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黒白-陽-(1/4)

システム手帳の奥に仕舞い込んだ、一枚の白黒写真。
俺の唯一の絆。
桜の木の下で交わしたはずの約束を、果たすことが出来なかった。
その罪悪感が、今でも心の中に燻っている。


「今お持ちの、そのエルメスのバーキン、売ること出来ますか?」
「そんなの、無理に決まってんじゃん」
「自己破産ってのはね、最後の手段なんです」
「借金チャラになるんでしょ?」
「最善を尽くして、それでもダメな場合に考えることなんですよ。まずは任意整理から・・・」
「何で?いいから、手続きしてよ」
夕方、事務所で若い女性との面談。
ホストに貢ぎ、借金で首が回らなくなったキャバクラ嬢。
自己破産を申請したいと相談に来たが、話を聞くと、とても免責が許可されるとは思えない。
「もう、良いよ。他の、優し~い弁護士のとこ、行くから」
不機嫌な彼女は、そう言って席を立つ。

新宿の場末に構える弁護士事務所。
ベテランの所長初め、所属する弁護士は4人。
様々な案件を取り扱う中、俺は最近急増している借金関係の事案を担当している。
任意整理、自己破産、過払い金請求。
仕事としては大変なものじゃないけれど、相手にする顧客たちは一癖も二癖もある。
けれど、縋るようにやってくる人たちに手を差し伸べるのが、俺たちの役目。
それが、毎日のモチベーションになり、フラストレーションにもなる。


追い立てるように積み重なる資料を、一組一組こなしていく。
時間はもう夜の10時を回ろうと言う頃。
「那須君、ちょっと良いかな」
窓際の席に座る水元所長が声をかけてくる。
そばへ行くと、彼の机の上には、ある案件の資料が並べられていた。
「何でしょう?」
「ちょっと、人探しを頼みたいんだよ」
「証人ですか?」
「ああ、情状証人になりそうな弟がいるみたいでね」

所長が担当しているのは、ある殺人事件。
被告は父親を殺した息子。
暴力を繰り返す父に堪りかねて、犯した罪だと言う。
「弟がいるとは聞いていたんだけど、所在不明でなかなか見つからなくて」
「何か手がかりが?」
「被告が、ここにいるんじゃないかって話をしているんだよ」
机の上に書類に視線を落とす。
それに気がついた所長は、被告に関するファイルを手渡して来た。
「ああ。そう言えば、まだ、君には見せて無かったかな」
その名前と写真を見て、忘れかけていた記憶が蘇った。
子供の頃の、遠い思い出。


悲惨な子供時代だった。
シングルマザーだった母は、スナックのホステスをしながら俺たちを育てた。
お定まりのように、よく男を作っては家に連れ込むような女だった。
その度に、父親が違う6つ下の弟と、彼女の職場であるスナックで朝まで過ごす。
中学生だった俺に、それが何を意味しているのか、分からない訳が無い。
それでも母は、あくまで自分の人生を謳歌しているようだった。

ある夜のこと。
酷く酔っ払った彼女は、やはり男を連れて帰宅する。
冴えない印象だったその男は、俺たちを見て急に激昂した。
「何だよ、ガキがいんのかよ」
「ああ、だいじょーぶ。すぐ、追い出すから」
何してんの、早く出ていきな。
彼女の目は、そう言っているようだった。
とっくに寝入っていた弟を起こすと、当然のように彼はぐずり出す。
その泣き声が癇に障ったんだろう、男は弟の手を掴み、玄関の方へ投げ飛ばした。
「何すんだよ?!」
弟に駆け寄ろうとする俺の背中に、彼の蹴りが入る。
前のめりに倒れ、床に転がる俺たちに、彼は笑いながら言った。
「邪魔なんだよ。さっさと消えな」

結局、母の顔を見たのはその日が最後になった。
騒ぎを聞いた隣人が、警察に通報したのだ。
程なくやってきた警官に保護された俺たちは、一晩警察署で過ごし、翌朝、彼女の真意を聞く。
もう、子供を育てられない、と。
弟の怪我は、幸い大したことは無かったけれど、虐待と見なされるには十分だった。
こんなことが1回、2回ではなかったことも大きかったんだろう。
今までの状況を鑑みて、結局、俺たちは安住の地を養護施設に求めることとなった。

□ 34_黒白-陰-★ □   
■ 1 ■   ■ 2 ■   ■ 3 ■   ■ 4 ■   ■ 5 ■
□ 35_黒白-陽- □   
■ 1 ■   ■ 2 ■   ■ 3 ■   ■ 4 ■      
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テーマ : 自作BL小説
ジャンル : 小説・文学

コメント

非公開コメント

兄弟

いつも楽しく読ませていただいています。
「黒白」の二人が切なくて…続きがあり嬉しいです。

「陰」だけではなく、「陽」。
「弟」だけでなく「兄」の登場ですね。
身を寄せ合った兄弟の幼い日々の記憶が、優しくて哀しいです。
お兄ちゃん、頑張れ~!
二人の行く先に、どうか光が見えますように!

ありがとうございます。

>nanaさま

コメント頂きまして、ありがとうございます。
Web拍手にもコメント頂いておりましたが、ご返信できず申し訳ございません。

今回は初めて "続く" 話を書きました。
陽とありますが、完全に晴れる訳ではない彼らの人生。
例え今が曇りでも、雨が降っていても
薄い光が差す日が来ると信じられるきっかけみたいなものを表現できればと思います。

これからも、ご閲覧の程、宜しくお願いいたします。
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まべちがわ

Author:まべちがわ
妄想力を高める為、日々精進。
閲覧して頂いた全ての皆様に、感謝を。

2011-3-12
東日本大震災の被害に遭われた方に
心よりお見舞いを申し上げます。
故郷の復興の為に、僅かばかりにでも
尽力出来ればと思っております。

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