帰着★(8/10)
「女?じゃあねぇよな」
浅沼の手が首から背中へ滑り落ちて行く。
「すげー、ムカつく」
「何が・・・」
「余韻残して、帰って来やがって」
腰に手を当てられ、上半身が重なるように触れ合う。
「・・・他の男の匂いが、べったり付いてんだよ」
鋭い視線の中に見えたのは、嫉妬なのか。
堪らず目を逸らした時、携帯にメールが届く。
奴の腕が、自身の身体から俺を突き放す。
「彼氏かな?」
ベッドから起き上がり、ワイシャツを脱ぐ同僚が、薄笑いを浮かべながら様子を窺っていた。
「見ねぇの?」
「別に・・・後でいい」
「良いよなぁ、そいつ」
「は?」
「オレが何年もかけて手に入れようとしてたものを、あっさり持ってったんだから」
「・・・何だよ、それ」
煙草に火を点けて、大きく煙を吐き出しながら、奴は呟く。
「何で、オレじゃねぇんだ」
浅沼が秘めた感情を露にしたのは、それが初めてだった。
悔しげな、寂しげな表情を浮かべた同僚は、煙草を灰皿に押し付けながら尋ねる。
「お前、男が好きな訳?」
「別に・・・そう言う訳じゃ」
「んじゃ何で、男とやってんの?」
「お前が」
「オレがキスしたから?」
「・・・そう」
「おかしいだろ、それ」
正直、好奇心を試す相手は誰でも良かった。
彼と関係を持ったのは、偶然出会ったから、それだけだ。
ただ、俺の中には、浅沼と言う選択肢は無かった。
嫌われたくないから。
失いたくないから。
裏を返せば、俺の中には、奴との関係を望む気持ちがあったのかも知れない。
「オレはね」
同僚は軽く溜め息をつき、視線を落とす。
「ずっと、お前だけ、見てた」
「・・・そんなの、分かる訳、ねぇだろ?」
どう考えても女好きとしか思えない行動しか見せなかった奴の、告白。
俄かに信じるのには、無理があった。
「そりゃ、そうだよな」
自らを嘲り笑うような声を上げ、奴は続ける。
「オレだって言えねぇよ。男を好きになったなんて」
その視線は、床に落ちたままだった。
「誤魔化す為に、どんだけ苦労したか・・・」
灰皿に残る、さほど吸っていない吸殻を取り出し、火をつける。
シケモクの独特の臭いが、鼻を突いた。
「そいつのこと、どう思ってんの?」
浅沼は、そう言って俺の携帯を見やる。
「別に・・・一回会った、だけだし」
「ふ~ん・・・」
奴の手が、俺の頬に触れた。
「オレと、同じこと、出来る?」
その問いに、どう答えるべきなのか。
迷えば迷うほど、浅沼を傷つけることは分かっているのに、素直になれない。
「やべぇな、オレ。嫉妬しすぎて、お前のこと嫌いになりそう」
ぎこちない笑い声を上げながら、立ち上がり、足元に落ちているワイシャツを拾い上げる。
「帰るわ。頭冷やさないと、ダメだ」
見上げる俺に視線を落とし、遣り切れない顔を見せる。
何かを言いかけて、その口をつぐむ。
タガは外れている。
後は、蓋を開くだけだ。
「・・・浅沼」
「何だよ」
「風呂、入って来い」
嵌らないピース、完成しないパズル。
それを目の前にして、緊張感が高まる。
ユニットバスから聞こえてくる水音が身体に響いて来て、軽く酔った気分になった。
煙草の箱は、空になっていた。
浅沼が吸っている、ちょっとキツめの煙草を一本拝借して火を点ける。
ベッドにもたれかかり、漂う煙を見つめた。
もう、好奇心、と言う言い訳は通用しない。
□ 24_帰着★ □
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浅沼の手が首から背中へ滑り落ちて行く。
「すげー、ムカつく」
「何が・・・」
「余韻残して、帰って来やがって」
腰に手を当てられ、上半身が重なるように触れ合う。
「・・・他の男の匂いが、べったり付いてんだよ」
鋭い視線の中に見えたのは、嫉妬なのか。
堪らず目を逸らした時、携帯にメールが届く。
奴の腕が、自身の身体から俺を突き放す。
「彼氏かな?」
ベッドから起き上がり、ワイシャツを脱ぐ同僚が、薄笑いを浮かべながら様子を窺っていた。
「見ねぇの?」
「別に・・・後でいい」
「良いよなぁ、そいつ」
「は?」
「オレが何年もかけて手に入れようとしてたものを、あっさり持ってったんだから」
「・・・何だよ、それ」
煙草に火を点けて、大きく煙を吐き出しながら、奴は呟く。
「何で、オレじゃねぇんだ」
浅沼が秘めた感情を露にしたのは、それが初めてだった。
悔しげな、寂しげな表情を浮かべた同僚は、煙草を灰皿に押し付けながら尋ねる。
「お前、男が好きな訳?」
「別に・・・そう言う訳じゃ」
「んじゃ何で、男とやってんの?」
「お前が」
「オレがキスしたから?」
「・・・そう」
「おかしいだろ、それ」
正直、好奇心を試す相手は誰でも良かった。
彼と関係を持ったのは、偶然出会ったから、それだけだ。
ただ、俺の中には、浅沼と言う選択肢は無かった。
嫌われたくないから。
失いたくないから。
裏を返せば、俺の中には、奴との関係を望む気持ちがあったのかも知れない。
「オレはね」
同僚は軽く溜め息をつき、視線を落とす。
「ずっと、お前だけ、見てた」
「・・・そんなの、分かる訳、ねぇだろ?」
どう考えても女好きとしか思えない行動しか見せなかった奴の、告白。
俄かに信じるのには、無理があった。
「そりゃ、そうだよな」
自らを嘲り笑うような声を上げ、奴は続ける。
「オレだって言えねぇよ。男を好きになったなんて」
その視線は、床に落ちたままだった。
「誤魔化す為に、どんだけ苦労したか・・・」
灰皿に残る、さほど吸っていない吸殻を取り出し、火をつける。
シケモクの独特の臭いが、鼻を突いた。
「そいつのこと、どう思ってんの?」
浅沼は、そう言って俺の携帯を見やる。
「別に・・・一回会った、だけだし」
「ふ~ん・・・」
奴の手が、俺の頬に触れた。
「オレと、同じこと、出来る?」
その問いに、どう答えるべきなのか。
迷えば迷うほど、浅沼を傷つけることは分かっているのに、素直になれない。
「やべぇな、オレ。嫉妬しすぎて、お前のこと嫌いになりそう」
ぎこちない笑い声を上げながら、立ち上がり、足元に落ちているワイシャツを拾い上げる。
「帰るわ。頭冷やさないと、ダメだ」
見上げる俺に視線を落とし、遣り切れない顔を見せる。
何かを言いかけて、その口をつぐむ。
タガは外れている。
後は、蓋を開くだけだ。
「・・・浅沼」
「何だよ」
「風呂、入って来い」
嵌らないピース、完成しないパズル。
それを目の前にして、緊張感が高まる。
ユニットバスから聞こえてくる水音が身体に響いて来て、軽く酔った気分になった。
煙草の箱は、空になっていた。
浅沼が吸っている、ちょっとキツめの煙草を一本拝借して火を点ける。
ベッドにもたれかかり、漂う煙を見つめた。
もう、好奇心、と言う言い訳は通用しない。
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