帰着★(7/10)
ここに来る乗客の目的を分かっているんだろう。
さっき乗り付けたコンビニの前には、何台かのタクシーが客待ちをしていた。
彼と別れ、家路につく。
車中で携帯の電源を入れると、すぐに留守電サービスのメールが届いた。
「オレだけど。帰ったら電話くれ。近くのネカフェにいるから」
その声を聞いて、急に後ろめたい気分に駆られる。
何て言い訳をしたら良いのか、自宅までの短い時間、そればかりを考えていた。
「お疲れ。もう、家か?」
眠そうな声が、電話の向こうから聞こえて来た。
「ああ、今帰って来たところ。・・・家に帰らなかったのか?」
「まぁね」
あくび混じりの、いつもと変わらない声。
「お前、電源切ってた?」
「電池切れちゃってさ」
「充電器くらい、引き出しに入れておけよ」
あまり頭が回っていない様子に些かホッとする一方、次の言葉を発するのに、間が空いた。
彼の言葉に何か触発されたのか。
いつもと変わらないはずなのに、妙な緊張感を抱いていた。
「・・・今から、来るか?」
「そうさせてくれ。腰が痛てぇよ」
「分かった。待ってるから」
程なく、睡魔に半分ほど憑かれたような同僚がやって来る。
「随分、遅かったんだな」
「プレゼン資料がなかなかまとまらなくてね」
「設計は大変だな」
さほど同情の念は感じられない言葉を放ち、奴はベッドに倒れ込む。
「もう、マジ限界」
「スーツくらい、脱げよ」
「面倒くせぇなあ・・・脱がしてくれよ」
「はぁ?ガキじゃねぇんだから」
「ガキで結構」
そう言って、奴は横になったままモゾモゾと身体を捩らせて服を脱ぎ出した。
「しょうがねぇな」
結局俺は、こいつのペースに飲まれっぱなしだ。
奴のベルトを外し、ズボンを脱がせ、脱ぎ捨てられたスーツの上着と一緒にハンガーにかける。
眠りに落ちる寸前の身体を僅かに起こし、ネクタイを解き、ワイシャツのボタンを外していく。
その時、不意に、鏡に映った自分の姿が脳裏に浮かんだ。
淫らな欲望を剥かれ、鼓動が早くなって行った、あの一時。
肩口からシャツを抜こうとした時、顔が近くなった。
「・・・浅沼」
「う・・・ん?」
夢現、だろう。
そんな様子の同僚の唇を暫く見つめ、俺は自分の唇を重ねてみた。
ほんの一瞬の出来事。
目を閉じた浅沼の反応は、無かった。
もう、眠りに落ちているのかも知れない、と安心していた瞬間。
奴の目が薄く開いた。
「・・・今、何した?」
「べ、別に?」
「・・・そ」
口角が僅かに上がる。
突然俺の首に奴の腕が巻き付き、抵抗する間もなく、唇が奪われる。
得も言われぬ雰囲気が、肩を震わせた。
何て夜なんだろう。
出会い系で知り合った男と、付き合いの長い同僚。
二人の男と唇を重ねた俺。
この期に及んで、自分の気持ちが分からない。
男と身体の関係を持ち、歪んだ欲求を満たしたいだけなのか。
男と恋愛関係に陥り、嵌るはずの無いピースを無理矢理押し込む苦しさを味わいたいのか。
顔と身体が、段々とベッドに引きずり込まれて行く。
脱がしかけのシャツを離し、奴の頭を抱えるような格好で腕を投げ出して、自分の身体を支えた。
再び目を閉じた浅沼の舌が、唇の上で俺の舌を呼ぶ。
躊躇い、震える舌をその先端に沿わせた。
軽く擦り合わせると、口の縁から息が漏れる。
細く開いた奴の目が、俺を捕らえた。
ふと、腕の力が弱まり、唇が離れて行く。
「お前、今日、何処行ってた?」
「い、言っただろ?残業で・・・」
「外線にも出ずに、仕事に没頭か?」
言葉が続かない。
いろいろ考えたはずの言い訳を、同僚の詮索するような視線がかき消して行く。
□ 24_帰着★ □
