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黒白-陽-(4/4)

切れた絆を結び直すには、もう遅いのかも知れない。
弟に寄り添うように座る若い男の視線は、絶対的な信頼を含み、弟に向けられていた。
その腰に手を回して抱き寄せる仕草は、恋人のような、肉親のような、そんな優しさが窺える。
約束を守らず、弟を見捨てたのは俺だ。
それを分かっていても尚、一人取り残されたような気分に陥っていた。

若い男が出してくれたコーヒーを飲みながら、弟は彼に告げた。
「アキ、兄貴がお前に話があるそうなんだ。聞いてくれるか?」
彼は、困った風な顔を見せながら頷いた後、俺の方へ向き直る。
「どんな、話?」

俺の話がどの程度伝わったのかは分からなかった。
兄弟が離れている間、互いが置かれていた状況。
その結果、彼の兄が、彼の父を殺してしまったこと。
彼が兄や父のことを裁判で証言することで、兄の罪が軽くなる可能性があること。
時折、難しい顔をしながら、彼は熱心に俺の話を聞いてくれていた。
「君に、お兄さんを助けて欲しいんだ。やってくれないかな」
「・・・今度は、オレが、兄貴を助ける、番?」
助言を求めるような視線を向けられた弟は、それに頷いて答を返す。
「いつも、オレを、助けてくれた。何でも、やるよ」


弟の家を出る頃には、すっかり夜も更けていた。
別れ際、彼は一枚のメモを手渡して来た。
書いてあったのは、一人の女性の名前。
今、何処で何をしているのかを知りたい、彼は悲壮な顔でそう呟いた。
詳しいことを聞ける雰囲気ではなかったけれど
彼の人生の枷になっているであろうことは、容易に想像がついた。
俺は弁護士であって、人探しが専門な訳じゃ無い。
それでも、彼の一縷の望みを手に、東京への帰路に着く。


ミツヒロの裁判の日程も決まり、それに向けた準備が進められる中
俺は以前のように、借金で悩む客相手の業務にあたる毎日を送っていた。
そんな中で、当然のことながら、弟の尋ね人の捜索は遅々として進まない。
半ば諦めかけていた、ある日の夜。
営業が終わる時間ギリギリに、一人の女が相談に訪れた。

あまり派手さの無い服装とはアンバランスな厚化粧。
風貌の端々に苦労を覗かせながら、落ち着かない様子で、俺の向かいに座る。
彼女はしばらく俺の顔を眺めた後、胸につけたIDを見て、ハッとした表情を見せた。
「弁護士さん・・・那須啓次って、知ってます?」
似て無い兄弟じゃない。
弟が彼女とどう言う関係なのか、幾ばくの不安を抱えたまま、俺はその問に答えた。
「ええ・・・弟ですが、お知り合いですか?」

尋ね人が見つかったと言う喜びは、彼女の話で一瞬にして掻き消される。
弟の借金が元で風俗の世界に放り込まれた彼女は、この世の地獄を見せられた。
それは、店が摘発されるまでの3年間。
無理矢理背負わされた借金、数回の中絶、現実を紛らわせる為に嵌った麻薬。
結局、闇から抜け出すことが出来ない人生。
けれども、転落していく自分を何処かで食い止めたい、そう思ってここに来たと言う。

「啓次のことは恨むだけ恨んだし、正直、もうどうでも良いと思ってた」
俺が知らない弟の人生。
何の責任も無い兄、それでも、彼女は俺の中に弟を見ているようだった。
「でも、貴方の顔見てると、ぶり返して来るみたい」
その目に映っていたのは、深い憂愁。
不意に彼女は立ち上がり、俺の頬に手を添える。
「あんなに好きだって、言ってくれたのに。迎えにさえ来てくれないのね」
「何を・・・」
近づいて来る唇を避けられなかったのは、彼女への罪悪感からだろうか。
それを受け入れることで、弟を苦しめる咎を軽く出来ると、思ったからかも知れない。
程なく離れた唇が、耳元へ滑る。
「全て忘れて、やり直したいの。だから、最後に、抱いてくれる?」


幸せにやってるから、私のことは、忘れて。
彼女の言葉を伝えると、弟は何かから解放されたように、大きな溜め息をつく。
「そう・・・わざわざ、ありがとう」
電話越しの彼の声は、微かに震えているようだった。
しばらくの沈黙の後、彼が口を開く。
「・・・オレも、ずっと、待ってたよ」
何の言い訳も思い浮かばなかった。
「本当に、すまない」
決して忘れていた訳じゃ無い。
白黒の写真を見る度に、モノクロのままの人生を恨むばかりだった。
時が経つにつれ、弟の消息は都会の闇に消え、見えなくなって行く。
天涯孤独だと、勝手に思い込むようにもなっていた。

「でも、会えて、嬉しかった」
恨み辛みの言葉を覚悟していた気持ちが、その言葉で一気に緩む。
「俺も・・・偶然に感謝してる」
「兄貴」
「ん?」
「オレたち、まだ、兄弟なんだよな?」
「・・・当たり前だろ」

手放した縁を結ぶことが、俺に許されるのだろうか。
時が止まったままの白黒写真に色を付けていくことは、出来るんだろうか。
色とりどりのネオンに溢れる街並みを見ながら、十字架を下ろした心が、震えた。

□ 34_黒白-陰-★ □   
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□ 35_黒白-陽- □   
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テーマ : 自作BL小説
ジャンル : 小説・文学

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まべちがわ

Author:まべちがわ
妄想力を高める為、日々精進。
閲覧して頂いた全ての皆様に、感謝を。

2011-3-12
東日本大震災の被害に遭われた方に
心よりお見舞いを申し上げます。
故郷の復興の為に、僅かばかりにでも
尽力出来ればと思っております。

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