光明★(7/8)
君は、まともじゃない。
こんなことするなんて、最悪だ。
そんな非難の言葉が頭を巡る。
何事も無かったように過ぎる日常に違和感を抱きながら、俺は、その時を待っていたのかも知れない。
新潟の物件は無事竣工が済み、一旦俺の手から離れていった。
問題が発生したときの窓口は営業の本間さん。
本社で対応が必要な場合は、そこから工事担当へ連絡が入るようになっている。
「製本出来たから、ちょっと仕舞って来てくれるか?」
A3サイズでまとめられた竣工図面を船橋さんから受け取り、図面庫へ運ぶ。
何の気無しに開けたドアの向こうには、先客がいた。
脚立に乗って何かの図面を探している風の彼は、俺の姿を見て声を掛けてくる。
「それ、美術館の図面?」
「はい。竣工図が出来たんで」
「じゃ、ここに入れておくよ」
差し出された手に、製本図面を渡す。
彼は片手で隙間を作り、押し込むように図面を収めていく。
「探し物ですか?」
「うん。・・・ああ、あった」
丸められた図面の束を引き出し、脚立を2、3段降りたところで、彼は俺に視線を向けた。
「・・・君は、いつも僕を、こんな感じで見てるんだね」
彼の目の位置とは、20cm以上の差があったと思う。
軽く見上げなければ、その表情を窺うことも出来なかった。
「え?」
「確かに、凄くちっちゃく見えるなぁ」
眼鏡の奥の眼が、僅かに鋭さを帯びる。
いつもとは違う雰囲気に、緊張感が高まった。
「ずっと考えてるんだ。君が、どうして、あんなことしたのか」
物静かなトーンで発せられた言葉に、気が遠くなりそうだった。
脚立を降り、彼は言葉を失った俺の側に立つ。
「僕が理解できるように、説明してくれる?いつでも良いから、電話して」
そう言って、彼は図面庫から出て行った。
静寂の中で、鼓動だけが激しい音を立てている。
壁に寄りかかり、何とか落ち着かせようとしても、手の震えは止まらなかった。
理解なんて、して貰える訳も無い。
言い訳すらも、思いつかなかった。
どうして、罵倒しないのか。
どうして、拒絶しないのか。
時間は過ぎても、携帯電話の発信ボタンを押す勇気は、一向に出なかった。
ある日の夕方、社内の内線電話がなる。
「お疲れ様。本間です」
うろたえることを分かっていたように、彼は俺の言葉を待たずに用件を話し出した。
「新潟の菊川さんが、新しい物件の話を持ってきたんだけど」
「はい」
「阿久津君をいたく気に入ったみたいで、工事の担当を任せたいって言ってるんだ」
「構いません、けど・・・」
「一先ず、こっちで話を進めてから回すことになるから、すぐって訳じゃ無いんだけどね」
「分かりました」
メモを取る手が落ち着かない。
歪んだ文字を並べながら、気持ちを必死になだめる。
「ああ、あと」
「・・・何でしょう」
「例の件、今日はどう?」
急激に目の前が暗くなる。
何の心の準備も無い。
それでも、いずれ向かい合わなきゃならない時が来る。
「大丈夫、です」
「そう。じゃ、エントランスに8時半で良いかな」
負けることは、試合の前から分かっている。
ガラス張りのエントランスホールに佇む彼に、背後から声を掛けた。
「すみません、お待たせしました」
振り向いた微笑みは、何処と無く強張っているようにも見えた。
「僕も、さっき来たところだから。・・・行こうか」
会社から駅へ向かう途中、少し大きめな公園がある。
彼はそこに入り、通りからは見えない位置にある灰皿の前のベンチに腰を掛けた。
「店とかよりは、こう言う所の方が、話しやすいかと思って」
少し離れた位置に立つ俺を見上げながら、煙草に火を点ける。
暗がりに漂った煙は、すぐに闇に溶けていった。
「・・・どういうことなのか、説明してくれる?」
□ 40_光明★ □
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こんなことするなんて、最悪だ。
