黒白-陽-(3/4)
地方都市にある工業団地。
被告であるミツヒロの弟は、この街に暮らしていると言う話だった。
けれど、役所へ赴いても所在が掴めない。
住民基本台帳に記載すら無かった。
郊外にある自動車部品の工場に着いたのは、もう夕方前。
ミツヒロが施設を出て、自宅へ帰った時、弟は既にこの工場に働きに出されていたらしい。
それから、もう7年近く経っているから、ここにいる可能性は低いだろう。
僅かな望みに期待しながら、俺は事務所へ向かった。
「河野充明さんと言う方が、こちらで働いてると伺ったんですが」
事務所のカウンターに出てきた男は、怪訝な顔でお待ち下さいと残し、奥へ消えていく。
工場で働く工員は、ほぼ全員が下請けの派遣会社から派遣されている。
その為、工場自体では実態を把握していないと言うのが実際のところだ。
5分ほどすると、大きなファイルを抱えた男が戻って来た。
「その方なら、半年ほど前に辞めてますね」
「今、どちらにいるか分かりますか?」
「さぁ・・・辞めるまでは派遣会社の寮にいたようですが」
「そうですか」
その時、外から誰かが入ってくる気配を、背後に感じた。
通り過ぎていこうとするその人物に、目の前の男が声をかける。
「ああ、那須君、ちょっと。河野君って、知ってるか?」
同じ苗字の男に、思わず目が行った。
不測の再会。
心の準備は、全く出来ていなかった。
10年以上会っていなかった弟は、再会を喜ぶ風でも無く、煙草を咥え黙っている。
俺もまた、言葉を選びすぎて、何も発することが出来なかった。
煙草を吸い終わるタイミングで、彼は一つ溜め息をつく。
「アキに、何の用だって?」
「・・・裁判の、証人になって欲しいと思ってね」
「証人って・・・誰の?」
「施設にいた、ミツヒロ、って覚えてるか?」
眉間に浅く皺を寄せ、思い出す風に呟いた。
「ああ・・・いたかも」
「親父殺しで捕まってね。その弁護を、ウチの上司がやってるんだよ」
「それが、何か関係ある訳?」
「彼が、ミツヒロの弟だ」
「そういや、兄貴がいるって話は、してたな」
新たな煙草に火を点けながら、弟は俺に目を向けた。
「でも、あいつが証人なんて、無理だと思うけどね」
ミツヒロがいない間、父親の虐待の手は、その弟に向けられ続けた。
幼い頃からの暴力によって、彼は軽度の発達障害に加え、言語障害もあるとのことだった。
「まともに喋れねぇし、何より兄貴の記憶なんて、殆ど残って無いだろ」
「証言台に立ってくれれば、裁判官の心証も良くなるんだ」
「見世物じゃねぇんだ。今更、あいつを煩わすのは止めてくれよ」
感情的になっているのか、声のトーンが荒くなる。
「迷惑掛けるつもりは無い。ミツヒロも、弟に会いたいって言ってるらしいし、協力してくれないか」
「弟に会いたい、ね。あんたが言うと、冗談にしか聞こえないな」
急に振られた非難に、言葉が出なかった。
乱暴に煙草を灰皿に投げ入れ、彼は背を向ける。
「・・・オレの家にいるから、仕事終わるまで、ちょっと待っててくれ」
古いアパートの2階の角部屋に、弟は住んでいる。
家の中で出迎えた若い男は、俺の顔を見て警戒心を露わにした。
「心配しなくて良いよ。オレの兄貴だ」
「アニキの、兄貴・・・?」
弟は、彼の頭を抱えるように抱き寄せる。
それはまるで、自らの弟を守る兄のような、そんな姿に見えた。
「入って」
そう言いながら、視線で俺を家の中に招き入れる。
目的の男が台所で何かを用意している間、俺は言い知れない違和感を口に出す。
「お前・・・彼とどう言う関係なんだ?」
「どう言うって・・・工場で一緒だったんだよ」
「それだけで、一緒に、住んでるのか?」
「そう。一緒にいたいから、一緒に住んでる。それだけ」
ひしゃげた煙草のパッケージから一本取り出し、火を点ける。
漂う煙に目を奪われた時、彼は思いも寄らぬ一言を発した。
「それに、この間、養子縁組した」
「は?」
台帳に名前が無い理由は明らかになった。
しかし、違和感は更に増す。
「何の、為に?」
「あいつには、オレしかいない。オレにも、もう、あいつしかいないから」
多分、その言葉には、約束を守れなかった俺への拒絶も含まれていたんだろう。
彼は、ふと目を伏せた。
「・・・家族が、欲しかったんだ」
□ 34_黒白-陰-★ □
■ 1 ■ ■ 2 ■ ■ 3 ■ ■ 4 ■ ■ 5 ■
□ 35_黒白-陽- □
