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光明★(2/8)

滅多に顔を合わせる機会が無いからこそ、憧れが募る。
叶わないと分かっているから、胸焦がす想いに身悶える。
図面庫での出会い以来、同じ会社で働いていると言うのに、彼の姿を見ることは殆ど無かった。
営業部と工事部のフロアが違うこともあるのだろうが
社員食堂でも、エントランスでも、彼と鉢合わせすると言う偶然には恵まれなかった。

やっと巡ってきた機会は、残酷なものだった。
ある週末の夜、帰宅途中の最寄り駅で、本間さんの姿を見かける。
オフィス街と繁華街が駅を挟んで背中合わせになっているような、この街。
行きかう大勢の人に紛れるような彼の隣には、同じくらいの身長の女性がいた。
スーツ姿の彼女は、腕を絡め、しな垂れかかるように寄り添っている。
当然だ、彼は、男なんだから。
その光景を見ながら、何度と無く唱えてきた諦めの呪文を繰り返す。

不意に、彼が振り返る。
人の波から頭一つ抜き出てしまっていた俺は、否が応にも彼と目を合わせざるを得なかった。
僅かに目を細めた彼は、またすぐに視線を戻す。
背が高いなんて、良いこと、一つも無い。
落ちた気分は、思考回路をとことん貧弱にしていった。


去年の暮れ、先輩の船橋さんが担当していた工事を急遽代理で担当することになった。
「阿久津とは、初めてだよな?」
打合せに同席していた先輩が、営業担当にそう声を掛ける。
「仕事は初めてだけど、随分前に、図面庫であったことあるよね」
「ええ・・・よく、覚えてらっしゃいますね」
「そりゃ、忘れないよ。インパクト大きかったし」
微笑む彼の表情に、押し込めたはずの感情が、蓋を持ち上げる。
トラウマのように思い返される、あの夜の光景で自分を痛めつけながら、何とか気持ちを静めた。

「基本的に、施工は新潟営業所の方でやるんだけど」
打合せ机に広げられた施工図を見ながら、現在の進捗状況と留意点を確認する。
「設計はこっちでやってるから、オレらは新潟と設計部との橋渡しをする感じだな」
「来年の春には竣工検査があるから、それには立ち会うことになるね」
途中からとは言え、初めて一人で任される物件。
知らず知らずの内に、緊張が顔に出てしまったらしい。
それに気がついた船橋さんは、からかう様な口調で言う。
「これが、口うるさい施主でさ」
「美術館だから仕方ないけど、規模はそんなに大きくないから」
机の向かい側に立つ本間さんが、笑いながら俺を見上げた。
「いざとなったら、僕がフォローするから、大丈夫だよ」

図面を片付ける俺の横で、先輩が本間さんに問いかける。
「お前、工事に戻って来ないの?」
「僕はしばらく営業で良いかな」
「本間さん、工事部にいたことがあるんですか?」
「こいつ、オレと同期で、新人の頃から一緒に工事にいたんだよ」
「営業が人手不足だって言うから、移ったんだ」
現場の施工監理をする工事部と、現場での折衝全般を請け負う営業部は、切っても切れない関係。
施主やコンサルとの交渉には、当然設計・施工の状況を把握する必要がある。
全てに精通していなければならない、まさに会社の要とも言われるエキスパートの集団だ。
「営業の殆どは、工事部出身じゃないかな」
「オレは、気が短いから、絶対無理だな」
「そうでしょうね」
「何だよ、お前だって無理だろ」
「船橋さんほど短気じゃないですけど」
つまらないやり取りを聞きながら、本間さんは俺に視線を投げかける。
「阿久津君は営業、興味無い?」
「俺は・・・まだ工事も経験が浅いですから」
「じゃ、5年後くらいにまた聞くよ。営業はいつでも人手足りて無いからね」


確かに、スーツだけじゃ寒い。
新潟駅に降り立った俺たちは、タクシーで新潟営業所へ向かう。
「阿久津君は、新潟、初めて?」
「はい。こっちの方は、全然縁が無くて。本間さんは?」
「実は、新潟生まれでね」
「そうだったんですか。じゃあ、里帰りなんですね」
「佐渡だから、ここからは随分遠いけど」
街並みを眺める彼は、故郷を懐かしむような表情を浮かべている。
「佐渡って、島ですよね」
「うん。海も山もある、良い所だよ。もう、随分帰ってないな」
「明日、金曜日ですし・・・ついでに帰省するのは」
「残念ながら、月曜日に他の現場の検査があるから、土日に準備しないとならないんだよ」

市街地の端の方にある2階建ての社屋。
美術館の施工担当者が出迎えてくれた。
「わざわざご足労頂いて、申し訳ありませんね」
「いえ、こちらこそ、なかなかお伺いできなくて」
「そちらが、阿久津さん?お電話ではいつもお世話になってます」
差し出された名刺には、菊川、と書かれている。
課長と言う肩書きにも拘らず、物腰の柔らかい話し方が心地良かった。
「お目にかかるのは、初めてですね。宜しくお願いします」

□ 40_光明★ □
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まべちがわ

Author:まべちがわ
妄想力を高める為、日々精進。
閲覧して頂いた全ての皆様に、感謝を。

2011-3-12
東日本大震災の被害に遭われた方に
心よりお見舞いを申し上げます。
故郷の復興の為に、僅かばかりにでも
尽力出来ればと思っております。

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