そんな非難の言葉が頭を巡る。
何事も無かったように過ぎる日常に違和感を抱きながら、俺は、その時を待っていたのかも知れない。
新潟の物件は無事竣工が済み、一旦俺の手から離れていった。
問題が発生したときの窓口は営業の本間さん。
本社で対応が必要な場合は、そこから工事担当へ連絡が入るようになっている。
「製本出来たから、ちょっと仕舞って来てくれるか?」
A3サイズでまとめられた竣工図面を船橋さんから受け取り、図面庫へ運ぶ。
何の気無しに開けたドアの向こうには、先客がいた。
脚立に乗って何かの図面を探している風の彼は、俺の姿を見て声を掛けてくる。
「それ、美術館の図面?」
「はい。竣工図が出来たんで」
「じゃ、ここに入れておくよ」
差し出された手に、製本図面を渡す。
彼は片手で隙間を作り、押し込むように図面を収めていく。
「探し物ですか?」
「うん。・・・ああ、あった」
丸められた図面の束を引き出し、脚立を2、3段降りたところで、彼は俺に視線を向けた。
「・・・君は、いつも僕を、こんな感じで見てるんだね」
彼の目の位置とは、20cm以上の差があったと思う。
軽く見上げなければ、その表情を窺うことも出来なかった。
「え?」
「確かに、凄くちっちゃく見えるなぁ」
眼鏡の奥の眼が、僅かに鋭さを帯びる。
いつもとは違う雰囲気に、緊張感が高まった。
「ずっと考えてるんだ。君が、どうして、あんなことしたのか」
物静かなトーンで発せられた言葉に、気が遠くなりそうだった。
脚立を降り、彼は言葉を失った俺の側に立つ。
「僕が理解できるように、説明してくれる?いつでも良いから、電話して」
そう言って、彼は図面庫から出て行った。
静寂の中で、鼓動だけが激しい音を立てている。
壁に寄りかかり、何とか落ち着かせようとしても、手の震えは止まらなかった。
理解なんて、して貰える訳も無い。
言い訳すらも、思いつかなかった。
どうして、罵倒しないのか。
どうして、拒絶しないのか。
時間は過ぎても、携帯電話の発信ボタンを押す勇気は、一向に出なかった。
ある日の夕方、社内の内線電話がなる。
「お疲れ様。本間です」
うろたえることを分かっていたように、彼は俺の言葉を待たずに用件を話し出した。
「新潟の菊川さんが、新しい物件の話を持ってきたんだけど」
「はい」
「阿久津君をいたく気に入ったみたいで、工事の担当を任せたいって言ってるんだ」
「構いません、けど・・・」
「一先ず、こっちで話を進めてから回すことになるから、すぐって訳じゃ無いんだけどね」
「分かりました」
メモを取る手が落ち着かない。
歪んだ文字を並べながら、気持ちを必死になだめる。
「ああ、あと」
「・・・何でしょう」
「例の件、今日はどう?」
急激に目の前が暗くなる。
何の心の準備も無い。
それでも、いずれ向かい合わなきゃならない時が来る。
「大丈夫、です」
「そう。じゃ、エントランスに8時半で良いかな」
負けることは、試合の前から分かっている。
ガラス張りのエントランスホールに佇む彼に、背後から声を掛けた。
「すみません、お待たせしました」
振り向いた微笑みは、何処と無く強張っているようにも見えた。
「僕も、さっき来たところだから。・・・行こうか」
会社から駅へ向かう途中、少し大きめな公園がある。
彼はそこに入り、通りからは見えない位置にある灰皿の前のベンチに腰を掛けた。
「店とかよりは、こう言う所の方が、話しやすいかと思って」
少し離れた位置に立つ俺を見上げながら、煙草に火を点ける。
暗がりに漂った煙は、すぐに闇に溶けていった。
「・・・どういうことなのか、説明してくれる?」
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