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光明★(8/8)

車のクラクションの音が、風に乗って歪んだ響きに変わる。
貼り付く様な湿った空気が、気分を更に重くしていく。
「何も言えないなら、僕の質問に答えてくれるだけでも良いよ」
地面だけだった視界を、彼の方へ移す。
その眼差しは、相変わらず俺を真っ直ぐ捕らえていた。
「男の身体、無理矢理いじくり回して、楽しい?」
「そう言う訳じゃ・・・」
「興奮する?」
「それは・・・」
煙草の火が、彼の顔をほんの少しだけ赤く照らす。
「そう言う類の人間がいることは、よく知ってるよ」
大きく溜め息をついた彼は、目を伏せ、話し始める。

「昔、バスケやってたって話、したよね」
「・・・はい」
「辞めたのは、怪我のせいじゃない。コーチが、最悪の人間だったから、耐えられなくて辞めたんだ」
穏やかな声に、憎悪の影が混ざりこむ。
「服脱がされて触られたり、咥えさせられたり。・・・誰にも言えなかった」
指に挟まれた煙草から灰が落ち、風に舞って消えていく。
「君も、同じなんだろ?奴と」
「違います。俺は、そんな奴とは、違う」
つい荒くなった声に呼応するように、顔を上に向けた彼の声のトーンも、激しさを帯びていた。
「同じだよ。やめろって、何度言っても聞かなかったじゃないか」
「そうじゃないんです」
「背が低い男は扱い易いって、奴もよく言ってたよ」

男の身体に興奮する。
根幹は、一緒だ。
やった行為も、変わらない。
抱いている気持ちも、もしかしたら同じなのかも知れない。
結局、俺には、彼にとって最悪の人間である要素しか無い。

地面に膝をつき、彼の前に正座する格好になる。
うな垂れながら、呟くように、自分の気持ちを吐いた。
「ずっと、本間さんが好きでした」
緊張で、気道に何かが貼りついたように息苦しい。
息を吐きながら、声を絞り出す。
「理解されないことも、受け入れられないことも、分かってました」
低くなった視界に、屈む彼の上半身と、膝の上で組んだ手が入ってくる。
「自制してきたのに・・・どうしても、貴方と関係を持ちたかった。抑えられなかった」
一呼吸置いて、地面に擦り付けるよう、頭を下げた。
「本当に・・・すみません」

ベンチから立ち上がる気配がする。
やがて、彼は俺のすぐ側にしゃがみ込んだ。
「顔、上げて」
少し持ち上げた頭を、顎に添えられた彼の手が更に上向かせる。
「僕がどうして理由を聞きたかったか、分かる?」
「・・・いえ」
「君は、奴とは違うって、自分自身で納得したかったんだ」
「え?」
「人として、君が、好きだから。嫌いになりたく無いんだよ」
目の前のネクタイが、静かな溜め息と共に、軽く上下に揺れた。
彼の唇が、一瞬だけ額に触れる。
ささやかな、柔らかな感触に、全てが、溶けていくようだった。


「ごめん、今の僕には、これが限界だ」
俺の手を引いて立ち上がらせ、スーツについた砂を払ってくれる彼は、そう言った。
「良いんです。十分、過ぎます」
再びベンチに腰掛ける彼の隣に、少し距離を置いて座る。
咥えた煙草に火を点けないまま、彼は呟いた。
「僕と阿久津君の、好きって感情は、何が違うんだろうね」
「違い?」
「僕は、君の事を気にかけたり、ふとした瞬間に思い出したりするけど、身体の関係は求めて無い」
「俺は・・・」
「僕とセックスしたい?」
ストレートな表現に、言葉が返せない。
動揺する俺の様子を窺うよう、彼は続ける。
「多分ね、したら、僕の気持ちは変わると思う。それが良い方向に行くかどうかも、分からない」

キスをしたい、身体に触れたい、快楽に溺れる彼の顔を見たい。
それは、紛れも無い事実だった。
「性的な関係を望んでいるのは、確かです。でも・・・」
言葉の間隔が空いた隙に、彼は煙草に火を点ける。
「でも、好きなんです。それ以外、言葉が、見つからない」
煙の向こうの彼の眼は、酷く優しかった。
彼の手が、俺の頭をゆっくり撫でる。
「違いなんて、無いのかもね」
添えられた手に力が入り、彼の肩の辺りに抱えられた。
幸せを噛み締めながら、その身体に身を預ける。
「好転することを、祈ってみようか」


冬の初め、俺たちは再び新潟の地に立った。
「今回は、極力飲まされないようにして下さいね」
「分かってる。その代わり、阿久津君、頑張ってよ?」
「・・・善処します」
目を細める彼の両腕が、俺の首に回る。
身を屈め、軽く唇を重ね合わせた。
間近にいる彼の視線が、ふとベッドの方へ向く。
「やっぱ、これ、マズイかな」
そう笑いながら、彼は整えられたままの片方のベッドの布団を引き剥がした。
「じゃ、今日は別に寝ましょうか?」
「君が、我慢できるならね」

叶えられないと思っていた祈りは通じた。
あと一歩を踏み出せなかった性格も、彼に変えられていっている気がする。
「じゃ、行こうか」
スーツの上にコートを羽織る彼が、俺の方に振り返る。
その柔和な笑顔が、心の中を満たす。
彼も同じ幸せを感じていて欲しい、そう思いながら、彼の後に続いた。

□ 40_光明★ □
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コメント

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No title

ご無沙汰しています。
いつも楽しく拝読しています。

今回の話、ホントにいい話ですね。
心の奥の思いとか、複雑な感情がにじみ出ていてフィクションとは思えませんでした。
人が人を思う気持ちを淡々とした表現で表した秀作だと思います。

毎回読んでいて思うんですが、
「これは完全にフィクション、頭の中で考えてつくったストーリー」と感じるものと、
「これは実体験がどこかでベースになっていないかな」と考えるものがあります。

もちろん実体験をそのままに書かれていないと思いますが、実際にまべちがわさんが体験したことを脚色したり、実際に感じたりしたことを散りばめたておられるのではと感じることがあります。そんな作品はズキンときます。

優秀な詐欺師は詐欺話の中に本当のことを半分ぐらい混ぜるっていいますからね。
まべちがわさんが詐欺師というわけではないですよ、念のため。

余計なことを書きました。
もし不適切と思われる内容でしたら削除してください。


妄想の補完。

恐れ多いほどのご感想、ありがとうございます。
最近仕事が多忙で、創作意欲が若干削られていたのですが
そのお言葉で、何とか持ち堪えられそうです。

改めてお断りしておきますが、私の書く文章は、全てがフィクションです。
ただ、やはり創作をする点に於いて、妄想しきれない部分を実体験で補完することはよくあります。
出来るだけ現実感を持たせたい、と言うスタンスで書いておりますので
これからも自分の経験を少しずつ削りながら、筆を進めてまいりたいと思います。
Information

まべちがわ

Author:まべちがわ
妄想力を高める為、日々精進。
閲覧して頂いた全ての皆様に、感謝を。

2011-3-12
東日本大震災の被害に遭われた方に
心よりお見舞いを申し上げます。
故郷の復興の為に、僅かばかりにでも
尽力出来ればと思っております。

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