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被告であるミツヒロの弟は、この街に暮らしていると言う話だった。
けれど、役所へ赴いても所在が掴めない。
住民基本台帳に記載すら無かった。
郊外にある自動車部品の工場に着いたのは、もう夕方前。
ミツヒロが施設を出て、自宅へ帰った時、弟は既にこの工場に働きに出されていたらしい。
それから、もう7年近く経っているから、ここにいる可能性は低いだろう。
僅かな望みに期待しながら、俺は事務所へ向かった。
「河野充明さんと言う方が、こちらで働いてると伺ったんですが」
事務所のカウンターに出てきた男は、怪訝な顔でお待ち下さいと残し、奥へ消えていく。
工場で働く工員は、ほぼ全員が下請けの派遣会社から派遣されている。
その為、工場自体では実態を把握していないと言うのが実際のところだ。
5分ほどすると、大きなファイルを抱えた男が戻って来た。
「その方なら、半年ほど前に辞めてますね」
「今、どちらにいるか分かりますか?」
「さぁ・・・辞めるまでは派遣会社の寮にいたようですが」
「そうですか」
その時、外から誰かが入ってくる気配を、背後に感じた。
通り過ぎていこうとするその人物に、目の前の男が声をかける。
「ああ、那須君、ちょっと。河野君って、知ってるか?」
同じ苗字の男に、思わず目が行った。
不測の再会。
心の準備は、全く出来ていなかった。
10年以上会っていなかった弟は、再会を喜ぶ風でも無く、煙草を咥え黙っている。
俺もまた、言葉を選びすぎて、何も発することが出来なかった。
煙草を吸い終わるタイミングで、彼は一つ溜め息をつく。
「アキに、何の用だって?」
「・・・裁判の、証人になって欲しいと思ってね」
「証人って・・・誰の?」
「施設にいた、ミツヒロ、って覚えてるか?」
眉間に浅く皺を寄せ、思い出す風に呟いた。
「ああ・・・いたかも」
「親父殺しで捕まってね。その弁護を、ウチの上司がやってるんだよ」
「それが、何か関係ある訳?」
「彼が、ミツヒロの弟だ」
「そういや、兄貴がいるって話は、してたな」
新たな煙草に火を点けながら、弟は俺に目を向けた。
「でも、あいつが証人なんて、無理だと思うけどね」
ミツヒロがいない間、父親の虐待の手は、その弟に向けられ続けた。
幼い頃からの暴力によって、彼は軽度の発達障害に加え、言語障害もあるとのことだった。
「まともに喋れねぇし、何より兄貴の記憶なんて、殆ど残って無いだろ」
「証言台に立ってくれれば、裁判官の心証も良くなるんだ」
「見世物じゃねぇんだ。今更、あいつを煩わすのは止めてくれよ」
感情的になっているのか、声のトーンが荒くなる。
「迷惑掛けるつもりは無い。ミツヒロも、弟に会いたいって言ってるらしいし、協力してくれないか」
「弟に会いたい、ね。あんたが言うと、冗談にしか聞こえないな」
急に振られた非難に、言葉が出なかった。
乱暴に煙草を灰皿に投げ入れ、彼は背を向ける。
「・・・オレの家にいるから、仕事終わるまで、ちょっと待っててくれ」
古いアパートの2階の角部屋に、弟は住んでいる。
家の中で出迎えた若い男は、俺の顔を見て警戒心を露わにした。
「心配しなくて良いよ。オレの兄貴だ」
「アニキの、兄貴・・・?」
弟は、彼の頭を抱えるように抱き寄せる。
それはまるで、自らの弟を守る兄のような、そんな姿に見えた。
「入って」
そう言いながら、視線で俺を家の中に招き入れる。
目的の男が台所で何かを用意している間、俺は言い知れない違和感を口に出す。
「お前・・・彼とどう言う関係なんだ?」
「どう言うって・・・工場で一緒だったんだよ」
「それだけで、一緒に、住んでるのか?」
「そう。一緒にいたいから、一緒に住んでる。それだけ」
ひしゃげた煙草のパッケージから一本取り出し、火を点ける。
漂う煙に目を奪われた時、彼は思いも寄らぬ一言を発した。
「それに、この間、養子縁組した」
「は?」
台帳に名前が無い理由は明らかになった。
しかし、違和感は更に増す。
「何の、為に?」
「あいつには、オレしかいない。オレにも、もう、あいつしかいないから」
多分、その言葉には、約束を守れなかった俺への拒絶も含まれていたんだろう。
彼は、ふと目を伏せた。
「・・・家族が、欲しかったんだ」
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