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さっき乗り付けたコンビニの前には、何台かのタクシーが客待ちをしていた。
彼と別れ、家路につく。
車中で携帯の電源を入れると、すぐに留守電サービスのメールが届いた。
「オレだけど。帰ったら電話くれ。近くのネカフェにいるから」
その声を聞いて、急に後ろめたい気分に駆られる。
何て言い訳をしたら良いのか、自宅までの短い時間、そればかりを考えていた。
「お疲れ。もう、家か?」
眠そうな声が、電話の向こうから聞こえて来た。
「ああ、今帰って来たところ。・・・家に帰らなかったのか?」
「まぁね」
あくび混じりの、いつもと変わらない声。
「お前、電源切ってた?」
「電池切れちゃってさ」
「充電器くらい、引き出しに入れておけよ」
あまり頭が回っていない様子に些かホッとする一方、次の言葉を発するのに、間が空いた。
彼の言葉に何か触発されたのか。
いつもと変わらないはずなのに、妙な緊張感を抱いていた。
「・・・今から、来るか?」
「そうさせてくれ。腰が痛てぇよ」
「分かった。待ってるから」
程なく、睡魔に半分ほど憑かれたような同僚がやって来る。
「随分、遅かったんだな」
「プレゼン資料がなかなかまとまらなくてね」
「設計は大変だな」
さほど同情の念は感じられない言葉を放ち、奴はベッドに倒れ込む。
「もう、マジ限界」
「スーツくらい、脱げよ」
「面倒くせぇなあ・・・脱がしてくれよ」
「はぁ?ガキじゃねぇんだから」
「ガキで結構」
そう言って、奴は横になったままモゾモゾと身体を捩らせて服を脱ぎ出した。
「しょうがねぇな」
結局俺は、こいつのペースに飲まれっぱなしだ。
奴のベルトを外し、ズボンを脱がせ、脱ぎ捨てられたスーツの上着と一緒にハンガーにかける。
眠りに落ちる寸前の身体を僅かに起こし、ネクタイを解き、ワイシャツのボタンを外していく。
その時、不意に、鏡に映った自分の姿が脳裏に浮かんだ。
淫らな欲望を剥かれ、鼓動が早くなって行った、あの一時。
肩口からシャツを抜こうとした時、顔が近くなった。
「・・・浅沼」
「う・・・ん?」
夢現、だろう。
そんな様子の同僚の唇を暫く見つめ、俺は自分の唇を重ねてみた。
ほんの一瞬の出来事。
目を閉じた浅沼の反応は、無かった。
もう、眠りに落ちているのかも知れない、と安心していた瞬間。
奴の目が薄く開いた。
「・・・今、何した?」
「べ、別に?」
「・・・そ」
口角が僅かに上がる。
突然俺の首に奴の腕が巻き付き、抵抗する間もなく、唇が奪われる。
得も言われぬ雰囲気が、肩を震わせた。
何て夜なんだろう。
出会い系で知り合った男と、付き合いの長い同僚。
二人の男と唇を重ねた俺。
この期に及んで、自分の気持ちが分からない。
男と身体の関係を持ち、歪んだ欲求を満たしたいだけなのか。
男と恋愛関係に陥り、嵌るはずの無いピースを無理矢理押し込む苦しさを味わいたいのか。
顔と身体が、段々とベッドに引きずり込まれて行く。
脱がしかけのシャツを離し、奴の頭を抱えるような格好で腕を投げ出して、自分の身体を支えた。
再び目を閉じた浅沼の舌が、唇の上で俺の舌を呼ぶ。
躊躇い、震える舌をその先端に沿わせた。
軽く擦り合わせると、口の縁から息が漏れる。
細く開いた奴の目が、俺を捕らえた。
ふと、腕の力が弱まり、唇が離れて行く。
「お前、今日、何処行ってた?」
「い、言っただろ?残業で・・・」
「外線にも出ずに、仕事に没頭か?」
言葉が続かない。
いろいろ考えたはずの言い訳を、同僚の詮索するような視線がかき消して行く。
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