味い酒で有名だ。
それだけで、この辺りの人は皆酒豪だと言うイメージが勝手に湧いてくる。
本間さんと飲みに行ったことは無いけれど、きっと彼も酒好きなんだろう。
笑顔の菊川さんとは対照的に、困ったような表情を浮かべる先輩を不思議に思いながら
そんなことを思っていた。


多分、酒は強い方だ。
そんな概念が一気に壊されるような飲み方を、彼らはする。
これは熱燗、これは冷、これはぬる燗で。
個人個人でこだわりがあるだろう方法で、次々と酒を回してくる。
10杯近く飲まされると、正直、味はどれも同じに感じられるようになってきた。
「阿久津君、酒、結構いけるクチだねぇ」
ご機嫌な菊川さんが、更に酒を注いでくる。
「いや、もう、いっぱいいっぱいです・・・」

短絡的なイメージの犠牲、と言ったところだろう。
時折姿を消しては戻ってくる本間さんの顔色は、明らかに優れなかった。
それでも、同郷の絆なのか、彼を慕うように皆が酒を勧めていく。
無理をしているようにしか見えない彼は、力ない笑みを浮かべ続けていて
盛り上がる会とは裏腹に、居た堪れなさだけが膨らんでいった。
場の雰囲気を考えてのことなのか。
彼が本音を語ったのは、長すぎる離席を心配して見に行った、トイレの中だった。
「僕、酒は、殆ど・・・飲めなくてね」
潰れる寸前の彼の目は、レンズの向こうで赤く充血し、潤んでいた。

少し体調が良くないみたいで。
やんわりと断りを入れ、彼に勧められた酒を自分の口に運ぶ。
横に座る本間さんの体重が、俄かに腕にかかる。
意識が宙に浮いたような感覚を深呼吸で紛らわせながら、会の収束をひたすら待った。

□ 40_光明★ □
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まべちがわ

Author:まべちがわ
妄想力を高める為、日々精進。
閲覧して頂いた全ての皆様に、感謝を。

2011-3-12
東日本大震災の被害に遭われた方に
心よりお見舞いを申し上げます。
故郷の復興の為に、僅かばかりにでも
尽力出来ればと思っております。

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